かわいいテディベアが教える、人類の身勝手な欲望

How the teddy bear taught us compassion

かわいらしいクマのぬいぐるみ、テディベアが生まれた理由をご存知でしょうか。テディベアはもともと、1902年に熊狩りに出かけたルーズベルト大統領と、やせ細り、弱っていたために殺されなかったクマとの風刺画が由来となります。大統領のニックネームだった「テディ」という名前がつけられたクマのぬいぐるみは、玩具として大流行し、人間の脅威であったクマのイメージが一変。抱きしめたくなる愛らしい存在として描かれるようになりました。この話からわかることは、野生の動物に関して私たちが話す話はとても主観的で、理想化されているということです。ペンギンやホッキョクグマ(シロクマ)は見た目が可愛いという理由で保護されるなど、現代の動物が生きるか死ぬかは、人々が哀れむか無関心かどうかということにかかってきています。Jon Mooallem(ジョン・モアレム)氏は私たちの想像力が生態に影響を与える力になっている現状について疑問を投げかけました。(TED2014 より)

テディベアはなぜ生まれたか

ジョン・モアレム氏:それは1902年秋のことでした。セオドア・ルーズベルト大統領はホワイトハウスから少し休暇が必要だったので、彼はスメデスと呼ばれる街のはずれで熊狩りをするために、ミシシッピ州まで電車で行ったのです。

狩りの初日、熊は一頭も現れなかったので、皆大変がっかりしましたが、2日目は猟犬がとても長い追跡の末とうとう一頭を追い詰めました。しかしその時には大統領はすでに狩りを諦め、昼食を取るためキャンプに戻ってしまっていました。

そこで彼の狩猟ガイドがライフルの銃床部分で熊の頭を殴り、木に縛り付け、大統領が最後に仕留めるという栄誉を手に入れられるよう、笛を吹いてルーズベルト大統領を呼びました。

熊は雌でした。茫然とし、傷つき、ひどく痩せ細り、汚れていました。ルーズベルト大統領はその熊が木に縛り付けられているのを見た時、どうしても撃つ気になりませんでした。スポーツマンとしての自分の掟に反すると感じたのです。

それから数日後、その時の状況がワシントンで風刺漫画になりました。

それは「ミシシッピで一線を画す」と呼ばれ、ルーズベルト大統領が銃を下ろし、腕を伸ばして熊の命を助けようとしているというものです。そして熊は後ろ足で座り、2つの大きく怯えたような目と、頭の上には小さな耳が上に向いて描かれていました。

それはとても無力に見え、今すぐにでも抱き上げて安心させてあげたくなるように見えました。その当時は、それはまだ一般的ではありませんでしたが、その風刺漫画を今見てみれば、その動物が何であるかすぐにわかると思います。

テディベアです。テディベアはこのようにして生まれたのです。基本的には、玩具メーカーが風刺漫画の熊をぬいぐるみにし、ルーズベルト大統領の名にちなんでテディベアと名付けたのです。

私は今、この柔らかい子供用の玩具が100年前にどのように考案されたのかということを、自分がこの舞台の上で時間を割いて皆さんにお話しようと決めたことを、少し馬鹿げていると感じていますが、このテディベアの考案にはもっと重要な話が中にあると思うのです。

それは、自然についての私たちの考え方がいかに劇的に変わるのかという話であり、そして今、この地球上で私たちが伝える話がどのように自然を劇的に変化させているかということです。

なぜなら、テディベアについてよく考えてみてください。回想してみると、私たちにとってそれはぴったりな物でした。とても可愛く、抱きしめたくなるもので、自分の子供がこれで遊ぶのを嫌がる人などいないでしょう。

もともと熊は可愛くも、抱きしめたくなる存在でもなかった

しかし真実では、1902年当時、熊は可愛くも抱きしめたくなるものでもなかったのです。というのも、見た目は同じですが、そのように思った人はいませんでした。1902年、熊は怪物でした。熊は子供たちを怯えさせる物でした。

それまでは何世代にも渡って、熊は辺境の地で遭遇する全ての危険の代名詞で、政府は実際計画的に熊やその他のコヨーテや狼などの捕食動物を絶滅させようとしていました。これらの動物は悪魔のような存在として描かれていたのです。

