同じ言葉を使っているのに、話し手と受け手に生じる“ズレ”

豊間根青地氏:我々は同じ日本語という道具を使ってコミュニケーションをしているつもりなんだけれども、実はバベルの塔の世界にいると言うことができます。

バベルの塔の世界というのは、キリスト教の神話にあります。神さまが怒って、バベルの塔を作っている人たちの言語を変えてしまったことによって、コミュニケーションがうまく取れなくなって、最後まで作りきれなかったというのがバベルの塔の神話なわけです。

我々は、ふだん同じ日本語を使っている日本人同士でコミュニケーションをしていて、きちんと意思疎通が図れていると思い込んでいるんです。だけど、同じ言葉を使っていても、実際には話す側・伝える側と聞く側とでは認識がまったく違っていて、うまくコミュニケーションが取れていない。

それに気づいていないということが、ものすごくよく起きています。なので、共通言語を作ることがすごく重要になってきます。

コメントをいただいてますね。「どちらかというと『思い』の話だと思ってました」。最初のアンケートでもいただいてたんですが、後半で少しそちらの話もさせていただきます。

組織で共通言語を作るための2つのアプローチ

なので、我々はバベルの塔が崩壊する世界のように、違う言葉を使っている人間であるということをまずは認識することがすごく大事なんですね。「共通言語が大事だよね」ということを認識する上では、まずはここの土台、マインドセットが一番最初に重要になります。

同じ言葉であっても認識がずれるので、きちんと共通言語化することがすごく大事になっていきます。コミュニケーションコストを下げるために、認識の齟齬をなくすために、共通言語化することが非常に重要です。

「共通言語がないとコミュニケーションコストが上がっちゃうよね」という見地・角度から見た際の、「共通言語は大事だよね」というのが今の話なわけです。じゃあここからは、共通言語を具体的にどう作っていくかという話について、大きく2つのアプローチで考えたいなと思います。

1つ目が「定義する」ですね。これが今見てきたような、「共通言語がないと、人によって解釈ぜんぜん変わっちゃうから良くないよね」という角度の話です。

2つ目が「作りにいく」、もしくは「勝手に生まれてくる」という話ですね。こちらがどちらかというと、先ほどみなさんがお話しをされていた常識やルールみたいな、目に見えない、組織の持っているデファクトスタンダードや認識に近い話になっていくものになります。

1on1で深い話ができず、結局は目先の数字の話に……

まずは1個目の話からいきたいんですが、「定義する」という話ですね。例えば、これはみなさんもけっこうあるあるなんじゃないかなと思います。

キャリアの施策を打っても、目的や意図が曖昧なままなせいで、いまいち効果が出ないというのはけっこうよくあることです。会社の経営陣が「これからは人的資本経営が大事だ。キャリア開発が大事だから、全部署で1on1を義務化しましょう」ということで、鳴り物入りで1on1という施策を全部署で義務化したりするわけですね。

ただ、この時に「1on1がなんか良いらしいからやろう」と言っている経営側も、1on1というものをきちんと定義できていない。共通言語化ができていない状態になると、各部署の上司からすると「1対1でしゃべる時間を取ることが1on1だよね」というふうに認識をしてしまう。

「最近どう?」「いまいちキャリアが見えないんですよね」と、部下が本音で話しても、1on1は何を目的に、何をするものなのかというイメージがないせいで、「そうだよね、難しいよね。ところで今月の予算なんだけどさ……」となる。

本来1on1で話すべき深い話がぜんぜんできずに、結局目先の数字の話になってしまうといったことが起きることがよくあります。なので、「言語化が大事」というのが1つのポイントになるわけですね。

上司と部下それぞれに対して、そもそも今回の1on1が何を目的にやるもので、具体的に何をするものなのかということを、きちんと周知をすることが非常に重要になります。

これは言ってみれば当たり前のことなんですが、実はけっこう難しいんですね。経営側、上のレイヤー側が言語化をサボると、現場で齟齬が生じるということが1つの証左になります。

部下向けにガイドラインを作成することも重要

例えばこれは1個の例ですが、「そもそも1on1は、部下のやりたいことを事業戦略にうまく絡めて、スキルアップを促進することが必要です。事業にひもづけた上で、今、どの業務を行えばいいかを考えることですよ」(と言語化して定義する)。

