生物の様々な謎を解くかもしれない量子生物学とは

How quantum biology might explain life’s biggest questions #1/2

2つ以上の場所に同時に存在する。通り抜けるはずのない壁を通り抜ける。10億分の1メートルである量子の世界にはこのような不思議な現象が当たり前のように起こります。このような現象の研究は他の分野にも活かすことができます。今ではまだ理解の及んでいない「細胞のがん細胞への変異」など、私たちの生活にも役立つ研究を助ける役割を果たしてくれるかもしれないのです。10年後には量子生物学が生物に浸透していることや、生命が量子の世界を活用するトリックを生み出してきたことがわかるとジム・アル・カリーリ氏は語ります。「生命の最大の謎を解き明かす量子生物学」とはどのようなものなのでしょうか?(TEDGlobalLondonより)

宇宙の中で最も小さな構造を研究をする「生物量子学」

ジム・アル=カリーリ氏:皆さんに新たな科学の分野をご紹介しましょう。まだ推論の段階ですが、非常に興味深く、急成長中の分野です。量子生物学の問いかけは非常に単純です。量子力学という、現代の物理学と科学の多くを支えている原子と分子の世界についての、奇妙でかつ素晴らしい強力な理論は、生細胞の内側でも役割を果たしているのでしょうか? 言い換えると、生物の中には、量子力学の助けを借りないと説明し得ないようなプロセスや構造や現象が存在するのでしょうか?

さて、量子生物学は新しい学問ではなく、1930年代初期に誕生しました。ですが、生化学検査室で分光法を用いて慎重に実験を行うことにより、量子力学を使わないと説明できないようなある特殊なメカニズムが存在するという確かな証拠が明らかになってきたのは、ここ10年ぐらいのことです。

量子生物学の研究には量子物理学者、生化学者、分子生物学者など、異なった学問分野にまたがる学者が集まってきます。私自身も量子物理学が専門ですので、原子物理学者です。私は30年以上も量子物理学を理解しようと努めてきました。量子力学の確立者の一人、ニールス・ボーアは「量子力学に驚かないのであれば、それを理解したことにはならない」と言いました。今でも量子力学に驚かされることがあるのは嬉しいことです。いいことですよね。それは同時に、私が宇宙の中で最も小さな構造、つまり現実の構成要素を研究しているということでもあります。

「10億分の1メートルより小さい」微少な世界を説明する美しく強力な学問

どのような大きさかと言うと、ごく普通のテニスボールから始まって、針の穴から、細胞、バクテリア、酵素に至るまでだんだん小さくなっていき、最終的にはナノ世界にたどり着きます。さて、ナノテクノロジーという言葉を皆さんはお聞きになったことがあるかもしれません。1ナノメートルとは10億分の1メートルに相当します。

私の専門分野は原子核、つまり原子内部の小さな点ですので、さらに小さくなるのです。この微少な世界が量子力学の領域で、物理学者や化学者は長い間それに慣れようとしてきました。それに比べて、生物学者は私に言わせれば、楽をし過ぎですね。棒球モデルで満足してきたのですから。

(会場笑い)

この球は原子を、棒は原子間の結合を表しています。実験所で物理的に分子を作り出せなければ、最近では強力なコンピュータで巨大な分子をシミュレーションすることができます。これは10万個の分子で構成されているたんぱく質です。

量子力学ならこれを説明するのは訳のないことです。量子力学は1920年代に発展した、微少な世界を説明する美しく強力な数学的法則と思想から成る学問です。量子力学の世界は私たちの日常の世界と非常に異なる、何兆個もの原子からなる世界です。確率と偶然からなる世界、曖昧さに満ちた世界です。粒子が広がる波のようにふるまう、幻想の世界なのです。

量子力学、あるいは量子物理学が現実自体の根本的な土台だと想像した場合、量子物理学が有機化学を下支えしていると言っても驚きではないでしょう。結局のところ、原子が組み合わさって有機分子を作り上げる法則を与えてくれるのが量子物理学なのですから。有機化学がさらに複雑になると分子生物学になり、もちろん生物に行き着きます。