彼らは人々の家畜を殺すため、殺人者と呼ばれました。ある政府の生物学者はこのような動物との争いをこう説明しました。「我々の高度な文明社会に彼らの住む場所はない。だから片付けているだけだ」。そして10年間で、約50万頭の狼が殺されました。

灰色熊も本来の居住領域の95パーセントから排除されました。それからかつては3000万頭ものバイソンが平野を移動し線路を横切るため、電車が4、5時間止まらなければいけなかったという話を聞いたものですが、1902年の時点で野生のバイソンは100頭に満たなくなっていました。

私が言いたいのは、テディベアはこの一連の殺戮(さつりく)の最中に誕生し、おそらく人々の中にはこの殺戮に関して矛盾を感じ始めた人もいたでしょう。アメリカは熊を怖がり嫌っていましたが、突然熊に大きな抱擁をしたくなったのです。

さてこれが、この数年間、私がとても興味を抱いていることです。私たちはどのように動物たちのことを想像し、彼らについて何を思い、どう感じているのか。そして彼らの評判は、私たちの頭の中でどのように書かれ、また書き直されているのでしょう?

私たちは地球上の半分の生物が、今世紀の終わりまでに消えてしまうかもしれないという、絶滅の嵐の真っ只中で生きています。それではなぜ私たちは、他の生き物には同じようにしないのに、これらの生き物に関してだけそんなに気にするのでしょうか?

比較的新しい社会科学の分野が、これらの疑問に焦点を当て始め、強力で時に一貫性に欠ける、人間と動物の関係が見えてきました。私は長い間彼らの研究日誌を読んでいますが、彼らは幅広い範囲で非常に驚くべきことを発見しているのです。

動物の見た目によって捉え方が変わる

私のお気に入りの中には、ニューヨーク北部に住んでいる人は、テレビをよく見る人の方が熊に襲われるのを怖がる傾向があるなどというのもあります。

アメリカ人に虎を見せると、彼らはそれがオスではなくメスだと決めてかかることが多いのだそうです。研究では、路上に偽物の蛇と亀が置いてあると、車の運転手は亀よりも蛇を多く轢き、その内3パーセントの運転手が故意に偽物の動物を轢いたように見えるそうです。

女性は男性よりも、波間にイルカを見ると「魔法にかかったような気分」になるそうです。権利意識とプライドの高い68パーセントの母親がピュリナ(ペットフード)の踊る猫のCMに共感したそうです。

(会場笑)

アメリカ人は鳩よりもロブスターの方が重要だと考えていますが、同時にロブスターの方が遥かに頭が悪いとも思っているようです。それから野生の七面鳥はラッコよりも少しだけ危険だと捉えられ、パンダはてんとう虫の2倍愛らしいようです。

これには外見的な要素がありますよね? 私たちは私たちにより近い外見の動物、特に人間の赤ちゃんに似ていたり、大きく前を向いている目や、丸い顔や、ダンゴムシのような体型の動物により感情移入するようです。

例えばもし、ミネソタにいる大叔母さんからクリスマスカードが届いたとしたら、そこに描かれているのは大抵フワフワしたペンギンのヒナであり、蜘蛛ではないのは、そういう理由です。

しかし外見が全てでもありませんよね? 私たちの動物に対する考え方には文化的な面もあります。私たちは動物についての話を語り、全ての物語がそうであるように、私たちが語る時と場所によって形作られていくのです。

さてそこで、1902年に凶暴な熊がテディベアになった時の事をもう一度振り返ってみてください。状況はどうだったでしょうか? アメリカは都会化してきていました。

初めて国民の大半が都会に住むようになり、人と自然の間の距離が広がっていました。熊について考え直し、理想化できるだけの安全な距離がありました。

自然を怖がる必要がなくなったため、純粋で愛らしい物へ見え始めてきたのです。そしてこのことは、様々な動物で何度も何度も繰り返されてきました。私たちはいつも生き物を悪魔のような存在とみなし、彼らを一掃しようとしたかと思えば、それをするために近づいた時、彼らを犠牲者として感情移入するようになり、同情したくなるわけです。

