市長「この町はダイエットを始めます」 全米で最も肥満の多い都市が町ぐるみでダイエットに挑戦した結果…

肥満都市の100万ポンド減量法 #1/2

全米ナンバーワン肥満都市という不名誉に輝いたオクラホマ・シティの市長Mick Cornett(ミック・ホーネット)氏によるスピーチ。市長が街全体にダイエットを命じ、まちぐるみで健康な都市を目指した結果はいかに…。(TEDMED 2013より)

オクラホマ・シティの土地争奪戦「ランドラッシュ」

ミック・ホーネット氏:オクラホマ・シティに行ったことがある人、ちょっと手を挙げてもらえますか? では行ったことがなくて、私が誰だか知らないという人は?(笑)

ほとんどですね、では少し自己紹介させてもらいましょう。オクラホマ・シティは人が想像し得る最もユニークな方法で誕生しました。1889年のある春の日、連邦政府は「ランドラッシュ」と呼ばれるイベントを行いました。

彼らは移住者希望者を架空の線上に一列に並べました。そして銃を鳴らすと、怒号とともに移住希望者は土地中を駆け巡り、自分で杭を打った場所が自分の土地になるというものでした。

初日でオクラホマ・シティの住人は1万人まで増え、行政管理の企画部は未だにそれにお金を払っています。彼ら住人はその日のうちに市長を決めると、今度は彼を撃ち殺しました。

(会場笑)

本当は笑っちゃダメなんですけどね……。まあでもこれでオーディエンスのノリもわかったので、とにかくフィードバックありがとうございます。

オクラホマを離れる若者たち

20世紀はオクラホマ・シティにとってずいぶんやさしい時代でした。経済はコモディティ化し、綿や小麦、石油や天然ガスは安定していました。それに加え、イノベーションの都市でもありました。ショッピングカートはオクラホマ・シティ発祥です。パーキング・メーターもそうですよ。

そういった経済には上がり下がりがあります。オクラホマ・シティの歴史は、まさにその典型でした。1970年代、エネルギー価格の後退がなかった時に経済は上昇し、1980年代には急速に崩壊しました。エネルギー価格は下落し、銀行は倒産しだしたのです。    その10年が終わるまでに、オクラホマ州全体で100件もの銀行が倒産しました。財政援助などありませんでした。なのでオクラホマの銀行業界も石油・ガス業界も、もろもろ経済の底辺にありました。

若者はオクラホマ・シティを離れ、ワシントン、ダラス、ヒューストン、ニューヨーク、東京など、各々の教育水準の身の丈にあった場所へと行ってしまいました。オクラホマにいい仕事はありませんでした。

肥満都市ランキング1位に

80年代の終わりあたりに、ロン・ノリックという意欲的なビジネスマンが市長になりました。彼は「経済発展の秘訣は、前線にいる企業を応援することではなく、ビジネスしたくなるような場所を作ることにある」ということに気がつきました。

そしてMAPS(首都圏計画)を推し進めたのです。MAPSを簡単に説明すると、減税政策により、たくさんの建物を建てるという計画です。スポーツ・アリーナ、運河、パフォーミング・アーツ・センター、野球場、生活の質を向上させるものでした。そして経済にも明らかな兆しが見えてきました。

次の市長は子どものためのMAPSを行いました。市内全ての学校のシステムを再建し、75件全ての学校は建て直されるなり刷新されるなりしました。そして2004年、市民的不服従に気を取られて、大衆の判断力が緩んだところで、この私が選ばれました。

私が引き継いだ時、それはまさに経済停滞から抜け出そうとしているところでした。そして初めて、公のリストなどに名前を連ねるようになったのです。メディアはランキング好きですが、そういったリストのことです。それはオクラホマ・シティにとって初めてのできごとでした。

それを見た時は「なかなかいいじゃないか」と思ってました。いい数字ではなくても、とりあえずランキングのリストに載って認知されていたからです。ベスト・就職都市、ベスト・起業都市、ベスト・ダウンタウン……。そしてついに来ました。肥満都市ランキング1位、オクラホマ・シティ……。一応、名だたる都市と名を連ねていましたが。

ダラス、ヒューストン、ニューオリーンズ、アトランタ、マイアミ……。これらの都市と一緒になれて悪くはないですが、私はそのリストには一緒に載りたくありませんでした。

決意せざるを得なかったダイエット

そのころでした。私は体重計に乗ってみることにしました。220ポンド(99.7キログラム)ありました。連邦政府がスポンサーのWebサイトで身長と体重を入力して、エンターを押して出てきたのは「肥満」という文字でした。

「このWebサイトはアホか。誰が肥満だよ」最初はそう思いました。

(会場笑)

それから自分に正直になってみました。そしてあるパターンに気づいたのです。1年に2、3ポンド増えて10年ごとに20、30ポンド落とすということを繰り返していたのです。家に大きなクローゼットがあるのですが、いつも3分の1しか着られるものがありませんでした。それでも普通だと思っていたのです。

ついに私は減量することを決心しました。前にもやっていたことはあるのでやり方はわかっていました。単純に食べる量を減らし、常に運動するようにしました。でも、計算が必要なのはそこではありませんでした。

1日3000カロリーを食べていたので2000カロリーまで減らしました。そして体重は減りました。40週間、毎週1ポンドずつ減っていきました。

肥満の原因は、充実しすぎの車事情

ダイエットをしつつ、特定の町が肥満問題を抱える原因を探るべく、インフラや文化、街そのものを調査し始めました。そしてついに結論にたどり着きました。この町は非常に働きがいのある場所だということが判明したのです。あなたが車だったらとしたらね(笑)。

