ピクサーの脚本家がストーリーテリングの本質を語る

The clues to a great story #1/2

今、世界には数多くの物語が存在しています。その中でも、特に「すぐれた物語」というものは、一体どのようなものなのでしょうか? 『トイ・ストーリー』や『ファインディング・ニモ』など、数多くの人気映画を手がけている映画プロデューサーのAndrew Stanton(アンドリュー・スタントン)氏は自身の経験の中で、すぐれた物語に隠された秘訣を見つけました。すぐれた物語には、すぐれた物語である理由があります。私たちはどのような物語を見たときに、関心を惹かれるのか? どのような物語を見たときに、人は心を動かされるのか? ピクサー発展の立役者となったスタントン氏が、すぐれた物語をつくる秘訣を語ります。(TED2012より)

「物語によって人生に意味があることを確かめられる」私たちが物語を好きな理由

スタントン:あるバックパッカーがスコットランド高地を旅しており、何か飲もうとパブに立ち寄りました。そこにいたのはバーテンダーと1杯のビールで粘っているおじいさんだけでした。バックパッカーは1杯頼み、しばらく黙ったまま座っていました。

すると突然おじいさんが彼に「このバーはどうだ? この州でいちばんの森から、おれが材料を持ってきて素手で建てたんだ。自分の子供よりも愛情を込めて手間をかけたよ。世間はバー作りのマクレガー(ロバート・ロイ・マクレガー。スコットランドの英雄・義賊)と呼んだか? 呼ばねえ」

窓を指さして「あそこの石壁が見えるか? あれもおれが素手で建てたんだ。石を持ってきては凍える日も壁に積んだんだ。世間はおれを石壁作りのマクレガーと呼んだか? 呼ばねえ」

また窓を指さして「あの湖の桟橋が見えるか? あれもおれが素手で建てたんだ。杭を持ってきては砂浜に打ち込んで、板を1枚1枚はめたんだ。世間はおれを桟橋作りのマクレガーと呼んだか? 呼ばねえ。なのにヤギを一匹ヤっただけでよ…」

(会場笑)

ストーリーテリングとは、ジョークを語ることです。オチや結末を理解し、語ろうとしていることを最初から最後まで把握すること。ひとつのゴールに向かって、人間とは何かということへの理解を深める真理を概念的に確かめることです。

人はみな生まれながらに物語が好きです。物語によって自分が何者であるかを確かめることができます。我々の人生に意味があることを確かめたいのです。物語を通して人とつながれる時ほどこれを確かめられることはありません。過去、現在、未来というバリアを超えるのです。事実であろうと、想像であろうと、登場人物の立場に立って人との類似性を体験することができるようになります。

素晴らしい物語とは、人に関心を持たせることができる物語

子供向け番組のMCミスターロジャースは、あるソーシャルワーカーのこんな言葉を財布に入れて持ち歩いています。「はっきり言って、その人の物語を聞いて愛せない人などいない」と。私はこう解釈したいのです。素晴らしいすぐれた物語とはおそらく「関心を持たせる」ことを鉄則と。

感情的、知的、美的に惹きつけるのです。気を惹くのは簡単ではありません。数百ものTVチャンネルがあり、チャンネルをどんどん変えていきます。ふとあるチャンネルで止まる。ほとんど行き過ぎようとしていても、そこには惹きつける何かがあるのです。偶然ではなく意図されたものなのです。

そこで私の人生を物語として語ったらどうだろうと考えました。どのようにして創作すべく生まれ、どのように物語の作り方を学んできたかという物語です。それをもっとおもしろくするために、物語の結末から始めて冒頭に戻っていくようにしましょう。

まず結末をみなさんにお伝えすると、こんなふうになります。「そんなわけで最終的に、ここTEDでみなさんに物語についてのスピーチをお話することになったのです」。

「時間をかけて観る価値があるという約束」をする優れた映画

物語についての教訓で最新のものは、今年2012年に作り終えたばかりの映画の製作過程にありました。映画『ジョン・カーター』です。エドガー・ライス・バローズの『火星のプリンセス』が原作です。彼も劇中にナレーターとして登場します。

彼は大金持ちのおじであるジョン・カーターからの「すぐに来てくれ」という電報によって豪邸まで呼び出されます。しかしそこに着いたときには、おじは謎の死を遂げており、敷地内の霊廟に葬られたことを知ります。

(映画)執事:鍵穴はございません。内側からしか開かないのです。旦那様は死化粧も弔問も葬列も絶対するなとおっしゃっていました。まあ我々のように普通にしていたら旦那様のように成功を収めることはできないのでしょうね。では中に入りましょうか。