そして私たちは力を行使するわけですが、力強いために不安定になってしまうのです。

恐れられていたホッキョクグマが潔白な犠牲者に

例えば、これはおそらく子供たちがブッシュ政権に送った何千もの手紙や絵のうちの1つですが、絶滅危機生物保護法の下ホッキョクグマを守ってほしいというお願いが書いてあります。

これらは2000年代半ば、気候が急激に変動していることが認識され始めた頃に送られました。私たちはホッキョクグマが小さな氷原に立ち、不機嫌そうにしているイメージを度々目にしました。私はこれらのファイルに目を通すのに何日もかかったんですよ。

とても気に入っています。中でもこれが気に入っています。これはホッキョクグマが溺死していて、同時にロブスターやサメに食べられてしまっています。

これはフリッツという名の少年から届いたものです。実は彼は気候変動の解決策を知っています。エタノールを基本とした解決策を案出したのです。彼はこう言っています。「僕はホッキョクグマがかわいそうだと思います。僕はホッキョクグマが好きです。皆、コーンジュースを車に使えばいいと思います。フリッツより」。

200年前、北極探検隊はホッキョクグマが彼らのボートに飛び乗り、ホッキョクグマに火をつけてもなお彼らをむさぼり食おうとしたと書いたでしょう。しかしこの少年たちはホッキョクグマをそのようには見ていません。

実は、80年代の私のホッキョクグマへの見方とも違っています。私たちは、これらの動物は北極にいる謎めいていて恐ろしい生き物だと思っていました。

しかしどれほど早く気候変動が動物の印象を変えたか見てみてください。血に飢えた人殺しから、傷つきやすく溺死してしまう犠牲者へと変わり、よく考えて見れば、これは1902年にテディベアが伝え始めた話の結末と同じことなのです。

なぜなら当時、アメリカは大陸のほとんどを征服し終えていました。あとは野生の捕食動物を片付けるだけでよかったのです。社会の及ぶ範囲は世界の一番上まで登りつめ、遥か遠くにいる地球上で一番強い熊さえも、愛らしく潔白な犠牲者へと変えてしまったのです。

しかしこのテディベアの物語には、多くの人が語らない後日談もあります。その話もしてみたいと思います。なぜなら、1902年のルーズベルト大統領の熊狩りから、テディベアが玩具として大流行するまでそんなに時間はかかりませんでしたが、ほとんどの人はそれが一時的なブームであると思っていましたし、それはまるでふざけた政治の景品のようなものでした。

大統領が辞める時が来ればそのブームも終わると思われ、実際1909年にルーズベルト大統領の後任であるウィリアム・ハワード・タフト氏が正式に就任しようとしていた時、玩具産業は次に大ヒットする商品を探していましたが、それはうまくはいきませんでした。

動物の生死は、人々が哀れむかどうかにかかっている

その年の1月、タフト氏はアトランタで開かれた晩餐会の主賓でした。そしてその何日も前から、晩餐会で饗される料理のメニューが大きなニュースになっていました。

南部の名物料理であり、非常に珍味であるフクロネズミとポテトと呼ばれる料理が出されたのです。その料理は下に敷かれたスイートポテトの上にフクロネズミの丸焼きが置かれているもので、時には大きな尻尾もまるで太い麺のようにそのまま残されていたりするものです。

タフト氏のテーブルに出されたものは18ポンドもの重さがありました。そしてディナーの後、オーケストラが音楽を奏で始め、賓客が歌を歌い、そこに突然地元の支援グループが贈り物を持って現れたので、タフト氏は非常に驚かされたのです。

その贈り物はフクロネズミのぬいぐるみで、小さく丸い目と禿げた耳が付いており、ルーズベルト大統領のテディベアに対抗したタフト政権版の新商品でした。

それは「ビリーポッサム(フクロネズミ)」と名付けられていました。それから24時間以内に、ジョージア・ビリー・ポッサム社はこのぬいぐるみを全国的に発売するために奔走し、ロサンゼルス・タイムズは確信を持ってこう発表しました。