「2ヵ所同時に存在する」曲芸のような現象を起こす量子

ですから、ある意味驚くべきことではなく、ほとんど自明であるでしょう。「もちろん、生命は最終的には量子力学によって決まるのでしょう」と言われるかもしれませんが、他のものも全てそうなのです。無生物もまた、何兆個もの原子でできているのです。究極的には量子レベルという、この奇妙な世界について掘り下げて研究しなければなりません。ですが、日常生活においては無視できます。何兆個もの原子を組み合わせると、この量子の奇妙な世界はなくなってしまうのです。

量子生物学は違います。量子生物学はこれほど自明ではありません。もちろん量子力学は分子レベルでは生命体を下支えしています。量子生物学とは、自明でないものを、つまり量子力学の直観と相いれない考えを追求し、実際にその考えが生物の過程を説明する上で実際に重要な役割を果たしているかどうかを見極める学問なのです。

ここに量子の世界の直感と相いれない考え方を示すパーフェクトな例があります。

これは量子のスキーヤーです。まったく正常で、完璧に健康であるように見えます。でも、彼はあの木の左右両側を同時にターンしたように見えるのです。スキーの跡を見れば、何かの曲芸かと思われるかもしれません。でも、量子の世界においてはこんなことはしょっちゅう起こります。

粒子はマルチタスクすることができ、2ヵ所同時に存在することができます。同時に複数の仕事を並行でこなすことができるのです。粒子は広がる波のような働きをしますが、まるで魔法のようです。物理学者や化学者はほぼ1世紀近くもかかってこの奇妙な世界に慣れようとしてきました。生物学者が量子力学を学ぶ必要がなかったり、学びたくないとしても非難しようとは思いません。

生物学においても無視することのできなくなったミクロの世界の研究、量子力学

この奇妙な世界は非常にデリケートです。私たち物理学者は研究室でこの世界を維持しようと懸命に努力しています。絶対零度近くまで温度を下げたり、真空で実験を行ったりして、外部からの干渉を一切受けないように心掛けています。生細胞の温かく、乱雑でやかましい環境とは大違いです。

生物学自体は、例えば分子生物学を考えてみると、生命のあらゆる過程を化学の見地、すなわち化学反応から表現する上では非常によい働きをしたと思います。この化学反応は還元主義的、決定論的であり、基本的に生命は他のあらゆるものと同じものによってできており、マクロの世界において量子力学を無視できるのであれば、生物学においても無視してもよい、というものでした。

しかし、このような考え方に賛成しかねる人がいたのです。「シュレーディンガーの猫」実験(量子力学の問題点を突く思考実験。箱の中に猫と放射性物質のラジウムの他、ガイガーカウンターと青酸ガス発生装置を入れるというもの)で有名なエルヴィン・シュレーディンガーは、オーストリアの物理学者で、1920年代に量子力学を確立した立役者の一人です。1944年にシュレーディンガーは『生命とは何か』という本を書きましたが、その影響力は絶大でした。

この本はDNAの二重らせん構造を発見したフランシス・クリックとジェームズ・ワトソンにも影響を与えました。この本でシュレーディンガーが述べていることを言い換えると、「分子レベルにおいて、生命体にはある種の秩序が存在し、秩序をもたらす仕掛けは、同じ複雑さを持つ無生物における無秩序な熱力学的な原子と分子のぶつかり合いとは全く異なっている」のです。実際、量子効果が非常に大事な役割を果たす絶対零度近くまで無生物を冷やしたときと全く同じように、生物のふるまいにもこのような秩序や構造が見られるのです。

生細胞の中の構造、つまり秩序には独特なものがあります。それでシュレーディンガーは、量子力学が生命において役割を果たしているのではないかと考えたのです。理論の域を出ない、遠大な考えであり、そこからあまり発展しませんでした。しかし、冒頭で私が述べたとおり、ここ10年間の間に様々な実験が生まれ、実際に量子力学による説明が必要と思われる生物学の現象が明らかになってきました。

