人と犬と相思相愛--難病の子どもをサポートするファシリティドッグの治療とは

Spreading smiles in hospitals, the power of a Facility Dog | Yuko Morita & Bailey | TEDxShimizu

人間をサポートする犬の中では盲導犬や警察犬が有名ですが、病院などの医療施設で難病の子どもやその家族に愛情と安らぎを与えるため、専門的に訓練されたファシリティドッグはご存知でしょうか? ファシリティドッグ・ハンドラーの森田優子氏は「まるで牢獄」と言われた子ども病院の環境を変えるための活動を続けています。彼女はTEDxShimizuのステージで日本初の常勤ファシリティドッグとなった犬のベイリーと子どもたちのふれあいの様子について語りました。(TEDxShimizu2015 より)

「まるで牢獄」だと言われた子ども病院

森田優子氏:みなさんこんにちは、森田優子です。こちらはファシリティドッグのベイリーです。

みなさん子どもの頃、注射って怖くなかったですか? 学校の予防接種で先に終わった子に「痛かった? 痛かった?」って聞いて回りませんでした? 子どもにとって注射とか採血って、ものすごく怖いんですよね。

入院中の子どもは、何度も何度も採血をします。「骨髄穿刺」といって、太い針をぐりぐりと腰の骨に刺す検査が必要な子もいます。ここにいるベイリーは、そんな検査でも「ベイリーといっしょなら、あと100回やりたい!」と子どもに言わせる力を持っています。

日本の医療は世界最高水準だと言われています。でもそれは病気を治す治療でのことです。我慢することが美徳とされてきた日本は「入院生活の質を上げるためのサポートが乏しい」と言われています。

私はかつて、東京の子ども病院で看護師をしていました。ところがある日、入院中の子どものお母さんに「ここはまるで牢獄ですね」って言われたんです。

自分では精一杯、子どもたちのことを思って仕事をしていたつもりだったので、すごくショックでした。でも事実、入院中の子どもは自由に散歩にも行けない、好きな食べ物を持ってきてもいけない。楽しみが少ないんです。笑わなくなってしまう子もいます。今思えば、それは牢獄だと言われても仕方がなかったのかもしれません。

そんなとき、私が今所属している「シャイン・オン・キッズ」というNPO法人から、ファシリティドッグのハンドラーとしての誘いを受けました。日本の小児がん、難病の子どもたち、その家族を心の面でサポートするためのNPO法人です。

そのときは「犬を子ども病院に連れて行って医療スタッフの一員として勤務する仕事らしい」「ファシリティドッグという犬は欧米にはたくさんいるけれど、日本にはまだいないらしい」その程度の知識しかありませんでした。

でも「この病棟に犬がいたら、牢獄と言われた子どもたちの入院生活がどれだけ楽しくなるだろう?」とワクワクしたので、迷わず「やります!」と言いました。

ファシリティドッグのトレーニングセンターは日本にはありません。ベイリーも私もハワイのトレーニングセンターで訓練を受けました。ハワイの子ども病院で先輩ファシリティドッグの後を付いて回る練習もしました。

そのファシリティドッグは重症の患者を集中治療するICU病棟にも入っていきます。そこには、髪の毛を半分剃られ、頭に大きな傷のある手術直後の子がいました。辛そうに顔をしかめていました。

「こんな大変なときに行っていいの?」と心配する私をよそに、そのファシリティドッグは身体中に管の付いた、その子のベッドに乗って、添い寝を始めたんです。

すると、その子の表情が、ふっと緩みました。体を動かすのも辛いはずなのに、その犬に抱きついて目をつぶったんです。本当に安心した表情になりました。それを見て「すごい!」って思いました。

日本でファシリティドッグの受け入れ先を見つけるのは難しい

私も「病院中を笑顔にできるぞ」と思ってベリーを連れて日本に帰ってきたのですが、それまで日本にはファシリティドッグなんていません。欧米と日本では犬に対する感覚が違うんですよね。

欧米では犬を家族の一員として、家の中で飼うのが当たり前の文化でした。でも、日本では犬を家の外で飼ってきた歴史があります。「犬を病院の中に入れるなんて」というのが日本の病院の感覚だったんです。

