100円で販売したアプリが大ヒット、7,000万円の臨時収入に

松村太郎氏(以下、松村):おもしろかったのが、2008年に、僕の大学の2つ上の先輩が「PocketGuitar」というアプリを作ったんですよ。ご存じの方はいらっしゃいますかね? iPhoneにギターのフレットが出てきて、押さえると音が鳴るアプリなんですけど。100円で販売して、結局世界で100万本ぐらい売れたんですよ。

(先輩は)ある日突然7,000万円ぐらい口座に入ってきてびっくりしたと。つまり個人の開発者が世界に向けてアプリを販売することができるようになった、初のプラットフォームと言えます。

最初はジョークアプリから始まったかもしれないけど、開発者がこぞっておもしろがった。どうやって世界に広まるアプリを作るか。自分のビジネスをアプリを核にして組み立てられるんじゃないか。そうやってたくさんの開発者が集まってくるようになったんですね。

これは徳本さんも私も大好きな「計画的偶発性理論」というのがあって。2007年にiPhone、2008年にApp Storeが出てきた時は、InstagramやUber、AirbnbもLINEもなかったんですよね。

でも「App Storeでアプリが作れるよ」という環境が用意されて以来、全部が出てきて、今はわれわれの生活にとって当たり前のものになった。FacebookメッセンジャーもFacebookがBelugaというアプリを買収したものなんですけど、そのBelugaも2010年ぐらいに出てきたアプリです。だから今、当たり前のように使っているアプリは、iPhoneが出てきた時には存在すらしていなかったんです。

スタートアップには真似できないAppleの戦い方

松村:別にAppleも、こういうアプリがあるから使われるようになるとは、まったく設計していなくて。「全部開発者とユーザーのみなさんにお任せです。どうぞ好きにやってください」という環境を用意しただけで、あとは放ったらかしとは言わないですが……。そういった偶発性から、当たり前になるアプリが生まれるのを待つというスタイルなんですね。

実はこれはスタートアップではできないことなんです。なぜなら、なにかの化学反応が生まれて、当たり前になるアプリが産声を上げるまで、キャッシュが持たないからです。

「キャッシュ=時間」なので、「はい、App Storeを立ち上げました。3年放ったらかしで、どうぞ、みなさん好きにやってください」と言っているうちに、スタートアップは3年で潰れちゃうわけですから。

これはAppleらしい戦い方というか、キャッシュに余裕があって、既存の製品のプロダクトの売上があるから、言い方は悪いですけど、マルチサイドプラットフォームを放ったらかしにしておいて、いいアプリが出るのを待てる。すごくAppleらしい、若干ずるいと言うとあれですけれども、王者らしい戦い方が仕掛けられているなと見ています。

たぶんApple Vision Proも同じだと思います。今、みんな、何を使っていいのかわからなくても、それでいいと。だけど開発者にはたくさん情報を提供するし、いい使い方が生まれたら、どんどんピックアップして世界に広めていくという状態です。

再来年ぐらいには当たり前のアプリが出てくるかもしれないけど、たとえ今なくても、別に焦る時じゃないと(Appleは)考えているんじゃないかと思います。

スタートダッシュで、どれだけ良いビジネスモデルを作れるか

徳本昌大氏(以下、徳本):Windows Phoneを覚えていますか? アメリカで2010年に発表されましたが、Microsoftが鳴り物入りで「絶対にWindows Phoneをはやらせよう」と力を入れてやっていましたよね。アプリ開発会社も大量に作ろうと、いろいろな会社がWindows Phoneに行ってサービスをローンチしようとしていたんですけど。結局ユーザーがぜんぜんついてこないので、負けちゃいましたよね。AmazonもFire Phoneを作りましたけど。

松本:Facebook Phoneもありましたよね。

徳本:やはり柳の下のドジョウを狙いにくるんですけど、開発者にとっていくつもアプリを作り続けることは大変ですよね。

ちょうどAppleとAndroidで市場を取った後、いくら参入しようとしても「マルチサイドを作れないんだな」「ネットワーク効果が効いてこないんだな」とすごく思っていました。だから最初にいいビジネスモデルをどれだけ作れるか、スタートダッシュで作れるかだなと。

アプリ開発会社に対しても、どれだけの自由度をもたらせるか。売上の30パーセントを持っていかれちゃうのはあるかもしれないですけど、今、そこも徐々に減ってきています。

さっきのギターじゃないけど、(Appleが)ここに載せれば売れちゃうというモデルを作ることができたのは、やはりすごいなと思っていて。ちょっとこの話は力が入ってしまいました。松村さんの話にいきますか?

