アメリカ国民は、なぜオバマに失望したのか

ルディー和子氏:オバマ氏が大統領選挙の時に使ったスローガンから話を始めようと思います。

「チェンジ」。変わっていこうというこのスローガンは、金融危機で閉塞感のただ中にあったアメリカ国民に熱狂的に受け入れられました。しかし、それが失望に変わるまでに、あまり時間はかからなかった。なぜか。それは、選挙演説スピーチを振り返ってみればわかります。

オバマ氏はこう言いました。「変化をもたらしてくれる人を待っていたり、あるいは、そういった時代が来るのを待っていても、変化は起こるものではない。私たちが待っていたのは私たちなのだ。私たちが求めていた変化は、私たち自身なのだ」

つまり、自分自身が変わらなければ変化はやってこないとはっきり言っていた。でもアメリカ国民は「この人なら変えてくれる」と思ってしまった。自身は変わろうとせず、人頼みだったんです。ここにズレがあった。

会社でもありますよね。変えなければ、と感じてはいても「きっと誰かが変えてくれるだろう」。優秀な新入社員が入ってきて、みんながんばっていると「この世代が変えてくれるだろう」。でも、自分自身が変わろう、ということはあまり考えません。

アメリカ国民がオバマ大統領に失望することになったのは、自分たち自身が変わろうとしなかったからだ、ということも理由のひとつだと言えます。

巨大な赤字を出した日立やIBMには共通の課題があった

日立製作所は、2009年に日本の製造業史上最大の赤字を出しました。8000億円近い巨額の赤字でした。大変な危機ですね。その後に、日本の名だたる電機メーカー8社が相次いで赤字を出すことになったわけですが、日立が最初だった。このインパクトは非常に大きかった。

再建を託されたのは、子会社から呼び戻され社長に就いた川村隆氏でした。彼は辣腕をふるい、2年間で赤字をなくし、その後も驚異的に業績を回復させたわけですが、その主因は、910社あった関連会社を700社代に減らすなどの大幅なコスト削減でした。当時、川村氏はこう発言しています。

「自分たちは普通の会社に戻っただけ。今後成長していけるかどうかはこれからのことだ」

そして、このようにも。

「日本人は傾向として現状維持が好きです。現状で何とかできているモノを変えようとするのは、よほどのことがないとやらない」

しかし、この傾向が日本人のものだけかというと、そんなことはありません。ルイス・ガースナーは、米IBMが1992年に米国ビジネス史上最大の赤字を出して破産寸前になった時に、外部から呼ばれた社長です。しかも、ナビスコという食料品メーカーから。

「クッキーを作っていた会社の人間が、IBMを経営できるのか」と疑問視されましたが、18万人を人員削減するとともに、それまでモノ、機械を売っていた会社を、サービスを売る会社に転換させた。彼も、川村氏と同じようなことをいっています。

「変化を好む人はあまりいませんし、ほとんどの人は変化を恐れるがゆえに変わろうとしません」と。

なぜ人間は、こんなにも変化を嫌うのでしょうか。

あなたの会社の老化度はどのくらい?

その話をする前に「会社の老化度」について話をしたいと思います。

『日経ビジネス』誌は2013年の末に「会社の寿命」という特集を掲載しました。この特集で、時価総額上位100社を10年ごとに調査して、平均でどれくらいの期間、100位以内にとどまっていられるかを算出した。その期間は18.07年でしたが、これ自体は驚く数字ではないでしょう。会社が最も輝いている旬な期間としては、妥当なものではないかと思います。

一方、会社の「平均生存期間」も出しました。それが34.9年だというんです。旬な時期は18年です。では、輝きを失った16年を、会社はどのように過ごすのか。ただ死ぬのを待つのか、なんとなくかろうじて生きているのか。この数字のほうが、私にはショックに思えたんですね。

この特集の一部にあったのが、「会社の老化度チェックシート」です。ここではその30の項目の中から、特に、変化を嫌う、リスクを嫌う、現状維持が好きという、人間の基本的傾向に密接に関わる項目を8つ挙げてみました。ご自分の会社に当てはまる度合いに応じて、1点〜5点をつけてみてください。

・1点=「当てはまらない」 ・2,3,4点=「どちらでもない」が、数字が大きくなるにつれて「当てはまる」に近い ・5点=「当てはまる」
  1. 意思決定に必要なのは前例と実績である
  2. 「やるリスク」は真っ先に論じられるが「やらないリスク」は論じられない
  3. 「できない理由」が得意な社員が多い
  4. CCメールなど、読まないメールが大量に来る
  5. 「変わった人」は迫害される企業文化である
  6. 「誰が信頼できるか」より「誰が担当者か」が重要である
  7. 「言いだしっぺ」は損をする
  8. 他責で依存心の強い、なんでも他人と会社のせいにする社員が多い

(日経BP社『日経ビジネス』2013年11月4号より抜粋)

