日本は消費税を上げる前にやるべきことがある

質問者1:日本の安倍政権の経済政策に対する評価、それが日本社会にどれだけのインパクトをもたらしているかのお考えをお伺いしたいです。先ほどアメリカの例に触れられましたが、不平等が拡大していてもGDPそのものは増えているアメリカのようなプロセスを、日本が辿る可能性もあるのでしょうか?

もうひとつは、日本の政治家、官僚、学者、ジャーナリストの間で、財政再建について消費増税をしていくのはやむを得ないのではないかというかなり広範な意見があります。IMFやOACDのような国際機関もそういう方向で日本にアドバイスをしています。

しかしこれはピケティさんのアイディアとは随分かけ離れたように思うのですが、それについてピケティさんはどのようにお考えでしょうか。日本に対する政策的な処方箋も含めてお伺い出来ればと思います。

ピケティ:昨年の消費増税は、日本の経済成長において成功していない政策だと思います。このやり方を続けていくのは良い方法だと思えません。私の考えでは、日本が財政再建、改革を起こすべき最優先事項は若い世代に有利となるよう、税のバランスを見直すことだと思います。

若い世代に対する、例えば労働所得に対しての課税、特に低賃金で働く労働者層、低・中所得層に対する課税を減らし、高所得者、不動産所持者、財産を得ている層に対し増税する。大抵の場合、高齢者はその分財産を築いてきています。

それに対して、家の財産が少ない若い世代にとっては不動産を得る事も今の日本では難しいでしょう。これが税制改革に必要なことだと思います。国民全員に対して消費税を上げても仕方がないと思います。もしかしたら上手くいくのかもしれませんが。

アメリカの成長に関してですが、アメリカが成長しているのは不平等が存在するからではないと思います。アメリカが経済的に力を得ているのは、不平等というよりも、第一には人口が増加し続けていることが理由として考えられます。アメリカには世界中から移民が集まります。そして日本やヨーロッパよりも出生率が高いことで、人口が増え続けているのです。

アメリカには教育不平等が起きていますが、少なくとも最高峰の大学はとても優れています。多くの画期的なイノベーション、研究がアメリカの大学で行われています。不平等というよりも、経済成長する為には、大学におけるイノベーション、研究の持つ力のほうが大きいでしょう。

ヨーロッパは、もしかすると日本にも当てはまるのかもしれませんが、大学に多く投資すべきです。ヨーロッパの経済は今とても悪いですが、公共赤字を削減したいが為に、あまりにも短期間に緊縮政策を取りすぎた結果だと思います。ヨーロッパも日本のようにデフレ問題があり、インフレはほぼゼロです。二十一世紀でも成長する為には、大学に投資することが欠かせないでしょう。

質問者2:なぜ今日こんなにも不平等に注目が集まっているのでしょうか。例えば日本、アメリカは、著書にも書かれていましたが、不平等は今に始まったことではないですよね。

富裕層が今社会不平等に対して懸念し始めたからでしょうか? または社会不平等が新たなレベルに到達したからでしょうか? 日本やアメリカのような国で社会不平等が抑えられる可能性はどれくらいでしょうか? そしてそれはどの程度なのでしょうか。

ピケティ:社会不平等に対する注目度が上がっているのは、人々が収入格差等を日々の生活などで感じているからでしょう。そしてもうひとつには、経済が停滞しているからでしょう。景気が良ければ皆が多くを得るので、皆不平等をそれほど気にすることはないでしょう。しかし景気が悪い、収入が上がらないとなると、社会不平等問題が表に出てくるのです。

今後どうなるかは政策や機関がどれだけやれるかにかかっています。私が研究を通じて導き出した結論は、経済だけが成長を決めるわけではないということです。不平等の歴史は経済だけによるものではなく、政治的、社会的、文化的問題であり、政策、教育、税制、労働市場など多くの要因が関係しています。

若者、女性を優遇する税制を

質問者3:アベノミクスについての先ほどの質問に関係するのですが、トリクルダウン。アベノミクスはかつて、レーガン政権がかつてずっと続けていたような、富めるものが富めば皆が豊になるというトリクルダウンの考えで今経済政策を進めているわけですが、これだけ格差が日本でも起きている、拡大しているということは、つまりトリクルダウンは上手く行かないということなのでしょうか?

