グリーがSNSからゲームにシフトした経緯

朝倉祐介氏(以下、朝倉):それでは次に、グリーの山岸さんにちょっとお話をうかがおうと思います。お願いいたします。

山岸広太郎氏(以下、山岸):こんにちは、グリーの山岸です。よろしくお願いします。ちょうどグリーは2004年12月7日に会社を設立しておりまして、3日後に会社設立10周年ということになります。

(会場拍手)

ありがとうございます。ちょうど去年の今頃はまさしく構造改革の真っ最中で、ここに来て話すというと自分でも気が滅入るみたいな状態だったんです。だいぶ落ち着いて(社内の)雰囲気も良くなってきてるんで、良かったこととか悪かったこととかその辺のお話をしていければなと思います。

(スライドには)「グリーの変革と改革の歴史」と書いてあるんですけど。さっき宇佐美さんが2~3年に1回とおっしゃってたんですが、グリーの場合は結構、毎年毎年なんか変革があるという感じで。ただ、その変革もだいたいいくつかフェーズが分けられるかなと思っています。

1つ目のフェーズが、日本のモバイル市場でSNSによる新しいビジネスシステムを作っていくところです。

創立当初、PCのSNSではミクシィに負けていて、モバイルでSNSを展開することにしたのですが、社内にモバイルのサービスを作ったことがある人がほとんどいない、という状況からモバイルの会社にシフトしていくということをやりました。

その次に、広告ビジネスがなかなか立ち上がらないため、課金ビジネスにいこうということでゲームにシフトするんです。この時も、ゲームを作ったことがある人がほとんどいない中でゲームの会社にシフトしていくということをやりました。

それから、2008年12月に東証マザーズに上場したんですが、業績のほうはだいぶ良かった反面、当時リーマンショックの直後だったため、上場審査が業績予測や内部統制の部分で本当に厳しくなっているタイミングでした。それを契機に、それまでベンチャー体質でやってきたところを本当にちゃんとした会社に変えるということを、すごい大変でしたけど、なんとかやり切りました。

そして、2009年からプラットフォーム事業の準備を始め、2010年に展開していきます。それまでは自分たちのプロダクトを作っていればよかったのですが、他社のゲームも扱ってビジネスを大きくする方向に変えました。

それから、ガラケーからスマートフォン向けブラウザゲームのシフトという部分ではチャレンジがあったんですが、うまくできたのかなと(思っています)。

社員が3年で2,000人上以増えた

山岸:毎年毎年本当に大変だったんですけど、それをなんとか気合いでやりきってきたなと。こうやって日本国内の事業が立ち上がる中で一気にグローバルプラットフォーム展開を目指すと共に、ネイティブアプリケーションへのシフトを並行して進めてました。

そうした状況の中、2010年6月に170人くらいの社員数でしたが2013年6月には2,300人くらいになっています。3年で2,000人以上増える急激な規模の拡大をして、かなり多角展開もしたのですが、結果的にうまくいかず、その他にも、業界全体が社会問題に直面したり、Webゲームの業績悪化などが一気に表面化しました。

そこから、ちょうど去年(2013年)の4月ぐらいから苦渋の決断ではありましたが、海外拠点の閉鎖を進めたり、希望退職者も募集するなど、さまざまな構造改革を進めてきまして、今は少し落ち着いてきました。

そして、ネイティブゲームでヒットを量産できる体制を構築しようということで、今いろいろなリソースをその方向にトランスフォーメーションしていくということを進めています。

成功と失敗を結構してきて、自分なりに4つくらい変革をしていく上で、特に経営者として大事だと思っていることがあります。

1つ目は「自分たちの能力と目標の難易度を見定める」ということです。最初のガラケーにおけるソーシャルゲームのビジネスシステムを作ることに関しては、会社の所帯がまさに100人とか150人でしたので、自分たちがどれぐらいやれるかだいたいわかるんですね。

なので、これは気合いでやれるとか考えて実際にやり切るということができました。

逆に、組織の規模が1,000人、2,000人とかになってくるとどんどん階層構造になってくるので「これぐらい、やれるだろう」と思っていたのにやれないということがどんどん起きていました。

なので、その時に目標を下げる必要はないですが、今の組織で目標を達成するためにはどうプロセスを分解していくか、気合いじゃなくてプロジェクト・マネジメントや段取りとか実際に進捗状況はどうなのかということをきちんと見ていくことが大事だと思っています。

大事なことの優先度をちゃんと決める

2つ目は「重要事項にフォーカスして、ブレずにやり切る」ことです。さっき小澤さんもトップダウンの話しをされてましたけど、だいたい会社は大きくなってくると「これをやったらこういう問題が出てきた」という話が常に出てきたり、リソース配分の面でもいろいろな事業が増えてくると人員の再配置とかそういうことがいろいろ起きるんですね。

でも、敢えて大事なことの優先度をちゃんと決めて「これだけは全部やり切るぞ」「他はとりあえず置いとこう」「諦めよう」とか勢いでやり切らなきゃいけない時があって、そういった意志決定の強さみたいなものが経営には求められるかなと思ってます。

