読者が作品にリアリティーを感じる理由

真山仁氏(以下、真山):私の小説を読まれた方は「よく取材しているな」とおっしゃってくださるんですけど、みなさんが思っている部分はそれほど取材していないんですよ。そういう箇所は実は資料があれば書けるのです。

なのになぜ、みなさんが「よく取材しているな」って思われるかというと、きっとどこがで私と同じくなにか資料を読まれたからです。

私が取材するときに重要なのは、その方の価値観やプライド、業界のルールなど資料ではわからない生の部分です。

岡島悦子氏(以下、岡島):真山さんのすごさは、人物の価値観の軸や業界の価値観を作品に埋め込んで(いくところですよね)。

真山:小説家の多くは、人間が表に出さない内面に興味がある。例えばレストランに行ったら、「あそこでなにかやってるのは痴話喧嘩に違いない。聞きたいな」とジーっと人を見ているようなイメージで、さりげなく周りを観察していますけど、(相手と)話をして(会話の)なかから取ってしまったほうが早い。誰と会っても取材のつもりでいます。

岡島:私も人の目利き業をずっとやってるので、もうプロファイリング大好きで! 今日も誰がどこに座っているとか、すごい気になるんですよね。

「こういう奴は早く来るんだな。やっぱり」とか、「どこに誰が座ってて、そういうキャラクターか」みたいなことをめちゃくちゃ分析しているんですよ。

だからみんな、私とご飯食べたがらないんですけど。「何から食べるかで、姉さんには(キャラクターが)わかっちゃうんじゃないか」ってよく言われるんです。

真山:そういう人好きですね。そうしたら、私、毎回違うもの食べますよ。

(会場笑)

「知っているふり」の効果的な使い方

真山:そういう視点でいうと、経済小説はわりとスペックが強い分野で、専門用語と歴史的事実と数字に偏っている。私は全部苦手なので「知っているふり」をしています。

『ハゲタカ』シリーズが多くの金融マンや企業法務の人、官僚に非常に評判がいいのは、(私の書かなかった部分を)彼らが想像してくれるからだと思っています。十のうち半分でも現実と合致する点があれば、全部どんぴしゃに思えてくるのがフィクションのおもしろさなのです。

これって、実は交渉のときにもすごく大事なことなんですよ。すべてを話さずとも、情報の断片を効果的に出すことで相手に「コイツ、全部知ってる」と思わせることが重要で。

インタビューのときも同様で、(言葉の)端々から「自分のことをよく調べてる」と感じた瞬間に、警戒が緩むんですよ。よく言いますけど、本当に秘密をしゃべりたくなる扉が開く音がするんです。「あ、この人、もうこれからなんでもしゃべるな」とわかります。

岡島:それはどういう音なんですか?

真山:「ギー」じゃないですね(笑)。

(会場笑)

真山:顔つきが変わるんですよ。お酒飲むの止めたり、頭を使っているモードから、人間臭いモードに変わってくる。後は質問する必要がなくなります。

岡島:それは滔々(とうとう)としゃべり出しちゃうってことですよね。それは何のスイッチなのかな?

真山:人は誰でも自分のことをしゃべりたいんです。ただし、信頼できるか相手かどうかが大事なのと、もうひとつは、私がふだんその人と無関係であることです。

あとは、自問自答しているような形で質問していくのが、私としては一番いい取材だと思っているので、相手に憑依するぐらい、口調や目やしゃべり方をどんどん真似していきます。

そうすると、相手の人は、私が質問しているのに、自問自答しているようかのようにしゃべり出すんです。

岡島:相づち、頷き、繰り返しみたいな。

真山:もしくは、わざとひたすら黙って聞いている。(言葉に)詰まっても助けてあげない。「コーナーに追い詰めたな」と思ったら、「何でですか?」って一言いうだけで、もう扉は開くと思います。本当にそれはケースバイケースで。

岡島:イヤですね。ランチの時にみんなが「何でですか?」って急に言い出したら。

(会場笑)

経済小説を書く原動力

岡島:今まで、ダークサイドのリーダーシップというテーマで、プロファイリングや交渉力みたいなことをかなりうかがってきました。真山さんにとって「書く」、とくに経済小説を書く原動力は何なんですか?

真山:私はまずお金に縁がないんですよ。経済嫌いです。

岡島:(本は)すごい売れてますよね?

