後ろ向きの転職は絶対成功しない--元アップル社長・前刀禎明氏が自身のキャリアを振り返る

6月25日「グローバルキャリア〜自己革新を続けるために〜」 #3/4

2015年6月25日、都内で行われた合同キャリアイベント「グローバルキャリア~自己革新を続けるために~」に株式会社メタップス代表取締役CEO・佐藤航陽氏、株式会社リアルディア代表取締役社長・前刀禎明氏が登壇。アップルの日本法人で代表取締役社長を務めた前刀氏は、ソニー、ウォルトディズニー、ライブドア創業から譲渡、そしてアップルの入社にいたるまでの自身のキャリアを振り返りました。

人の会社では自分を燃やしきれない

佐藤航陽氏(以下、佐藤):ちょっとお聞きしたかったんですけども、ソニーもアップルも業界ではナンバーワンプレイヤーじゃないですか? 別にそこにいても良かったわけじゃない。そこから飛び降りるときの気分っていうのは、どういう……?

前刀禎明氏(以下、前刀):基本的には、これは価値観の違いになってくると思うんですけれども、人がつくったものの上でエンジョイしきれないというか、自分を燃やしきれない。

アップルに移ったのは実はライブドアのあとでしたから、人の会社で働くつもりはなかったんです。僕が初めて買ったパソコンはMacで、アップルに思い入れがありましたが、あまりにも日本における状態がひどくて。

iPodなんかまったく売れてなかった。だから3年以内に復活させてやろうと思って入ったんです。でもうまくいっちゃったらあまり興味ない(笑)。

佐藤:(笑)。じゃあ、一応アップル離れるときっていうのは、目的は達成してたんだ?

前刀:達成しました。早く達成してしまったので、実はアップルにいたのはすごく短いんですよ。2年3ヵ月しかいなかった。

3年以内という目的を達成したから良かったんだけども、意外と短い。でも多くの人たちがもっとたくさんいたように思ってる。

佐藤:達成したっていうのは、自分でわかることなんですか? 

前刀:典型的なものだと、ブランドランキングなんかもう、それまで圏外にあったものが突然一気に入ってきたりとか、アップルがね。

そこをわかりやすい例でいうと、当時、私が入ったときに社員が賃貸の物件を借りようと思って不動産屋に行きました。「お勤めはどちらですか?」「アップル」って言ったら「うーん……」って難しい顔をされて。

しかし、iPod miniをきっかけにガーッと状況が変わったあとに行ったら、今度は不動産屋さんが「アップルさんなら大丈夫です!」っていうくらい、世の中の人の認識が変わった。

そして、周りから「アップルすごいですね」って、僕は当時いろんな人から言われたんですけど、言われれば言われるほど本人は「嫌だ、俺はもうこんなことやってる場合じゃない。だってスティーブの会社だしな」思っていました。

後ろ向きの転職は絶対成功しない

佐藤:自分の中で何か変わるんですか? たとえばソニーから自分で起業して、そのあとアップルに行って、何か階段を上がっているような感覚で。

前刀:ソニーのあとはね、ずっとサラリーマンでいるつもりはなかったっていうのがあるので、ソニーを辞めて、今度はまったく毛色の違うコンサルティング会社に転職をして、そしてそこからまたディズニーで新規事業の立ち上げをやってっていうことで。

たとえば、転職を皆さんお考えになってる方、ここにもいらっしゃると思うんですけども、絶対に「後ろ向きの転職」って僕は呼んでるんですが、不平不満があって単に辞めていく、現状から抜け出したいから辞める転職は絶対成功しない。

何かを自分でやりきった感があって「新たなチャレンジをしたい」から辞める、転職するっていうのがいいと思う。自分は今までそうしてきたんです。

佐藤:ライブドア起業されたじゃないですか? そのときのナレッジみたいなものっていうのは、やっぱり過去の職業から得たものなんですか? それともそれはまた別で?

