大好きな歌舞伎を自分の仕事に

中村壱太郎氏:さて皆さん、歌舞伎というものをご存じでしょうか? 日本の伝統芸能の1つ。ご存じだという方、歌舞伎のイメージは、いかがでしょうか? 「難しい」「言っていることがよくわからない」「おもしろくない」「意味不明だ」など、そういう言葉を聞くと、僕は「そんなことはないんだよ! 歌舞伎、こんなにおもしろいんよ!」と、何十分もかけて思いっきり熱弁したくなるんですが、今日はそのような決まり切ったことは 話しません。

何故、今、僕が、歌舞伎を演じるのか。物心ついた頃から、生活の一部に歌舞伎がありました。いわゆる梨園の世界に生まれました。僕は幼い頃から今日まで、ずっと歌舞伎を演じることが好きです。好きなことを仕事にできる。これはとても幸せなことだと思います。

歌舞伎への可能性を模索した大学生時代

しかし、ちょうど大学に入る頃でしょうか。「好きなだけで、この仕事をずっと続けていけるのだろうか?」「一生、演じていくだけの楽しみと可能性が、この歌舞伎にはあるのだろうか?」と不安を感じました。そんな時、大学で出会ったある友達は、未来のビジョンを立てて、自分でゼロから自由に自分の将来を夢見ていました! その姿が、その時の僕には何か可能性に満ちていて、すごく格好良く見えたんですね。

大学という環境の中で周囲が自由な生活をして、将来の夢を楽しんでいる。それに憧れていたのかもしれません。「僕も一度、今までの歴史を捨て去って歌舞伎を考えてみたら、もっと今以上に楽しむことができるんじゃないか?」「これから続けていく、この先も続けていく理由を見つけることができるんじゃないか?」と、何か突拍子もなく僕は思ったんです。

そこで、今自分が身を置いている歌舞伎の世界の「囲い」を崩すことにしました! と、大きなことを言っているんですけど、実は内心は天の邪鬼で。というのも、歌舞伎には400年という長い歴史があります。そして数多の先輩達が積み重ねてきた礎があります。

「僕1人が何かアクションを起こしたところで、そう簡単に変わるわけはないだろう」と思っている自分も、どこか(自身の後ろの方を指さしながら)この辺りにいたんですね。

歌舞伎には、しかも沢山の決まり事があります。使われる言葉は、ほとんどが時代劇に出てくるような昔言葉ですし、芸は先輩達から継承され、演技・演目も決まりが沢山あります。伝統の重みは並大抵のものではありません。一瞬で崩せるはずがない。それには月日がかかります。相手は長い年月閉じこもった重みがある。

「さて、どうしようか?」「僕に、今何ができるのだろうか?」いくら足掻いても、そこには必ず決まり事による壁がありました。そこには崩せない限界があったんです。

僕が歌舞伎を辞めて何か違うことをしない限り、ゼロにはなれない。でも僕は歌舞伎が好きだから、歌舞伎との縁を切ることもできない。思い悩む中、『曾根崎心中』という作品のヒロイン、遊女の19歳のお初という役を、自分の同じ年齢、19歳で演じることになりました。

「囲いを崩す」ではなく、「囲いの中で楽しむ」

この『曽根崎心中』、どういう作品かというと、歴史上の有名人、近松門左衛門が約300年前に作った名作で、僕の祖父がそのお初の役を1200回以上演じているという作品です。重みのある作品で、人生初の主役。

この作品を演じることが決まった途端、周りの人達は言いました。「あの人間国宝、坂田藤十郎の孫なんだから、何かしてくれるだろう!」「今までとは違った中村壱太郎が見えるのでしょうね!」と。様々な重み、プレッシャーがのしかかってきました。

そんな僕に祖父は、1つだけアドバイスをしてくれたのです。「自分のお初を作りなさい」「自分のお初?」この時、僕は1つの挑戦をすることにしました。「今までとはスタンスを変えて、伝統を敵と思って戦っていくのではなく、歌舞伎の胸を借りて、その中で足掻いていこう!」と。そして、どれだけ自分が自由にできるか。その「囲い」の中で僕は楽しむことができるのか。 

自分のお初を作るためには、まずその作品、相手を知らなくてはなりません。そこで、挑戦の1つとして、僕は、『曽根崎心中』という作品に対して、自分が思っている疑問、「何故?」を沢山問いかけることにしました。

