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尾原和啓×磯崎哲也(全1記事)

「ベンチャーにトレンドなんて関係ない」 磯崎哲也氏が語る、ベンチャーファイナンス最前線

過去にはネットイヤーグループのCFOを務め、著書『起業のファイナンス』やブログ「isologue」で有名な磯崎哲也氏が、ベンチャーファイナンスの最前線について語りました。

ITは技術ではなく"ビジネス"として捉える時代

尾原:本(『ITビジネスの原理』)はいかがでしたか?

磯崎:非常に面白かったです。というか私もズバリこういう本を書きたいなとずっと妄想し続けて書けずにいて、今に至るという感じなんですよね。一般のビジネスを含めた形でITやインターネットを解説した本というのは、ありそうでなかったなと思います。本当は僕がぜひ書きたかったところなんですけども(笑)。

尾原:ありがとうございます(笑)。僕はたまたまマッキンゼーにいてビジネスを知りつつ、ITのオタクでもあったから、こういう本を書けたというだけです。今回、対談させていただこうと思ったのは、やはり磯崎さんのようにITのフィールドの最前線にいらっしゃりながら、ビジネスや会計を繋げる人は意外とこの業界にはいないんですよね。磯崎さんから見る角度で見たITビジネスは、いろんな深みがあると思います。

磯崎:ご存じのとおりITビジネスというのはもはやSNSやチャット等だけではなく、ECから金融から、すべてを含むようになりましたよね。

尾原:そうですね。

磯崎:ですので、情報技術そのものへの理解ももちろん大事なのですが、今後のITビジネスに関わる人に今必要なのは、ビジネスモデル全体を理解する能力です。

尾原:本ではオランダの農業革命の話や、古い産業がネットによって大きく変化するという意味で、印刷業界を変えつつあるラクスルなどの例を書かせていただきましたが、それらは本当に一つの例に過ぎません。磯崎さんがおっしゃるように金融業界はネットのテクノロジーで戦うようになってまったく変わりましたし、医療も同じです。こうした大きな変化を捉えることがすごく大事だと思います。

磯崎:「今のトレンドは何ですか?」と僕もよく聞かれますが、ネットの威力はもはやトレンドというレベルではなく、かなりデカイものだと思います。SNSやチャットだけがネットということではなく、遠くのものを繋ぎ、多数のものが出会う機能がネットの本質です。

ITやネットがすべての産業やビジネス、社会に取り入れられていく流れは、10年で終わるようなものではないと思います。この流れをしっかりと見た上で、次にどのようなビジネスチャンスがあるのかを見つけることが今いちばん大事なことですね。

アーリーステージで億単位の投資は普通

尾原:まさに磯崎さんも金融からいろんなものを見られてきて、ご自身も「フェムト」というものすごい小さい単位で投資をやられていて、これも一つのネット的な流れですよね。

磯崎:ご存じのとおり、私のやっているベンチャーファンド「フェムトグロースキャピタル」のフェムトというのは「10のマイナス15乗」という非常に小さい単位のことです。フェムト・スタートアップという数百万円程度を投資するシード・アクセラレーターを、まず始めました。ある意味、日本人的に卑下する意味を込めています(笑)。マイクロソフトよりもさらに小さいぞという(笑)。

尾原:なるほど! マイクロより小さいからフェムトなんですね。

磯崎:もちろんミクロな投資をしようという話ではなくデカイことを考えてのことですが、そこは逆に「フェムト」としてみました。今、実際にフェムトグロースキャピタルというファンドでやっている投資は、1億円から3億円ぐらいのお金をドンとアーリーステージのベンチャーに投資することをしています。

尾原:1億から3億でアーリーですか!? けっこう大胆なことをやられていますね。

磯崎:アメリカと日本のベンチャーが異なる最大の要因はファイナンスです。たとえばネットの技術では、日本はRuby(ルビー)の10年遅れたバージョンでプログラムしているとか、そういうことはありえないですよね。ところがファイナンスだけは、日本はアメリカに比べて20年ぐらいフェーズが遅れている。僕はそれを遅れていると嘆くのではなく、すごいビジネスチャンスだと思いました。それがフェムトグロースキャピタルを始めたきっかけです。