前刀:(経験が)すごく生きていたのは事実。直近がAOLだったので。インターネットのプロバイダね。

動きとしては、ヨーロッパで特にイギリスで登場したフリーISP、無料プロバイダを参考にしました。プロバイダってお金取ってるわけですよね。

通常ニフティとかもそうでしょうし、AOLも当然そうだったわけで、そうなったときに無料のプロバイダが出てきたっていうことで、社内でも、アメリカの本社に出張行ったときに問題というかすごく話題になって「それって何だろう?」と思ったのが1つ、きっかけとして。

ジョイントベンチャーでAOLジャパンをやってたのが、三井物産と日経新聞とAmerica Online, Inc.。そこで、あまりの意思決定の遅さに呆れて辞めた。

そのAOLは、入ったときには非常に、本当に冗談抜きに、ディズニーのときに付き合ってた、カプコンというゲーム会社の人から電話がかかってきて「前刀さん、今度転職された『アオル』って何の会社ですか?」って聞かれた。それくらい無名だった。でもアメリカオンラインっていう会社で。

ターニングポイントは『ユー・ガット・メール』っていう、トム・ハンクスとメグ・ライアンの映画、皆さん覚えていらっしゃると思うんですけれども、あの映画の中で、当時のアメリカで新しく流行ったものが2つ出てる。

1つがAOL、そしてもう1つがスターバックスですよ。トム・ハンクスが、毎朝出勤前にスタバを買っていくっていうシーンがあったんだけれども、あれをうまく日本で、プロモーション仕掛けて大成功しました。スタバにAOL入会用のCD-ROMを置いてもらったりして、それがうまくいって、ガーッと急成長した。

急成長したんだけれども次の一手を打つのに、ジョイントベンチャーで意思決定があまりにも遅くて、こんなんじゃやってられないって辞めて、ライブドアを創業した。

ライブドア創業から、ホリエモンに譲渡するまで

佐藤:ライブドア、実際やってみてどうでした?

前刀:ライブドアはすごく手応えもあったし、おもしろかったし、アメリカ、サンフランシスコのベンチャーキャピタルに行って「ソニー、ディズニー、AOLを経験した俺がこうやったらいいと思ってるんだから、いいに決まってるだろ」っていうプレゼンテーションをして(笑)、話を通して出資を決めた。

当時が3000万ドルなんで、100円換算だと30億円だよね。

佐藤:当時30億調達してやってる会社ってあんまりなかったですよね。

前刀:ないない、なかった。

佐藤:純粋なネットじゃないもんね、どっちかっていうとインフラですもんね。

前刀:だからそれは非常におもしろい動きだったとは思うんだよね。

ただ、なぜホリエモンに譲渡せざるを得なくなったのかっていうと、フリーISPのビジネスモデルとしては、トラフィックを電話会社に運ぶ、その電話会社は通話料金を取って稼ぐから、そこからキックバックをもらうっていうビジネスモデル。

その一番大きなパートナーがワールドコムっていう会社で、当時世界最大の通信会社。そのワールドコムが実は、アメリカで経営破綻をしたんですね。

当然ワールドコムの日本支社からも支払いがなくなって、キャッシュフローが苦しくなってしまって、ブリッジローン、いわゆるつなぎ融資をベンチャーキャピタルからしてもらって、つないではいたんですけれども、結局ワールドコムの経営破綻がアメリカのネットバブルを崩壊させてしまった。

アメリカっていうよりも、当時の世界のネットバブルを崩壊させたのが、そのきっかけだったんです。

ですから「これ以上ネット企業には金は出せない」と言われて、もうもはや絶体絶命なので、営業譲渡と民時再生をパッケージにしてやったというのが(経緯です)。

ホリエモンはその後、オン・ザ・エッヂという思い入れのある会社名をライブドアに変えてしまったという、びっくりな事態が起きたと。

佐藤:あのロゴマークは当時のままなんですか?