特に、日本の場合、格差を是正するのにはどうすればいいのでしょうか? 相続税も対象を拡大しています。トリクルダウンが上手くいかないのであれば、日本では何をすればいいのでしょうか? 

ピケティ:私は日本のことを学びたいと思って今日ここにいるわけで、日本がどうするべきかとアドバイスする立場にはありません。トリクルダウンは興味深いセオリーだと思います。しかし、それが実践で成功するかについては懐疑的です。

歴史的な推移を見ても、ここ十年で日本の社会的不平等は拡大しています。統計数字以外では、不平等が様々な分野で進んでいます。ここ十年の成長率はあまり良くありません。アメリカもそうですが、1950年、1960年、1970年のほうが成長率は高かった。そしてその時は不平等な格差が少なかった。

歴史をみれば、不平等な格差が少ない時代のほうが成長率が高かった、ということは今後それが逆転することはないと思います。日本のような国では、税制を累進課税的なものにする必要があると思います。つまりある一部の人々、特に若い世代に対して課税を減らすということが必要だと思います。

労働市場においては、パートタイム労働者、有期雇用労働者等がより良い社会保障を得られるような構造改革も重要だと思います。日本が集中して改善すべきメインポイントは、若い世代、そして女性が被る不平等だと思います。ジェンダーに基づく不平等が出生率にも関わってきますから。

世界レベルの格差を減らすには経済の透明性が不可欠

質問者4:日本のことをあまり聞くと良くないのかもしれませんが、ピケティさんは国際的な富裕税の話を本の中でもされていますが、日本ですと国際連帯税というものを設けようという議員連盟が出来ました。そして外務省が導入に向けた研究をしています。

これについてはまだ全くそのスキーム等具体化が充分に進んでいませんが、日本の場合はこの貧富格差に対する関心がまだ薄いのでしょうか? 国際連帯税の議論はまだ充分進んでいませんけれども、注意喚起をする上でどんなスキームが望ましいのか等サジェスチョンがあればいただけないでしょうか? 

もう一点。国連レベルの話ですが、ミレニアムディベロップメントゴールの最終年に今年が当たっております。次のデベロップメントゴールをつくらなければならないという中で、貧困対策はどうするのか。世界銀行もインフラ重視の方向に行っているのですが、ピケティさんは次のディベロップメントゴールについてどのようなお考えを持っていらっしゃいますか?

ピケティ:まず初めに申し上げておきたいのは、私はグローバリゼーションの力を信じています。そしてグローバリゼーションが世界の貧困を減らし、後進国が成長する為の手助けをしていくだろうと。しかし、それには正しい方向に導くことが出来る国際的な民主的機関が必要だと思います。

市場の持つ力はとても大きいので、インフラ投資も重要でしょう。そして経済、金融財政の透明性が必要であると感じています。豊かな国にとっても重要ですが、それよりも新興諸国にそれが必要だと思います。

多くの新興諸国には透明性が欠けており、不平等に関する情報が回っていません。これはとても大きな問題です。例えば中国の所得・財産分布を測るのはとても難しいです。中国には所得税制がありますが、その統計がないのです。例えば所得区分が変わったのであれば、納税者はどのように変わるのか、ということなどについての統計データが全くないのです。

デベロップメントゴールを掲げ、社会崩壊と向き合おうとすると、透明性が不可欠です。新しいデベロップメントゴールにおいて、透明性を高めることが大切です。

国際連帯税についてですが、これは有益に働き、正しい方向に向かっていると思います。しかし、これが国際富裕税に取って変わることはないと思います。国際的にしっかり整理された、国際富裕税のようなものをあくまで補完する目的のものだと思います。