9月に行われたAppleの新製品発表会

松村:みなさんも報道でご存じのとおり、現地時間で9月9日の10時、日本時間だと9月10日午前2時に、Appleがスペシャルイベントを開きます。今回「対面でのスペシャルイベントへご参加ください」というメールが届きまして。若干命令口調なんですが(笑)。

エアーの予定もぜんぜん知らされないまま、いきなりメールだけ届いて。それで「空いてますよね? もちろん来ますよね?」という感じなんですよね(笑)。誰もが取材をしたいので「まさか断る人なんていないだろう」ということだと思うんですが……。

今回はApple Parkで、iPhoneとApple Watch、おそらくAirPodsとMacが出るのかなぁ。普通は10月末にもう1回イベントをやるんですけど、今年は大統領選挙で混戦になりそうで、混乱もしそうだから、10月末にはやらないんじゃないかなと思っています。

こんなイベントにもちゃんとマルチサイドがスケジュールにきちんと組み込まれているんですね。たぶん多くの人は「どんなiPhoneが出るのか」「どんなApple Watchが出るのか」「どんなAirPodsの新モデルなのか」に注目するので、9月のイベントが一番大事なわけです。

実は3ヶ月前の6月にも開発者向けに、「ついては9月から新しく配信されるソフトウェアにこんな新機能が加わるので、こんなアプリを開発したらどうですか?」というイベントをやっているんですね。

そうすると、開発者には9月に新しいソフトウェアが搭載されたiPhoneで動くアプリを作ったり、対応させるアップデートをかけたりする期間が与えられるんです。つまり9月に新しいiPhoneが出た瞬間に、対応しているアプリがそろっている状況を作ることができるんですね。

もちろん6月の段階では、次にどんなiPhoneが出るのかは一切秘密で知らされていないんですけど。ただ先に「こんなソフトウェアになります」は開示しちゃうんです。開発者に3ヶ月間の開発期間を与えて「9月のビジネスチャンスに合わせて、みんながんばってね」という。

今、開発者が重視されているのがすごくよくわかると思います。先に開発者に情報提供してアプリを作ってもらっておいて、発売日から充実した顧客体験を届けられるようにするというスケジューリングを、毎年必ず(Appleでは)やっていると。

発売より先に開発者に情報提供

松村:(Appleは)2014年の9月にApple Watchを初めて披露したんですけど、実はそこでは発売せずに半年間寝かせ、開発者にアプリを作らせる期間を与えて、2015年の4月に発売しているんですね。Vision Proも同じように、アメリカで6ヶ月間以上空けて発売しています。

必ずアプリ開発者に対して、新しいデバイスやソフトウェアを開示した上で、アプリを作ってもらい、顧客が手にする時には新しいアプリを使える状態にする。これがきちんと組まれているんです。

マルチサイドプラットフォームで言うと、まず開発者にサービスをして、顧客でも体験できるようにする関係性を入れているところが、近年の絶対に崩れないAppleのやり方になっていますね。

(イベントでは)「どんなことをやるの?」ということですが、イベント前にApple ParkにあるSteve Jobs Theaterで開演を待ちます。Apple Parkは本当に広大な敷地の中に丘があって、丘の上にホールがあるんですね。このホールも1階部分だけ見えていて、実は地下4階まであって。ズボッと地下に入っていくと、一番底にホールがあるんです。

