最大の敵は「常識」

ランも仕事も同じだなと思っていて、正直未来は今から先も見えないですし、当時研究者だった僕、太っていた僕が、本を書いたり、今の仕事やるなんて見えていなかったんですけど、動き続けていたからこういう風に変わったのかなと思います。

これはウソだということが先ほどnanapi古川さんによって発覚したんですけど。ダーウィン先生がこういう風に言っていたと僕が勘違いしていたのですが、同じことですね。もう1回言います。未来に生き残る生物は、最も力の強いものでも、賢いものでもなくて、最も多くの変化のチャンスを創った、変化に乗っかったもの、チャレンジしたもの、いろんな言い方ができると思います。

変化のチャンス、チャレンジというのは簡単なんですけど、何が最大の敵なのかと僕なりに考えたんですね。「失敗するんじゃないか」とか、「熱っぽくやってかっこ悪いんじゃないか」とか、「失敗しちゃったらやり直しきかないんじゃないか」とか。

これは残念ながら我々の常識なんです。

先ほど冒頭で話しました。未来はどんどん常識が古くなりますよ、と。常識は変わるんですね。古い常識にとらわれていると、どんどん古い人間になっていって、60〜90億人いる中で埋もれていってしまって、死にはしないかもしれないけど、死ぬかもしれないし、つまらない人生になってしまうかもしれない。常識は変わると考えてみようと。

思い起こしてみてください。小学校の頃「大きくなったら何になりたい」と書きませんでしたか? ヒーローだとか、大統領だとか、書きましたね。このときは何でこういうことが書けたかというと、当時常識というものがあまりなかったからなんですね。僕らは生きていくうちにいろんなめんどくさい常識ができていってしまうんですね。常識が変わるわけですね。

脊髄反射で考えずに行動する

僕なりにそういうのを考えて結論はこれです。自分がやりたいことの最大のハードルは自分自身なんですね。このときのためにあるのが、まさにノータイムポチリなんですよ。

ノータイムというのがすごく大事で、ノータイムというのは考える時間を与えないんです。理性を捨てるんです。常識を排除しちゃうんですね。考えるヒマを与えない、大脳を使った時点で負けです。脊髄反射でポチッとやってしまう。これが大事で、非常に効果があるかなと。ランニングのときもそうでしたし、転職を決めたときもそうでした。先ほどのセッションでもありましたね。直感を信じるということはまさに同じだと思います。

このノータイムポチリ、朝日新聞で全国に流れてしまいまして。「大丈夫かな朝日新聞さん。チャレンジしてるな」と思ったんですけど、

先ほどもあったんですが、きっかけは実にさまざまなところにあると思います。先ほどの直前のセッションでも、身近なところの課題解決が起業のきっかけに繋がった、といった「きっかけ」はたくさんあると思います。今日ここに皆さんがいらっしゃったのも、今日誰かと話をしたその会話がひょっとしたら未来につながるきっかけになるかもしれません。

たくさんある中で何を選んだらいいかという僕なりの答えは、やっぱり「心の羅針盤に従う」という言葉が大好きな言葉でして。いろいろある中で自分の心が一番これじゃないかなと思ったところに、考えずに具体的にアクションすることが、ポチリすることが大事なんですね。やりたいなと思うことじゃなくて、何かそこにつながるどんなに小さなことでもいいので、何かアクションしてみるわけです。マラソンであればポチッとエントリーボタンを押してみる、できるかどうかわからないけど押してみるだとか、ひょっとしたら全然相手にされないかもしれないけど、会いたい人にメールを送ってみるだとか、アクションすることから始まるわけですね。

やるからには恥を恐れず「全力」で

もうひとつ、やるからには全力でやるということがとても大事だと思います。僕も過去にいろんなチャレンジをやってみて、怖いなと思って中途半端にチャレンジしたことは成功もしやすいんですけど、得られるものも非常に小さいですね。成功したときの達成感も小さければ、失敗したときの学びも小さいですね。全力でやるとこけたときは大コケして痛いんですけど、そのときに得られる学びも大きいんですね。なので、全力でやる。

もっと大事なのは、ぜひ皆さんせっかくソーシャルな文化に生まれているので「発信する」ということをやってみていただきたいなと。

発信するというと、だいたい皆さんこういう風に言うんですよね。「こういうチャレンジやります」「こういう風に思っています」と、例えばTwitterやFacebookに書くと、恥をかくんじゃないかとか、叩かれるんじゃないかとか、考えるんですけど、こういうのは常識ですね。こういうものはぶっ壊せばいいですね。

「発信」しないと仲間もきっかけも現れない

先ほどチームの仲間が見つからないという話もありましたが、意外に発信してみると、発信するといろんな人から応援をもらえたり、自分自身のケツも決められたり、こういう風に助けられるよ、ヘルプできるよという仲間が現れたりするんですね。僕の体験からすると。

僕なりの定義なのですが、仲間は発信から常に生まれるなと。何か発信しないときっかけは作れないと。もう一つ、善意の解釈で育つと。

グループとチームの違いとは?

今日は、せっかく先ほどたくさん手が挙がったので、チームについて掘り下げて話をしたいと思います。

僕が先ほど世界一になったという話をした砂漠マラソンのチーム戦ですね。1人では世界一になれないと思ったから3人のチーム戦なのですが、

実はこの3人のチームは、出会って1〜2年の3人が集まって、先ほどの信頼できる仲間と会社をやるという話と全然逆だったのですが、なんとなく直感で出会った仲間だった。しかも、3人ともラン初心者で、仕事も性格もバラバラな3人でチャレンジしました。

チーム戦の特徴はまず3名以上でなくてはいけないんですが、常に25メートル以上離れないようにしなくてはいけないんですね。

そうするとどうなるかというと、3名以上で走っている中で、我々は3名チームなので、1人欠けた時点でもうチーム戦終わりなんです。誰もリタイアすることができないというプレッシャーがありながら、自分ひとりが早く走ってもダメなんですね。みんな一緒に固まって走らなければいけないので、誰か体調が悪そうな人がいたら、もしくは体調が悪くなりそうな人がいたら、先にフォローしてお互いに助け合いながらゴールする。ひとりで走るのとは全く違う体験でした。

Googleで調べるとWikipedia先生が答えてくれたんですが、チームの定義です。非常にいい言葉なので全部読みます。

グループとの違いという意味で、チームというのは、他人の意見に耳を傾け、建設的に反応し、とくには他人の疑わしき点も善意に解釈し、認めるといった価値観が集約され、メンバーの能力の総和以上の成果が期待できる。例えば、チームの中のひとりが「お前これダメだよ、違うよ」と言われても、善意に解釈することでお互い認めあってメンバー同士の力がより発揮される。

……ということが書いてあったんです。これは素晴らしいと思って、我々3人でやろうぜと思って、世界一を目指していったんですね。