幸せの概念とは何か?

最初の数回はアフリカに行く度にとても驚いたことを覚えています。ケニヤで片足のタクシー運転手に出会った時にとても驚きました。ルワンダの孤児院のソニアという少女に出会った時、とても驚きました。モザンビークの障害を抱える農夫に出会った時もとても驚きました。

私が驚いたのはアフリカが貧困であふれているからではありません。彼らがとても幸福そうであったことです。貧困を感じるよりも彼らの幸福に直面することが多かったのです。もちろん誰もが幸せそうだったわけではありません。しかし全体的に多くの人が基本的には人生に満足していたことに驚いたものです。

そして私は幸せの概念について考え始めました。それ以来私は幸せについて研究し、さまざまなものを読み、考えてきました。そして経済学の観点からオクスフォード大学で幸せの概念の研究をしています。

幸せの度合いとは最終的に社会の結果でもあるので、社会企業的観点における幸せの概念にも取り組んでいます。今日はGDPよりも国内の幸せ度を高めることを説いたブータンの首相もいらしてますから、幸せの概念について話ができてよかったと思います。

始める前に少しゲームをしましょう。とてもシンプルです。質問をしますので、選択肢から答えを選んで手を挙げてくださいね。最初の質問です。今日はおサルさんたちにもゲストできていただきました。

(会場笑)

国の代表としてオリンピックに出場していると想像してください。次の三つのうちあなたは何位を取りたいですか? 二位? 三位? ビリから二番目? 二位になりたい人は? 正直に答えてください。三位になりたい人? ビリから二番目? ありがとうございます。

どうやら思ったより多くの人がビリから二番目がいいと答えてくれました。私がオリンピックチームを率いる時は皆さんを選手として選びたいかと言われると困ります(笑)。

実はサルの回答はこのように三等分に別れます。

質問をサルたちが理解しているかわかりませんが、三つ選択肢があることを彼らは理解しています。

(会場笑)

一般的に人はこの選択肢から「第二位」という回答を選びます。 次の質問です。この二つの選択肢が与えられたとして、どちらを選びますか?

明日ロトを当てて1000万ドルを得るか、それとも時間をかけて給与を受け取っていく中でその金額が800万ドルとなるほうか。

最初のオプションを選ぶ人? 次のオプションを選ぶ人は? ありがとうございます。多くの人が最初のオプション、明日大金を得るほうを選びます。

サルはまた半々に分かれます。

(会場笑)

彼らはそこ二つの選択肢があることを理解しています(笑)。 最後の質問です。給与が選べるとします。

自分の年収が500万円で他の皆も同じように年収500万円、または自分の年収が500万円で他の人は600万円、または自分の年収が400万円で他の人達は300万円。最初の選択肢を選ぶ人? 二番目の選択肢を選ぶ人? 最後の選択肢を選ぶ人? 皆さんと同じように、一般的に人は最初の選択肢を選びます。

サルはこれも同じように均等に分かれます。では、ここで科学者たちは人が満足する、幸せを感じる選択肢はどれと言っているか見てみましょう。最初の質問で人が満足するのは第三位になることです。

皆さんの中でこれを選んだ人は最も少なかったです。オリンピックで第二位になってうれしそうではない選手はたくさんいますよね。

(会場笑)

二番目の質問ですが、会場の皆さんで二番目の選択肢を選んだ人は一般的回答の割合よりも多かったです。

最後の質問では科学者が言う正解は最後の選択肢です。

会場の皆さんでこの選択肢を選んだ人は一人しかいませんでした。これが科学的研究が明らかにする、何が人に満足感や幸福感を与えるかという回答でした。

おもしろいことに、私達は歴史上最も豊かな時代に生きているにも関わらず最も不幸せを感じ、最も気分が鬱々としていて、満足していないというのです。

富を得るスピードが上がるにつれて、すぐに不満を言うようになってしまった。今の時代は歴史上最も自殺や殺人が起きています。モノとサービスがあふれテクノロジーは日々発展しています。

しかし人の幸福度、満足度はそれに伴いません。私達の時代のパラドックスです。政府や個人は自分たちにとって何が幸せなのかしっかり理解できていないからだと思います。なぜ私達は満足できないのでしょうか? 答えを見つけるのが難しい疑問ですが、私はこの問題に取り組んでいます。

期待し過ぎて現実とのギャップが広がるとハッピーになれない

研究を続ける中で最も正解に近そうな答えを見つけました。それは、私たちには選択肢が多すぎるから、ではありません。経済が悪化しているからでもありません。自殺や殺人が起きているからでもありません。

