暗い人は嫌われるから、明るく振る舞わないといけない

しりあがり寿氏(以下、しりあがり):という具合で、最近、回すのがマイブームなんですけどね。

小崎哲哉氏(以下、小崎):でもこの「回す」ほうは楽しいなと思うんですけど「崩す」って取りようによってはネガティブとも受けとれますよね?

しりあがり:回すっていうのも「どこにも行く場所がなくて、その場所でいつまでも回転してる」ようなネガティブなイメージもあるし。あんまり両方ともポジティブな感じじゃないですね。

小崎:しりあがりさんは本当に楽しくて陽気な漫画も描く一方で、けっこうヘビーというか、人間の闇を見せる作品もいっぱい描いてますよね?

しりあがり:そうですね。根が暗いけど、暗い人は嫌われるじゃないですか? だから明るく振るまわないといけないんですよね(笑)。まあ作品にね、出ちゃうんじゃないですかね。

小崎:漫研の最初の作品はそういうのがあったんですかね?

日比野克彦氏(以下、日比野):自画像が主人公だったよね? それで本人がウロウロしていて。まぁ基本的に暗い漫画ですね。

小崎:でも、おもしろかったんだ?

日比野:おもしろい! その頃の10代のハタチ前の内面が出ていて「どうするのこの先?」みたいな。

しりあがり:暗いったって、たいした暗さじゃないけどね(笑)。

小崎:ちょっと見てみたいですけどね。

しりあがり:まぁ、そんな感じですね。僕の作品は。

陸から海へ、絵を描きながら行く

小崎:ありがとうございます。次に日比野さんに用意していただいた映像を見ましょうか。

日比野:海辺ですね。

小崎:これはどこなんですか?

日比野:これはですね、東京都。

小崎:お台場?

日比野:東京都三宅島。

小崎:そうきたか!

日比野:この地図の真ん中に火山があって、10年以上前かな?

小崎:噴火しましたね。

日比野:全島避難でみんないなくなって、5年くらい前から少しずつ島民がもどってきたんだけど。「三宅島大学プロジェクト」というものがあって、いろんなアーティストが乗り込んで「島の人たちや島の持っている力を作品にしていこう」というものなんだけど。

僕らは陸上で生きてるじゃないですか? 陸上で生活しやすいように重力がある中で2本足で立っているんだけども。もともと地球の生命は海から生まれてきていて。

日比野:これは何を始めたかというと「陸から海へ絵を描きながら行く」ってやつです。

小崎:陸から海へ?

日比野:陸から海へ。陸で絵を描くときって2本足でちゃんと立ってる。で、周りの風景をスケッチしてるんですよ。「見て描く」みたいな。

小崎:写生なんですね、これね。

日比野:筆圧で絵の具を押し付ける。その動きの軌跡が紙に残っていく、みたいな。絵を描くっていうことを陸上ではやっているわけですよ。周りの草とか砂とか石とか家とか人の動きとかに反応して。考えていないようだけど、線にはそのきっかけがあるわけで。

勝手に動いてるようで、何かを引き受けて手が動いてる。このとき、陸上では自分のコントロールのままになるわけですよ。でも、だんだん水辺に近づいてきて、水の中になると、まずタンクを背負わなきゃいけない。

海の中では筆圧がなくなってしまう

小崎:これから水の中に入る!?

日比野:入っていくんです。

小崎:それでウエットスーツ着てるんだ。水の中に入って紙は大丈夫なんですか?

日比野:これは特殊な紙で、パルプじゃなくってユポ紙。

小崎:水を浴びても落ちないわけですね。

日比野:紙はユポ紙で、持っているのはオイルパステルです。

しりあがり:これは描く前に完成のイメージってあるんですか?

日比野:完成のイメージはない。一発勝負。やっぱり波打ち際が大変で、陸上でも水中でもどっちでもないし、絶えず入れ替わるので。

小崎:際だよね、本当にね。

日比野:際がね、生き物が生きてるみたいで大変なわけ。

日比野:で、これ水の中に入っちゃうと。

小崎:あぁ、これ水の中なんだ! すごいね。

日比野:2本足で立ってないので。一応描こうっていう意識はあるから紙にオイルパステルは接しているけども、筆圧がない。重力がなくなって描きにくくなってる。

小崎:これ下に砂地があるわけじゃないですよね?

日比野:だんだん深くなってくる海底に紙を押し当てながら行ってますね、100m。

小崎:遠浅の海岸をずっと100m描いた? すごいね!

しりあがり:陸上と海はちょうど半分くらいですか?

日比野:海のほうが長かったかな。

日比野:(日付を書く映像を見て)2011年の6月だったね。

海から絵という獲物を取ってきたかった

しりあがり:これっておもしろいと思うんだけど、日比野くんじゃない人が描いたら同じ価値になる?

