記憶の仕組みの解明に貢献した、世界一調査された脳

What happens when you remove the hippocampus? #1/2

瞬間的に記憶する場合と長期的に記憶する場合とでは使用する脳みその場所が異なります。このように、記憶するときの脳みそのはたらき方は、実は1つではなく、いくつか種類があるのです。今となってはこのようなことは当たり前となっていますが、脳の研究がまだ進んでいなかった60年前には、知られていませんでした。しかし、ヘンリー・モレゾンという患者の手術をきっかけに、記憶に関する研究が進んでいきました。一体彼はどのような手術を受けたのでしょうか? そして、その手術は記憶の研究にどのように貢献したのでしょうか? 「脳の記憶の方法」について迫ります。(TED-Edより)

脳のはたらきの研究に大きな貢献をした手術

サム・キーン氏:1953年の9月1日、ウィリアム・スコーヴィルは手動クランクと安物のドリルで若い男性の頭蓋骨に穴をあけ、脳の重要な部分を切除して金属チューブでそれらを吸引しました。

これはホラー映画のワンシーンや、身の毛もよだつような警察の調書ではありません。スコーヴィル博士はその時代の脳神経外科医としては有名で、手術を受けたこの青年、ヘンリー・モレゾンもまた“H.M”と呼ばれ有名でした。この症例は脳がどのように働いているかについての素晴らしい見識を与えてくれました。

ヘンリーは少年の時に、事故で頭蓋骨を損傷し、その後すぐにてんかん発作が始まり、失神し体の制御がきかなくなりました。それらの症状が何年もの間頻繁に起き、高校を中退し、絶望した若者は、危険な手術をすることから無鉄砲で知られていたスコーヴィル博士の元に向かいました。

脳は精神的な機能に対応する領域に分かれているという考えに基づき、部分的な脳葉切除は何十年も精神疾患のある患者に対して行われていました。これらが精神病患者の発作を抑えることに成功したため、スコーヴィル博士はH.M.の海馬を切除することを決断しました。大脳辺緑系の機能の一部は感情と関連していましたが、その機能はまだわかっていませんでした。

記憶が破壊されたH.M.

一見すると、手術は成功したように見えました。H.M.の発作は見た感じでは消え、性格にもなんの変化も見られませんでした。さらに言うと、彼のIQは向上していました。しかしひとつだけ問題がありました。記憶が破壊されたのです。さらに過去数十年のほとんどの記憶を失い、新しいことも記憶できなくなりました。今日が何曜日であるかを忘れ、同じ事を繰り返し言い、続けて何度も食事を取りました。

スコーヴィル医師はもう一人の専門家であるワイルダー・ペンフィールドにこのことを知らせました。そこで彼は大学院生のブレンダ・ミルナーを差し向け、H.M.の両親の家でH.M.の研究をさせました。彼は家の雑用などをこなし、昔の映画をこれまでで初めて観るように何度も何度も観ました。

度重なるテストとインタビューから彼女が発見したことは、記憶に関する研究に多大な貢献をしただけではなく、記憶とは何かを再定義さえもしたのです。ミルナーが発見したことのひとつが、H.M.は新しいことを記憶することはできませんが、情報を一時的に一定の間保持してひとつの文を終えたり、トイレの場所を見つけたりできたという事実です。ミルナーがランダムに数字を挙げると、彼はそれを繰り返し、15分間なんとか覚えていることができました。しかし5分後には、テストが行われていたことすら忘れてしまうのです。

短期的記憶と長期的記憶での、脳のはたらきの違い

脳科学者は記憶を一枚岩のように考えています。全ては本質的に同じで、それが脳全体に蓄えられていると考えていました。

ミルナーの結果は現在ではよく知られている短期的記憶と長期的記憶の最初の糸口になったうえに、各記憶が異なった脳のエリアを使っていることがわかりました。現在では我々は記憶の形成にはいくつかの段階があるということを知っています。

直後の感覚的記憶が大脳皮質のニューロンによって一時的に書き写された後で、それは海馬まで動いていきます。そこには特別なたんぱく質が大脳皮質のシナプス結合を強化するために働いています。もしも体験が強いものであれば、我々はそれを始めの何日かは周期的に思い出します。そして海馬はその記憶を永続的に補完するために大脳皮質に返します。

H.M.の脳は、最初の印象を形成することはできるのですが、海馬がないので記憶の定着ができずに、記憶は砂に書いたメッセージのように失われてしまいます。

事実を記憶する「陳述記憶」、やり方を記憶する「手順の記憶」

ミルナーが発見した記憶の種類はこれだけではありません。今となっては有名な実験ですが、彼女はH.M.に、鏡を置いて紙と鉛筆しか見えない状況で星の形をした2本線の間をなぞるように言いました。

こういった変わったことを初めてやらされれば皆そうですが、彼もまたひどかった。しかし驚いたことに、彼は何度も繰り返すことで改善が見られたのです。過去にそんな事をした記憶などないのにです。彼の無意識の運動中枢は、意識が忘れてしまったものを覚えているのです。

ミルナーが発見したのは、名前や日付や事実といった陳述記憶は、自転車に乗ったり自分の名前をサインするような手順の記憶とは違うということでした。今となっては皆周知のことですが、手順の記憶というのは、基本的な大脳基底核と小脳に依存したものだということです。その構造はH.M.の脳でも損なわれていませんでした。この違いは“それを知っている”か“どうやるか知っているか”です。この区別はそれ以来全ての記憶研究を支えてきました。

世代を超えて「記憶」されるH.M.の貢献

H.M.は老人ホームでほとんどが平穏であった82年の生涯を終えました。何年にも渡って、彼は100人以上の脳科学者に調査されました。歴史上、最も研究された脳の持ち主となりました。彼の死後、保存処理され、スキャンされた後、2000以上も切断され、画像撮影されニューロンレベルまでデジタルマップ化されました。その様子は全て生中継され400,000人が視聴しました。

H.M.はほとんどの人生を忘れて生きていましたが、彼と彼の記憶に関する理解における貢献は世代が変わっても忘れられることはないでしょう。

<続きは近日公開>

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TED(テッド)

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