日本人は過去を忘れたか?
記憶を写す「湿版写真」が教えてくれる、未来への道標

Focusing new light on memory | Everett Kennedy Brown | TEDxKyoto

「日本に住んでいて残念なのは、多くの日本人から歴史の記憶が忘れ去られていること」。このように嘆くのはフォトジャーナリストとして世界で活躍するEverett Kennedy Brown(エバレット・ケネディ・ブラウン)氏。日本文化が失われつつあることを危惧する彼が「湿板写真」に込めた、愛する日本への想いとは?(TEDxKyoto2014より)

過去や未来を想うことが人間性を高める

エバレット・ケネディ・ブラウン氏:南アフリカ生まれの科学者にして作家である、故ライアル・ワトソン氏と交わした、心惹かれる会話の話をしようと思います。

ワトソンは超自然的現象を生物学的見地から解説しようと試みた人です。その日私たちは、自分たちが住んでいたり旅をしたりする土地の風景は、人間の営みや自然現象といった過去の記憶を内包しているという話をしました。

記憶は、建造物や岩、木々、橋、山々から発散されています。私たちは、これらの記憶は実に、私たちの人生をも脈々と流れているという事に同意しました。記憶は、私たちの過去と未来を繋ぎとめ、まだあずかり知らぬ未来にも届いているのです。

おそらく、聴衆のみなさんにも、この感覚がわかるという方は大勢いらっしゃると思います。史跡を訪ねたことがありますか。ここ日本であれば、寺社や深い鎮守の森などが挙げられます。

木造家屋の立ち並ぶ、古い街並みなどもありますね。そういった場所からは、独特の雰囲気、歴史が放つ残影を感じ取る事ができるでしょう。この過去の雰囲気に触れると私たちは、人生はこれからどのように流れゆくのだろうと想いを馳せます。過去や未来と接しているというこの感覚は、私たちの人間性を、より高めるのです。

文化の記憶は風景のなかに蓄積される

写真家としての私は、撮影する写真の中に、いかにこの雰囲気を捉えるかという事に専念してきました。一見、不可能に思えますが、どうやらその域にたどりつけたと私が思えるようになるまでを、後ほど皆さんにお話ししようと思います。

私はアメリカ南部で少年時代を過ごしました。私が育った古い家々は、生き生きとした歴史に満ちていました。また、南北戦争の古戦場で私は友人たちと、戦いに倒れた兵士たちの軍服からころげ落ちた、金属ボタンを拾うことができました。

これらを見つけるたびに私たちの想像力は1世紀を遡り、まさに銃撃戦のまっただなかにいるように感じたのです。後に私たちは、血ぬられた戦場で戦った兵士たち本人には、少なくともまだ知るよしもなかった、兵士たちの未来に生きているのだという感覚を覚えました。

ノーベル文学賞を受賞した南部の作家、ウィリアム・フォークナーがこう書いたのは当然の帰結でしょう。

「過去は死んではいない。過去は過去でありさえしないのだ。我々は、記憶に囲まれている。我々は、我々自身のものでさえない、記憶の中に浸っているのだ」

これらはある意味において大切な個人の記憶です。しかし、文化の記憶や残響は、風景の自然の中に生きています。これらの記憶は、秘かに私たちの人生に歩み入り、自覚されることなく私たちに影響を与えます。交わることのない、根底に眠る記憶から、言葉は紡ぎ出されます。

アフリカで育ったライアル・ワトソンは、東アフリカの台地を歩くと、11万5千年前に大地を闊歩した、初期の現代人類の痕跡を、岩々の中に見出すことができると言っていました。

楽師や詩人、画家、シャーマンたちの記憶が、風景の中にしっかりと存在しているのだ、と彼は話してくれました。古代の記憶を求めて、彼はこれらを再訪し、発掘し、何千世代もの記憶の写真を撮りました。

過去に興味を失った社会

ライアル・ワトソンとこの話をした後に私は、風景に蓄積された記憶という概念に取りつかれました。南部の古い家系に育った私には、もしかしたら記憶というものに、特別な思い入れがあったのかもしれません。

私は姉妹と会うと、よく家の歴史について話し合います。これらの物語は、私たちのアイデンティティを形成し、力を与え、導いてくれます。

日本に住んでいて残念に思うことは、多くの人々から歴史の記憶が忘れ去られていることです。多くの美しく、もしくはぞっとするような貴重な記憶が、忘れられています。

豊かな記憶を湛えた建造物が、取り壊されていきます。高齢者から物語られる事のなかった記憶と共に亡くなります。幸いなことに、日本のすべての地域がそのような事態に陥っているわけではありません。

