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古舘伊知郎×田中泰延「瞬間は準備によってつくられる」『伝えるための準備学』(ひろのぶと株式会社)刊行記念(全8記事)

古舘伊知郎氏「アドリブなんて世の中には存在しない」 名実況の裏側にある、古舘流の「準備学」

2024年7月22日、古舘伊知郎氏の新刊『伝えるための準備学』が、ひろのぶと株式会社から刊行されました。刊行を記念したイベントでは田中泰延氏と対談し、古舘式の「準備学」について、そして本には収まり切らなかったエピソードなどを語りました。本記事では、古舘氏が「アドリブなんて世の中には存在しない」と語る理由を明かします。

田中泰延氏×古舘伊知郎氏が対談

田中泰延氏(以下、田中):みなさま、本日はお暑い中お越しくださいまして、ありがとうございます。やってきました、下北沢。こちらは本屋B&B、ブック&ビアですね。ブリジット・バルドー、ブレッド&バター、いろいろありますが、違います。ブック&ビアでございます。

(会場笑)

田中:(以下、スライドを表示しながら)今、自分がいるところの写真を映してなんの役に立つのか。

ということで、こんばんは。田中泰延でございます。よろしくお願いします。

(会場拍手)

田中:私のことは東急大井町線に乗ったら思い出してください。

あと、都営浅草線に乗ったら思い出してください。

ということで、本当にこんなくだらない前置きは不要でございます。みなさんも私の話を聞こうと思って集まったわけではございません。ということで、さて!

……さて、サテですね。

(会場笑)

田中:では、いよいよお呼びいたしましょう。盛大な拍手でお迎えください。『伝えるための準備学』著者、古舘伊知郎さんです!

(会場拍手)

古舘伊知郎氏(以下、古舘):いらっしゃいませ、どうもみなさんありがとうございます。盛り上がってますね。じゃあ座らせていただきます。これは配信もやってるんですか?

田中:配信もやってます。

古舘:袖で聞いてたら、もう泰延さんがマイクの着脱だけでバカバカとウケてるじゃないですか。

(会場笑)

古舘:俺より絶対におもしろいじゃないですか。腹が立ってきちゃう(笑)。

田中:とんでもない(笑)。いやいや……。

古舘:「いやいや」じゃない、本当におもしろいです。

(会場笑)

田中:(笑)。

F1実況でムーブメントを巻き起こした古舘氏

田中:不要とは思いつつも、ご紹介させていただきます。古舘伊知郎さんは、1954年東京生まれ。立教大学卒業後、1977年にテレビ朝日のアナウンサーとして『ワールドプロレスリング』を担当され、一躍「古舘節」で(人気を博しました)。私は、その45年前から大ファンです。少年の僕は、もう熱狂していましたから。

そして1984年にフリーとなり、「古舘プロジェクト」を設立されました。そしてなんといっても、F1でムーブメントを巻き起こし、さらに「実況といえば古舘」と。私はF1の大ファンでございます。

『NHK紅白歌合戦』の司会や、『オシャレ30・30』『おしゃれカンケイ』『夜のヒットスタジオ』などなど、NHKと民放全局でレギュラー番組を(担当)されました。

そして記憶にも新しい、12年間の大変な『報道ステーション』時代を務められたあと、これもお話をうかがいますが、今はまた再び自由な喋り手として、立教大学経済学部の客員教授も務めてらっしゃいます。この間、私も授業に伺いました。

古舘:インチキ教授ですけどね。別に学術分野を持ってないのに、今までの経験からいろいろと言っているっていう。

田中:そして、1988年から続く「トーキングブルース」は、本当にチケットが取れないんですよ! 千何百枚が一瞬で売り切れる中で、今日選ばれた50名さま、どんだけくじ運が強いんだ。みなさん、本当に今日はありがとうございます。

(会場笑)

古舘:いや、本当におもしろいですよね。だんだん腹立ってきた(笑)。

(会場笑、会場拍手)

田中:そしてみなさんご存じと思いますが、古舘さんのYouTube(チャンネル)の登録者数が間もなく50万人を突破しそうな勢いです。

古舘節は漫画のセリフに使われたことも

田中:今日は本当に(古館さんの)お話をうかがいたいと。もう、僕のしゃべりはこれで終わりですから。

(会場笑)

古舘:そんなわけないでしょ、絶対にまたしゃべるでしょ(笑)。我慢できないでしょう。

(会場笑)

田中:(古舘の写真を示しながら)良い写真。これ、見てください。あっ、「撮影:田中泰延」!