しかしながら人間としては、この町の道の角という角で車に注意しなければいけないほどです。町は非常に広く、高速道路への交差点も充実しています。交通渋滞は全くありません。

なので都心から遠く離れて暮らす人々も多いです。町の範囲が本当に広く、620平方マイルあり、15マイル離れていても15分で間に合います。ラッシュアワーの時でさえスピード違反できるくらいです。

(会場笑)

結果として、人々は拡散していきます。土地も安いですし。長い間、歩道の整備もする必要がありませんでした。ごく最近改善されましたが、歩くことの出来ない道がある界隈に、10万件もの家が建とうとしていたような状態でした。

市長が唱えた「100万ポンド減量宣言」

そういった状況も全て考慮して、どのようにして肥満に対処するかを考えた結果、対話をするという結論になりました。まだ肥満について公衆で話されることなどなかったオクラホマ・シティで、私は2007年の大晦日に動物園でゾウの前に立ち、こう言いました。

「この町はダイエットを始めます。100万ポンドの減量を目指します」

幸か不幸か、ついに始まってしまいました。

国中のメディアがこのストーリーに飛びつきました。取り上げられ方としては、「住人のあまりの肥満率のため、市長がダイエットを命じる」とかにもなりかねませんでしたが、一般的な解釈は「多くの場所で共通の問題に、取り組む町が現れた」というものとなりました。

それはWebサイトを作る助けにもなりました。URLはthiscityisgoingonadiet.com(注:この町はダイエットします.com)というものでした。

テレビ番組『エレンの部屋』にも平日に出演した際には、その日だけでWeb サイトの閲覧数が15万人にもなりました。人々は登録して合算ポンド数は増えていきました。必要だと思っていた対話がされ始めたのです。

肥満について、家庭で父や母が子どもと話し始め、教会では肥満に取り組む人達をサポートするコミュニティができていきました。

一斉に学校や職場で必須の話題となっていきました。福利厚生ができた大企業だけでなく、こういった問題を放っておきがちな中規模企業までもが、この問題に取り組むようになったのです。従業員をコンテストなどでモデルにし、率先して他人に有益な影響を与えていける環境を作っていきました。

100万ポンドの減量に成功

ステージは次の段階へと来ていました。MAPS3を実現する時が来たのです。従来の2つのプログラムのように、経済発展を目論んだプランに加え、健康関連のインフラをそのプロセスに追加しました。

オクラホマ・シティのダウンタウンに70エイカーの中央公園を新設しました。人々が市内に住んで人口を増やしてもらうために、徒歩にやさしい町作りとし市街電車を導入しました。地域中にシニアの健康センターも建てました。

従来のMAPSによって投資された川にさらに投資した結果、現在カヌーやカヤックといったスポーツにとって最高峰の場所となりつつあります。去年の春にはプレオリンピックも開催しました。オリンピック・レベルのイベントやアスリート達が世界中から移住してきています。

子ども達が少し変わったレクリエーションに親しめるプログラムも行っています。

さらに、以前に着手していた、都市の何百マイルにも及ぶ歩道も建設しています。市内の徒歩で暮らす住民にとって、住宅地と学校、または図書館が徒歩圏内で互いにうまく連携できていなかった地域でも開発を進めています。

他の財源からは、市内全ての道を歩行者にとって便利なものへとデザインしなおしています。道が広すぎて、対岸へたどり着くために走らなければならず、歩行者をいらいらさせる原因でもあります。 

現在道幅は狭まり、景観も整え、より歩行者にとって快適な道となっています。デザインだけでなく、インフラの建設方法そのものを考え直したのです。車のためでなく人のための町として。自転車道の整備も完成しつつあります。100マイル以上はあります。

オクラホマ・シティで文化そのものが変化しつつあるのです。人口統計学上の変化をみると驚くほどの変化があります。高学歴な20代の若者があらゆる地域からやってきているのです。遠くは、はるか彼方のカリフォルニアから。

2012年1月に、総体重が100万ポンドに達した時、100ポンド痩せたある参加者とニューヨークで「レイチェル・レイ・ショー」というTV番組に出演しました。その日の午後はあらゆるメディアに、私達が聞き慣れているような肥満の話をしてまわりました。

文化の軸を健康へと変えることで、経済レベルの引き上げにも成功

『Men's Fitness』誌のロビーへ行った時のことです。5年前オクラホマ・シティを肥満都市と格付けした会社です。私はリポーターを待っているところでした。待っている間に見つけた、机の上に置かれていた最新号の見出しにはこうありました。

「アメリカで最も肥満な都市、あなたの町は?」

以前オクラホマ・シティはそうでした。今度もページを開いて見てみました。そこには、オクラホマ・シティはありませんでした。

そして「スマートな都市」のほうにオクラホマ・シティがありました。全米で22位に健康体型が多い都市でした。州の統計が良くなっています、しかしまだまだやることはあります。オクラホマ・シティでの健康は、まだ満足というレベルではありません。けれども町の文化の軸を健康へとシフトさせることには成功しました。

人口統計による高学歴な20代の増加、彼らがオクラホマ・シティを選んでくれたことには満足しています。非労働者数も全米最下位の数字です。経済も最高レベルだと思います。

もし私のような立場の人間だと、あの『怒りの葡萄』といった著書を読まされることもあるでしょう。より良い未来を求めて、大勢のオクラホマの住人がカリフォルニアへ去っていく話です。しかし、現在の人口統計を目にするとタイトルは『葡萄の怒り』になるのではないでしょうか?(笑)

(会場笑)

彼らの孫達は戻ってきたのです。ご清聴ありがとうございました。

<続きは近日公開>

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