前刀:そのまま。だからライブドアの名前の由来を語れるのは僕しかいない(笑)。

佐藤:ちなみに何だったんですか?

前刀:ライブ……要するに、当時流行ってたのは「何とかネット」とか「サイバー何とか」って、いかにもネット系の名前が多かったんだけど、そうではなくてライフスタイルブランドをつくりたかったんで。

まずネットとかサイバーとかを使わないで、新しく無料ISPということで、新しい世界を切り開いていくので、ドアがあって、いきいきとしてるってことでライブドアっていう。

僕も実は英語あんまり得意じゃないんで、中学生でもわかるくらいの単語を結びつけてつくるろうと。

今やってる会社も、リアルとディアって、多分中1で習うような英語なんで、まあそんな程度だよね。

佐藤:ディアはちょっと(笑)。

前刀:ディア、わかるだろ?(笑)。ディア佐藤さん。

アップルに入ったのは、当時全然イケてなかったから

佐藤:ライブドア、そのあと譲渡したあとにアップルに移動する経緯っていうのはどういう?

前刀:実は1年くらいかけて、民事再生の手続きっていうのがありました。

弁護士事務所に机を1個借りて、粛々と後処理をやって、それが終わったタイミングで……その過程において、実は当時いた社員を全員就職させました。

いろいろ自分のツテも使ったりして、再就職をさせたあとにたまたまそういうアップルの話がやってきて「いや、興味ないんで」と最初断ってた。

でも「新しく日本市場を何とかしなければいけないので、アメリカ本社に新しいポジションをつくるからどうかな?」って言われて「うーん、そこまで考えてくれるんだったらいいかな」と思って、とりあえず面接を受け始めたと。

佐藤:当時のアップルっていうと、今だったら超有名、世界一のブランドですけど、そんなにイケてるイメージはないよね。

前刀:全然イケてなかったから行った。イケてたら興味ない。だって自分が行かなくたってイケてるんだからいいじゃんって。そういうところちょっと、変わってるんだよね。

でもイケてる会社に入って、その流れに乗っちゃったほうが絶対楽なんですよね。

単に稼ぐことだけ考えたら、絶対そのほうが人生は楽です。何もそんなあえて苦しい道を歩む必要はないんですけど、でもそのほうがいいんだよね。

MacBook Airのアイデアを否定された

佐藤:アップルを選んだのは、自分で使ってたとか? もしくは昔スティーブ・ジョブズの話を知ってたとか、そういうことがあったんだ?

前刀:スティーブ・ジョブズは当然好きだったし、とにかく、初めて買ったパソコンが、多分世代的に絶対わかんないと思いますけど、MacのSEっていうのが当時あったんですよ。

メモリ2メガ。2メガで60万円くらいするんですよ。一体型のカッコイイやつなんですけどね。そんなのを使ってたので。

佐藤:で、アメリカに通って……。

前刀:日本で、まあ皆さん、業界の方ご存知だと思いますけど、プロダクトマーケティングの責任者はフィル・シラーとかですね、今CEOやってるティム・クックとか、彼らの面接を受けてOKになって、初めてスティーブの最終面接。

スティーブの面接に至らなかった人たちが数十人いたとかいってましたから。すごくラッキーにも(僕は)そこをクリアしてスティーブにたどり着いたと。

佐藤:プレゼンテーションの準備をして行くんですよね?