  1. の「前例と実績重視」と2. の「やらないリスクが論じられることはない」。ここに当てはまるということは、結局は変わりたくないということです。こういう会社には、3. のように新しいことを「できない理由」を滔々と述べる社員が多い。変化したくない、ということの現れです。

4.「大量のCCメール」からは、「リスクをとりたくない」という本心が窺えます。いろんな人にCCを送って安心感を得たい。「私が勝手に決めたんじゃないですよ、みんなメールを読んでるじゃないですか。異議がなかったんだから、これで良し、と了解してくれたわけですよね」と、言いたいわけです。

5.「変わった人は迫害される」、6.「誰が担当者かが重要」、7.「言いだしっぺは損をする」。「あなたは変えたいんですね、前例がないのに。ならば、どうぞやってください」とは言うが、何か問題が出てきたり失敗したりすると、「あなたが、責任を取ってください」という話になる。

これらの項目に5点、4点が多くつく会社は、かなり老化が進んでいると言えます。

シャープも日立も過去を捨てられずに苦しんでいる

2000年頃に、ある世界的調査会社が、世界のグローバルブランドについて調査しました。その報告によると、パナソニックやソニーが作っているAV製品は大変品質がいいが、すでにその品質のレベルは、「消費者がその違いをわからないところまで来ている」「ほとんどの消費者はその違いを必要としていない」と。

したがって「今後は品質を追求するのではなく、デザインなどを重視した、感情に訴えるものをつくるべきだ」と、その報告は言っていました。そうした指摘は当然耳に入っていたはずで、わかっていたはずなんです。それでも品質を極める道を選んだのが、日本の電気メーカーです。

シャープもそうです。とにかく液晶にこだわった。市場が加速的に変化しているのがわかっていたのに、過剰投資を続け、2009年に堺に工場をつくった時にはすでに世界の液晶市場は供給過多で価格も下がっていた、それでもこだわり続けました。その結果、ご存じのように、業績の悪化に大変苦しんでいる。

グローバル化や少子高齢化、国内外の経済格差などの問題が顕在化し、これまでのようなわけには行かないと、みんなだいぶ前からある程度わかっていたはずです。環境の変化は、突然起こったわけではない。ましてや日本の電機メーカーのトップの人たちが、こういう状況をわかっていなかったはずがない。なのになぜ同じことを続け、手を打たなかったのか。

先ほどの、日立の川村元社長は「2009年の5年前にしっかりした対策を打っていれば、あれほどの大赤字を出すことはなかった。わかっていたのになぜ打たなかったのか」と言っています。

また、リストラに関連して、こういう発言もあります。

「今回切り離したテレビや半導体の事業はある時期すごく儲かった。でも捨てる時期を間違えた。そのために生涯収支はみんな赤字です」

「本当はある事業が一時期稼いだ金を、次の投資にまわして新事業を立ち上げ、稼げなくなった事業を捨て去ることができたのが日立の歴史だったはずのに、捨てることができなくなった。捨てなければ新しい事業を始められませんから」

以上のように、過去を否定する、つまり過去に成功したものを捨て去るというのは、必要なことだとわかっていても、人間にとっては非常に難しいことなんですね。シャープの事例も、日立の事例も、それを示しています。

東芝がダイソンになれなかった理由

もう一つ紹介したい事例があります。

皆さんよく御存じの扇風機の事例です。1813年に発明されて以来、扇風機は量産化され、改良に次ぐ改良を重ね、コモディティ化して1万円以下で売っているような状況になっていたときに、突如ダイソンが2009年、羽根のない「エアマルチプライヤー」を発売しました。

しかもこれに3万円という高価格をつけましたが、日本の消費者は喜んで買った。当時日本のメーカーは、「なんでこういうアイデアが浮かばないんだ」と批判されました。

しかし実は、1981年に東芝が同じようなアイデアで特許を取っていたんです。なぜつくらなかったのか。

東芝はこの件に関してまったくコメントしていないので真相はわかりませんが、「音がうるさいとか、内部にホコリがたまりやすいという構造上の問題があり、完璧を求める日本の消費者からの苦情をおそれてリスクを取りたくなかったのではないか」など、ネットを中心にさまざまなことが言われました。

それは確かにありえるかも知れない、と思います。なぜなら、すでに大企業だった東芝からすれば、扇風機ごときで売れたって全体から見れば大したことはない。むしろ、そこでなにか問題が起きそうなリスクは取りたくない。かたやダイソンは小さい企業で、失うものも少ない。だからリスクを取りやすい。

このように、大企業あるいは歴史のある企業というのは、イノベーションよりも、リスクを伴わない「改善」を志向する傾向が強いということが言えます。歴史、年月はある意味おそろしい。積み重ねてきた年月の重みは、リスクを避ける大きな要因になります。

人間は合理的にモノを考える存在ではない

私たちは、変化することによって新しくなった環境において、自分が利得を得るか、損失をこうむるのかを、事前に知ることはできません。したがってどのように決断、行動するか迷います。迷った挙句、論理的、確率的に考えれば少しばかりのリスクを取る方が妥当な場合でも、リスクを必要以上に避ける選択をしてしまいます。

