スタートアップは単に大企業を小さくしたものではない

アン・ミウラ・コー氏(以下、アン):通常の授業の他に、メイン・フィールド・フェローズ・プログラムというのがあります。150人の中から12人の学士課程の学生を選抜し、9か月、会社経営の方法についてトレーニングを行います。

その後、3ヶ月のインターンシップを経験します。さらにその後の3ヶ月は、学生同士で教えあいます。例えば、3か月のインターン期間中、学生たちはメンターとエグゼクティブのスポンサーを得ます。

ある女子学生は、Facebookで働き、彼女のメンターはシェリル・サンドバーグでした。要するにエグゼクティブであれば誰でも良いということではなく、インターンを取る会社も、どれほど真剣かがわかると思います。

また、学生はハイレベルのメンターと働くことになります。学生は、わたしがショックを受けるほど忙しく働きますが、エコシステムを作るには必要な過程だと考えています。

松田憲幸氏(以下、松田):スティーブ・ブランク教授のスタートアップの定義で2点、非常に印象に残っています。それは、スタートアップは大企業の縮小版ではないということと、スケーラブルで再現性、収益性があるビジネスモデルが必要だということでした。

アン:ビジネススクールは大企業の経営方法を教えてきました。わたしはスティーブと一緒に教鞭を取ることがありますが、リーンローンチパッドを使った授業を行っています。

スタートアップの会社に会計原則を教えても仕方がない。最初は、記帳する数字などないですから。ですからわたしたちは、スケーラブルで再現性のあるビジネスモデルに注目します。その意味で、わたしたちが教えているのは、フォーチュン500の会社のマネージャーを目指している人たちではないということです。

(松田を指して)松田さんはご経験があると思いますが、起業をめざしている学生を教えるには、まったく違ったスキルセットと授業が必要です。

松田:ありがとうございます。定義が明確ではないとゴールが見えにくいですからね。シンさん、いかがですか。

インドのビジネススクールに足りないもの

ハービンダー・シン氏(以下、ハービンダー):わたしはIITの卒業生ですが、母校は非常にエンジニアリングに特化した学校で、起業家向けの授業はひとつもありませんでしたが、スタンフォードにはあります。スタンフォードでは、エンジニアリング部、経営部、医学部など、中心となる7つ学部がありますが、学部のくくりを超えた、互換性のある教育をしています。

現在、ヘネシー学長が推し進めていますが、授業の時間を一科目150分から80分に統一することです。これによって、学生はどの大学でも受講できることになります。

松田:インドにはビジネススクールはありますか?

ハービンダー:たくさんあります。

松田:スタンフォードとは違いますか?

ハービンダー:これが、スタンフォードで強く印象に残ったことでもあるのですが、ロースクール、エンジニアリング学部、経営学部の学生が一同に会して授業を受ける、これはインドのビジネススクールではありませんね。

また、スタンフォードでは、現役の経営者が教授だったりします。わたしが、経営学を勉強しているときには、当時インテルのCEOだったアンドリュー・グローブやシスコのCEOだったジョン・モーグリッジが教えていました。

例えばこの2日間、新経連サミットで、すばらしいスピーカーの話を聞けました。これを1日6クラスで、3~4人のスピーカーの話を聞くことを想像してみてください。大学と産業界が交流することは、外部の世界との直接の接触があるということで、それ自体、非常に意義があることです。

スタンフォード在学中に起業するのはマイノリティ

櫛田健児氏(以下、櫛田):スタンフォード在学中に、いろいろな教育を受けられることも非常に大切ですが、卒業生のネットワークもかなり重要です。在学中に大学発ベンチャーを起ち上げるケースは、実はマイノリティです。

よくあるパターンが、例えばコンピュータサイエンスを勉強して、アップルやIBMなどの大企業入り、数年、同期や授業を一緒に取った人と、OBの集いなどで再会した人たちに引き抜かれて、起業に参加することもあります。Yコンビネーターは、そのような経緯で創立されました。創設者のひとりが、マイクロソフトに勤務しているときに、声がかかったそうです。

僕のいちばん好きな例ですが、近所のカフェに居たら、学生時代に同じ寮に住んでいた人にばったり会いました。「おぉ、久しぶり、何やってるの。15年ぶりくらいだね」と。話していると、彼はスタンフォードを卒業後、アップルに就職し、iTunesのアプリのストアと仕組みを作っていたそうです。

スタンフォードの教授と友達だったので、アプリの書き方の授業を教えてくれと招待されたそうです。それが、世界で一番最初に教えられたアプリの授業でした。そうすると、教え子がいっぱいできるわけですね。