それまで日本にも、ときどきボランティアで病院にやってくる犬はいました。でも「犬を毎日病院の中に入れる」「犬を医療スタッフの一員として考える」という感覚はなかったんです。

「ハワイではこうだった」は日本では通じません。私たちはベイリーを受け入れてくれる病院を必死で探しました。それで、ようやく受け入れてくれたのが静岡県立こども病院でした。

でも、実際に活動を始めてみると「犬型ロボットじゃダメなの?」「感染症が心配だから、この病棟は入らないで」と言われ、初めは入れる病棟は一つしかありませんでした。

だから1日の仕事は数分で終わりです。出勤してきて1時間後にはもう退社です。「日本でファシリティドッグは受け入れられないのかな?」私の頭には不安しかありませんでした。

でも、子どもたちはベイリーを求めていたんです。5年が経った今では、ほとんどの病棟に入れるようになっています。ベイリーがいると、子どもたちと家族に良い変化があるんだと医師や看護師たちが気付き始めたんです。

ある目の見えない子は、採血が始まるとき、いつもパニックになって泣き叫んでいました。でも、ベイリーの頭をなでながら採血をしたら泣かずにできました。手術後、痛くて動こうとしなかった子が、ベイリー会いたさにガバッと起き上がって医師を驚かせました。

突然「あなたのお子さんは、がんです」と宣告された家族。子どもが不安になるので、子どもの前では気丈に振る舞います。でも、ずっと自分の気持ちを押さえ込んでいると、いつか限界がきます。泣くことも大事なんです。

そこにいる相手が人間だと「何かしゃべらなきゃ」と思います。でも、ベイリーには無理にしゃべる必要はありません。あるお母さんは、廊下でベイリーを抱きしめて、おもいっきり泣いて、スッキリした表情で子どものもとに戻っていきました。ベイリーは家族にも大きな効果があったんです。

ファシリティドッグとの三つの絆

私はファシリティドッグにとって大切な三つの絆があると気付きました。「ベイリーと子どもたち」「ベイリーとハンドラー」「ベイリーと医療スタッフ」この三つの絆です。

一つ目の絆は、ベイリーは毎日同じ病院で仕事をしているので、何度も同じ子どもに会います。子どもたちにとって「ただ、犬がいればいい」のではありません。毎日来てくれるベイリーだからいいんです。

絆で結ばれているベイリーだから「がんばろう!」と思うんです。初めは犬嫌いだった子も、ほとんどはベイリーを好きになります。子どもたちにとってベイリーは、共に闘う「しっぽの生えた仲間」なんです。

ベイリーは子どもと一緒に手術室まで行くこともできます。大人でも手術を受けるのって怖いですよね。「痛いのかな? こわいなぁ」って、病棟から手術室まで子どもにとっては恐怖の時間です。

でも、ベイリーのリードを持って「こっちだよ」と一緒に誘導すると、笑顔で歩いてくれます。手術室までのお散歩は、みんなのベイリーを独り占めできる時間です。

ベイリーのフサフサとしたしっぽに猫のようにじゃれつきながら歩く子もいれば「しっぽでがんばれって言ってるね!」とうれしそうに笑う子もいます。こうして、怖い気持ちが楽しい気持ちに変わって手術室まで向かって行きます。

二つ目の絆、ファシリティドッグとハンドラーは24時間生活を共にしています。お休みの日もいつも一緒です。

これが大切で、仕事のときだけ一緒にいて、仕事が終わったら「じゃあバイバイ」ではダメなんです。

私とベイリーは夜は腕枕をして一緒に寝ているんです。ファシリティドッグとハンドラーとの絆、これがファシリティドッグが仕事をする上での基盤になります。私との絆があるから、ベイリーは私を信頼して仕事をしてくれるんです。

実はでも、トレーニングを受けた犬というと「何でも言うことを聞く」と思われがちですがベイリーは困ってしまうほどの頑固ボウズです。行きたい方向にしか進みません。行きたくない方向にはこうです。

(会場笑)

すごい踏ん張っているのわかりますか? ガッと脚を広げて、爪を立てて、行きたくない方向には絶対に進みません。散歩中も道に座り込んで、私がベイリーと格闘していると「大変ね~」と道行く人に笑われています。