(会場笑、会場拍手)

古舘:田中さんが撮ってくれて。これ良いですよね。

田中:本当に良い写真。

古舘:ちょっと作家でデビューしたい感じ。

田中:いやいや、もう作家でございます。

(スライドを示しながら)見てください。これだけ古舘さんの著作と関連本がある。小林よしのりさんの『おーっと、フル・タッチ!』っていうの(漫画)がありますけどね。

古舘:これは(初版が)1982年ぐらいで、まだ局アナ時代ですね。僕の実況がブレイクして、『少年マガジン』や『少年サンデー』を買ってくると、3日前、4日前にしゃべったキャッチフレーズを、プロレス漫画の実況アナ役が漫画の中で再現してるんですよ。

「あ、俺は売れてるんだ」と思っているうちに、小林よしのりが描いてくれると言って。プロレスの『おーっと、フル・タッチ!』っていうやつを、週1回小林よしのりさんと会って、「こういうことがあって、ああいうことがあって」っていう打ち合わせをやったんだよね。あの人は、その当時は良い人でしたよ。

(会場笑)

漫画家・小林よしのり氏との関係性

古舘:小林よしのり、あの男はなんだろうね。お互いに謙虚に、週1回会って漫画の打ち合わせをやっていたんですよ。俺が原作で、あの人が描いてくれて。それから保守主義で、『ゴーマニズム宣言』が馬鹿売れしたでしょ。

『報ステ』をやり始めて1年目ぐらいの時に、西麻布の寿司屋でばったり会ったんですよ。僕は『報ステ』のプロデューサーと入って、小林さんは別の人といて、2対2だったんです。

そしたら「小林さん、懐かしいですね。御茶ノ水の山の上ホテルで毎週のように会って打ち合わせしてましたよね」と言ったら、「いやいや……もうね、久米宏より君のほうがマシ。いつも見とるよ」って。「君」って言われましたからね。

(会場笑)

田中:「わしは」と(笑)。

古舘:人間っていうのは自己パロディをやりますね。僕は(自分のことを)本当におしゃべりだと思うんですが、(実際よりも)さらにおしゃべりだと思い込んで生きてきているわけです。それと同じで、あの人はたぶん「ごーまんかましてよかですか?」って自分に聞いてるんだ。ものすごく傲慢に映りました。

(会場笑)

古舘:だから、俺のフィルターもそう見ようとしてるんじゃないですか。人間ってのは仏教で言うと諸行無常で、どんどん別人になっていくからしょうがないですね。あの人は良い人ですよ。尊敬してます。

(会場笑、会場拍手)

新刊『伝えるための準備学』誕生までの背景

田中:古舘さんの著書はたくさんあって、出版社を問わず全部拝読しております。その中で、僕が大学生の時に出た『喋らなければ負けだよ』という本があります。

古舘:(当時は)大学生だったんですか。

田中:はい。(スライドで書影を示しながら)これが1990年の初版でございます。それがずっとロングセラーで売れまして、これが2002年・新装版ハードカバー、そしてこれが2016年・改訂新版と、30年以上にわたってずっとベストセラーの本です。たくさんある中でも、この本が好きで好きで。

古舘:2016年の改訂版を、今は大御所の放送作家になっちゃった高田文夫先生が買って、ラジオに呼んでくれた。それで「いやぁ古舘くん、買ったよ。新しい本が出たと思って読んだら、改訂版じゃねぇか」と言われて。

(会場笑)

古舘:「騙されちゃったよ、呼ばなきゃよかった。馬鹿野郎」って。久々に会って話が盛り上がりました。あの時、「馬鹿野郎」って言葉が良いなと思いましたね。誰が発するかによって人を傷つける場合もあるけど、高田文夫さんは親愛の情で「新しい本だと思って買ったら馬鹿野郎。騙されたよ馬鹿野郎」って2回言った。

(「馬鹿野郎」って)2回言うとかわいくなりますね。1回だと言い放って終わりで、人を傷つけますね。以上です。

(会場拍手)

田中:(観客を示しながら)今、(客席の)最前列で「馬鹿野郎は2回言う」ってメモされてましたけど、そんなのなかなか使えないですよ!