スタントン:これは原作にもありますが、このシーンは基本的には我々に約束をしてくれるシーンです。この物語は時間をかけて観る価値があるという約束です。冒頭に視聴者に約束を与えるのがすぐれた物語の条件です。

それには無数のやり方があります。シンプルに「昔々あるところに……」というやり方もあります。これらのカーターの本では、常にエドガー・ライス・バローズがナレーターとして出てきます。私はいつもこの仕掛けがすごいと思っていました。

まるでキャンプファイヤーに誘ってくるか、バーで「こんな話があるんだ。おれじゃなくて他の人に起こったことだけど、聞く価値はあるよ」と言うようなものです。うまく引き起こされた期待というのは、引き絞ったパチンコから放たれた石のように、みなさんを物語の結末までぐいぐい引っ張っていくのです。

人間の特徴を活かす、関心を引く物語の作り方

2008年のこのプロジェクトには、私が当時持っていた物語の理論を極限まで注ぎ込みました。

(映画)♫それがすべて♫それが愛というもの♫思いだすでしょう♫時が経てば♫一生の愛は……♫

スタントン:対話のないストーリーテリング。それが映画的なストーリーテリングのもっとも純粋な形です。またもっとも包括的なアプローチです。これを通して、観客は自分で主題を見つけたがっているという直感が確信になりました。彼らはただ自分がそうしているということに気づきたくないだけなのです。

それがストーリーテラーとしての仕事です。彼らに主題を見つけさせようとしていることを上手く隠すのです。人は問題を解こうとします。推論や推理をしたがります。それが現実の生活でしていることだからです。緻密に計算された情報の欠落が我々を惹き込みます。

だから我々は幼児や子犬に惹かれるのです。それは彼らがかわいいからだけではありません。彼らが考えていることや、興味があることを完全に表現できないからなのです。まるで磁石のようです。途中までの文章を完成させたり、欠落を埋めたりしたくなってしまうのです。

私がこのストーリーテリングの仕掛けについて最初に理解したのは、『ファインディング・ニモ』をボブ・ピーターソンと一緒に書いているときでした。我々はこの一体化する仕掛けを「2+2の法則」と呼ぶことにしました。

観客に点と点を結ばせるのです。答えである4を与えずに、2+2をさせるのです。与える材料やその順序は、観客を惹きつけるのに成功するかどうかにとって非常に重要です。編集者や脚本家にはこのことがずっと分かっていました。知らず知らずのうちに、観客を物語に惹きつける方法なのです。

これが科学に基づく正確なものであると言うつもりはありません。これが物語の素晴らしいところです。部品ではなく、正確ではないのです。物語は必然性を持ちながらも、予測不可能なのです。

良く描けたキャラクターは軸を持っている

私は今年、ジュディス・ウェストンという演技指導者のセミナーを受けました。ここでキャラクターに対する重要な洞察を得ました。彼女は、良く描けたキャラクターというのは軸を持っているものだと考えています。そして、内面から突き動かす、無意識ながら支配的な願望があるのです。掻ききれない痒みのようなものです。

彼女はマイケル・コルレオーネを素晴らしい例としてあげました。『ゴッド・ファーザー』でアル・パチーノが演じた役です。彼の軸は、おそらく父親を喜ばすところにあります。それが常に彼の選択を左右するのです。その父親が死んだ後でさえも、彼はまだその痒みを掻こうとします。

私はこの軸の話には最初から納得がいきました。ウォーリーの軸は、「美」を見つけることでした。『ファインディング・ニモ』に出てくる父親のマーリンの軸は、子供を危害から守ること。『トイ・ストーリー』のウッディの軸は、持ち主の子供にとってベストな行動をとることでした。

これらの軸は常に最善の選択肢につながるとは限りません。ときにはひどい選択をしてしまうこともあります。私は子宝に恵まれ、子供の成長を見守っていますが、人は何らかの気質や才能を持って生まれてくると強く思っています。

それに対しては何か言うことも、変えることもできません。できるのはそれを認識して、所有することだけです。生まれながらの気質がポジティブな人もいれば、ネガティブな人もいます。悪い面も突き動かす軸を受け入れて、自らコントロールできるように成長すれば大きな分岐点を超えることができます。

親として、人は自分の子供がどんな人間であるかを常に学び、親自身も自分が何者であるかを学ぶのです。我々は常に学んでいるのです。それが、変化が物語の基本である理由です。もし物事が不変であれば、物事は死んでしまいます。なぜなら人生は不変ではないからです。

