数学がちょっと好きになる、不思議な数字「2」のハナシ

What are numbers? #1/2

普段何気なく使っている「数字」。もし数字がなかったら、昨日飲んだビールの本数を、あなたはどうやって数えますか? 「数字」誕生の困難とその解決策を導き出してきた先人達のストーリーを、哲学者・数学者のキット・ファイン(Kit Fine)氏が解説します。(TEDxNewYorkより)

どこにも存在しない「数字」

キット・ファイン(Kit Fine)氏(以下、キット):数字とは不思議なものです。数字は物理的なものではありません。2や3にぶつかった人などいません。狂った数学教授だとしてもそんなことは経験しないでしょう。

数字は精神的なものでもありません。たとえあなたがどんなにそうであって欲しいと思っても、あなたの最も大切な人の考えは、あなたにとって最も大切ではありません。そしてその考え方は、数字3にも言えることです。

数字は空間や時間に存在しません。あなたは、キッチンの食品棚に数字3を見つけることを期待しないでしょうし、数字が存在しなかった、もしくは存在しなくなることについて心配する必要もありません。

しかし、たとえ数字が私たちのよく知っている思考と物理の世界から遠く離れても、我々は数字を使っていろんなことをこなすため、数字は密接にこの世界とつながっているでしょう。我々は数字を用いて数え、数字を用いて測定し、数字を用いて科学的な理論を公式化します。したがって、この特質こそが数字をよそ者たらしめるものでしょう。

なぜ数字は、私たちのよく知っている世界から遠く離れても、密接に世界とつながることができるのでしょうか? このトークでは、19世紀後半と20世紀前半頃に数学者と哲学者たちによって開発された数字の、3つの定理について考えていきたいと思います。

集合の定義

これら3つの見方はすべて、我々が数えているのはものではなく、ものの集合である、ということを前提としています。集合というのは、1つと考えられるあらゆるもののことです。

例えば、あなたが昨晩飲んだビール瓶の集合があるとします。

6本のビール瓶は、1つのものとしてあつかうため、これらのかっこの中に置かれています。そしてここに、ポチとタマという、あなたの好きなペットの集合がいます。

またここに整数の集合があり、大きな集合に1, 2, 3, 4,…とまとめられています。そして我々が数えるときにすることは、数字を集合に関連付けることです。

先ほどのビール瓶の場合は、数字6です。

あなたがビール瓶を数えられないほど酔っていないことが前提ですが。

(会場笑)

先ほどのペットの場合は、数字2。

そして整数の場合は、大きな集合に配置すると、無限数となりますね。

集合を数えるということ

数字の特質として私がここで1つ目の観点として考えたいのは、数字は2人の偉大な哲学者・数学者、ゴットロープ・フレーゲ(Gottlob Frege)とバートランド・ラッセル(Bertrand Russell)によって、別個に開発されたということです。

この2人はお互い、別のタイプの人でした。ラッセルは英国の貴族社会出身であるのに対し、フレーゲはある程度裕福なドイツの中流階級に生まれました。ラッセルは自由主義を追求し、フレーゲは残念ですが最初のナチス党員でした。

ラッセルは4人の妻を持ち、数えきれないほど愛人がいたのに対し、フレーゲは私の知る限りではありますが、1人の妻と穏やかで幸せな生活を楽しんでいました。お互いにこんなにも異なる2人ですが、数字に関してはおおよそ同じ考えを持っていました。それは何だったのでしょうか?

数字2を例に考えてみましょう。数字2は、あらゆる2つの要素からなる集合やペアに対して使うことができます。よって数字2は、フレーゲとラッセルという要素の集合を数えるときに使えますね。

または、あなたの好きなペットであるポチとタマの集合を数えるときも使えます。はたまた、ディケンスの物語で有名な2つの都市である、ロンドンとパリにも使うことができます。

ここではロンドンを1番目に置かせていただきました。

(会場笑)

さて、ラッセルとフレーゲのアイデアは、これらのペアたちを1つの大きな集合にまとめるということでした。これらを1つの大きな集合に積み重ねます。

つまり、数字2は集合の集合となり、これらの集合はすべて、数字2によって数えられるペアの集まりとなります。同じように、他の数字、例えば数字3では3つひと組になるでしょうし、数字4では4つひと組になるでしょう。シンプルで美しい理論ですね。

数字「2」がはらんだ矛盾

しかし不運にも、それは矛盾につながりました。私はその矛盾の実証をここですることはできませんが、その矛盾がどのようにして起こったかをご覧に入れることはできます。

数字2は全ての、何かしらのペアの集合であることを覚えていますね。つまり具体的には、数字2は数字2が含まれているペアにもなり得るわけです。ここでそのようなペア、数字1と数字2が含まれているペアを見てみましょう。

そのペア{1, 2}自体は数字2の中にあると言えます。つまり数字2は、数字2自体を含んでいることになり、まるでそれはありえないかのように見えます。ここで1つの分析をしてみましょう。とてもお腹を空かしたヘビがいて、そのヘビが自分の尻尾を食べようとしているという場面を想像してみましょう。

ヘビはそれができます。これが我々のできる限り描ける図です。気持ち悪いですが、まあ可能です。

(会場笑)

しかし今度は、そのヘビがものすごくお腹を空かせていて、自分自身を全て飲み込もうとすることを想像してみます。そんなことはそもそも不可能でしょう。なぜなら、ヘビのお腹の中に自身のお腹が入らなければならないからです。そして、それが数字2に起こることなのです。

数字2はご覧の通り、自身のお腹の中に自身が存在します。何がなされるべきだったのでしょうか。

数字「2」の定義

数学ジョン・フォン・ノイマン(John von Neumann)は素晴らしい解決策を思いつきました。フォン・ノイマンはおそらく、最も多才な数学者の1人でした。ゲーム理論と現代のコンピュータ開発に貢献した彼は、奇才であり、素晴らしい計算スキルを持っていました。彼の出した解決策とは何だったのでしょうか?