真山:『ハゲタカ』シリーズは以外はあまり売れてないですから。

お金にあまり縁がないことに加えて、謙遜ではなくて経済はわからないんです。わからないから、専門家に聞くんです。ただその一方で、『ハゲタカ』でデビューできたことは幸運だったと今は思っています。実はもともと私は、社会派の小説家になろうとずっと思っていました。

ところが、いろんな紆余曲折を経て、経済小説からデビューしたわけですが、考えてみると現代は「お金抜きの社会」はありえません。とくに20世紀の終わり、1990年くらいから世界の話題はすべてお金だったんです。

ですから、2009年に90年代を振り返って経済小説を書いたことが、社会や政治を見るのにもすごく役立っています。

岡島:血液みたいなものっていう。

真山:そうです。とくに国を挙げて、戦争で国益を得るのではなくて、経済で得ようとしていることが一番重要な点です。

今日もたまたまテレビをつけたら、報道番組で尖閣諸島の周辺で集団的自衛権どうのこうのとやっていましたが、「中国とアメリカが戦争するわけない」と私は思います。ロジック上ではお互い損するからです。戦争って得することがなければやりません。

だから「戦争するぞ、するぞ」と言ってやらないでおくのがいいんです。軍備増強できてビジネスが儲かるわけですから。

岡島:情報操作みたいな感じですね。

真山:人間ですからなにをするかわかりませんが、本気で戦争を始めることはまずないでしょう。ただ、今すごく見えてくるのは、「どうやれば、他を出し抜いてお金が儲かるか」ということです。実は、お金の話って数字の話なんですけど、まさに欲望の話でもあるんですよ。

まさにそれは社会の縮図であって、「人間はどういうものなのか」を小説のなかで考えるにはピッタリだと思っています。

欲望を超えた先に見える世界とは

岡島:質疑応答に行く前にうかがいたいんですけど。私が日本人過ぎるのかもわからないですけど、欲望を超える「徳」とかあってほしいなって(思っちゃうんですよ)。

真山:成功すると、みんな徳を求めるんですよね。

岡島:「第5水準のリーダーシップ」とか教えちゃったりするわけじゃないですか。(徳を求めるのは)幻想なのか、なにか欲望を超えていった先に見える世界があるのか……。

真山:今は欲望が大きすぎるわりには、リターンが小さすぎるんだと思います。欲望だけは「きっと、もっと、ずっと」なんです。

電気だって、これだけ原発再稼働が問題となっていても、節電していませんよね? 

常に物があり続けているなかで、他の人より多くの欲望を満たすことは相当難しい。より大きな欲望にならないといけないので、そのへんがタガが外れてしまっている気がします。

だからといって、「戦争して貧乏になれ」というわけではなく、本来日本人が持っている節度とか、まさに今おっしゃった徳みたいな事を求める文化が出てこないといけないんじゃないかなとは思います。

岡島:アメリカからマインドフルネスみたいなものが入ってきたりとか、若者がどんどん社会起業家になったりと、欲と逆の動きも成熟社会だからなのか起きてきている。(社会が)二極化していくということなのか、(むしろ)らせん状に上がっていく(ような感じですかね)。どうお考えですか?

真山:多分、我々が意識していないDNAレベルのようなゾーンで、ある程度の頂点まで欲望がいくと、破滅するって信号が出てくるんでしょう。そこで翻って、己をちゃんと見ましょうよという意識も出てきていて、明らかに20代を中心に「このままでは、日本がダメになる」と本気で考える若者が増えてきています。

我々の世代だと「バラ色の未来」で通じますが、今の若い世代は「バラ色って何色ですか?」と返ってくる。彼らは、生まれたときからバブルが弾けてバラ色の未来というイメージはなくなったからです。

20代の若い人や学生と勉強会をやってるのですが、彼らの目つきや話に触れた限りでいうと、結構真剣に「何とかしなきゃ」「社会変えなきゃ!」と思ってる人は増えていると思います。

岡島:「社会を変えなきゃ」とか「自己の成長」とかよく言われるんですけど、あんまりお金に執着がないというか、バブル世代の私たちみたいな人たちの強欲さとちょっと違うというか。

真山:そう思っている子は、だいたい裕福なお家の子が多いのは確かです。豊かな人とそうじゃない人が両極化しているのも事実ですよね。

岡島:アメリカなんか多様なので、いろんな欲の種類が出てきてしまっていると。

真山:日本のなかにもようやく多様的なものが出てきているので、逆にそこを妙に束ねたりしないほうがいい。日本も、もっと現実主義が評価される社会になってほしいと思います。

岡島:個別で見ないといけないということだし、さっき出てきた交渉力みたいなことでも、個別で欲望を見ていかないと、やっぱり戦えないという感じになってきてるということですかね。ありがとうございます。