でも彼は教員ではないので、1学期教えただけで、自分の仕事に戻りました。ところが、いろいろな人が彼の授業に刺激されて、アップルに就職したり、アプリの会社を立ち上げたわけです。

彼がアップルから離れて、今度は自分のベンチャーを作ろうとしたとき、元教え子たちが彼の周りに集まってきました。そのようにして創設されたのが、今のFlipboardです。

こういうパターンはたくさんありますので、大学での学問へのフォーカスも大切ですが、横のつながりである、OBネットワークを上手に作ってアクティベートするのは、とても重要なことです。

シリコンバレーという場所は、移動が大変です。公共交通機関が1950年代の政策によって、電車がつながってない、ラッシュ時以外は1時間に1本しかないですし、車は渋滞します。そういう制限は、東京にはないですね。

誰かと会おうと思ったら、ぱっと行けるわけです。組織や企業の壁、あまり効率的でない残業などが、横のつながりの妨げになっていることは事実としてあるのですが、OBネットワークをアクティベートすれば、卒業生の横のつながりに日本の優秀な大学生を取り込むことができるんじゃないかなと思っています。

松田:ありがとうございます。

日本はスタートアップのイグジット環境が整っていない

松田:今、日本のことを話していました。スタートアップが成功するときに、越えなければいけない試練などありますか。

アン:試練といえば、イグジットの環境ですね。ここ数年で、シリコンバレーのみで300件のイグジットがありました。アメリカ国内では、10~15社の1件あたりのイグジット額が10億ドルを超えています。その中には 16億ドルを超える会社が含まれています。

イグジットをしたということは、経営が上手くいかなかったわけで、他の会社に買収されているのです。例えば、オラクル、Facebook、グーグルなどに吸収される結果となっています。ところが、これらの会社の創始者は、新たなネットワークを築き、新しい会社を始めるわけです。

このエコシステムは、とてもリッチです。ここで重要なのは、経営に失敗したことは、実は敗退ではないということです。たとえスタートアップとして成功しなくても、投資者、従業員、そうして、創始者であるあなた自身にも、イグジットを提供することになります。そして、あなたには仕事があり、明日を生きることができます。これらの理由で、スタートアップのライフサイクルをリッチにする環境があるのです。

日本のアントレプレナーの方々にとって試練となるのは、イグジットの環境、特にM&Aの環境がアメリカのように整っていないということではないでしょうか。希望的観測をすると、ミクシィやグリーにみられるように、若いCEOが増えているので、彼らの世界観は既存のものとは違います。その人たちの考え方や信じるものが、日本のスタートアップやアントレプレナーの新しいエコシステムに反映されていくのではないでしょうか。

松田:シリコンバレーでは、年間4000社近いスタートアップが誕生するそうですが、その中で成功しているのは何社くらいですか。300社ですか。

アン:300社というのは、イグジットをした会社のことですから、必ずしも成功した会社ということではありません。これらの会社の投資家は、投資したお金をいくらか回収し、従業員も引き続き職があったということです。

アジアの会社がアメリカに投資する流れができつつある

松田:それではシリコンバレーでは、失敗した会社をたくさん創出したということですね。

アン:会社の生存率は10%です。確かに厳しい状況ではありますが、この数字が語っているのは、真にビジョンのあるアントレプレナーが必要だということです。ビジョンのあるアントレプレナーとクレージーなアントレプレナーの違いは紙一重です。わたしたち投資家は、アントレプレナーがビジョンを持っているのか、それともクレイジーなのかの見極めをしなくてはならないのですが、それが最も難しいです。

正直に申しあげると、最初の会社を始めたとき、起業というのはそれほどリスクがあるものだとは考えていませんでした。失敗しても仕事はあるだろう、そして、他人のお金で学んでいる訳ですから、その時は自分の価値が上がっている。

失敗したら、違う事業を始めるのだから、同じ失敗は繰り返さないといって、他のベンチャーキャピタリストに資金を頼めばいいだろうと思っていました。起業したことで、非常に多くを学びました。

日本は世界3位の経済大国で、インフラが完備され、大学の制度もすばらしいです。過去3~4年の間の変貌したのは、それまではアメリカが日本に出向いてセールスをしていたのが、今では、アジアの会社がアメリカの会社に投資したり、買収することになり、流れが変わりました。

日本の会社の従業員がアメリカで働き、アン(ミウラ・コー)さんが話したようなことを学んで、日本に持ち帰ることによって、新たな推進力が生まれるのではないでしょうか。15年ほどのスパンで考えると、未来は明るいと思います。