こちらが彼です。彼は、「数字2を全てのペアの集合だととらえるより、特定のペアだととらえたほうが良い」と言いました。では、どのペアがその特定のペアとなるのでしょうか? 彼は、数字2はその先行したものの集合であると提言しました。

数字2には、2つの先行しているものがあります。0と1です。我々はここで、数字2が0と1からなる集合であるととらえます。しかし、まだ数字が残っていますね。0と1です。さて、0はそれ自身が先行したものの集合です。0には先行しているものがありません。したがって、0は要素を含まない、いわゆる空集合です。

そして、1はひとつの先行したものを含んでいます。それは0です。よって1は、たった1つの0という要素を含んだ集合です。

ここまでで、2, 1, 0が定義できました。これらの定義を合わせると、集合とは何かがわかります。数字2は、自身の2つの要素のうち、空集合である数字0と唯一の要素が空集合である数字1から成る集合であると言えます。

それがフォン・ノイマンによる数字2の定義です。

2つ目の矛盾--数字2は自身を含まない

しかし同時に、ある問題にぶつかってしまいます。数字2以外の数字、例えば数字3はさらに複雑になります。フレーゲとラッセルの定理はモンスターに命を与えたことを覚えていますね。ここにモンスターはもう存在しません。モンスターは天使に変わりました。

数字2は他の数字を含んでいても、それ自身は含んでいません。言ってみれば、モンスターは自身より小さなモンスターしか食べません。数字2は自身の妨げになることはありません。この考え方は今日の哲学者と数学者たちに広く受け入れられていますが、そこには問題点もあります。

数字2が私を悩ませる1つのポイントとしては、数字2は大したものではないというところです。

数字2は全てのペアに共通するものであってほしいですが、フォン・ノイマンの数字2は、大多数の中の単なる1つのペアでしかなく、全てのペアに共通するものであるという特別な方法はないわけです。

したがって、数字2が特別であるということは成り立たないわけです。数字2は多数のペアの中のひとつに過ぎない。

全ての矛盾を解消する、カントールの定理

さあ、私たちはついに最後の考え方へとたどり着きました。私が何より好きなものです。今日の哲学者や数学者に、一般的にあまり注目されていない考え方ですね。その定理は19世紀後半にゲオルク・カントール(Georg Cantor)によって生み出されたものです。

カントールは多才な人であり、宗教から文学まで幅広い興味範囲を持ったバイオリニストでもありました。しかし、彼の最もよく知られている功績は超限数の発見です。

カントールは本日いらっしゃったみなさんや、銀河系の星の数などの有限の集まりだけでなく、全ての自然数や空間の中の点などの無限の集まりに関しても数えようとしました。そして、この目的を達成するために、彼は数字の一般理論の確立を試みました。

彼の理論はどのようなものだったのでしょうか? ここで再度、数字2について考えてみましょう。2つのものを例に挙げます。ポチとタマです。

カントールは、「これら2匹のものについて、お互いにはっきりと異なる部分以外、それぞれの特徴を取り除いてみましょう」と言いました。2匹の毛を取り除き、肉体と血を取り除くと、単に2つの物体がむき出しになって残ります。これがカントールのユニットであり、異なる特徴を持っていません。

みなさんの中に動物愛護家がいないことを願います。

(会場笑)

まあとにかくこれが、カントールの手にペットが渡ると起こる結果です。では、これらのユニットは何なのでしょうか? あなたの銀行口座の2ドルを例に考えてみましょう。ここの入場料を払った後でも2ドルが残っていることを願いますが。

この2ドルは特別なものでも何でもないですが、あなたがATMに行ったときに特定の2ドルと交換することができます。つまり、2ドルはその特定の2ドルではなく、いかなる2ドルとも交換できます。これがカントール集合というものです。

しかし、あなたがカントールのATMに行って、あなた自身のユニットを交換すると、いかなる2つの物体をも引き換えに得ることができます。それは究極のラッキーディップ(小さなプレゼントがたくさん入った袋)ですね。カントールの発想では、数字2はこれら2つのユニットの集合だというものです。

よって、これら2つのユニットは、どんな2つのものからも導き出されることができ、数字2はその2つのユニットの集合です。同じようなことが、他のすべての数字に関しても言え、例えば数字3は3つのユニットの集合から成り立ちます。

「数字」とは何なのか? 

ここまで、3つの定理を見てきました。

数字2は全てのペアの集合であるという、フレーゲとラッセルの定理、数字2は0と1の要素から成るというフォン・ノイマンの考え方、そして数字2は2つのユニットの集合であるというカントールの考え方です。

フレーゲとラッセルの定理は新たなモンスターを生み出してしまうので、却下ですね。フォン・ノイマンの定理では、なぜ数字2が全てのペアに対して共通であるということを、適切に説明していません。カントールの定理では、その2つの問題点のどちらにも悩まされることもありません。

数字2はユニットのみを含んでいるので、モンスターが生まれることはないのです。数字2自体は数字2を含んでいないからです。そしてそれは、この抽象的概念から導き出される、または各々のペアから剥ぎ取られることから、明らかに全てのペアに共通しています。

カントールのおかげで今日、我々は数字が何なのかがわかるようになりました。ありがとうございました。

<続きは近日公開>

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