なので話すことは、今関心があること、将来やってみたいこと、上司への質問が重要であって、足元の業務や上司自身の主観的な経験の話はしないようにしましょうと。あと、頭ごなしに否定することも良くないですよ、といったガイドラインを示してあげることが重要になるわけですね。

同じく部下に対しても、「(1on1は)こういう目的でするものだから、こういうことをしましょうね」ということを、きちんと言語化して伝えてあげることが重要になるわけです。

これと同じような話で、いわゆる用語集ですね。弊社はそれほど規模は大きくないわけですが、シリョサクという会社で使われる用語はどういったものがあって、どういう意味なのかという用語集を作るとか。

パワポの資料という観点で言えば、フォーマットを定めてあげて……今日は型がけっこうずれてますが(笑)、例えば我々が「キーメッセージ」と呼んでいるように、「すべてのスライドで、この部分にそのスライドが言いたいことを1行で書く」ということをルールづけしてあげると、コミュニケーションコストが下がるわけです。さっきのテンプレートのような話ですね。

サントリーで使われている共通言語の事例

最初の4択のアンケートでいうと、どちらかというと4つ目にみなさんの気持ちは向いているのかなと思うので、この「作りにいく」という話を1個できればと思います。

この感覚はけっこうみなさんあるんじゃないかなと思うんですが、「強い組織」。組織文化が明確で、みんなが同じ方向を向いている組織は、同じ言葉を持っているということがすごくよくあります。

このあと、私がもともと所属していたサントリーの共通言語の事例を少し出せればと思っているんですが、さっきコメントでも「やってみなはれ」と、いただいてました。「やってみなはれ」がサントリーの1つの会社全体を貫く言葉であるというのは、サントリーという会社をそこまで深く知らない方も、けっこう知ってたりするわけですね。

そのように、会社が向かいたい方向に向かう1つの言葉が組織全体を貫いて、それが現場でも使われている状態を持っていると、組織が一致団結して同じ方向を向くということが非常に円滑に進むようになるわけですね。

なので、組織として向かうべき方向を指し示す、羅針盤になるような言葉が組織全体で共通認識化されている状態になって、まさにそれを体現することがその会社に求められているよねと。

これが、会社のビジョンとか、あるいはフィロソフィーと言われるような言葉になってくるわけですが、組織を強くする上ではこういったものを作りにいくことが非常に重要なアプローチになっていきます。

組織風土と共通言語は「鶏と卵」の関係

ただ、1個押さえておかなければいけないのが、組織風土と共通言語は鶏と卵のようなものです。「組織風土があるから共通言語が生まれる」と「共通言語があるから組織風土が強くなる」ということは、常に両輪になるものだと考えなければいけないです。

よくあるのが、経営陣がとりあえず「うちの会社のビジョンはこれです」と掲げて、何千万円を払ってブランディングの会社を入れて、会社のホームページを刷新して、「うちの会社のフィロソフィーはこれだ」って定めたんだけど、現場はめちゃくちゃ冷めた目で見ている……みたいなことが、すごくよく起きがちです。

本当に実態のある組織風土と共通言語というのは、常に鶏と卵の関係である。必ずしも、片方を作れば片方が生まれるというものではないということは、まずは認識として持つ必要があります。

なので、言葉を作れば組織が変わるというものではなく、組織全体の実際の現場のあり方を変えることで共通言語が生まれる、という視点も持っておくことが必要です。

優れた会社はある種の“宗教”になっていく

あと1つ重要なポイントだと思っているのが……急に『完全教祖マニュアル』という本を出すと、「お前、大丈夫か?」と思われるかもしれないんですが(笑)。会社というのは1個の宗教だと私は考えています。優れた会社は、本当に宗教に近い存在になっていく。

例えばスターバックスやディズニーといった、従業員がものすごくビジョンに共感をしていて強いサービスを生み出せる会社は、一種の宗教であるということはよく言われる話です。