古舘:まったく意味がないですよ。申し訳ないです(笑)。

(会場笑)

田中:なかなか使うところはないですよ(笑)。

古舘:使いようがないですね(笑)。

田中:この本が、もう大好きで大好きで。この本で僕が学んだことを2024年になんとか蘇らせたいし、ここから三十何年経った古舘さんの知見の重なりや世界を伝えたい。そう思って、この本(『伝えるための準備学』)を作らせていただきました。

古舘:ありがとうございます。

古舘氏「今さらですが、天才ぶって生きてきたんですよ」

田中:これからお話をうかがっていきますが、なんといっても最初ね。

古舘:(書籍を手に持って)これは私の遺言ですから。(2024年)12月で70歳になりますしね。そりゃ今後どうなるかわかんないのが人生ですけれども。

田中:遺言。

古舘:ちょっとだけ先に言っときます。(自分は)見栄を張るというか、虚飾が好きというか、ダメなところがあって。今さらですが、天才ぶって生きてきたんですよ。アドリブが効いてペラペラとしゃべれて、ひらめきによっておもしろいフレーズを出せるんだ……みたいに、半分以上、自分を騙して生きてきたような気がして。

目の前に立ちはだかるアントニオ猪木さんや、天才ドライバーだったアイルトン・セナ。そういうすごい人たちを、長い時間をかけて準備をして、ちまちま考えて描写する生業から始まっておりますので。

「自分は天才じゃない」と痛感して、「天才を描写する人間なんだ」と職人気質でやっていながら、「古舘さんのしゃべりはおもしろい。天才ですね」なんて言われるとご満悦だったんですよ。だから、はっきりとここで「自分はずっと準備してしゃべってきたんだ」という実態を、告発本として暴露しようと思っています。

田中:告発本(笑)。

古舘:告発じゃない、告白本。告発はおかしいですね。

(会場笑)

田中:告白ですね(笑)。

古舘:カミングアウト本なんですよ。「私は準備して生きてきたんだ、しゃべってきたんだ、アドリブなんかありゃしないんだ」と。

これは一般論でも言えると思うんです。僕は、アドリブっていうのはないと思っています。「ひらめいた」「その時に舞い降りてきた」「空に向かってあまたの言葉をパーンと投げて、真っ先に降りてきたものをキャッチしてしゃべったら詩になった」というのは、全部嘘です。

(会場笑)

古舘:言語野の中に言葉の“ワイナリー”があって、そこに沈んでいるわけです。ある時、樽同士をスワッピングさせるようにして、言葉がふわっと湧いてアドリブをしてるんだけど、それは全部元が準備されていたってことなんです。だから、「本番は準備であり、準備は本番だ」という思いを込めています。

「アドリブなんて世の中には存在しない」

古舘:(書籍の帯を示して)ここを見てください。「平凡な僕が、天才たちの中で生き抜いてきた方法」。これは僕じゃなくて、この人(田中さん)が考えたんですよ。

田中:(笑)。

古舘:「平凡な僕が」とは言われたくないと思ったんですけどね。

(会場笑、会場拍手)

古舘:今、あらためて腹が立ってきました。これを廃版とさせていただきたいと思います!

(会場笑)

古舘:出版即廃版っていうの、かっこいいですよね。

田中:この本を作る過程で、(古舘さんが)何度も「俺は天才じゃないから」っておっしゃるんですよ。それでここ(帯)に書いたら、今日はお叱りを受けております(笑)。

(会場笑)

古舘:いや、本当のことだから良いんですよ。でも、本当のことと向き合うって、ちょっとイヤな感じがしたんです。もうそれはしょうがないです。でも、出版即廃版っていうのはおもしろい。

田中:(笑)。出版即重版は聞いたことありますが、出版即廃版っていうのは……。

古舘:今も「出版即廃版」ってアドリブのように言ってるじゃない。確かに表層的に見たらそうなんですが、そうじゃない。元があるような気がしたんですよ。

僕がフリーになりたての29歳の時に、野球の実況として『文化放送ライオンズナイター』(という番組)で所沢の西武球場に呼ばれたことがあるんですよ。野球の実況をしたことなかったのに、ごまかしで行ったんです。

その時に、所沢の街道筋にずーっとある立て看板を見たら、言葉が同じなんです。大箱のフィリピンパブのポスターなんですよ。そのポスターに「ホステスさん来日即入れ替え」って書いてある。

(会場笑)

古舘:これはフィリピンパブじゃないですよね。フィリピン人が大勢来日されて、来日したら即入れ替えている。誰もいないってことじゃないですか。ものすごく行ってみたかったけど、行けなかったんです。

(会場笑)

古舘:そういうの(経験)があったから、今「即廃版」ってふざけていたんだと思うんです。だから、アドリブなんて世の中には存在しないということを言いたい。

田中:そんな昔のことが自分の中に沈殿していて、今(言葉として)出てきた。

古舘:そう。私は、そういうのを「やっぱり天才だよ」とアピールしているわけですね。

(会場笑)

古舘:やな感じでしょ。屈折してるんですよ(笑)。

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