最後に思い出すのは「敵の言葉ではなく、友の沈黙」

クリント・スミス氏:キング牧師が公民権運動を振り返って、こう述べました。

「結局、我々は敵の言葉ではなく、友の沈黙を記憶に留めるだろう」 

私は教師として、この言葉を考え続けてきました。日々私たちのまわりでは、差別・暴力・虐殺・戦争が沈黙の結果として表れています。

生徒たちには、詩を通して自分の生活の中にある「沈黙」について、考える課題を与えています。授業では沈黙という空間を埋め、認識し名前を付けます。そして沈黙は、恥の源ではないと理解する作業をしています。

教室では、個々の生徒たちが黙して語らないことを、安心して分かちあえる雰囲気を作るために、教室の正面に据えられたボードに4つの決まりごとを書き出します。学年の最初の授業で生徒たちは全員、この決まりを守る約束のサインをします。

1.よく理解して読もう 2.慎重に考えて書こう 3.明確に話そう 4.真実を語ろう

私個人としては、最後の「真実を語ろう」という項目について何度も考えました。「生徒に真実を語れと求めるのであれば、自分も真実を語らなければいけない。自分が真実を語らなかったことがあれば、それを生徒に正直に伝えなければいけない」と。

語らないことで自分を誤魔化してきた

そこで、ニューオーリンズのカトリックの家庭で育った生い立ちを生徒たちに話しました。受難節では、「人が神の神聖さを理解していることを証明するためには、自分へのご褒美にしている大切なものを犠牲にすること」と、教えられました。私は、ソーダやマクドナルドのフレンチフライ、フレンチキス、その他にもいろいろなものを諦めました。

しかしある年、自分にとって最も価値あることは語ることだから、自分の声を犠牲にすることにしました。ところが実際、私自身が語るということをとうの昔に諦めていたことに気づいていなかったのです。

私は長い間、語るべきことを話すのではなく、他人が聞きたがっていることを言ってきました。「大した人間でもないのに、他人に偉そうなことは言えない」と自分に言い聞かせて。時には何も言わないこともありました。言葉に出さないことで認知してしまうことの危険を考えもせず、沈黙で自分の無知をなだめすかしていました。

あるクリスチャンがゲイであるために暴行を受けていたとき、わたしはポケットに手を突っ込んで、気づかなかったふりをして通り過ぎました。何週間もロッカールームを使えないことがありました。ロッカーを見ると、施錠した自分の唇を思い出したからです。

街角のホームレスが気がついて欲しそうな視線を投げかけてきたときも、りんご1個差し出すことなく、アップルの画面に気を取られていました。

あるチャリティパーティーで、着飾ったご婦人が言いました。「あなたを誇らしく思うわ。貧乏で無教養な子どもたちを教えるのは、さぞ大変なお仕事でしょうね」と。私は唇を噛み締めました。生徒たちの尊厳を守るよりも彼女の寄付金が必要だったからです。

沈黙は恐れであり、特権でもある

人は皆、誰かの話は時間をかけて聴いても、口に出さないことには注意を払わないものです。沈黙は恐れの副産物。肝をねじ上げ、舌を切り落とすギロチンのような自責の念。肺の中ですら安全ではないと、空気が逃げ出してしまうようなものです。

沈黙は例えば、ルワンダの虐殺のようなものです。沈黙はまた、ハリケーン・カトリーナのようなものです。沈黙は、遺体収容袋が足りなくなったときに聞こえる音。絞首刑の縄で首を締められたときに聞こえる音。沈黙はすべてを焼き尽くすものであり、鎖であり、特権であり、痛みです。戦いに巻き込まれてしまったら、自分が出るべき戦闘を選択する余裕はありません。

沈黙に抑圧されないように

もう自分の優柔不断さのせいで、沈黙に取り込まれることはやめます。あのクリスチャンに言いましょう。「彼は獅子の如く、勇気と才気のサンクチュアリである」と。あのホームレスにも話しかけます。彼の名前を尋ね、「今日はどんな1日だったのか?」と。人は誰しも人間として認めてほしいはずですから。

チャリティパーティで出会ったご婦人に言ってやります。「私の生徒たちは、まるでソロー(注:ヘンリー・デビッド・ソロー キング牧師の公民権運動に影響を与えた)の直系子孫であるかのように超絶主義(注:19世紀後半、アメリカのニューイングランドに興った思想運動)を語れるのですよ」と。そして、「『THE WIRE』を1話から見たからといって、彼らのことを何ひとつご存知ないでしょう」と。

今年は何かを諦めるのではなく、舌にマイクが内蔵されているかのように、抑制し続けてきた心の深部にあるものを、私は語って日々を生きていきます。必要なのは声のみです。ステージすらいりません。ありがとうございます。