「悪い印象は捨てて」うつ病のコメディアンが訴え

Confessions of a depressed comic

恋人、友人、家族など、身近な人がうつ病を患ってしまった場合、周囲の人はどのような接し方をしていけば良いのでしょうか。6年以上もの間、うつ病と戦い続けてきたKevin Breel(ケヴィン・ブリール)氏。彼はバスケットチームのキャプテンで、成績優秀で、コメディアンで、パーティーではみんなを笑わせる一見愉快な少年に見えましたが、内面ではいつも何かに怯えていました。自殺願望を抱き、命を絶とうと考えたこともありました。笑顔の下には葛藤があり、明るさの底には闇があり、人格の裏には巨大な痛みがあったにもかかわらず、人にうつであることを知られるのを恐れ、隠し続けていたのです。うつ病は、他の病気やケガと比べると理解されにくく、Facebookなどのソーシャルメディアで話題にすることもタブーとされている風潮があります。その状況がうつ病患者を孤独に陥らせ、更に苦しませてしまうのです。ブリール氏は自信の経験を元に、周囲の人たちがうつ病に対する悪いイメージを捨てること、無知や不寛容さを捨てることの重要性について説きました。(TEDxKids@Ambleside2013 より)

6年間、うつ病に苦しめられ続けた

ケヴィン・ブリール氏:私は人生の大半を2つの違う人生を生きてきたような気がします。みんなが知っている人生と、私だけが知っている人生です。みんなが知っている人生の中で、私は友達だったり、息子だったり、兄弟だったり、スタンダップコメディアンだったり、ティーンエイジャーだったりします。

それがみんなが知っている私の人生です。もし私の友達や家族に私がどんな人かと聞いたら、きっとそんなふうに答えるでしょう。それが私の大部分を占めており、それが自分です。

逆に私が自分はどんな人かと聞かれたなら、きっと同じようなことを答えるでしょう。私は嘘はつかないですが、完全に真実を話せるわけでもないのです。なぜならその真実はみんなが見ている私の人生だけだからです。

私だけが知っている人生で、本当の私はうつ病に苦しめられている誰かなのです。ここ6年間、その病気と戦い、そして今でも続いています。

さて、うつ病を経験したことのない人や、うつ病が何なのかよく知らない人にとっては、聞いたらきっと驚くでしょうが、うつ病は人生で何かうまくいかない時や、彼女と別れたり、愛する人を失ったり、やりたかった仕事につけなかったりする時に悲しくなる病気だという間違った一般的な認識が存在します。

でもそれは悲しみというものです。ごく自然なことでしょう。自然な人間の感情です。本当のうつ病とは、何かがうまくいかなくて悲しくなるのではありません。

本当のうつ病とは、すべてのことがうまくいっている時に悲しくなってしまう病気なのです。これが本当のうつ病です。そして私が悩まされ続ける病気です。

正直なところ、ここに立ってみなさんにこの事をお話しするのには勇気がいりました。うつ病についてお話しするのは大変なことなのです。おそらく誰にとっても悩む内容でしょう。ですから誰も話そうとしません。

誰もうつ病について話そうとしませんが、話す必要があるのです。なぜならうつ病は大きな問題になっているからです。

Facebookでうつ病の話題はタブー

うつ病は大変大きな問題です。でも、ソーシャルメディアで見かけませんよね? Facebookでも見かけませんし、Twitterでも見ません。ニュースでも見かけませんよね。

なぜならそれは楽しくもないし、おもしろくもないし、軽い話題でもないからです。だからうつ病について私たちが見かけることはないですし、その重要性を考えることもないのです。

ですが、その重要性や緊迫性とは、こういうことです。たった30秒ごとにどこかで、うつ病によって自らの人生を終わらせる人がいるということなのです。

もしかしたら2ブロック先かもしれませんし、2ヶ国先かもしれません。もしかしたら2大陸先かもしれませんが、それは起こっているのです。毎日必ず起こっていることなのです。

そしてこのような傾向があります。社会として、そんな状況を知っても「だから何?」と言ってしまうことが。「だから何?」。

事実を知ったのに、興味を示さず、「それはあなたの問題でしょ。それは彼らの問題じゃないの」と。「悲しいよ」とか、「同情するよ」とかも言いますが、「だから何なの?」とも言うのです。