もちろんそれもありますが、それが大半を占めるわけではありません。家族が崩壊しているからでもありません。研究とそのデータから導き出されたのは、私達の期待が満足できない原因ということです。

現実が期待に沿わない時、これを期待のギャップ、と呼びます。

期待が現実よりも膨らみすぎることを指します。この問題を理解するために、とてもシンプルですが非常に重要な概念です。そしてこのギャップには3種類あります。私達が期待をするのは、想像力、周囲の人々、そして過去のいずれかに基づきます。

まずは想像力のギャップです。つまり想像力が現実よりも豊かすぎる場合です。モノを買う時、私達は多くの選択肢の中からひとつ選びます。旅行をする時も多くの選択肢から旅行先を選びます。そのような時、私達はどのようにひとつに決定するのでしょうか? 

多くの選択肢から最高だと思う選択肢を選びますね。言い換えれば自分が最高の選択であろうと想像するものを選びます。

問題は、私達が、それが最高の選択だろうと想像するこのプロセスが私達の幸せ度に悪い影響を与えるということです。それは私達が期待し、最高だと思って選んだ選択肢が現実にはそれほど最高ではないということです。それが私達ががっかりしてしまう原因です。

そしてテクノロジーがこの状況を悪化させています。テクノロジーによって現実的ではない選択肢すら最高の選択となり得る選択肢のひとつに入ってしまうのです。

私達はフォトショップやその他デジタル技術を使って写真をより高度なものに仕上げます。つまり、旅について必要以上にドラマティックな想像をめぐらせてしまう。そして実際その場所に旅行で行ってみると、自分の頭の中で想像したドラマチックな旅に現実の旅が到底及ばない、ということが起きるのです。

私達はサグラダ・ファミリアはこのようなものであると信じています。

しかし実際のサグラダ・ファミリアはこんな感じです。

(会場笑)

そしてタージ・マハルはこのようなものであると想像しますが、

実際に行ってみると、こんな感じです。

(会場笑)

モナリザはこんな感じだろうと想像していても

実際のモナリザはこんな感じで展示されています。

(会場笑)

テクノロジーによって良いとこ取りの情報だけが入ってくるのです。そして現実的でないイメージを現実として捉えてしまうのです。

旅に出て素晴らしい体験をした、という時というのは予想もしなかったことが起きた時ではないでしょうか。何も期待していなかった時に、自分で何かを発見した時です。

多くのコンテンツ型アルゴリズム、例えばグーグルサーチやFacebookニュースフィードがありますが、それらは最高のもの、最も多くシェアされているもの、最も「いいね」されているものを最優先に出してきます。つまり、最高のものをよく目にする機会があるのでそれが普通だと勘違いしてしまうようになるのです。

政治家は結果的に果たせない約束を有権者にアピールして票を得ますね。「私はこの問題を解決します」とアピールすることで有権者のその政治家に対する期待値を上げるのです。

正直に「私に一票を入れてもらっても、状況は変わらないかもしれません」という政治家よりも、国民の期待値を上げる政治家に投票しようと思いませんか? しかし期待値を上げる政治家に投票としたとしてもきっと皆さんはがっかりすることでしょう。

つまり私達は常に期待値を上げられ、その期待が裏切られるというサイクルの中にいるということです。企業も同じです。「この時計はこれまでにない高精度のものである」とアピールするでしょうが、

電池がその分早く切れる、とは言わないでしょう。つまり私達は常に物事に必要以上に期待をしてしまうものなのです。私達の素晴らしい想像力が私達をがっかりさせる、そして私達が満足できない原因なのです。期待と失望は紙一重です。

美という概念でも同じことが言えます。多くの人が自分の外見に自信を持てないというのも、広告業界が、私達が自分に満足できないように仕向け、商品を売ろうとしている結果です。

広告では実際は完璧ではないモデルを完璧に修正し、美の究極のように仕立て上げます。そして私達の社会は決して満足することがない完璧主義者の集まりになってしまうのです。

画期的な想像をする人というのはつまり決して何かに満足することができない人、とも言えます。これが想像力のギャップであり、これが想像力が現実を上回ってしまうという現象の理由です。そしてこれが私達がなぜ不幸せであるのかを説明する第一の理由です。

周囲と、そして過去の自分と今の自分を比べるからハッピーになれない

第二の期待のギャップは対人間のギャップです。

つまり自分の現実と他人の現実を比べる時に生まれるギャップです。つまり私達自身を周囲と比べて評価するということです。もし皆さんが低所得者に囲まれて生活しているとしたら、年収500万円稼いでいる場合、自分はとても裕福だと感じることでしょう。

