『起業の科学』著者の田所雅之氏が登壇

田所雅之氏(以下、田所):みなさん、こんにちは。今日は「スタートアップの目利き」と「事業会社の目利き」についてクロスで話せればと思っています。僕はこれまでに5社起業して、さらにベンチャーキャピタリストとしても4年ほど活動してきました。

『起業の科学』という本を7年前に出させていただいたので、それで僕のことを知っている方も多いかもしれません。現在はスタートアップ支援や、事業会社の新規事業支援もさせていただいています。最初に僕の方から、「スタートアップの目利きに必要なポイント」について20分から25分ほどお話しさせていただければと思います。どうぞよろしくお願いします。

司会者:ありがとうございます。それでは、続きまして永井さま、よろしくお願いいたします。

永井歩氏(以下、永井):アスタミューゼの永井と申します。本日はよろしくお願いします。 私たちアスタミューゼは、20年ほど大企業さまを中心に新規事業のお手伝いをしてきました。その過程で、ベンチャー投資を行ったり、CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)の戦略支援を行ったりもしてまいりました。

本日は、スタートアップや投資の目利きに関しては、ユニコーンファームの田所さまにお任せします。私は、大きな組織や企業での新規事業に関するノウハウや目利きについてお話しできればと思っています。どうぞよろしくお願いします。

司会者:ありがとうございます。それでは、さっそく田所さまにスタートアップについてお話しいただければと思います。よろしくお願いいたします。

田所:通常は50分から60分かけてお話しする内容を圧縮しますので、用語などがわかりにくいところがあるかもしれませんが、できるだけ専門用語を使わずに解説したいと思います。

スタートアップや新規事業を見極めるポイント

田所:あらためてオープンクエスチョンですが、みなさんがスタートアップや新規事業を目利きする際に、どんなポイントを見ていますか? ざっくりした質問になりますが、よければチャットに書き込んでいただければと思います。

市場やチームなど、いろいろなポイントがあると思うのですが、みなさんは何を重視して見ているのか? 例えばエンジェル投資やベンチャーキャピタルでも、リソースをどこに張るかが重要です。何に対してリスクを取るのか、何を基準に判断しているのか、ぜひ教えていただきたいです。

何を基準に評価するか、ということですね。「経営者、経営者、経営者」……(笑)。やはり、経営者が重要という意見が多いですね。例えば、ソフトバンクの孫正義さんやユニクロの柳井正さんも、会社が大きくなっても経営のトップとして重要な役割を果たしています。

「顧客の明確さ」も大事ですね。ありがとうございます。みなさんの意見はどれも正解だと思います。結論として、これはフェーズによるのかなと感じます。

どういうことかというと、今年に入ってからスタートアップの上場数は少し減っていますが、全体の動向としてはこんな感じです。「スタートアップ育成5か年計画」で今後さらに増やそうという流れがありますが、現実的な状況はこうです。

まず、第三者割当のシード投資を受けたスタートアップは1,000社強あります。シリーズAのラウンドでは、毎日1~2件の資金調達があり、年間で約400件程度。シリーズBに進む企業、つまりグロースフェーズに入る企業は約200社程度です。

IPOに関して言うと、スタートアップが占める割合は全体の約6割で、今年は上半期で34社ほど。大型IPOとしてはタイミーのような例もありましたが、年間では60~70社がIPOを果たすと予想されます。これは市況にも影響されるところです。

成長企業を見抜くための4つの視点

田所:多くの方が「経営者」とおっしゃいましたが、初期の段階ではやはり個人の力が大事ですよね。ただ、会社がある程度大きくなった時に、個人の力に依存し続けるのはリスクがあると感じます。

そういった意味で、もしかするとソフトバンクは少し危ういのかもしれません(笑)。実際、アナリストの話を聞いていると、ソフトバンクに対する一番の懸念は孫(正義)さんの健康だったりします。孫さんも65歳で、決して若くはないという点もあります。

ただ、経営者に依存しない体制を作ることが、フェーズが進むにつれて重要になってきます。組織が成長するためには、仕組み化が必要で、仕組みで勝ち続けることが大事なんです。

もう1つのポイントは、「定性 vs 定量」という視点です。プレシードやシード期のスタートアップでは、まだトラクションが少なく、市場として「ここをやればこうなる」といった定量的な確証が低い場合が多いです。

「ここに勝ち筋がありそうだ」とか、経営者のケイパビリティ、つまり経営者の能力や人格といった要素が重要です。IQや学歴といった指標もありますが、これらを定量的に測るのは難しいですよね。

しかし、上場後のフェーズに入ると、どれだけ利益を上げられるのか、自分たちが狙っている市場(TAM)の規模はどれくらいか、といった定量的なデータで評価せざるを得なくなります。こういったところで目利きをするのかなと思っています。

スタートアップが「個の力」から「仕組み」に変わるタイミング

田所:(スライドの)左が定性、右が定量。そして、上が仕組み、下が個の力です。

結論として、フェーズが進むにつれて、個の力から仕組みが重要になってくるということです。

ただし、フェーズが進んだからといって、経営陣や個の力が不要になるわけではありません。とはいえ、それに依存しすぎると問題が出てくることがあります。例えば、「プロダクトマーケットフィット」という言葉がありますが、それは「優れた経営者マーケットフィット」ではないということです。