尾原:なるほど。

磯崎:アメリカであれば日本円で10億、20億というお金がアーリーステージにドカンドカンと投資されるわけですが、日本でそれを出来るのはほんともう5、6社しかありません。ある意味、非常に競争が緩い状況です。投資するとなれば、やはりみなさんユーザー数がすごく伸びているとか、IPOが見えて来たといった、確実にリターンが得られるフェーズでというところが多い。ですので、逆にアーリーステージで億単位のお金が必要なビジネスモデルを持っているベンチャーは、たいていご相談に来ていただけます。

尾原:競争戦略で非常に有利なわけですね。

100億円はニッチ市場

磯崎:ということで、昨年2013年の4月にフェムトグロースキャピタルを始めましたが、その後にでっかいファンドが同じ領域にドカドカできましたので、甘い世界ではありません。

尾原:そうなんですか。

磯崎:100億円単位のファンドはどんどんできています。投資の環境はいい意味で盛り上がってきているという話なのですが、まだ広い宇宙空間で離れてドカンドカンと爆発しているような状況です。お互いにつぶし合うような状況にはなっていないので、まだまだ盛り上がっても大丈夫かなという気がしています。

尾原:ちなみにフェムトを立ち上げていろんなアーリーステージの案件を見られてきた中で最近の傾向、たとえば通底に流れる何か変わろうとしている原理のようなものはありますか?

磯崎:アーリーステージのベンチャーの場合、あまり「トレンド」といったものを見てはいけないと思います。大きなニッチは別のところにポンとまとまったものがあったりするので、それでビジネスモデルが成立するならばいいという話です。

尾原:なるほどなるほど。

磯崎:ベンチャーは非常に小さい世界で、たとえば100億円の売り上げがあるビジネスを作れれば大成功ですけども、100億円は日本のGDP500兆円の1万分の1のさらに5分の1、0.002%とかそれぐらいのものでしかないんですね。そのぐらいのニッチであれば、日本中にゴロゴロしています。

尾原:100億円ぐらいのベンチャーはもともとニッチなんだよということですか。それ、わかりやすい発想ですね。

ベンチャーには市場トレンドも成熟度も関係ない

磯崎:「日本は農耕社会だから出る杭のベンチャーはいじめられる」と思っている人がよくいますが、実はぜんぜん違います。100億円ぐらいのニッチはたくさんあるし、それを助けてくれる人もいっぱいいるわけです。いっぱいといっても、Facebookでさえ友だちは5000人までなのですから、別に10万人の友だちがいる必要はありません。数百人の友だちが応援してくれるような領域って、いくらでもあるんじゃないかなと思います。

尾原:もともと0.002%のニッチ領域なのだから、その人たちに熱烈に歓迎されるようにすればいいということですね。それ面白いです。

磯崎:1000億円でも0.02%ぐらいですから、世の中に比べると小さな話なのでベンチャーは気軽にやっていただきたいなと思います。それぐらい小さいことなので、日本がこれから高齢化していくから大変だとか、世の中の流れとほとんど関係ないですから。

尾原:0.02%の人口だったら、別に日本全体の人口が20%減ろうが別に関係ないという話ですね。

磯崎:たとえばGoogleがはじまったとき、Googleなんてただの広告業じゃないか、広告業なんて成熟しきってすごく停滞している産業なのに、何兆円という時価総額がつくのは絶対におかしい、と言う人がいました。だけど全体のパイが5兆円で横ばいだとしても、その中で1兆円とればすごいビジネスなわけですよ。パイのデカさや産業が成熟しているかどうかなんて、ベンチャーにはまったく関係ありません。

尾原:すごくわかりやすいベンチャーの話でした。本日はありがとうございました。

おばら・かずひろ 楽天株式会社執行役員・チェックアウト事業長。1970年生まれ。京大院で応用人口知能論講座修了。マッキンゼーを皮切りに、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、KLab取締役、リクルート2回、Googleなどの事業企画、投資、新規事業など歴任。現職は11職目になる。「TED」の日本オーディションに従事するなど、IT以外にも西海岸文化事情にも詳しい。

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