通り抜けるはずのない壁を通り抜ける「量子トンネル効果」

その中で興味深い例をいくつかご紹介しましょう。これは量子の世界で最もよく知られている「量子トンネル効果(エネルギー的に通常は超えることのできない領域を粒子が一定の確率で通り抜けてしまう現象)」と呼ばれる現象です。

左側の箱には波状の広がった量子があります。電子のような粒子ですが、壁に当たって跳ね返る小さなボールとは異なります。量子とは波動であり、幽霊のように固い壁を通り抜けて反対側へと移動することができる確率があるのです。右側の箱に光がかすかにぼんやりと見えるでしょう。量子トンネル効果によって、粒子は頑強な障壁にぶつかっても、まるで魔法のように片側から消え去り、反対側に現れるかもしれないのです。

わかりやすく言えば、ボールを壁の向こう側に投げようとすれば、壁の上を飛び越えるよう十分な力を加えなければなりません。でも量子の世界では、壁を飛び越えるように投げる必要はありません。壁に向かってボールを投げれば、壁を通り抜けて反対側に現れる非ゼロ確率があるのです。ところで、これは推論ではありませんよ。私たちはこの考えに満足しています。いえ、「満足」という言い方は正しくないですね。

(会場笑)

私たちはこの考え方に馴染みがあります。

(会場笑)

量子トンネル効果は常に生じています。実際、太陽が輝くのも量子トンネル効果のためなのです。粒子が融合し、太陽が量子トンネル効果を通じて水素をヘリウムに変換しているのです。70年代、80年代には量子トンネル効果が生細胞内部でも起こっていることが発見されました。

生命活動の主役と呼ばれる酵素は化学反応の触媒の役割を果たしています。酵素は生細胞内部の化学反応の速度を何倍も速める生体分子であり、その仕組みは常に謎とされてきました。しかし、酵素が使うトリックの一つが、電子や陽子のような原子より小さい粒子を、量子トンネル効果を通じて分子内を移動させることであるとわかったのです。効率よく、素早くです。陽子は姿を消し、反対側に現れることができますが、それを手助けしているのが酵素なのです。

この研究は80年代に主にカリフォルニア大学バークレー校のジュデイス・クリンマン率いるグループによってなされ、現在ではイギリスの別のグループも酵素のこの働きについて確認しています。

「がん細胞の理解に役立つ」他の分野にも応用できる量子トンネル効果

私は原子物理学者であると申し上げましたが、私たちのグループも研究を進める中で、原子核の量子力学的性質を利用するというツールを、他の分野にも応用できることに気が付きました。私たちにとっての問題は、量子トンネル効果はDNAの突然変異においても役割を果たしているのか、ということです。この問にも新しいものではなく、60年代始めには提起されていたものです。

DNAの二重らせん構造の2つのらせんは横木によって結びつけられており、ねじれたはしご状をしています。このはしごの横木は水素結合であり、2つのらせんの間の接着剤の働きをしているのが陽子です。

拡大してみると、陽子が巨大分子ヌクレオチドを結びつけているのがわかります。もう少し拡大しましょう。これはコンピュータのシミュレーションモデルです。

真ん中の2つの白い球が陽子で、二重水素結合になっていることがおわかりでしょう。一つは片側にあり、もう一つは二重らせんを垂直に下りていった反対側、見えない部分にあります。これらの2つの陽子が跳び越すことがありうるのです。2つの白い球を見てください。

陽子が反対側に跳び越えます。そして、DNAの2つのらせんが分離し、2つの陽子が間違った場所に付いたまま複製されると、突然変異に至る可能性があるのです。このことは半世紀もの間知られてきました。

問題は、これがどれほど起こりうるのか、そして、起こるとすればどのように起こるのかということです。2つの陽子はボールが壁を飛び越えるように飛び移るのでしょうか? それとも十分エネルギーがなくても、量子トンネル効果で壁を通り抜けるのでしょうか?