(会場笑)

小崎:なかなか本質的な質問が(笑)。

しりあがり:ダイバーの人が描いたとしても、それなりの物ができるというか。

日比野:できるだろうね。

しりあがり:それはどうなんだろうね。

小崎:これ100m描くのに、どれくらい時間がかかったんですか?

日比野:30分くらいだと思いますね。

小崎:これは、なぜやってみようと思ったんですか?

日比野:「海底スケッチ」っていうのは、ときどきやってたんですよ。海の中で絵を描くってのはね。きっかけは、陸上では絵を描いていて海に潜るのは潜るのでやっていて。漁師が海の中に潜ると魚とってくれるじゃないですか。サザエつかまえたりして。

小崎:海女さんとかね。

日比野:僕も最初の頃は、潜ってサンゴの写真とか撮ったりしてたんですけど。何かちょっと「獲物をとってきたいな」と。潜って絵を描いてきて、絵が獲物で、それを船にあげる。それが「海底スケッチ」のきっかけですね。

このあと海から陸にいくシーンがあるんですけど。

小崎:これで終わり?

スタッフ:これで終わりです。

小崎:じゃあ、その2本立てのプロジェクトだったわけですね? 「陸から海へ」と「海から陸へ」と。すごいね、生物の発生というか「海の中にいた生物が陸にあがる」みたいな感じかな。

日比野:海の中で絵を描くのはやっていたので。それで津波の後なんだけど、海の中で絵を描いていて、陸上でも絵を描いている。で、「それを繋げたいな」っていうのを単純に思って。

「繋ぐところは、どこでどう変わってゆくんだろう」というのをカラダ的に体験したかったので、100mの紙を用意して三宅島の遠浅の海辺をロケーションに選んで。

小崎:おもしろいですよね。現代アートでも、ジュン・グエン・ハツシバっていって、海の中でドラゴンダンスをやるっていうのをビデオ作品でつくったりしてる人がいますけど、絵を描くってなかなかないのかもしれない。

作品と自然を繋げる方法

小崎:いわゆる負荷をかけて普通じゃない状態で描くっていうのは、マシュー・バーニーの『拘束のドローイング』に通ずるものがあるかもしれないです。

日比野:どんどん器用になってくるから、道具を思いどおりに使えちゃうわけですよ。そうすると、描けるように描けちゃう悲しさがあって。

小崎:あぁ、悲しいんだ。やっぱり。

日比野:しりあがりが「橋が上手に描けた」って言ってたけど、そうすると橋がまた登場してくるわけですよ。それって自分の中でテータがどんどん蓄積されていって、どうすれば描けるかっていう先が見えてくる。でも先を裏切りたいってのもあるから「使いにくい道具」「描きにくい環境」で先が見えないところで描いていく。そのときに何が出てくるか見たいから。

小崎:ワザとそういうことをやるってことだよね。おもしろいね!

日比野:それこそ洞窟壁画って暗闇の中で絵を描くわけじゃないですか? 僕たちは電気をつけて絵を描くけども、イメージが生まれる瞬間とか場所は暗闇だから。「見えないから見えるもの」が頭に浮かんできて、それを見えるようにするために絵を描いた、みたいな。

しりあがり:海って環境とか負荷を引き受けて描くのもおもしろいけど、繋ぐっていうのもおもしろいね。それこそ津波のあとの作品って言ってたけど、海と地上を対立するものじゃなくてね。もっと何かどんどん繋げたくなりますよね、絵でね。

小崎:偶然か自然か、しりあがりさんの作品とも共通点ありますよね? 日比野さんが「陸から海へ」と「海から陸へ」という対比があって、しりあがりさんの作品だと「崩」と「回」という対比があって。しかも「崩」とかを見ると地震を連想しますよね。影響があったのかな?

しりあがり:自分じゃ意識はしてないですけどね。何か潜在意識で「崩れてく感」とか。あと最近、言葉でよく出てますけど「劣化」とかね。「崩れる」ってのは崩すっていうよりは、自然に置いといたら崩れちゃうじゃない? だから本当はそのほうがいいんだよね。

今日の夜7時から崩さないといけないんですけどね。本当は時間が早まわりして自然の重みで崩れていくほうがチャーミングっていうかね。

小崎:何年かかっちゃうか知れませんしね。

しりあがり:あと400年とか(笑)。

小崎:おもしろいですね。何か不思議な共通点があるような気がするなぁ。だって、お二人とも震災のあと東北に行って、いろんなことやったりしてますよね? 一緒にやられてましたっけ?

しりあがり:一緒ではないですね。でも日比野くんは向こうで作品つくったり、助けるようなことをしてましたけど、僕は行って酒を飲んだりとかですからね。くだらないことばっかやって(笑)。

小崎:「クダラナ庄助祭り」とかやってるんですよね?

しりあがり:それは、福島のほうでですね。