この『完全教祖マニュアル』という本は、要は宗教の作り方をまとめた本で、すごくおもしろいのでぜひ読んでいただくことをおすすめします。

この本に「宗教には断食が必要である」という言葉が出てきます。断食というのは、イスラム教でよくある食べ物を食べない時間を設けるという話ですね。

断食とはどういうことかというと、「適度に特異的で、集団への帰属意識を感じさせる儀式を定期的に行うことが、宗教を強くする」ということなんですね。

組織の共通言語作りをする際も、このように適度に特異的である、ちょっと変わった言葉で(共通言語を作る)。それが何度も使われることによって、「自分は確かにこの組織に属しているんだよな」「普通の人はあんまり使わないけど、俺はこの言葉を使ってるぞ」ということを認識することが重要になります。

(組織の共通言語を)作っていく際には、まさに宗教で言うと断食に近いものを作る必要があるんだなということを認識する必要があります。

言葉を作って浸透させることが目的ではない

という話を踏まえた上で、我々なりの共通言語作りの4つのポイントをまとめたものがこちらになっています。「ゴールを明確にする」「短い言葉にする」「耳慣れない言葉にする」、そして「繰り返し使う」仕組みを作ることです。

ゴールを明確にするというのは共通言語作りに限った話ではないですが、そもそも共通言語を作って浸透させることによって何を目指したいのかを、ちゃんと明らかにするということですね。

別に言葉を作って浸透させることが目的ではなくて、それによってみんなが一つ所に向かっていくことが必要になるので、当然その言葉が向かっていきたいゴールに向かっていく必要があります。

サントリーの「やってみなはれ」という言葉は、当然「挑戦を重んじる会社になっていきたい」という思いが前提にあった上で、まさに挑戦を象徴する「やってみなはれ」という言葉になっているわけなので。何をしたくてその言葉を作るのかという、ゴールを明確にすることが大事です。

そして、短い言葉にすることですね。これは4番の「繰り返し使いやすいようにする」にかなりひもづいてきます。例えばこれは会社ではなくスポーツチームですが、ラグビーの日本代表が「ワンチーム」という言葉を使っているのが、一時期流行語大賞にもノミネートされていましたね。

「ワンチーム」という言葉は、言うたら「全員で協力しあおうぜ、一丸になってがんばろうぜ」ということなんですが。それをあえて「ワンチーム」と短く表現することによって、「全員でがんばろうぜ、一丸になろうぜ」ではなくて、「ワンチームでやろう」「ワンチームでがんばろう」というふうに、何度も唱和しやすくなるという工夫があります。

共通言語は「耳慣れない言葉」にすることが大事なわけ

あと、これは3つ目にもつながるんですが、誰でもどこでも言われるようなありふれた言葉ではなく、カタカナ語・英語にすることによって、耳慣れない言葉にするという概念も含まれています。

よくあるのは、略すことも重要なポイントですね。「観察・状況判断・意思決定・行動の4つが大事だ!」って言われるとわけがわからないので。「ウーダ(OODA)ループが大事なんだよ」というふうに略すと、「Oをやらなきゃ」「Dをやらなきゃ」と思い出しやすくなるわけですね。

なので共通言語というのは、常に短い言葉であることが必要になります。我々も共通言語に近いものを作る際は、「略す」ということはよく使う手法です。

もう1個は、耳慣れない言葉にすることですね。先ほども言ったとおり、共通言語は一種の断食なので、変な言葉にすることがポイントになってきます。

リクルートが事業を新しく作る際に(よく言われる)「ロマンとそろばんが大事だ」という言葉があります。何をやりたいかという思いの部分と、とはいえ実際に事業性があるのか、儲かるのかという、この両方がないと事業は成功しないよと。

そういうことをする際に、「やりたいことと儲かるかどうか、これを両方やらないといけないんだよ」って言うと長いですし、いまいちパッと入ってこないわけですね。なので、「ロマンとそろばん」と(短い文章にする)。

さらにこれは韻を踏んでるのも1個のポイントですが、あまり耳慣れない、ちょっと変わった口なじみのいい言葉にしてあげるのが重要になってくるわけですね。

さらに言うと、たぶんこの「プロティアン・キャリア」というのも、一種の共通言語ではないかなと思っています。「プロテウスのように変幻自在に変化し続けるキャリア」、要は「変化し続けるキャリア」と言ってもいいわけですよね。

でもそれだと、「変化し続けるキャリア」って毎回言うのは大変ですし、そこに新しい言葉を付与してあげることで、一種の神秘性を持つ。ということで、プロティアン・キャリアと命名されているのかなと思っています。

<続きは近日公開>