初期段階では属人的な部分が強く、経営者が主導してプロダクトを作り、時には「セールスマンマーケットフィット」のようなかたちで事業を進めていくこともあります(笑)。しかし、フェーズが進むにつれて、再現性のある仕組みを構築することが大切になってきます。例えば、トップが直接セールスをしなくても、自然に売れ、お客さまが成功体験を得て、口コミが広がっていくような仕組みが必要で、このような仕組み化が重要です。

最初の段階では、起こる現象に対する解釈の余地が広くありますが、KPIの精度が上がり、因果関係が明確になってくると、効率的に資金を投入し、事業を前進させることができるようになります。

重要なポイントは、フェーズが進むにつれて、こうした仕組みにシフトしていくことです。最初の段階で仕組み化を急ぎすぎると、「プレマチュアスケーリング」、つまり時期尚早な拡大につながってしまいます。

例えて言うと、まず「うまいラーメンを作りましょう」という話です。ただ、うまいラーメンというのは、最初はなかなか定量化できないですよね。「これだ!」と思ってうまいラーメンができたら、次は「人件費を減らすために券売機を導入しましょう」「フランチャイズ化しましょう」「のれん分けしましょう」と、徐々に仕組み化していくわけです。

ラーメン作りも、例えば「これくらいの鶏がらをこれだけ煮込む」といったかたちで、定量化できる部分も出てくるかもしれません。

だから、初期段階はどちらかと言うと、アートに近いんです。どうすればプロダクトが市場に刺さるのか、最初はよくわからない部分が多い。創発的に試行錯誤しながら、定性的に進める必要があると思っています。定量的に細かく因数分解しても、初期段階ではあまり有効な洞察が得られないことが多いです。

なので、初期段階では「人となり」、つまり経営者や経営メンバーのOSを評価することが大事だと思います。どこを見るべきかについては、後ほど詳しく解説したいと思いますが、まずは定性的な評価が重要です。

まだ製品を作っていない会社が45億円を調達できるワケ

田所:先ほども言いましたが、「10,000」「1,000」「400」「200」といった数字は、厳密には正確ではないかもしれませんが(笑)、全体の規模感としてはこれくらいです。

圧倒的に多いのは、まだCPF(カスタマーフィット)やPSF(プロダクトサクセスフィット)を目指しているプレシード期の企業です。

PMF(プロダクトマーケットフィット)には到達していないものの、何らかのトラクションが出始めているシード期の企業が多い印象です。

この段階では、まずインサイトがあるかどうか、そしてエンジェル投資においては起業家の経歴や見立てが重要になります。僕もエンジェル投資をしていますが、やはり個の力や業界内での知識が鍵になります。

例えば、今年「サカナAI」という会社が45億円を調達しましたが、まだプロダクトは出ておらず、受託業務を行っている段階です。それでも調達できたのは、創業メンバーにOpenAIやPerplexityに関わっていた優れたAIエンジニアがいたからです。ここでは、やはり個の力にかける部分が大きいわけです。

さらに、生成AIのように、多くの業界をディスラプトする技術が絡んでくると、潜在市場が非常に大きくなることも重要な要素です。「初期の資本政策」について今日は詳しく話しませんが、ここで失敗すると取り返しがつきません。しっかりと資本政策を考えることが必要です。

シード期以降に直面する課題と成長のポイント

田所:シード期に入ると、意外に重要なのがナンバー2、ナンバー3の優秀さや補完関係です。

2人目、3人目のメンバーは、企業のカルチャーを決める上で非常に重要です。彼らも株を持ち、会社のオーナーシップを分け合うことになります。

ただし、僕が見てきた多くのケースでは、2人目、3人目のレベルが急激に下がってしまうことがあります。同じようなタイプのメンバーが集まってしまう場合もありますが、そうすると外部環境が変わっても多様性に対応できないという問題が生じます。この補完関係が非常に大切です。

あと、PMF(プロダクトマーケットフィット)の蓋然性についてです。これは、ただ友だちに売るだけではなく、再現性のあるかたちで成長を描けるか、プロダクトを育てられるかがポイントです。

PMFの段階でも、NPS(ネットプロモータースコア)やリテンションなど、ある程度は定量化できる部分があります。しかし、例えばTwitterでバズるような現象や、「これヤバい!」という口コミが自然に広がる状態は、定性的な側面もあります。完全に定量化されるわけではないですが、徐々に定量的な手応えが感じられる段階です。

シリーズAに入ると、メンバーが20人から50人、売上が2億円から10億円になるタイミングで、マネジメントが非常に重要になります。

このフェーズでは、個人がプレイヤーとして動くのではなく、いかに経営チームを作り上げるかが課題です。この時期は事業が一番伸びているため、実行力とスピード感が必要です。

また、成長戦略の解像度が高いかどうかも重要なポイントです。成長戦略をどう作るかというと、仕組み化と定量化が軸になります。そして、さまざまなステークホルダーを巻き込む力が求められます。

シリーズBになると、企業は一般企業に近づいてきます。

フロント側の攻めだけではなく、守りも重要です。また、経営陣が直接関与できるメンバーが減っていく中で、カルチャーの遠心力と、求心力のバランスを保つことが課題になります。この段階になると、市場の魅力が明確になり、大手の競合が参入してきます。

例えば、タイミーが上場しましたが、メルカリやリクルートなど、大手もギグワークモデルを展開し始めています。そういった競争環境への対応が重要になります。

特に価格やネットワーク効果の作り方など、競争の要素が増えてくるため、このフェーズではそれらに対応できるかが問われます。初期段階では、競合の動向を見るものの、直接的な対応はそこまで求められません。しかし、ここではマーケットシェアが非常に大事になります。