そして周囲が富裕層ばかりであれば、自分が貧しいと感じることでしょう。もし自分が少額の昇給をして、周囲は高額の昇給をしたとしたらがっかりすることでしょう。

自分が得れば周囲が失い、自分が失えば周囲が得るということです。残念なことにゼロサムゲームです。そしてこれは収入に関することに限りません、見た目も関係してきます。誰かが美容整形を受ければ、誰かが落ち込むのです。

第二のギャップは周囲と比べることで生まれる期待のギャップでした。

第三のギャップは過去の体験を元にしたギャップです。私はこれを異時点間のギャップと呼んでいます。

現実よりも過去の自分のほうが良かった、と思う時にこのギャップが生まれ私達は現在に不満を持つのです。

例えば、全く同じ生涯収入を持つ二人の人を例に取ります。Aさんは時間が経つにつれて収入が低くなっていきますが、Bさんは収入が増加しています。二人の生涯収入はまったく同じでもBさんのほうが幸せを感じることが研究で明らかになっています。

なぜでしょうか。これは心理学者が言うところの「アンカリング」が理由です。過去と比べて、常に物事が上向きであり、現実が期待を上回ると人は全体的に満足感を得ます。

私達は子どもに甘くはないでしょうか? 子どもには将来のために何でも与えてあげたいと願いますよね。もちろん私達は子どもを応援してあげるべきです。

しかし最初から子どもに何でも与えてしまうと、その後の将来で子どもが大きく成長しにくくなるのです。そして幸福感を感じにくくなってしまうのです。

子育てについてもうひとつ。私達は子どもに「君は特別で素晴らしい存在なのだ」と言います。大統領や首相にだってなれるさ、マーク・ザッカ―バーグのようにだって、ビヨンセのようにだってなれるさと言いませんか? これは私達大人が子どもの期待値を高めていることと同じです。

そのように親から言われて育った子どもが「普通」の仕事に就いて働き始めた時やビジネスを立ち上げて失敗する時、その子ども達は失望し、不満を抱えるようになるのです。彼らが自分に期待したことが現実にはならなかったと。

もちろん子ども達に自信を与えることは大切です。しかし彼らに現実を大幅に勘違いさせてはなりません。

これまで見てきた通り、私達の幸せの度合いは私達の期待値によって決まるということです。そして期待値は何が「普通」であるかということによって決定します。そして「普通」とは大抵の場合私達の想像や周囲の人々からの影響、そして私達の過去の体験が決定します。

つまり私達は常に想像力と現実の対立に阻まれているということです。そして私達が体験する現実と私達が思う他の人の現実、現在と過去の現実の対立にも。

起業家、ビジネスパーソン、子を育てる親、そして政治家、雑誌編集者がやるべきことは幸福「ハピネス」と人の期待値を真面目に考えることです。幸せについて語ることは思想であり科学ではないと多くの場合思われています。

起業家の皆さんには世間の消費を活発化させるよりも人々の幸福度、人生の満足度を上げられるようになってほしいと思います。同時に人、場所、出来事を現実的に描写するコンテンツの提供者であってほしいと思います。

人と自分を比べて不幸せを感じるという問題については、政府が所得格差を無くすことを最優先事項にすることが重要だと考えます。そして我々個人は他者と競争するのではなく、自分自身と競争することを学ぶ必要があります。

そして子育てについては、子ども達に非現実的な夢を抱かせないこと、子ども達が不可能なこともあるということに気づくよう手助けしてあげることが大切です。

私達は自分を幸せにするものが何なのかまったくわかっていません。私達は「現実」を元に、何が最も自分を幸せにする決断であるのかを正当化するのですが、実際に私達の幸せ度を決めるのは現実と期待値のギャップにどう感じるかなのです。

銅メダリストが銀メダリストよりも幸せなのは期待値が理由です。銀メダリストは金メダルを絶対に取る、と思っていて、銅メダリストはきっと四位だろうと期待していたからということです。

ロトで大金を得ても幸せになれないのは、その幸せが長く続かずあとはどんどん下降していくだけだからです。幸せとは実際私達の想像力、周囲の人々、そして私達自身の過去と深く関係している複雑な概念なのです。

心、思考、期待値がどのように作用するのかを理解することが大切です。起業家の皆さん、社会をより良い場所にしたいと願うのであれば、まず人はなぜ不満を抱えるのか、なぜ幸せになれないのかを理解してほしいと思います。

ありがとうございました。