ホールではいろいろな発表があり、地下2階の部分に戻ってくると、そこに新製品が展示されている。イベントが終わった人たちが、いきなり新製品を見られるようになっていて。イベントのタイムスケジュールをこなすために建物が設計されているという、非常に不思議な構造になっています。

下に降りていく時には、新製品が展示されている円形のスペースは巨大な壁で閉じられていて入れないようになっているんですね。イベントが終わると、そこが開いていて入れるようになるという仕組みです。イベントのタイムテーブルに沿って建築されています。

ただコロナ以降は事前収録になっていて、ステージ上でのプレゼンテーションはやらなくなっちゃったんですね。

現地時間の10時から2時間ぐらい放映するんですけど、映画でいう舞台挨拶のように9時55分ぐらいにティム・クックが出てきて、一言挨拶をして10時のスタートという。最近はそんな舞台挨拶が入るようになりました。ストリーミングに舞台挨拶は載らないので、会場に来ている人たちだけに挨拶をするという。

新モデルのiPhoneの弱点をどうカバーするかに注目

松村:おそらく、みなさんもご存知のとおり、今回のiPhoneには「Apple Intelligence」というAI機能が入るんですけど、実はこれはアメリカだけ、US Englishだけでしか使えないんですよ。

「Apple Intelligenceが使えるiPhoneが新モデルの売りだ」と言ってしまうと、アメリカ市場だけにしかアピールできないことになってしまう。先ほど冒頭でもご紹介したとおり、アメリカ国外の比率が65パーセント以上ありますので、「その市場をどうするの?」という問題が持ち上がってくるんですね。

iPhoneをApple Intelligence以外で訴求する要素をいくつか加えないと、2024年のiPhoneはぜんぜん売れなくなってしまう。そこをAppleはどうごまかしながらアピールをするのかが、今回の注目のしどころかなと思っています。

ハードウェアやカメラの機能、バッテリーという基本的な部分をはじめ、世界中のユーザーが求めている部分をアップデートするのは当然なんですけど、それ以外にApple Intelligence対応国、対応言語以外の人たちに対して、何をアピールするのか。ぜひみなさん、注目をしていただきたいなと思います。

イベント当日の松村氏のミッション

徳本:当日松村さんのXのタイムラインが楽しいので、ぜひ。

松村:そうですね。文字で同時通訳のようになるんですけどね(笑)。ぜひ見ていただけるとおもしろいと思います。

徳本:あと、ひそかに「この本を持っていって、ティム・クックと一緒に写真を撮ってきましょう」というミッションを言われていて。

(会場笑)

松村:渡せるかな。

徳本:「そんなことができるのかね?」という(笑)。(ティム・クックの)写真はよく撮っているよね。

松村:ただ、いつ登場するかはわからないんです。これが登場しても近づけないんですよ(笑)。ちゃんとこの本が渡せるかというのが……。

徳本:(この本は)時事通信さんと一緒に作って、時事さんの写真を使っているので、ティム・クックの写真も(本の中に)入っているんですよね。こういう本を作るのはなかなか難しかったんですが、そういうところまで全部設計された上で、このミッションがあった。なんていうのはうそです(笑)。

松村:いやぁ、厳しいですよねー。

徳本:つい最近、ご飯を食べながら「9月のイベントに行くんだよね」という話をしている中でミッションということで。渡した写真を撮れれば、本はベストセラーになるんではないかと期待値が上がります。

松村:いや、お仕事としては、ティム・クックの写真より、新しいiPhoneの写真を撮らないといけないんですけれども。

(会場笑)

徳本:いやいや、今回はこれです。(イベントは)来年もまたあるし。

松村:ちょっと今回はがんばって(本を)お渡しできるように。(本は)役員に渡すので、インタビューの時にティム・クックさんに本を持っていただけるといいなと。受け取ってくれるのかな? わからないですけどね。

徳本:まあ、大丈夫でしょう。ということで、1時間半の半分以上はバカな話だったかもしれないんですけど、今回に懸けた想いをちょっとお話させていただきました。ご清聴ありがとうございました。

松村:ありがとうございました。

(会場拍手)