ここで1枚の写真をご覧にいれましょう。

これはお祭りの写真で、1868年から始まった明治時代のものである可能性があります。なぜ私がこのような発言をするかといいますと、ぼんやりと遠い様子から、この写真が古い時代の場所で撮られている事が見て取れるからです。

写真の脇には化学反応による染みも見られ、湿板光画のネガから現像されたであろうことがわかります。湿板光画の手法は1850年代から広く普及し、乾板写真が発明される1870年代まで使われていました。

この写真に漂う雰囲気を感じ取ることができますか? 私はこの写真を日本の皆さんにお見せして「この写真はいつごろ撮影されたと思いますか?」と聞いてみたいと思います。

多くの人は「戦前のものじゃないかな」と答えるでしょう。第二次世界大戦のものです。文化的トラウマが生じ、戦後は復興と近代化の競争の中で、日本の過去はある意味、置きざりにされ、忘れ去られてしまったのでした。

過去について、多くの人々が興味を失いました。文化の記憶をなくした社会には、何が起きるでしょう? これは日本固有の問題ではありません。世界中のコミュニティに同じ事が言えます。戦前というのが、多くの人に遡ることができる、せいぜいの昔です。

戦前の日本と、戦後の日本があるのみです。ほとんどの人は戦前の日本とは、想像力と感情の繋がりを失っています。

日本における写真家としての使命

さて、この白いシャツを見てください。

このようなシャツは、1926年に始まる昭和の、初期以前には日本には存在しませんでした。つまりこの湿板光画は、それ以前の明治時代の物ではありえないのです。多くの人は、このような知識を失ってしまいました。

しかしこのように、いつ撮影されたかわからない写真を提示することにより、対話が生まれます。郊外で私の展示会を開くと高齢者の方々が訪れて話を始め、記憶をたどり始めます。

目や声、思考に新しい力が宿ります。このような写真画像は彼らが話し、回想し、彼ら自身が過去に想像上の旅をする原動力となります。ちなみにこの写真は、私自身がわずか5年前、東京の郊外にある、自宅である古民家の近辺で撮影したものです。

私の写真家としての日本における使命は、記憶とは何かを提示することだと思っています。風景の中に埋もれた古い記憶を見つけ、前面に押し出し、現在と未来の元に連れ出して称賛しようと試みています。

私が使っているのは、1860年代のカメラとレンズで、湿板ネガを用いる物です。木製の三脚にカメラをセットし、このような黒いタール状の溶剤を使います。ガラス上に、可燃性の、液体状のジェルをしいて、現場でガラスのネガを作ります。露光に要する時間が長く、つまりは一瞬ではなく長時間レンズを開いていなくてはならないため、例えばこの祭りの参加者たちには30秒間、じっと動かずにいてもらいました。まずほとんどの人はそうしてくれました。

日本における伝統的な祭祀とは、特別なイベントです。地元の人々の多くは、先祖が過去から祭りの間、帰って来ているという感覚を、いまだに体感しています。

過去、現在、未来が同時進行する時間であり、その雰囲気の中では私のように日本人でない者でも、その感覚を味わう事ができます。私たちはそれを感じることができるのです。

私が創る写真は、埋もれた記憶と私たちとを繋げます。日本人には、その繋がりを考える機会があるのですね。歴史的な写真に見えますが、実際は現代の写真です。多くの人々が忘れている概念を思い出してもらうためのものなのです。

写真に写っているみなさんは、歴史に参加しているのです。歴史とは、単なる過去ではありません。起き続けている出来事の連なりであり、メイキング中の物語です。

私たちの1人1人が、自らの人生で歴史を形作っていくのです。私は、人々にそのことにもっと気づいて欲しいのです。

思いがけない奇跡の瞬間

私にとって最も大事な写真撮影の道具の1つは、このホラ貝です。

ホラ貝に息を吹き込み気分転換を図り、私は自らを空にして、風景を身の内に抱きます。ちょっと薄気味悪く聞こえるかもしれませんが、そもそも音楽とは、古くは私たちを、人間同士や環境と調和させるために使われて来たものではないでしょうか。

良いコンサートにはそのような作用がありますね。何故かはわかりませんが、私の直感は、ホラ貝の音が、風景から過去の記憶を呼び覚ます最適な手段であると告げるのです。

演奏者としての精神で私はホラ貝を演奏し、風景に記憶を顕現してくれと頼みます。私にとってこれはとても大切なイマジネーションの演奏です。何度も何度もホラ貝を演奏するうちに、私の中の深みにおいて思いがけない奇跡の瞬間が訪れるのです。