初期の兆候から、ここでも量子トンネル効果が役割を果たす可能性があることがわかっています。その重要性についてはまだわかりません。いまだに未解決の問題です。推定に過ぎませんが、非常に重要な問題であり、もしも量子力学が突然変異において役割を果たしているとするならば、細胞のガン細胞への変異など、突然変異を理解する上で大きな影響を及ぼすに違いありません。

光合成に見られる、2つ以上の場所に存在する粒子

生物学における量子力学のもう一つの例が、生物学の最も重要なプロセスの一つである光合成における量子コヒーレンス(同じ1つの粒子が2つ以上の場所に同時に存在し得る、「重ね合わせ」と呼ばれる現象)です。

光合成とは植物やバクテリアが日光を取り込み、そのエネルギーを用いてバイオマスを生み出すことです。量子コヒーレンスとは量子がマルチタスキングをしているという考えです。量子スキーヤーと同じように、物体が波のような動きをし、一方向から別方向へと動くだけではなく、同時に複数の経路をたどることができるのです。数年前、バクテリア内部で量子コヒーレンスが起こり、光合成を行ったという実験的証拠を示す論文が発表され、科学界に衝撃が走りました。

その考え方とは、光の粒子である光子、葉緑素分子によって捉えられた光量子が、いわゆる反応中心に運ばれ、そこで化学エネルギーに変換されうるというものです。反応中心に運ばれる際に、廃熱として放散されることなく、最も効率的な方法で反応中心に届くよう最適化するために、一つの経路だけでなく同時に複数の経路を通っているのです。量子コヒーレンスが精細胞の内部で起こっているとは画期的な考えですが、今ではほとんど毎週のように新しい論文が発表され、これが現実に起きていることが証明されています。

量子生物学で生命最大の謎を解き明かす

3つ目の、そして最後の例は非常に美しく素晴らしい考えです。これもまだ推測の段階ですが、皆さんにご紹介したいと思います。ヨーロッパコマドリは毎年、秋になるとスカンジナビア半島から地中海へと渡りますが、他の多くの海洋生物や昆虫と同様に、地球の磁場を感知して飛行するのです。今、地球の磁場は非常に弱くなっていて、冷蔵庫のマグネットよりも100倍も弱いのです。それでもどういうわけか、生物の化学的性質に影響を与えているようなのです。

それには疑いの余地がありません。1970年代にドイツの鳥類学者ヴォルフガングとロズヴィータ・ヴィルツコ夫妻が、実際にコマドリが地球の磁場を感知して、それで方角を知り目的地にたどり着くことを確認したのです。まるでコンパスが内蔵されているように。

謎なのは、どうやってコマドリが地場を感じているのかということです。正しいかどうかはわかりませんが、今出回っている唯一の理論は、「量子もつれ」と呼ばれるものを通じて行っているというものです。コマドリの網膜の中に、クリプトクロムと呼ばれる光受容性タンパク質が含まれています。クリプトクロムの中では、2組の電子が量子もつれの状態になっているのです。

さて、量子もつれとは、2組の粒子が遠く離れているのに、互いに接触を保っている状態です。アインシュタインはこの考えを嫌っていて、「離れた場所の間で起こる奇妙な相互作用」と呼びました。

(会場笑)

アインシュタインが嫌っているならば、私たちもみんな不快に感じるかもしれません。一つの分子内の2組の量子的にもつれた電子はデリケートなダンスを踊り、それは鳥が地球の磁場を感知して飛ぶ方角に非常に敏感なのです。これが果たして正しい説明かどうかはわかりませんが、量子力学は鳥が飛ぶのを助けているとしたらわくわくしませんか? 量子生物学はまだ初期の段階で、推測の域を出ません。ですが、私は確かな科学的根拠に基づいていると思います。これから10数年もすれば、量子生物学が生物に浸透していること、生命は量子の世界を活用するトリックを生み出してきたことがわかるでしょう。見ていてください。

ご清聴ありがとうございました。

(会場拍手)

(編集協力:伊藤勇斗)

<続きは近日公開>

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