伝統的経済学は、人間を合理的にモノを考える存在であると捉えてきましたが、実際にはそうではない、ということです。

2002年にノーベル経済学賞をとったダニエル・カーネマンは、「人間は自分がいま持っているモノを失うことに恐怖心を感じる。たとえその可能性が非常に低くても、何かを失うかもしれないという可能性があるというだけで恐れを抱く。その恐れの感情が論理的思考を妨げる」といっています。これを行動経済学者たちは「損失回避性」と呼んでいます。

古代、アフリカのサバンナで生活していた時、人間はずっと飢餓の時代を過ごしてきました。私たちが本能的に、いま持っているわずかな食料やモノを失うことを極端に恐れるのは、こうした経験から来ているのかも知れません。

行動経済学に「選択のパラドックス」という有名な実験がありますので紹介しておきましょう。

スーパーマーケットでの実験で、テーブル1にジャムを6種類置きます。一方テーブル2には24種類揃えます。この時、テーブルに来た客は6:4でテーブル2のほうが多かったのですが、意思決定をしてジャムを買った客はこのうちの3%に過ぎなかった。テーブル1の、選択肢の少ない客のほうが明らかに多く購入するという結果が出ました。

これからは人間の本質に抵抗しないと生き残れない

この実験でテーブル2のお客さんは、多くの選択肢を前にして、迷ってしまったんです。なぜかと言えば、自分が間違った選択をして、本当は欲しくもないものを買ってしまうことがいやだったんですね。

「たかがジャムの話」と思われるかもしれませんが、ジャムでこれだけ迷うんです。ましてやクルマを買うとか金融商品を買うとか、あるいは自分のキャリア上の大きな問題が絡んで、この仕事に失敗したら左遷させられるかもしれない、というような状況にある時、迷いに迷って人間はなかなか決断できない。

このように、選択に迷って意思決定できないとき人間はどうするか。「あいまいな妥協」をします。すなわち買わない、ということを選択する。あるいは、先例に従います。どんなにたくさんのジャムがあっても、それにチャレンジをせず、いつも食べているイチゴジャムを買う。

このように、「変化を嫌う」「現状維持を好む」という傾向は人間の本質であるといえます。これに抵抗するということは非常に難しい。

しかし、これからの時代、私たちは、この私たちの「本質」に抵抗しないと生き残っていけない。

スティーブ・ジョブスが過去を否定することができた

「変化の時代には、大企業であることは競争優位の条件ではない」と言われるように、また、以上に見たように、大企業ではイノベーションが生れにくい。だからグーグルは、ロボット技術に優れた東大発のベンチャーを買収した。

また、日用品メーカーであるP&Gは、社内で開発した新商品の財務目標達成率が35%を切ったことをきっかけに、新しい技術を持った小さな企業を探し出してその特許を買ったり、買収する活動を本格化させました。

ジャック・ウェルチは「我々は小さな会社の精神を大企業に植え付けようと日々努力している……。GEは変わった。官僚主義がはびこっていたGEが、小さな会社のように運営されている」と言いました。大企業、歴史のある企業はリスクを取れないからです。

自分の過去を否定するということはなかなか難しいことです。しかし、それを果敢にやり遂げたスティーブ・ジョブズは手本となる存在でしょう。iPadやiPhoneは、自らがつくった革新的な製品であるマッキントッシュというパソコンを、使わなくても済むようにしてしまう製品です。彼は過去を否定したから、新しいものをつくることができたんです。

変化に関する3つの名言

最後に「変化」に関する3つの名言を紹介します。

「これらの改革については後で、同業他社から、誰にでもできる、と言われました。確かにその通りですよ。ただ、早くできるかどうかは、別です」

三菱ケミカルホールディングスは石油化学産業が大きな構造変化を迎える中でいくつかの事業から撤退しましたが、当時の社長はこういいました。他社もやっていることを、横並びでやっても遅い。重要なことは、他に先んじていかに早く実行できるか、です。

「変化に鈍感、または成功体験が長い組織は必ず衰退の道を歩みます」

りそなホールディングズは経営破綻、実質国有化を経験しました。すでに亡くなっていますが、再建に携わった当時の細谷英二会長の言葉です。

「最も強い種、あるいはもっとも高い知性をもつ種が生き残ったわけではない。もっともうまく変化に対応することができた種が生き残った」

これはチャールズ・ダーウィンが言った(とされる)言葉で、私がもっとも好きな言葉です。

人間は、本質的に変化するのが嫌いで、現状維持が大好きな存在です。でも、この変化の激しい時代において、うまく変化に対応できなかったら生き残れないかもしれない。もう高度経済成長時代でもないし安定成長時代でもない。だからいやでも変化しなければいけない。こわいのは当たり前です。人間は本質的に、そういう存在なのですから。