3つ目は「意思決定のヒエラルキーと権限」って書いたんですけど、改革を進めていくと、絶対にいろんなことを意志決定していかなきゃいけないんです。

ただ、一人のトップが全部意志決定するのは無理なので分散化しないといけないんですが、この方法を間違えると問題になるんですね。

なので、特にリソース配分になるんですけど、誰がこれは決めるってことをちゃんと分散して、その下で各権限を持った人が勝手に進めても問題が起きないようなヒエラルキーをうまく作ることがすごく大事かなと思っています。そういう中でどんどん意思決定をしていくと。

4つ目ですが、やっぱり社内の巻き込みってのが本当に大事で、社員の人たちが「あ、これやろう!」って思ってくれないと絶対うまくいかないと思います。

僕なんかがやっぱり大事にしていたのは「なんでこれやるんだ」っていう大義を伝える、そこにフォーカスして何回も(説明を)繰り返すってことと、やることとやらないことを明確にして「これを実現するためにこの4つのことをやるよ」と。

「その代わり、それ以外のことはやらないから、弊害が起きると思う。それを埋めることはできたらいいけど、できないからやらないのでゴメンね」って、そういうことをやりました。

さっき、人事制度の話を小澤さんがしてましたけど、僕らもここ半年くらいでいろいろ変えたりしている中で、やっぱりそういう時に「なんでこれを変えるんだ」ってことを伝えながら「結果的に今までと違う事が起きるけど、そこはやること、大義のほうが大事だからこれをやるんだ」ってことも(ちゃんと)説明を尽くす。

みんなの言うことを聞くってことじゃなくて、ちゃんと「なんでこれやるんだ」ってことの説明を尽くしていくことが大事かなって思ってます。こうやっていくと、結構うまくいくんじゃないかなと自分なりに思っているところですね。ありがとうございます。

ネイティブゲームに力を入れていく

朝倉:グリーさんはそれこそ、出自が同じSNSっていうこともあって、個人的には非常にシンパシー感じるところがあるんですけども。

それこそ、1年おきに非常に大きな変革のタイミングが来て、社内のほうっていうのはもうそういうものなんだって感じなんですかね? それとも、毎回毎回てんやわんやなんですか?

山岸:変わっていくのは結構慣れてて。会社が成長している時に毎年こんなすごいイベントがあって、事業も伸びるみたいなことは慣れているんで。

逆にここ2年くらいは、守り系の施策中心になってきていて、そこに関してやっぱり「おもしろくない」「刺激が足りない」みたいに思う人もいるんじゃないかなって。

今までそういう雰囲気だったのが、ちゃんとここからまた盛り上げようという雰囲気になってきたかなと思うんですけど。慣れますね、8年、10年ぐらいやっていると。

朝倉:ここ1年、2年で、今までの攻めとはまた違ったベクトルの変革というのが多かったとわけですけど、今はだいぶまた攻めの方向に転じているっていうことなんですかね?

山岸:そうですね。ネイティブシフトっていう。Webゲームはまだ非常に大きな事業なのでここは絶対守りつつ、ネイティブゲームを作れる人、開発ラインをどんどん増やす。

そのために、社内でそういうスキルチェンジをするためのプログラムやそういう部署を作ったりしてかなり大規模なネイティブゲーム向けの体制にいくぞって局面で会社の雰囲気も変わってきたかなと思います。

朝倉:ありがとうございます。それでは、今度はBCGから平井さん。トランスフォーメーションというところで、ご自身の経験もふまえつつお願いいたします。

幹部の「賞味期限」は入社から3ヶ月

平井陽一朗氏(以下、平井):BCG、ボストンコンサルティンググループという硬い会社ですが、平井といいます。よろしくお願いいたします。

実は(IVSの前身の)NILS時代からちょいちょい来させていただいていて。今回は3年ぶりですが(在籍が)3社目の平井として来させて頂いています。

最初、オリコンの副社長やってた時にこちらに来させていただいた時に結構いいネットワークができて。その時から比べるとIVSはものすごい盛況な素晴らしい会になって「すごいな、(インフィニティベンチャーズLLPの)小林雅さん」とか思っていつも見ております。

2社目でザッパラスという占いのコンテンツの会社の社長をやってた時にも来させていただきました。そして今はBCGというコンサル会社なんですが、実は私が若い頃に勤めていた会社に出戻っておりまして、今回はBCGという形で出させて頂きました。

そんな感じで(周囲を指して)こんなにすごい登壇者とご一緒してこそばゆいというか非常に恐縮なんですけども、少し私の経験をお話させていただきます。

まずオリコンに入ったのは2006年の暮です。2010年までおりまして、赤字から黒字の会社になる所まで見届けました。

ここに入った時、社長の小池さんって方のマイブームが「Web2.0」だったんですね。懐かしい言葉ですけども。

「会社をもっとデジタル方向に変革させたい」ということで、その変革要員として呼ばれていったというのが2006年の暮れだったんですね。その時に、来年の計画立てようとか予算入れようとか(事業の)着地どうなんだっていうのを見ていると「実は結構大変だぞ」っていうのがわかってきました。