目が見えない子供を授かった父親の気持ち

志村真介氏(以下、志村真介):あとこれだけみきティが明るいと、「なんでみきティはこんなにすごいんだ」と思われると思うんですけど、やっぱりこれは家庭環境というか、お父さんとかお母さんってすごいんだなと思うんですよね。

詳しくは本に載せているので後でお読みいただければと思いますが、みきティのお父さんが講演されているのを聞いた話って覚えてる?

志村季世恵氏(以下、志村季世恵):みきティのお父さんが講演していたカセットを聞いたって言ってなかったっけ? その話をみきティにしてもらいたいのかな?

志村真介:じゃあ俺が言っちゃう(笑)。みきティが自分で言うのは、ちょっと恥ずかしいですよね。みきティがいない時に、みきティのお父さんが講演されているのを、みきティがカセットで聞いたという話。

その講演の中でみきティのお父さんは、「目が見えない子供を授かった自分はすごく不幸であるとみなさんは考えがちだけれども、授かったことが不幸だというよりも、まずみきティのお母さんと出会った幸せをまず感じよう」ということをおっしゃっていて。

それから、これもすごいなと思うんだけれども、「困った困ったと二人で言い合う関係ではなくて、それを乗り越える関係でいようということが、自分たち夫婦がみきティとの関係の中で学んだことだ」という話をされていたんです。

志村季世恵:みきティはそれをいつ頃聞いたの?

川端美樹氏(以下、みきティ):中学生の時だったかなあ。

志村季世恵:聞いたとき、どんな気持ちがしました?

みきティ:私はもともと目が悪くなったのは癌が原因で、たぶんうちの父親は、当時お医者さんから「お父さん残念でしたね。もうちょっと世の中を見せてあげたかったですね。まあ仕方ありません」というようことを言われたんですね。その時、「もう死んでも仕方ない?」くらいのことを言われたと思ったみたいです。

でも、父親は今でもそうなんですけど、母なしでは生きていけないくらい母親のことを愛していて。その人との間でこの子が生まれてきたのだから、何としてでもこの子を幸せにしたいと思ってくれているんだな、というのが中学生ながら私にも伝わってきたんです。それが、自分もしっかりと楽しく生きて行こうと思った瞬間です。

会場:(拍手)。

みきティ:照れますね(笑)。

弱さをポジティブにとらえる強さ

志村真介:みきティだけでなくて、アテンドたちはダイアログの暗闇の中でいろんなお客様と出会ったりしているんですね。

先日も、ある方から「自分のお友達の目が見えなくなってしまうということで、いろんなところをまわったんだけど、彼は自殺しようと思っている。友達としてどうしていくかわからないけれども、最後の蜘蛛糸のように、少ない可能性に託してダイアログ・イン・ザ・ダークというところに行ってみな、と言った」というお話しがありました。

そうしたら彼は来たんですよね。自分が今から目が見えなくなるのに、見えないところに来てどうするんだと思いながら、でも、お友達に支えられて嫌々来た。

そしてダイアログを体験し、その時はみきティと違うアテンドと会ったんです。そうすると、「目が見えないからこんなことができない、あんなことができない、これもできない、できない」と思っていた自分が、目の前にこんなに明るい、目が見えないからこそできる仕事だと活き活きしている人たちと出会った。そこで、帰る時に「自分は自殺するのをやめます」って言って帰られました。

そのアテンドをした彼は、今実は病気に倒れていまして、今日もベッドで寝ています。

このあたりがすごいヒントがあると思うんですけど、リーダーはみんなを強く引っ張っていくのが常だとすると、みきティのような人は、一見「目が見えないから何もできないんじゃないかな」「見えなかったら人生は終わりだ」と思われているんだけど、実際にその人たちと関わることによって、くるっとひっくり返るんだよね。

これって、季世恵はプロのセラピストとして癌の末期の人達とのターミナルケアを『さよならの先』の中でもずっと綴っています。このへんはちょっと似てる?

志村季世恵:似ていますね。弱いとか、みなさんがネガティブに思いがちのところとか、自分が持っていたものがだんだん無くなっていってしまうようなところとか。そういう時って、気持ち的には、何だかとっても不幸な状態だったりとか、マイナスな状態になりつつあるんですよね。

でもそれがそうではないんだなということが、私が出会った人たちと一緒になって遊びながら、感心しながら教わっていくわけなんです。そして、それは弱いとか強いとかではないんだな、と思うんですね。むしろ、どう生きていくのかとか、どう今を感じて過ごすのかとか、そういうことなんだと思います。

人の中身を知ると人生を強く生きられる

志村季世恵:私、実は一番弱い人というのは、命を身近に感じられない人たちなんじゃないかなと思っています。

みきティたちは、たぶん命の一番身近なところにいるわけですよね。毎日命を懸けて会社まで来るわけです。電車乗ったりバス乗ったり、横断歩道を渡るのでも大変だし、さっきも言っていたように、非常口がわからなくて人に頼って行ったり。

でもそれは、生きる力を持っているんですよね。それが共通点かなと思います。

志村真介:みきティたちっておもしろいんですよ。例えば、私たちがA地点からB地点に行くとすると、いち早く移動することが正しいみたいなところがありますよね。でも、みきティは外苑前の駅から代官山の会場まで、いろんな人に助けられるんだよね。そして、助けられることによって、今日の街の人の雰囲気とかと会話をしながら通勤してくるんだよね。