前刀:そのときにプレゼンで使ったのが、知ってる人は知ってると思いますけども、VAIOのX505っていう、このMacBook Airみたいな薄いやつを持っていって。

当時、私が買うパソコンはソニーかアップルみたいな状態だったんで、そのVAIOでスティーブ・ジョブズに、iPod miniを使って、日本でこんなマーケティングを展開していきたいというプレゼンをやったということですよ。

そのときに「日本で、アップルでこういう薄いのをつくってくれ」とお願いしたら「ダメだ、CD-ROMドライブも入ってないじゃないか。ノートパソコンはオールインワンであるべきだ」っていうことを、思いっきり否定されて。

でも4年後に出しましたよ、このMacBook Air。「俺が発明したぜMacBook Air」みたいな顔で発表してですね(笑)。

しかも、アップルってのはアメリカの会社なんで、新製品を発表すると、当時MacなんかはDELLとかHPと比較をしてたんですが、こともあろうに、そのときVAIOと比較したんです。

絶対スティーブは覚えてるんですが、しかも私が見せた超薄型、超軽量のVAIOではなくて、その当時、4年後に出たちょっと分厚いVAIOと比較して、MacBook Airが薄いって豪語してましたね。

あれを見たときには「お前違うだろそれ」って思ったんですけど、もはやアップルを辞めていたので、とりあえずメールは打ってみましたけど「薄いの出したね」って言ったら返事こなかったです(笑)。

スティーブ・ジョブズは社員全員から恐れられていた

佐藤:(笑)。実際の場合、一緒に働いてみて、メディアから見るとすごい気性が激しくて、落ち着かない人物みたいな印象があるんですけど、実際はどうなんですか?

前刀:事実、誇張されてるところもあると思うんですけれども、スティーブはやはり皆恐れてましたよね。

社内で、私は最初そこまでひどい奴だとは思わなかったので、Mac Cafeっていうカフェがあるんですけども。

キャンパスみたいな中庭のところにあって、そこで「ハーイ、スティーブ」って話をして「いま日本こんな状態なんだよ、iPod miniすげーうまくいってるぜ」みたいな話をしてて。

「じゃあね、スティーブ」って言ったとたんに、仲間がダダダッと駆けてきて「ヨシ、ヨシ、リスキーだから話しかけちゃダメだよ!」「リスキー? 何がリスキーなの?」「いや、スティーブに話しかけて機嫌を損ねるとその場でクビになるからやめたほうがいい」って。

確かに、あとから気がついたんですけど誰も話しかけてなかったです。そういうとき、無謀に1人だけで「ハーイ」って言ってるから、そりゃあ目立つよねみたいな(笑)。

スティーブ・ジョブズの製品に対するこだわり

でもね、1つ言えることは、たとえば情報を漏らした奴とか(に対して)社内でメチャクチャ厳しいっていうのは、彼はこういった新しいものを出すときに、とにかく最高の状態で出したいからこそ、徹底的にこだわって、その強烈な意思がいろんな厳しさになっていったっていうこと。

で、ベストを尽くす。絶対、妥協する奴とか言い訳する奴をすごく許さないので。

私が毎回出ていた、10人程度のスティーブを囲むミーティングで、別の担当者が何かこう間に合わないような話をしたら、メチャクチャ怒って、その場でクビになるんじゃないかっていうくらい罵倒されて。

そういう言い訳をする人間とか、すごく大嫌いでしたよね。でもそこは学ぶものはすごくあった。やっぱりベストを尽くすべきだというかね。

佐藤:製品の仕様とかフォルムみたいなものは、全部彼が決めるんだ?

前刀:いや、デザインはだって、ジョニー・アイブだからね。彼が素晴らしいセンスを持っていたから。

おもしろい話がありますよ。たとえば昔、これはジョークなんですけど、MacBook、当時はPowerbookだったんですけど、この背面はDELLの表(おもて)面よりカッコイイっていうジョークがアップルの間でありましたね。

そのくらい、モノにこだわっているっていうところはすごくありましたね。

佐藤:じゃあ細かなチェックとかマーケティングの用法みたいなものを全部彼が見ている?