「テディベアは後部座席に追いやられ、これから4年、もしくは8年は、アメリカの子供たちはビリーポッサムで遊ぶでしょう」そしてそこから、フクロネズミブームがやって来ました。

ビリーポッサムのポストカードやバッジ、コーヒーを飲む時に使うクリームを入れる容器まで作られました。子供たちが旗を振るように振れる小さなビリーポッサムもありました。

しかし、これほどの販売活動にもかかわらず、ビリーポッサムブームは哀れなほど短期間で終わってしまいました。その玩具は明らかに失敗で、年末頃には完全に忘れ去られていました。

それはつまりビリーポッサムはクリスマスの時期まで保たなかったということで、玩具にとってはかなりの悲劇であったといえるでしょう。この失敗の理由は2つあります。1つは、非常に明らかです。一応はっきり言っておきましょうか。フクロネズミは可愛くないです。

(会場笑)

しかしおそらく更に重要なのは、ビリーポッサムの物語が端から間違っていたということです。特にテディベアの裏話と比較するとなると尚更です。よく考えて見てください。人間の進化の歴史の中で、熊の一番の印象と言えば彼らが人間から完全に独立しているということでしょう。

彼らは人間の脅威やライバルとして生きてきました。そしてルーズベルト大統領がミシシッピに狩りに出かけた時、その印象は砕かれ、木に縛り付けられたその動物が全ての熊のシンボルとなったのです。その動物が生きるか死ぬかは、人々が哀れむか無関心かどうかということにかかってきたのです。

それは熊の未来において非常に不吉なことでありますが、それは同時に私たちがどんなことをしてきているかということを非常に不安にさせることでもあります。

生き物の生存も全て私たち次第になって来てしまっているのです。あれから1世紀経ち、今環境にどんなことが起こっているかに注目してもらえば、もっと真剣に不安を感じてもらえると思います。

「保護依存」は世界に悪い結果をもたらす可能性がある

私たちは今、科学者が「保護依存」と呼び始めている時代に生きています。その意味は、私たちが自然をひどく破壊してしまったために、自然が自分自身で正常な状態を保つことができなくなってしまっており、最も絶滅の危機に瀕している生き物たちは、その生き物のために私たちが地形に手を加えてやらないと生きられない状態になっているということです。

私たちはそれを実践し、もう2度とそれを止めることはできないのですから、それは大変な仕事です。

現在私たちは、コンドルが電線に止まらないよう訓練をしています。それからアメリカシロヅルが超軽量飛行機の後ろに付いて、冬の間南へ移動するよう教えています。フェレットに伝染病のワクチンを与え、ピグミーウサギを無人小型飛行機で監視しています。

私たちは生き物を絶滅させることから、細目に渡って生き物の存続を無期限で管理するように変わったのです。どの生き物を? 私たちが尊敬すべき話をした生き物です。そのままでいるべきだと私たちが決めた生き物たちです。自然の保護と飼い慣らしの境界線はとてもわかりにくいものです。

私が言いたいのは、野生の動物に関して私たちが話す話はとても主観的で、それは時に不合理であったり、理想化されたり、関心を煽ることもあります。時には事実と全く関係がないこともあります。しかし保護依存の世界の中では、これらの話が非常に悪い結果をもたらしてしまうこともあるのです。

なぜなら、私たちが動物に対してどう思うかが、生態学の教科書に書いてあること以上に、その動物の存続に影響するのです。物語を話すことが、今非常に重要になっています。感情が、非常に重要になっています。私たちの想像力が生態に影響を与える力になっています。

ということであれば、テディベアも一役買ったことになるでしょう。なぜなら、ルーズベルト大統領の伝説とミシシッピの熊は、あの当時社会が直面し始めた巨大な責任に関する寓話のようなものであったからです。

絶滅危機生物保護法が失効するまであと71年あります。しかしここに、まるでステンドグラスに見られるような、この時代の精神を要約した場面があります。それは熊が無力な犠牲者として木に縛り付けられ、アメリカの大統領が哀れみを見せる場面です。

ありがとうございました。

(会場拍手)

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