物語の構成に必要なものは「期待」

1998年に、『トイ・ストーリー』と『バグズ・ライフ』を書き終わり、映画の脚本作りにやみつきになりました。もっと上手くなりたいと思いましたし、できることは何でも学びたいと思いました。それで出来る限りすべてのことを調べ、ついにイギリスの劇作家ウイリアム・アーチャーの素晴らしい言葉に出会いました。「ドラマとは不確実性の混ざった期待である」と。これは驚くほど示唆に富む定義ですね。

みなさんが物語を語るとき、期待を構築したことがありますか? 瞬間瞬間に、次に何が起こるかを知りたいと思わせていますか? さらに重要なのは、全体として最終的にどんな結末を迎えるのかを知りたいと思わせているかということです。

結果がどうなるかという疑いを作りながら、正直な葛藤を組み込みましたか? 『ファインディング・ニモ』を例にあげると、瞬間的にはドリーがマーリンに言われたことをすぐに忘れてしまうことにやきもきさせられます。しかしその裏には、広大な海の中でニモを見つけることができるだろうかという大きな緊張感が常に流れているのです。

ストーリーテリングに決められたルールはないと

ピクサーの創業期、我々が物語の目に見えない働きを本当に理解する前には、本能や感じるままに何でも試しているただの集団でした。実際に結構いい線まで辿り着くまでの過程は、おもしろいものがあります。

1993年当時のことを思い出してみてください。成功したアニメ映画と言えば『リトルマーメイド』や『美女と野獣』、『アラジン』、『ライオンキング』などです。我々がトム・ハンクスに『トイ・ストーリー』を初めて依頼したとき、「ぼくに歌わせる気じゃないよね?」と言いました。当時みんなが思っていたアニメのあるべき姿を完璧に象徴する一言だと思いました。しかし我々はまったく違ったやり方で、物語を伝えられることを証明したかったのです。

当時我々は何の影響も受けていなかったので、ちょっとした秘密のルールリストを持っていました。それは、歌なし、願い事なし、幸せな村なし、ラブストーリーなし、というものでした。皮肉なことに初年度はまったく上手くいかず、ディズニーはパニック状態でした。

それで彼らは有名な作詞家から私的にアドバイスをもらいました。ここでは名前は言いませんが、いくつかの提案がファックスで送られてきました。それには歌を入れるべき、願い事の歌を入れるべき、幸せな村を入れるべき、ラブストーリーを入れるべき、悪役を入れるべきというものでした。

幸い我々はまだ青く、当時は反抗的でひねくれ者でした。それでより良い物語を作れることを証明しようと、余計に決心を固めたのでした。その翌年、ついにやったのです。この成功によって、ストーリーテリングに決められたルールはなく、方向性があるだけだと証明したのです。

主人公を感じ良くみせる方法とは

もうひとつの我々が学んだ基本的なことは、主人公を感じ良くさせることでした。『トイ・ストーリー』のウッディを最終的には献身的にさせたいと思っていたので、最初は別の性格を持たせる必要があります。じゃあ自己中にしてみようと。こんな感じでした。

(映画)ウッディ:何してんだよ? ベッドから降りろ、おい、ベッドから降りろよ!

ポテトヘッド:やれるもんならやってみろよ。

ウッディ:こいつがいるさ。スリンキー? スリンキー! ここに上がって仕事をしろ! 聞こえないのか? あいつらをどうにかしろって言ってるんだ!

スリンキー:ウッディ、悪いけどぼくも彼らと同じだよ。君が正しいとは思わないな。

ウッディ:何? 聞き間違えたかな? おれが間違ってるって? お前は言われたとおりにやってればいいんだよバネ・ウインナー野郎!

スタントン:どうすれば自己中なキャラクターを感じ良くすることができるでしょうか? 一番のおもちゃであり続けるという条件さえ満たしていれば、親切で、寛容で、おもしろくて、思いやりがあるキャラクターにできるということに気づきました。

現実もそうであるように、我々は人生を条件付きで生きているのです。ある条件さえ満たしていれば、ルールや物事に従って役を演じることを望んでいるのです。それがなくなると、予測不可能になります。私がストーリーテリングを仕事にしようと決める前の若いときに起きたことでさえ、実は物語の仕掛けに気付かされる重要な出来事だったということに気づきました。

驚きを与える才能ほど素晴らしいものはない

1986年に、物語がテーマを持っているということがどういうことか本当に理解することができました。この年は『アラビアのロレンス』が復元されて、再公開された年でした。月に7回は観ましたが、まだ十分ではありませんでした。すべてのカット、シーン、セリフの背後に、何か大きなものがあるのが分かっていただけでした。

しかし表面的には、ロレンスの歴史的な足跡を描いただけのように見えるのです。でも、それ以上の何かがあるはずです。それは一体何なのか? 何度も見た後に初めて、ベールがめくれるように掴めたのでした。シナイ半島の砂漠を歩いて渡るシーンで、スエズ運河に着くところで、突然分かったのでした。

(映画)少年:おい!おーい!おーい!