質問者5:法人税について質問です。お話を聞いていて、格差と言っても個人レベルの格差を問題視されているのかと感じました。

法人税については、それほど取らなくても、最終的に法人が儲けた利益、報酬が個人に落ちていく、例えばトップの経営者に落ちていくという時に、きちんと累進を効かせた税で取っていけば、不平等はある程度改善する、問題は減らせると思ったのですが、法人税に対するピケティさんの考え方をお聞かせください。

ピケティ:法人税はとても重要だと思います。例えば、大企業を誘致しようという動きがある地域では、多国籍大企業に課税される金額が、現地の中小企業よりも少なくなるという状況になります。私はそれは良いことだと思いません。これは大きな問題です。

ヨーロッパでも最近、ルクセンブルグで大変な不祥事が起こりました。ルクセンブルグで利益を上げたということにし、法律の隙間を見つけた多くの国際的大企業がほとんどゼロに近いような法人税を払ってきたことが明らかになり、大きな問題となったのです。

このようなことにならないように、世界共通の国際法人税のようなものが必要であると考えます。貿易自由化をする為の条約、協定作りが進んでいくと思いますが、共通の国際法人税を条件とすることが望ましいと思います。多国籍企業に対しては、最低税率を設けるような仕組みが出来るといいですね。

中国にも透明性を期待する

質問者6:『21世紀の資本』の中国語版も拝見したのですが、序文を特別に中国語版に寄せていらっしゃいますね。最後のところに、政治の民主というのは経済の民主と歩調を合わせてやってくると結んでいらっしゃいました。

中国は市場経済に則って改革開放を進めてきましたが、政治では強権主義を強めているようにみえます。経済の民主というのは政治との間に、どのような貢献が出来るのかお聞かせください。

もうひとつは簡単な質問ですが、(元仏大統領の)ミッテランさんやシラクさんはここでもフランス語をお使いになりました。ピケティ教授は日本滞在中ずっと英語で通していらっしゃいますが、これはなぜでしょうか?

ピケティ:二番目の質問から行きましょう。フランス語のほうがよければ喜んでフランス語でお話しますよ。もちろんフランス語のほうが私にとっては都合が良いですが、日本ではフランス語がわかる人よりも英語がわかる人のほうが多いと理解しています。より多くの人に私の話を理解してもらう為、これが理由です。

私は最初、フランス語でこの本を書き上げました。そしてフランス語の原書が最も良い本に仕上がったと思います。母国語で書きましたからね(笑)。

中国の不平等に対するアプローチは、物理的な制度を透明性の高い先進国のような民主的なものに出来るかどうかにかかっていますね。経済、財政面に透明性を持たせるには、ある程度民主化が伴わなければならないと考えます。

現在の中国にはほとんど透明性はありません。中国政府は、国内の崩壊、汚職と闘わねばならない、対処したいと言っていますが、彼らのやり方、立て直そうとする方策は、す為のはロシアのプーチンのやり方に似ています。プーチンも時々思い出したようにオリガルヒ(新興財閥)を投獄したりするのですが、私はこれが効果的なやり方だとは思いません。

それよりも区分ごとに細かい所得税の統計を表に出したほうが有益です。そうすれば所得税制度がきちんと機能しているかがみえるようになるでしょう。それが見えれば、中国国民は政府に立ち向かうようになるのではないかと思います。中国政府が国民の声を聞くようになれば、彼らの信頼度も上がるでしょう。しかし、中国政府が本気でこのように対応していきたいと思っているかは確かではありませんね。彼らはしっかり改善していきたいと言っていますが。でもまだ結果が見えてきませんね。

会田:ではここで今日は終わらせて頂きます。この本の中には色々なことが書いてありますが、重要なひとつのキーワードは世襲化されていく不平等だと思いました。どうもありがとうございました。