科学的根拠に基づいた教育政策は、日本に根付くのか
もはや裕福ではない国に必要な転換

Economics of education - as a weapon which we can change the world | 中室牧子 | TEDxKeio #1/2

「教育とは、この世界を変えるためのもっとも強力な武器である」ネルソン・マンデラ氏は言いました。慶応大学准教授に中室牧子氏はこの言葉を信じ、いかにして教育をより「世界を変えるためのもっとも強力な武器」にするかを研究しています。今、世界は教育の付加価値に重きを置き、科学的根拠に基づいた教育を行っています。しかし、日本ではこのような教育があまり受け入れられていません。もはや裕福ではない日本で、教育はどのように変わっていかなければならないのでしょうか? 中室牧子氏が語ります。(TEDxKeioより)

学校と教師たちの評価情報を公開する「教師の付加価値評価」

中室牧子氏:この12月に死去したネルソン・マンデラ氏は言いました。「教育とは、この世界を変えるためのもっとも強力な武器である」と。

私はこの言葉を心から信じています。私は一人の経済学者です。専門は教育経済学です。教育経済学とは、経済学を使って教育を分析する研究です。

アメリカの大学の博士課程で教育経済学を研究し始めた頃、私がもっとも驚いたことは教師の付加価値評価でした。メディアはしばしば、教師の付加価値ランキングのデータベースを公開していました。

それは生徒の共通テストにおけるスコアの向上に基づいたもので、一年間学校で教えた教師は全員、そのデータベースに格付けされるのです。ですから、生徒や両親を含めた人々はみな、それぞれの学校の教師一人ひとりの付加価値評価を知ることができるのです。

学校と教師たちの評価情報を公開させるというこの、非常に強い社会からのプレッシャーは、2001年にアメリカ連邦議会が制定した「No Child Left Behind Act(落ちこぼれ防止法)」から始まったのではないかと思います。

この法律は、教育法の歴史的なターニング・ポイントになったと言われています。この法律の重要な特徴は、「科学的根拠に基づいた調査」というものでした。驚くべきことに、この言葉は法案の中に111回も登場しています。なぜ、教育に「科学的根拠に基づいた調査」が必要なのでしょうか?

科学的根拠に基づき、より効果的になっていく世界の教育

この「落ちこぼれ防止法」は、どのような教育活動が実際に生徒の成績を上げる効果があったのかを見きわめるために、評価もしくは実験調査に基づいたエビデンス(根拠)を要求しています。

そしてまたこの法律は、教育投資に対してもっとも高い成果を得るために、いちばんコスト・パフォーマンスの良い教育法を追求しています。では、一体どのような根拠が必要なのでしょうか?

ひとつ例を挙げましょう。アメリカのテネシー州で行われた、「スター・プロジェクト」と呼ばれる、学級人数に関する社会実験です。

この実験は1986年、テネシー州の教育機関79校において、幼稚園児から小学3年生まで11600人の生徒に対して行われました。生徒を13〜17人の少人数クラスと、22〜25人の通常クラスにランダムに分けたのです。

そして2年後、「ランダム化比較試験」と呼ばれたこの社会実験は、少人数クラスに入れられた生徒たちが、通常クラスの生徒たちに較べてより良い成績をおさめたという結果を明らかにしました。

このような、科学的証拠に基づいた明確な結果は、私たちが必要としている根拠とはどのようなものなのかということを示しています。これらの正確な根拠がなければ、学区は連邦政府から予算をもらえないのです。これが落ちこぼれ防止法の中心をなす考え方です。

発展途上国も、アメリカのような先進国と同様、エビデンスを必要としています。私が世界銀行で働いていた時、科学的調査に基づいた教育活動を提供するよう、発展途上国からの強いプレッシャーを毎日のように目にしていました。発展途上国の限られた予算と資源の中で、政府が教育投資に対する成果に敏感になるのは当然です。

マサチューセッツ工科大学のPoverty Action Lab(貧困活動研究所)は、根拠に基づいた政策決定に大きく貢献しており、発展途上国の教育分野において広く受け入れられてきています。

科学的根拠に基づかない日本の教育

しかし私が日本に帰国した時、日本で起こっていることを発見してとても驚きました。日本はこの国際的な趨勢から大きくかけ離れているのです。科学的調査や科学的根拠と、教育法との繋がりはとても弱いのです。

たとえば、クラスあたりの人数を減らすことについては、この国でも長らく議論されてきています。しかしその議論は、科学的根拠に基づくものとはとても言えません。

提供された証拠は限られており、この国では学級人数に関する共通認識がありません。いくつかの地方自治体は、初等教育の質を保証するため学級人数を減らすことを決めました。ではなぜ、他の自治体は中等教育の学級人数を減らそうとしているのでしょう?

どちらが正しく、どちらが間違っているのでしょう? 残念なことに、私たちにはその答えがまだわかりません。

この国では未だに難しい挑戦ですが、私は科学的調査と教育法との架け橋を作る方法を追求しています。私は自分の研究調査を進めているうちに、科学的根拠に基づいた教育法の制定が実際には難しいことがわかりました。

まず、教育関連のデータへのアクセスは、この国ではきわめて限られています。国にしろ、地方自治体にしろ、学区にしろ。次に──こちらのほうがより深刻な問題ですが──もっとも正確で説得力のある根拠を提供してくれる方法である、スター・プロジェクトのような社会実験が、社会的に受け入れられていないのです。

おそらく倫理的な懸念があるためでしょう。しかしより本質的なところで、人々は、評価されることを嫌うのです。私も個人的には、その感情は理解できます。

しかし、日本はもはや裕福な国ではありません。限られた資源と制約の多い予算の中で、私は今こそ、教育について考えるべき時、根拠に基づいた教育政策決定に切り替えるべき時だと強く信じています。

教育を「世界を変えるためのもっとも強力な武器」にするために必要なこととは?

いくつかの非営利団体は、この方法を採択し始めています。私自身、慶応義塾大学の赤林教授の調査チームの一員として社会実験に参加しています。また、「Chance for Children」という非営利団体と密接に連携して活動しています。このNPOは、東北の被災地の子供たちに塾や家庭教師や通信教育といった補修教育を受けられるクーポンを提供しています。

このクーポンが被災地の生徒の成績をどれくらい向上させたかを評価する社会実験調査を私と同僚とが開始した時、私はNPOの人々に何度も訊ねました。

「評価されることが怖くはありませんか? 調査結果がクーポンやあなたがたのやってきたことに対して良い結果でなかった場合、どうしますか?」

驚くべきことに、評価されることに対して彼らは少しも怖じ気づいていませんでした。それどころか、彼らの反応や回答は私にとってとても勇気づけられるものでした。彼らはこう言ったのです。 「もしそうなら、あなたの調査は私たちのクーポンや被災地における教育を改善するきっかけになります」

彼らの精神は、科学的調査と実際の教育現場とに反映されるべきものです。そしてまた、彼らのような精神が、教育を「世界を変えるためのもっとも強力な武器」にするのです。ありがとうございました。

(編集協力:伊藤勇斗)

<続きは近日公開>

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