オートバイの男:誰だー?誰だー?

スタントン:これがテーマでした。自分とは何者なのか? 一見深刻な出来事で、彼の歴史を時系列に並べただけのように思えますが、その根底には一貫してガイドライン、ロードマップがあったのです。この映画でロレンスがしたことはすべて、この世界で自分の居場所を突き止めるためのものでした。すぐれた物語には、必ず強いテーマが流れているのです。

私が5歳のとき、もっとも物語に備わっているべきだと思うものに出会いました。しかし、なかなか遭遇することはありません。これがそのとき母が連れて行ってくれた映画です。

(映像)タンパー:おいでよ。大丈夫だよ。見て。水は凍って硬くなってるよ。

バンビ:ヤッホー!

タンパー:楽しいでしょ、バンビ? おいでよ。立って、こんなふうに。ハハハ、違うよー(氷の上で滑ってうまく立てないバンビ)。

スタントン:映画館から出るとき、ただ驚きに目を見開いていました。これが私の思う魔法の材料、秘伝のソース、驚きを引き起こすものです。驚きとは誠実で、完全に純粋なものです。意図的につくり出すことはできません。私にとって驚きの感情を他人に与えられる才能ほど素晴らしいものはないと思っています。日常の中でほんの一瞬でも心を掴んで、驚きに身を委ねさせるということ。驚きに触れると、細胞レベルで生きていると確信することができます。

私が物語について最初に学んだこと

アーティストが他のアーティストに驚きを与えると、それを受け渡していきたくなるのです。「他の人がしてくれたように、他の人にもなさい」と悪魔の塔の呼びかけで、眠っていた指令が突然動き出すようなものです。すぐれた物語は驚きをもたらします。

私が4歳のとき、くるぶしに2つの傷を見つけたのを鮮明に覚えています。父にこれは何かと尋ねました。父は私の頭にも同じような傷があるけれど、髪に隠れて見えないんだと言いました。私は未熟児で生まれたので、出てくるのが早すぎて、身体が出来上がっていなかったのだと説明してくれました。

状態は非常に悪く、黄色い顔で黒い歯をした私を見て、医者は母に「彼は生きてはいけないでしょう」と言ったそうです。それから数ヶ月入院し、何回も輸血を受けた後、生き延びることができました。それによって私は特別になったのです。

その話が本当かどうかはわかりません。両親が本当に信じているかもわかりませんが、彼らが間違っていることを証明したくはありません。上手くできるようになったことが何であれ、もう一度生きるチャンスを与えられた価値を示す努力をしたかったのです。

(映画)マーリン:ほら、ほら、ほら、大丈夫だよ。お父さんはここにいるよ。約束する。こんなことはもう二度と起こさせないよ。ニモ。

スタントン:これが私が物語について最初に学んだことでした。知っていることを使って、そこから引き出すこと。必ずしも筋や事実を意味するわけではありません。自分の体験から真実をとらえ、心の奥底で個人的に感じる価値を表現するということです。そんなわけで最終的に、ここTEDでみなさんにお話することになったのです。

ありがとうございました。

(拍手)

(編集協力:伊藤勇斗)

<続きは近日公開>

Published at

TED(テッド)

TED(テッド)に関するログをまとめています。コミュニティをフォローすることで、TED(テッド)に関する新着ログが公開された際に、通知を受け取ることができます。

このログの連載記事

1 ピクサーの脚本家がストーリーテリングの本質を語る
2 近日公開予定

スピーカーをフォロー

関連タグ

人気ログ

人気スピーカー

人気コミュニティ

ピックアップ

編集部のオススメ

ログミーBizをフォローして最新情報をチェックしよう!

人気ログ

人気スピーカー

人気コミュニティ

ピックアップ

編集部のオススメ

そのイベント、ログしないなんて
もったいない!
苦労して企画や集客したイベント「その場限り」になっていませんか?