義足の女子大生アスリートに学ぶ、ツラい経験を人生の"コク"に変えるマインドセット

人生のスパイス #1/2

13才の時に骨肉腫のため左下腿を切断した、2012年ロンドンパラリンピック代表の高桑早生さん。数々のつらい経験を乗り越えてきた彼女は、そんな経験があってこそ自分が構築されたと言い切ります。どんな困難から「人生のコク」を生み出すマインドセットとは?(TEDxKeioSFCより/この動画は2013年に公開されたものです)

足の切断というスパイスが、今の私を形成した

高桑早生氏(以下、高桑):こんにちは。総合政策学部2年の高桑早生です。本日はどうぞ、よろしくお願いします。

皆さんは、今まで生きてきたなかでどのような困難に巡り会ってきたでしょう。そしてその困難をどのように感じてきましたか? 私はこの20年という短い人生のなかで、様々な困難にぶち当たってきました。それらは非常に苦しく、辛い事であります。でもその困難を、ただ辛い事として終わらすのは、どこかもったいないような気がしています。

例えば生死にかかわるような大病。思春期の葛藤。障害をおったことによる不自由。陸上競技の練習。どれも辛い事ばかりでした。しかし、この中のひとつでも欠けていたら、今の私は存在していません。人生において起こる事というのは全てに意味があり、それが人生を豊かにするスパイスになっているんだと、私は思います。

現在の私を構築しているものというのは、20年の経験だったり、体験というものです。その中で、私の人生の中で一番の転機は、病気による、左足膝下の切断でした。これは、いわゆる悪い事です。人生において起こる事の体験や経験として、良いことや悪い事っていうのが主に2つに分けられると思うんですけれども、いわゆる悪い事として、私は左足膝下の切断という体験をしました。

確かに辛かったです。そこから1年間の抗がん剤治療。学校に復帰しても1ヵ月に1回、約1週間の入院をしなければなりません。

私は中学にあがってすぐに病気が見つかり入院したので、2学期になって学校に復帰してみたかと思ったら、義足で松葉杖をついて、抗がん剤治療で髪はなくなり、帽子をかぶって、感染症帽子のためにマスクをして。そんな変わり果てた私の姿に、学校の人たちはきっと戸惑ったと思います。

しかも、中学生という非常に多感な時期。私は当然のように学校生活に馴染めませんでした。ただただ、耐え忍ぶ毎日を過ごしていました。

いまだに中学の先生とかに会って、お話をすると「あの時は辛かったね」というふうに、声をかけてきてくださる先生がいます。でも、私はその度に「いや、あの頃があったから、今の私があるんです」と答えています。

何ででしょう? 私はとても不思議です。中学校生活なんていうのは、今でも泣きたくなるような思いしかしていません。ですが、そんな毎日の中でも学んだ事があります。それは、未来を信じて、信じ続ければ、未来を信じて今日を懸命に生きるということを、学びました。

人生のスパイス。こんなことを感じさせてくれたのは、思い出したくもない過去でした。病気で足を切断してから中学校生活までが、今の私を形成するひとつのポイントになっています。

陸上競技と出会い、パラリンピック代表に

二度目の転機は陸上競技との出会いでした。高校に入って陸上競技を始めました。そこでまず思った事は、義足になっていなかったら、きっと陸上競技というものに出会っていなかっただろうということを感じます。

陸上競技に出会っていなかったし、こんなに熱中出来るものに出会っていなかった。この時点で、私が義足になるという決断は、決して間違いだけではなかったんだなって思えるわけです。病気から足の切断というスパイスが、私の大好きなスポーツと組み合わさって、陸上競技というものに導いてくれました。

しかし、高校で陸上競技部に入部すると、健常の生徒のみんなと一緒に練習するわけです。そうすると、練習は毎日すごく苦しくて、苦しい日々の連続でした。でも、そこでとても素敵な仲間に巡り会い、みんなで励まし合いながら成長することができました。私も成長したし、きっと、仲間たちも成長した。お互いに高めあって成長することができました。   その成果として高校2年間で、国際大会を2回経験するという結果に現れました。

高校時代に陸上競技にのめり込むと、今度はパラリンピックという夢の舞台を目指して、大学でも陸上競技に没頭しました。大学の体育会競走部というところで、私が健常の学生といっしょにトレーニングをするということは、義足であるわたしにとってはすごく大きな決断でした。

というのは、完璧な設備と優秀な選手たちに囲まれて一緒にトレーニングをするというのは、非常に素晴らしい環境です。素晴らしい環境である一方、高校の比ではないスピードやパワーに私はついていかなければならない。そんな中でも私が競走部への入部を決意したのは、健常の学生と一緒にトレーニングをするということに、強いこだわりを持っていたんです。

というのも、高校時代に陸上競技部でやり切ったという経験がスパイスとなり、私を短距離選手としてさらに高みへ目指すきっかけとなってくれました。その結果、大学2年生でロンドンパラリンピック出場という目標を達成することが出来ました。

この姿が私の象徴

ここまでいろいろしゃべってきましたが、皆さん、私が義足だということがわかるでしょうか。ここを普通に歩いてきたりして、動いている姿を見ていただいたんですけども、義足であることを気づかれないことが多いんですね。

ということで、今日は私の相棒でもある義足を皆さんに紹介したいと思います。ちょっと失礼します。

まず、こちらが日常用義足です。まさか、壇上で義足を外す日が来るとは思わなかったんですけども(笑)。こんな感じで普段の義足。見ての通り、私には膝下がありません。そして、走るときには専用の義足を使います。

もしかしてSFC生がいらっしゃったら、見た事ある人がいらっしゃるかもしれないですけど、このあと登壇されます、SFCの山中(俊治)先生がデザインしてくださった下腿義足です。たぶん、ここに映ってるような義足なんですけど、すごくデザインされた格好いい義足です。ちょっと履いてみます。

義足にもいろいろタイプがあるんですけど、私はこうやってワンタッチですごく簡単に履ける義足を使ってます。

これで、私が義足だということは皆さんにわかってもらえたんじゃないかと思います。あと、どういう姿で競技をしているのかっていうのが、少しでもわかっていただけたんじゃないかと思います。この姿というのは、いろんな困難を経験して来た私の象徴ともいえる姿です。

困難というスパイスが人生にコクをもたらす

辛い事、苦しい事、生死にかかわる難題まで、この20年間という短い人生の中で経験して来ました。どれも辛かったです。辛い事ばかりでした。しかし、そのひとつひとつが私の人生の中に必ず生きている。私はそれを人生の中に生かすと、自分の中で信じて今まで生きてきました。

お料理をするときにスパイスを使ったりすると思うんですけど、スパイスって、それだけ口にしただけでは美味しくないです。美味しくないどころか、苦かったり辛かったりして、いい気分になれません。でもスパイスっていうのは、いろんな食材とかほかのスパイスと混ざり合うことで、コクであったりとか、風味が生まれてきます。

人生における困難も、同じようなものなんじゃないかなって、私は思っています。困難というスパイスが私の経験や体験と混ざり合って、より深みを増し、私という存在を構築してくれます。

とはいえ、困難をただの辛い事として処理するか、人生のスパイスとするかは、その人自身です。私の場合、苦しい思いをしてまでつなぎ止めたこの命。私は生きている限り、楽しい思いであったりとか、気持ちのいい思いをたくさんしたいと思っています。そのためであれば、私は多少無理やりにでも、訪れる困難を人生のスパイスに変えてみせます。

どうもご清聴ありがとうございました。

<続きは近日公開>

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