本田宗一郎氏「数学わからなくても死なない」 現代にも通じる"教育の本質"のハナシ

本田宗一郎が怒っている #3/5

本田宗一郎が怒っている
に開催

一代にして世界的大企業ホンダを創りあげた、戦後日本を代表する経営者・本田宗一郎氏。1982年に行われた講演会で同氏は「覚えるだけ」の教育のあり方に疑問を唱え、「学校のテストで100点を取ることは偉いことではない」と語った。

税金を無駄遣いしても謝らない政府

本田宗一郎氏:政府はどうですか! さっき僕が言ったように、僕らの税金をこういう無駄遣いして、謝ったことがありますか! 謝ってもらいたいよ、本当に! 謝らんもんだから、当たり前のような錯覚にとらわれると同時に……。

もうひとつは、「泥棒にも三分の理あり」って言葉がありますね。政府は泥棒じゃあないけれど、失敗して我々の税金使ったって、言い逃れが上手いこと。とても!

とてもじゃないけど僕なんて職人だからね、手で物を言うほうだから、殴りたくなっちゃうよ。僕は話してるうちに殴っても当然だって、口で殴らんから手で殴ってもいいんだって感覚にとらわれそうなくらい、上手く言うね。

まあ本当にそういうふうな意味で、我々は考えなきゃならんと思うんです。ただもうひとつ私たちは……今日は1時間もらいましたので、私の感じる世相というものをひとつお話ししたいと思います。

今、皆さんはお子様をお持ちで、みんな満足しておりますか? 学校の言ったことで。今、世相の問題で一番問題になっているのが、教育なんですね。どういうわけでしょう。私は教育家でもなきゃ何でもない。だけど、私は私なりに国民のひとりとして思うことがある。というのは、今の学校というか、学校の親方の文部省でございます。文部省は本当に機能を発揮しているかしら?

こういう点も、私たちは金を出した以上ちゃんと監視する必要があるんじゃないかね。子どもができるとかできんとかっていうことは、どういうことでしょう。

100点取れば、お母さんは「ウチの子ども偉い!」と思ってるんですね。学校で先生もそう思ってます。あれは、100点取りゃあ偉いんじゃないんです。覚えているだけなんですよ!? 覚えているだけ! それをきちっと、お母様方覚えていてくださいよ。「覚えているだけだ」と思って。答案用紙が書けるだけだ。

しかしながら、ものをやるときには覚えていないとできないんです。そういう、前の段階であるわけなんです。ところが今は「覚えているだけでいいでしょう」。覚えているだけならコンピューターでも何でも全部覚えている。人間より絶対忘れない。

だからこの頃、コンピューターをどんどん使っているんですね。今子供さんだってみんなコンピューター使ってる。それですと、コンピューターテストをやらんだっていいんじゃないかという考え方にも、我々はなったりするんです。

一番大事なのは人間的なもの

明治初年において文部省ができ、そのときには向こう(海外)に人が行って、覚えてこっちに来た。そのときには覚えることが必要だったんです。寺子屋時代、「読み・書き・そろばん」と、この3つだけ寺子屋では教わっときゃいいんです。もっと大事なことは、人間的なもの。こういうことを寺子屋では(教えていて)、実際は4つですね。

一番大事なものは読み書きそろばんじゃなくて、人間的なもの、これが一番必要だったんです。ただ単に試験がないだけでね。これは人間として一番大事なことなの。人間を尊重する。これを間違えて、今では読み書きとか、覚えているということだけが一番偉く感じるようになってきちゃって、人間というものを忘れてやしませんか、と僕は言いたい。

明治初年に一高(旧制一高)、東大ができた。これは日本にとっては夜明けで、すばらしかったんです。その時代には何でも覚えなきゃいけないことがあった。理由があったんです。

なぜかといえば、知らなければアメリカに行くとか、欧州、先進国まで聞きに行くということだったらどうでしょう。幾月もかかってしまうんです。だから覚えたってことは、その時代ではすばらしい教育のひとつの方法であったんです。

ところが今は、飛行機だったら10時間で行ける。電話ならその場で、ウチで聞けるんですね、世界の情勢が。そういう時代になってから、覚えるということより実行のほうが大事になってこなければならん時代であるわけです。それが反対に、覚えることがますますもって良いことだと教えてるんですね。

じゃあ、学校が教えてくれるものはなんだろう。ひとつ、電気にしてもご覧なさい。私たちが子どもの時代には、電気といやあ電灯がつくとかモーターが回るとか、せいぜいこんな程度のもんですね。今じゃ電気となったらコンピューターまで、どんなに覚えても電気の類のものは一生かかっても覚えられないほど、たくさん細分化されてきたわけでございます。

昔の時代には2つか3つ覚えれば電気は満足したんです。今の子どもはどうでしょう。本当にたくさんのもの、電気というひとつの部門だけだって背負いきれないんですね、一生のうちに。

そういうふうな時代になっているのに、何でも知るってことはどうでしょうね。字だってそうです。みんなそうなんですよ。絵だって、日本画から世界に飛び出しております。体操もそうです。いわゆる体操の競技も、日本の競技だけではダメなんです。やはり世界に勝たなきゃならん。そういう時代になっている。

しかも競技なら何でもそうですよ。サッカーならサッカー、野球なら野球、どんどん専門化されてきている。みんな専門化されているときに、何でも覚えなきゃならん。おかしいですね、これ。

「覚えるだけの良い子」ではやっていけない

覚えるだけであるなら、コンピューターを動かすことだけ知ってれば、自分のところへ入ってくるんです。中には、画家で生計を立てようという人もあるでしょう。それから、体操で立てようという人もあるでしょう。たくさんの学問の中で、お互いに専門家になって身を立てようという人がいるわけです。

そういう、体操とか絵描きとか歌を歌うとか、いろんな専門家がいっぱいいるわけです。そういう専門家に、なんで数学が必要かね。絵を描くときにピタゴラスの定理とか、パラボラアンテナの原理くらい……そりゃあ絵にはなるかもしれんけんども、そんなものはたいした問題じゃないんです。精密な計算をしなきゃならんって問題じゃないのに。

実は、私は数学は自分では得意だと思っております。小学校でも得意だったんです。こないだまで本田技研におったときには、自分で設計し、その設計図面でもって私たちは納得してものを作っていったんです。かなり精密なことも、私は知っております。

しかしながら、その私が中学校の数学がわからんですよ、今。高等学校なんかとんでもないもんですよ。私は全然わからない。それでも生きているよ!

そりゃあ専門家になって教えようとか、専門にやろうという人は別問題ですよ。私だって数学は使うほうでいて、それでも生きてるんです。何も使わない人だってあるんですよ。金の出し入れ、これは要するに足し算、引き算ですね。これだけでも生きていれるんですね。

なんでそんなに、専門家の域に全部世の中をしなきゃ承知が悪いんだろう! そのために、生徒はものすごい負担を背負ってるということになる。そんなものやめちゃって、やりたいものを一途にやらせるほうが、より立派ですよ。

一芸に秀でるっていうこと、そういうことをやらずに「何でも覚えてりゃ良い子」っていうんじゃガッカリしちゃうな、こりゃあ。

覚えているということは、次の何かを表現する基本の問題なんです。その前の問題で良いか悪いか決めちゃあまずいなあ。僕なんか絶対に落第、専門になっちゃうな。

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