みきティ:そうですね。電車の中とかでもその日の街の気配がわかりますね。

志村真介:みきティがすごく面白いというのは、店が10軒あったとしたら、片っ端から入るんだよね(笑)。

会場:(笑)。

みきティ:私はそういう役割で、例えばアテンド同士3人でご飯を食べに行ったりしますよね。私は声をかけて貰ったりするのもすごく多いし、自分で「すみません」って声をかけるのも、目が悪くなってから慣れていて。最近失明したてで、自分から声をかけるのが苦手だなと思う人もいるんですけど、ですけど、私は声をかけてみたらいろんな人にいろんな情報を貰えるのがわかっているので、積極的に声をかけます。

だから「ちょっと中華料理食べたいから、どのお店が中華か聞いてきて」って言われて、「すいません、ここのお店何屋さんですか?」っていうのをやるのが私の役目ですね。そうしたら「銀行です」とか言われることもあるんですけど(笑)。

そもそも食べ物屋じゃないこともあるんですよね。でもそういうときも、「ここにみずほ銀行があるんだ。じゃあ便利だからここ来よう」みたいに、転んでもただじゃ起きない感じです。

志村季世恵:やっぱり、人の中身を知っている人は強いんですよね。助けてもらうことも覚えていけるし、助けることもできるし、そういう生き方をしている人は本当良い人生を過ごしていると思います。みきティはまさにそういう生き方だし、皆たくましいです。

周りの人の気持を自然と変えてしまう力

志村真介:ちなみに自分が倒れたき、いろんな後遺症が出る可能性があって、目が見えなくなるかもしれない可能性も高くて、それをアテンドの人たちに言ったんですよね。

志村季世恵:彼が入院をして手術をした時、助からないんじゃないかという状態だったんですけど、「助かってもこの病気は時々血管やら何やらに穴が開きます。目に穴が開く場合もあります。そうすると失明します」と言われて、さすがの私も「これは大変だ」と思ったんですね。どこに穴が開くかわからないと言われたので。

それをダイアログの会場に戻ってみきティたちに話したんです。「例えばだけど、目が見えなっちゃう場合もあるんだ」と言ったら「あら、そう?」って(笑)。「そうしたら、アテンドやったらいいわ」「ただし、真介は特訓が必要だね」とか言ってね(笑)。

志村真介:一事が万事、そんな感じなんですよね、

自分たちもみきティと関わることで何か新しく「そうだよな」と思い直している部分もあるんですけれど、ダイアログの周りのコンビニエンスストアだとか、さまざまな所にみきティたちが行ったりすることで、だんだん周辺地域のバリアフリー度が上がってきているんですよね。

2年前くらい前に大雪が降りましたけども、ちゃんと誰かが点字ブロックの上を雪かきしているんです。別に誰がやったと言いに来るわけじゃなく、誰か知らない人が、誰か知らない人のために、少しだけ何かをしているんです。それはすごいと思うんですよね。

お母さんをダイアログ・イン・ザ・ダークに連れてきた小学生

志村真介:例えばダイアログの暗い中に親子が来た場合もありましたよね。子供の反応が面白いとか。

みきティ:そうですね……。特に小学校の子って、最初は「暗闇が怖い、怖い」って大人よりも声に出して言っているんですけど、慣れるのがすごく早くて。途中からは「◯◯がある!」って言って走っていったりするんですよね。どうしてそれがあるってわかるんだろうって私も思っちゃうくらいで、「ちょっと案内役交代する?」みたいな感じなんですね。

そうするとお母さんとかが、「この子は引っ込み思案で無口だし、学校に行ってもやっていけるんだろうかと思っていたけど、今日の暗闇でのこの成長ぶりを見ていたら、十分やっていけるぞって自信が持てました」っておっしゃったり。

あとは思春期の「関わり方がわかんないんだよ、あまりしゃべんなくて」という息子さんとお母さんが来た時に、息子さんがお母さんの手を取って「こっちだよ」と言って引っ張ってあげたりして。

「そういえば、しばらく息子と手を繋いだことがなかったけど、こんなに温かい手をしていて、こんなに優しい声をしているんだな、ということを今日知れて、日常でも、もっといっぱい自分から話をしていく機会を持ちたいと思いました」という声も聞きます。そういうとき、「そうですよね」ってすごくうれしくなるんですよね。

志村真介:それで思い出したんですけど、ある男の子とお母さんが来られたんですよね。男の子って、お母さんと歩くのが何か嫌な時期ってありますよね。小学生後半、中学生くらいに。

その男の子は小学生高学年で、お母さんが彼をここに連れて来たのは、何か感動させようとか、いろいろと企みがあるわけですよね。

暗闇から出てきて、その男の子は一言で感想が言える簡単な経験ではないとぽつりと呟いて家に帰りました、次の次ぐらいの日にお母さんから連絡があったんです。「すごい、大発見です。これまで電車の中で、シルバーシートに座ってゲームをしていた息子が、ダイアログに入って帰り際に、自分から立って『どうぞ』って言いました」って。これまでは「しなければならない」と言い続けてやらなかった子供が、自然に自分から、自ら立ったって。