自宅からほど近い海辺のこの島を撮影した時に私は、初めてこの海岸を探索したであろう古代日本の航海者たちのことを想像していました。さまざまな文献が、彼らが昼間でも星を読むことができたことを記しており、私は魅了されていました。

この写真を撮影するとき、私は黒い溶剤を脇に置き、ガラス板を枠から取り出してネガを作ろうとしました。突然、雲が広がって、ネガの上に雨の滴がぽたぽた落ちました。雨で台無しになるかもしれないが、私の直感はとにかく作業を続けてネガを作れと告げました。そして完成した写真を見た時、やはりあの雨は文字通り天からの贈り物であり、過去の記憶であることが判明しました。

雨粒の跡は、まさに昼間の星の光のように見えたのです。単なる幸運かもしれません。しかし、ホラ貝の音色と謙虚な心が、このような美しいアクシデントに遭遇する率を高めるように思うのです。

文化は脈々と伝わっていく

私の仕事は、時を超えて流れる文化のエネルギーの潮流の主な2つの流れに焦点を合わせています。伝統の潮流のひとつは、何世紀もの時を超え、変わらず流れています。この2人の網漁師の写真のように。

ざっと300年間は変わらぬ光景です。過去は現在を通って未来へと流れ続けていることを私たちに伝えてくれます。

より注目すべき文化のエネルギーがもう1種類あります。インドに行ってカタカリ舞踊の第18代の師を撮影した時に、失われた日本の伝統について彼に教授したことがあります。彼はお返しに、私の歴史における時間への見方がひっくり返るような事を教えてくれました。

文化とは、永遠に流れる河のようなものだと。何世代もの間、地下を流れ肉眼では視ることはできないかもしれないが、時を経ると戻って来て湧き上がり、人々の人生に影響を与えるのだと。

これはまさに、私が日本で近年たびたび目撃している事態なのです。日本の若者がいわゆる古式、和風に戻って来ています。日本文化のほとんどすべての側面において、この例を見る事ができます。

被災地・福島を再建する力とは

これは特に、一瞬で多くの文化が流された津波の被災地において顕著です。一例を挙げましょう。この写真は被災した原子力発電所から40km圏内の福島で撮影しました。この方は原発のある地域の旧相馬藩34代当主、相馬行胤(そうまみちたね)氏です。

彼の家は約400年間、代々相馬藩の当主を勤めてきました。私は地元の侍の祭りにてこの写真を撮影しました。1100年の間、毎年開催されて来たものです。長い伝統の下に受け継がれた領主として、文化的な記憶に基づき、相馬氏は個人的にこの原発事故に対して責任を感じています。

彼の先祖は領地の北部の経済的発展に力を注ぎ、南部を放置して来ました。南部の人々は豊かさを求め、ついにこの地域における原発建設のインセンティブを受け入れたのです。相馬氏は、もしきちんと経済的に面倒を見てもらっていたら、この人たちは福島の原発事故の被害があらかじめわかっていただろうと言います。

この地に人が住めるようになるには、何年も何世紀もの時間がかかるでしょう。相馬氏によれば、人々は800年の相馬藩の歴史の中で、戦や飢饉などのより過酷な逆境に耐えて来たといいます。そうです。復興には何世紀もかかるかもしれませんが、地元の人々の侍魂は、北部になんら負けることのない、大地から萌え出づるような不屈の精神です。

この古い精神は若者たちの心に湧きあがり、新たな守りとして彼らの人生を再建する力を与えているのです。彼らは侍としての遺産を取り入れ、文化の意義をもって不安をよろいました。

過去を讃えよ、未来を記憶せよ、今を賞味せよ

私たちは、格言などは遥かな過去の遺産のようなものだと思いがちですが、私の友人の1人が、新しい格言を作りました。私が撮影する写真同様、新しくもあり、深い記憶のかなたから語りかけて来るものです。どうぞ。

「過去を讃えよ。未来を記憶せよ。今を賞味せよ」

私たちの1人1人に歴史の中で居場所がある事は自明でしょう。私たちの1人1人が、今まさに形作られつつある歴史の中を生きています。しかし意義のある人生を生きるためには、私たちは自分たちがどこから来たのかを探り、学ばなければなりません。

私たちは、自分たちがどこへ行くのかを想像し、学ばなければなりません。その間、私たちは今ここで精いっぱい生きなければいけないのです。私は格言の通り、私の居場所を、私の生きる意義を、目的を、讃え、記憶し、賞味するために、コロヂオン写真術を使います。

この大きな歴史の流れの中で、あなたの歩む道はあなた自身のものであり、あなた自身が見つけ、創り上げて行くものなのです。みなさんがそれを理解する手助けになれたとしたら、うれしいです。ここまで聞いていただきありがとうございました。

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