でも、病院に行くのを嫌と言ったことは1度もありません。逆に帰るときには「まだ帰らない」と座り込んで、また病院の中に戻って行ってしまいます。犬は相手が自分のことをどう思っているのか、すぐに感じ取ります。自分のことを愛してくれる人がたくさんいる場所、だからベイリーも病院が大好きなんです。

「人と犬と相思相愛」これがファシリティドッグの真髄だと思います。愛情のやり取りのない、犬のぬいぐるみではダメなんです。ロボットでもダメなんです。これが三つ目の絆です。

ファシリティドッグのハンドラーは医療従事者です。なぜ、医療従事者がハンドラーになるのでしょうか? それは、ファシリティドッグは「癒し」だけではなく「治療」にも関わっていくからです。

もっと前向きに病気を治せる環境が必要

私とベイリーは患者さんの治療方針を決める話し合いに参加することもあります。その場で私も患者さんの状態を把握して、その子に合わせた関わり方を考えていきます。カルテへの記載もします。

この「目的を持って関わる」というのがファシリティドッグにしかできないことであり、ハンドラーが医療従事者である理由でもあります。

私とベイリーが日本で仕事を始めて5年が経ちました。これまで、何千人もの子どもたちとの出会いがありました。

病状が悪化していき、ご飯が食べられなくなってしまった終末期の子がいました。食べたいけど食べられない、そんな状態でした。残された時間が少ない中で、家族も看護師さんも何とか少しでも食べさせてあげたかったんです。

そんなとき「ベイリーと一緒にご飯を食べたらどうか?」と提案がありました。ベイリーと一緒だと、その子は笑顔で椅子に座りました。そして「ベイリー見ててね」と言って、ほんの数口ではありましたが、自分でスパゲティをつかんで口に入れたんです。

アイスクリームをパクパク食べました。嫌々ではなく、楽しそうに。その場にベイリーがいるだけで、これだけ変わるんです。「ベイリーに会いたいから入院したい」と子どもに言わせるほど、病院のイメージが変わるんです。

ベイリーと一緒だと、楽しい気持ちは倍増。悲しい気持ち、怖い気持ちは半分こできるんです。ほとんどの子は元気に退院していきます。でも、残念ながらお星様になって旅立って行く子もいます。お空に旅立つ直前までベッドで添い寝することもあります。

「ベイリーが隣にいるのわかるでしょ? あったかいね」って、悲しいけれどあたたかい、そんな時間が流れていきます。お子さんのご葬儀に参列させて頂くこともあります。火葬場で最後に棺の蓋を閉めるときのご両親の気持ち、想像してみてください。

でも、ご家族はいつも「ベイリーがいてくれて本当に良かった」と言ってくれます。「ベイリーがいなかったら辛いだけの入院生活だった」「ベイリーがきてガラっと変わった」と言ってくれます。

子どもを亡くしたご家族は、その後の長い人生の中、毎日その子のことを思い返します。

「何度も手術をして痛い思いをさせて、かわいそうだった」と思い返すのと「亡くなる前にもベイリーと添い寝して、くっついて笑ってたっけな」と思い返すのとでは気持ちが全然違いますよね。

ほんの少しでも、辛い思い出の中に楽しい思い出をつくれたらいいと思います。一つでも多く、その子の笑顔を思い返してほしいです。

ファシリティドッグは「いたらいいな」の存在ではなく、必要な存在なんだと強く感じています。世界最高水準だと言われている日本の医療も、ただ病気を治すだけではなく、もっと前向きに病気を治せる環境が必要だと思います。

患者さんにとって「楽しいこと」「うれしいこと」は、いくら多くてもいいんです。欧米にはたくさんいるファシリティドッグも日本にはまだ2頭です。ファシリティドッグがいて当たり前の日本、入院しても楽しいことがある日本の病院にしていきたいです。

本当にたくさんのかわいい子どもたちがお星様になって、私たちを見守ってくれています。あの子たちに自信を持って「いい病院になったでしょ」と言える日本の医療現場にしていきたいと思っています。

(会場拍手)

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