そう、2年前にうつ病は私にとって問題でした。何百万回も座ったことのあるベッドの端に座って、自殺を考えていました。もし私の人生の表面だけを覗いたならば、そこに自殺を考えている少年は見つからないでしょう。

バスケ部の主将で、戯曲と演劇の科目で年間最優秀生徒に、国語でも年間最優秀生徒に選ばれ、常に成績優秀者名簿に載り、あらゆるパーティーに顔を出しているような少年の姿しか見えないでしょう。

だから私がうつ病だなんて考えないでしょうね。私に自殺願望があるはずないと言うでしょう。でも違うのです。

私はあの夜、薬の入った瓶の隣でペンと紙を手にして、そして人生を終わらせようかと考えていました。もうほとんど気持ちは決まっていたのです。

本当に命を絶とうとしていました。でも思いとどまりました。あちらの世界へ足を踏み入れ、覗き込んだのに一線は越えなかった、生き残ることができた幸運な人間の1人です。私は生き残ることができました。だから私の人生は続くのです。

いつも何かに怯えていた

そして私の人生はこうです。簡単にお伝えしましょう。私はうつ病にかかっています。そして長い間、ずっと考えているのです。私は2つの別々の人生を歩んできたのだと。

その人生で私はいつも何かに怯えていました。周りの人たちに本当の自分が完璧でもないし、みんなが思っているような高校の人気者でもないと知られるのが怖かったのです。

笑顔の下には葛藤があって、明るさの底には闇があって、私の人格の裏には巨大な痛みがあるのだと知られるのが怖かったのです。

ほら、ある人は女の子に好かれないことを恐れるでしょう。サメが怖い人もいますし、死を恐れる人もいます。でも私の場合、人生の長い期間、自分自身が怖かったのです。

私の真実が、私の正直さが、私の弱さが怖かったのです。そしてその怖いという気持ちが私を隅に追い詰め、出口は1つしかないと思わせたのです。毎日その出口について考えていました。

正直に言うならば、今ここに立っていてもそのことについて考えています。それが病気であり、葛藤であり、うつ病なのです。

うつ病は水疱瘡とは違います。1回かかってしまえば、またかかることのない病気とは違います。共に生きていく病気です。その病気の中で生きていくのです。追い出せないルームメイトのような、無視できない声のようなものです。

逃げられない感情であり、恐ろしいことに、少し経つと感覚を失ってしまうのです。それが当然のことになるのです。

悪いイメージのせいで、病気を我慢したり、隠したりしてしまう

最も怖いのは自分自身の中での苦しみではありません。他人の心の中にある悪いイメージ、恥、当惑、友人の顔に表れる非難の表情、廊下で「弱い奴だ」と囁かれること、「頭がおかしい」と言われることなのです。そのせいで助けを求められないのです。

そのせいで、病気を我慢したり、隠したりしてしまうのです。悪いイメージのせいなのです。我慢して隠して、そして毎日ベッドから出られなくなるのです。

どんなにがんばって埋めようとしても人生が空っぽに感じて、隠してしまうのです。現実では私たちの社会はうつ病に対して悪いイメージを持っています。

「そんなことはない」と思うのであれば、自分自身に聞いてみてください。Facebookに「背中が痛いからベッドから出るのが辛い」ではなく、「うつ病だから毎朝ベッドから出るのが辛い」だなんて書き込めますか?

これが悪いイメージなのです。残念なことに、私たちの住むこの世界ではもし腕を骨折したならみんなギブスにメッセージを書き込んでくれますが、「うつ病なんだ」と伝えれば、みんな背を向けるでしょう。これが 悪いイメージです。

私たちは脳以外の体の部分のケガには寛容です。それが無知だということです。純粋な無知が、うつ病を理解しない世界や精神の健康を理解しない世界を作り上げてきたのです。私にとっては皮肉なことです。

うつ病は最も議論されていない病気の1つ

なぜならうつ病とは、この世界において最も文献化されている病気の1つなのに、最も議論されていない病気の1つだからです。私たちはそれをあしらって、隅に追いやり、そしてそこには何もないかのようなふりをし、自身で治ってくれるように祈るだけなのです。