「何故、近松門左衛門はこの作品を作ったんだろうか?」「何故これが歌舞伎なのだろうか?」という根本的なことから、「何故、この始まり方をするんだろう?」「何故、このシーンでこの音楽が使われるのだろうか?」という技術的なことまで。そして、究極は「何故、今僕が歌舞伎をこの作品を演じるのか?」

これらの「何故?」を問いかけて研究して答えを出して、知識を増やすことで、この作品に詰まった深いメッセージをお客さんに伝える。これこそが楽しみへの糸口だと思っていましたが、これらの答えは容易には出ませんでした。

というより、むしろ明確な答えなどない曖昧なものでした。結局答えの出ないまま初日の舞台を迎えてしまい、何日も何日も過ぎていきました。

パフォーマーと観客のキャッチボールが「間」を生み出す

しかし本番を重ねているある日、僕は目には見えない言葉にもできない、「何か」を感じたんです。その「何か」というのは、僕が見せ場で決め台詞を言ったり何かポーズを持って決まったりすると、客席の後方から大向う(おおむこう)といって「成駒屋!」と歓声がかかる。すると客席に拍手が生まれる。そして感じる心地の良い響き。

その時は何が何だか全くわかりませんでした。この間隔は何なんだろうか。後々冷静に考えてみると、それを言葉にすることができました。

それは舞台空間に生まれる「間」。この「間」というものこそ、歌舞伎という制限の中で僕の自由な楽しみを作る手伝いをしてくれるパートナー、相棒なんです。

「間」。舞台はパフォーマーが一方的に皆さんに演技を見せるだけではありません。パフォーマーの演技に対して、観客は拍手や声援で能動的に働きかけをしてくれる。このキャッチボールの連鎖が、「間」を生み出します。僕の大好きな、大切なパートナーである「間」は、一人の力、一方通行では生まれません。

もう皆さんは今、お気づきだと思います! このTEDxKeioの会場にも、多分「間」が生まれているんだと思うんです。だから僕もこうやって楽しくスピーチができる。ここにはスピーカーである僕とそして聴衆である皆さんだけが味わえ、感じることができる、ここにしかない世界が、人間味のある世界が作られているんです。

そして多分、僕も皆さんもこの体験を楽しんでいる。僕は「間」が好きだから、今日こうやってTEDxKeioに出ました。限られた空間だからこそある価値、これは必ず存在すると思います。その価値を好きになって活用し、自分の楽しみを作り出す。そしてそこにしかないコンパスで、自分の宝物を探し出す。限られた空間は本当に素晴らしいものです。

(次の映像を指しながら)これ、仕事じゃないんですけどね。

(会場笑)

日本代表の試合観戦。

どうですか? 皆さん。サポーターと一緒に大いに盛り上がって、勝利したら喜びを分かち合い、負けたら悲しみを皆で共有する。これは多分、缶ビール片手に1人でテレビの前では味わえないと思います。

僕はこうして、歌舞伎という、「囲い」の中にある、「間」を通して、囲われた空間の中で楽しむことに成功しました。

楽しみは探しに行くものではなく、そこに在るもの。

今日、皆さんに僕は何を伝えたいのか? 制限を感じた時、全てを捨ててどこかに答えを求めに行くのではなく、囲われた中を見つめ直すことで、そこにしかない、そこにしかできない楽しみ、スペシャルな楽しみが存在するということ。

囲われた歌舞伎の世界。しかし、そこから逃げることなく、僕は自分の楽しみを、そこにしかない幸福を見つけることができました。そして一生続けていく理由を探し出すことができました。今は何でもできてしまう時代。だからこそ、何をしていいのかわからない時代。

もしあのとき、他の選択肢をとっていたら、全く違う人生が、もっと素晴らしい人生が待っていたかもしれません。でも、僕はその時、自分が置かれた環境を信じました。

皆さんにとっての「囲い」はなんでしょうか? 自分が入っている「囲い」を見つめ直し、仲良くすることで、自分にあった楽しみを見つけることができるのではないでしょうか? それこそが制限の中にある、自由な楽しみ。楽しみは探しに行くものではなく、楽しみはそこにあるもの。

さきほど少しお話しした『曽根崎心中』の19歳のお初の役。23歳の僕も演じれば、今年82歳になる祖父も演じています。僕は一生、この歌舞伎という「囲い」の中で、様々な楽しみを生み出していくことを誓います。

ありがとうございました。

(会場拍手)

(編集協力:柴田美郁)