前刀:全部。CMもそうだし。ただ、素晴らしいデザインの1つの秘密です。ジョニー・アイブはアメリカ人じゃないからですよ。彼はご存知のようにイギリス人。アメリカ人だったらあんないいデザインはできない。

佐藤:(笑)。

前刀:語弊があったらすみません、誰か怒られるかもしれない(笑)。でも、本当そうだと思いますよ。感性が違うんで。

じゃなきゃ、昔……マイクロソフトの人いませんよね? まあいいや(笑)。Xboxなんか、ものすごい電動ドリル用じゃないかっていうぶっといケーブルにものすごいアダプターがついてきてて、結構話題になってましたけど。何のためにって。

アップルはアダプタにもこだわってるし、そういうこだわりがある。マーケティングは製品のパッケージ1つとっても、徹底的にやっぱりこだわってる。

日本のマーケティグは特別扱いだった

佐藤:さっきのお話だと、結構日本だけ独自のマーケティングを展開されたみたいなお話をしてたじゃないですか?

あれはわざわざ許可を取りに行って「日本はこうだから」ってプレゼンテーションしないと、意味がなかったんですか?

前刀:あのときは入るいきさつが、日本全然ダメだったんで「日本を何とかしてくれ」と言われて「だったら俺のやりたいようにやらせてね」って、現地で最初に(了承を)取ってる。で、あの提案をして。

しかも、さきほどiPod.com/pinkとか「iPod.com」だったじゃないですか。通常日本だったらiPod.jpとかなるんですけども、出張に行って「iPod.comってひょっとして取ってるよね?」「取ってる取ってる」「お前らこんなプロモーション考えてないよね?」「考えてない」「じゃあ使わせろよ日本に」って言って使わせてもらったという。

佐藤:じゃあ特別扱いだったんですね。

前刀:完璧特別扱い。あとにも先にも最初僕が入って、1年から1年半くらいまでかな、それでも独自にできていたのは。そのあとうまくいってしまうと、アメリカにあるものの焼き直しで。

スティーブが決めたことは1ミリも動かせない

前刀:Mac miniってあったじゃないですか? 覚えてますか、小っちゃいやつ。あれもまったく新しいコンセプトで提案をしたら却下されたし、一体型のiMacが出てきたときも、iMacG5ってやつだったんですけど、当時。

iMacのリローンチ、再度日本でポジションをつくっていこうっていうことなので、もうちょっとiMacロゴを大きくしようよって提案をしたら、返事が「彼がひとたびアプルーブ(承認)したことは1ミリも動かしちゃダメだ」。

社内で“He”って呼ばれてますからね。「なるほど、スティーブが決めたものはもう1ミリも動かせないんだ」とそのとき思った。

佐藤:神様みたいなものなんですか?

前刀:そう、絶対だから。

佐藤:じゃあ、基本は彼が言ったことっていうのはひっくり返されないし、あとは、他人が決めたことも彼がひっくり返す?

前刀:うん、ひっくり返るね。皆さん覚えてらっしゃると思いますけど、アップルのMacのチップがインテルに変わったときがありましたよね。そのCM、実は完成披露のときにスティーブを囲むミーティングをやりました。

期間が限られて、もう放映する直前です。 日にちの限られてる中で「違うと思う! って言い始めて」。

「いや、お前の主張っていうか、決めたことに従って作ったよね?」っていうのを「違うと思う」って言ってひっくり返して、そこから作り直して。死にそうになるよね、だいぶ。

佐藤:周り大変ですよね。

前刀:大変だけど、もう絶対。でもいいと思うんです、それで。

いまのアップルにとってティム・クックは素晴らしい経営者の1人だと思います。

ただアップルはまさに、MacからiPod、そしてiPhone、iPadとガーッと移り変わっていく、その社内の中でMomentumをつくるにはスティーブのような強力なリーダーシップが必要だったと。

おそらくこのメタップスっていう会社も大きな会社にしていくときは、きっと佐藤さんの、独断と偏見に満ちたリーダーシップで引っ張っていったほうが多分、うまくいくと思うね。

佐藤:ありがとうございます、私だけ勉強になりました(笑)。

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