この病気は勝手には治りません。それは単なる希望的観測であり、それは戦略などではなく、先延ばしにしているだけなのです。こんなにも大事なことを先延ばしにすることはできません。どんな問題でも解決する第一歩は、問題があると認識することです。私たちはまだできていません。質問を怖がっているのに答えを見つけられるとは思えません。

私には解決策が何なのかわかりません。「わかったらいいのに」と思いますが、わからないのです。ここで今始めなくてはいけないのだと思います。私とともに、あなたたちとともに、苦しんでいる人々とともに始めなくてはいけません。

そして陰に隠れている人々も一緒にです。声を上げて、沈黙を破らなくてはなりません。私たちは信じることのために勇気を持たなくてはなりません。

私が悟ったことがあるとすれば、私が最大の問題だと見ているものがあるとするならば、それは周りの人間を理解しない世界をつくらないということです。

私たち自身を受け入れることを教える世界であり、私たちがありのままにいられる世界を作ることが必要です。みんなが正直になれば、誰もがもがき、そして苦しんでいるのがわかるのです。

このことにしても、別のことにしても、誰もが傷つく気持ちはわかるのです。私たちはみんな心に傷を負うことがどんなことなのかわかっています。そしてそれを癒すことがどんなに大事かもわかっているのです。

でもたった今、うつ病は社会の深い傷であるのに、バンドエイドを傷に貼り、そこに傷なんかないかのように装って満足しているのです。

傷は確かにそこにあるのです。でも、それでいいのです。うつ病は大丈夫なのです。苦しんでいる人たちは、大丈夫だとわかってください。あなたは病気ですが、弱いのではありませし、問題はあるけれど、あなた自身ではないということをわかってください。

恐怖や嘲笑、周りの人間の評価や悪いイメージを乗り越えるとき、うつ病が本当は何なのかを理解することができるでしょう。それは人生のほんの一部でしかありません。たったの一部なのです。

悪いイメージを捨て、無知と不寛容をやめよう

私の人生の様々な場面で、うつ病は足を引っ張ってくれましたが、私が忌み嫌ったのと同じくらい、多くの意味で私は感謝してもいるのです。うつ病は私を谷底に落としてくれましたが、頂上があるのだと教えてくれました。

暗闇に引きずりこまれましたが、光があるのだと教えてくれました。この惑星で19年以上、何よりも辛い痛みは、私に新しい見方を与えてくれました。

そして私の傷は希望と信条を持つこと、自分自身を信じること、周りの人を信じること、状況は良くなると信じること、変えられると信じること、声を上げられるということ、無知と戦うことができること、不寛容と戦えるということを教えてくれました。

そして何よりも、自分自身を愛すること、そして受け入れること、周りが望む人間ではなく、ありのままの姿を受けいれることを学びました。

私が信じる世界は、あなたの光を受け入れる世界であり、あなたの闇を見ないふりする世界ではありません。私が信じる世界は、逆境を乗り越える能力が評価される世界であり、それを避けて通るような世界ではありません。

私が信じる世界は、誰かの目を見て「私は地獄を体験しているんだ」と話したら私を見つめ返し「私もだ。大丈夫だよ」と言ってくれる世界です。それでよいのです。それでうつ病は大丈夫なのです。

私たちは人間です。私たちは困難にぶつかったり、苦しんだり、血を流したり、泣いたりするのです。もしもあなたが本当の強さとは絶対に弱さを見せないことだと思っているのなら、それは間違いだと言わせてください。

間違っているのです。逆なのですから。私たちは人間です。誰もが問題を抱えています。誰も完璧ではありません。それで良いのです。

無知をやめましょう。不寛容をやめましょう。悪いイメージも捨てましょう。沈黙をやめて、タブーを取り払うのです。真実を見て、話し合いを始めましょう。人々が1人ぼっちで戦っている問題を解決するたった1つの方法は、一緒に強くなることなのです。私は、できると信じています。そう信じているのです。

みなさんありがとう。夢が叶いました。ありがとう。

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