自己肯定感が高い人のほうが燃え尽きやすい

若杉忠弘氏:本(『すぐれたリーダーほど自分にやさしい』)にも書いたんですが、2,000人ぐらいの社員を2年間にわたってスタディした調査があります。自己肯定感が高い人と低い人、どちらが燃え尽きやすかったかというと、高い人だったんです。

なんでかわかりますか? 自信があって自分を高く評価している、自己肯定感が高い人のほうが燃え尽きにくそうじゃないですか。でも、燃え尽きる率が高いんです。なぜかというと、がんばっちゃうからです。

どういうことかというと、疲れた時に休めれば良いんだけれども、自分のイメージや肯定感が崩れるのが嫌だから、土日にがんばっちゃうんです。だって、休んで仕事が進まなくなって、それでパフォーマンスが落ちたら、ますます自己肯定感が落ちるわけじゃないですか。怖いからがんばっちゃうんですよ。

だから、短期的にはうまくいくんですが、そんな生活が長く続くわけがないんです。だからリスクがあるということです。

自己肯定感を高める際の“副作用”とは

2つ目。自己肯定感を高める際の副作用が多く指摘されています。自己肯定感を高めるって、実はすごく難しい作業なんですよね。例えば、リーダーとして(引っ張っていた)プロジェクトが失敗して、責任をすべて被ることになりました。自分の評価が落ちて自信喪失です。この時、自己肯定感を高めるための一番簡単な方法があるんですよ。

「自分は悪くない」と、他人のせいにするんですよ。「環境が悪かった」「上司が悪かった」「会社が悪かった」「環境が悪かった」「足を引っ張る人がいた」。いくらでも抜け道があるんです。周りのせいにしておけば、自分の肯定感を維持できるわけですよね。

ありとあらゆるものを、「自分は悪くない。環境のせいだ」とする仕事を続けていると、いつまでたっても自分が改善しないし、どんどん傲慢になっていく。これが突き進んでいくと、暴力的、ハラスメント的な発言になるなど、危険な領域に突入する副作用もあるんです。だから、もっと健全な「セルフ・コンパッション」という方法があるということです。

基本的なやり方として、「マインドフルネス」「共通の人間性」「自分への優しさ」という3つのステップをたどることになります。ここさえ覚えていただければ、今日は良いんじゃないかなと思います。知っていらっしゃる方は、あらためて確認していただくと良いんじゃないかな。

ステップ1の「マインドフルネス」は、大変な状況になった時に、今の状況や体験を受け入れて、バランスの取れた見方をする。ステップ2の「共通の人間性」は、自分だけでなく周りも同じように完璧でなく苦しんでいると知る。そしてステップ3は、自分に思いやりと励ましの言葉をかけてあげる。

心の傷を負った時にまずやるべきこと

例えば、みなさんが営業チームを率いていて、自分のチームが営業未達だった時、上司に指摘されて落ち込んだとします。

上司は自分のがんばりを見ずに、営業成績しか見てくれなかったのが悲しい。メンバーの退職が続いた時に、上司が事情をわかってくれなくてつらい。こういう感情を誇張せず受け止めていく。状況をそのまま受け入れていくのがマインドフルネスです。

そして2つ目の、共通の人間性。自分と同じように同僚も、営業未達だと恥ずかしかったり、悔しかったり、つらい思いをしたりする、と思いをめぐらせれば良いんです。

そして3つ目の、自分への優しさ。「いろんな制約がある中でベストを尽くした。よくがんばった」と、自分に言葉をかけるということです。僕が調査したところによると、もし(紙に)書いたとしても、時間にして10分から12分、15分かからないと思います。

これで何が起きるかというと、錬金術です。その瞬間にネガティブな感情が減り、ポジティブな感情が増えます。この現象が、その瞬間にその場で起きるんです。わかりますか?

物理的に殴られたら(傷口を)処置しますよね。じゃあ、心が傷ついた時の処置方法を今まで知っていましたか? 意外と知らないんです。セルフ・コンパッションが、心の傷を負った時にその場でまずやるべきことになります。

これを継続してやっていると、ストレスや不安、完璧主義傾向、失敗への恐怖が減ります。燃え尽きも低減して、ポジティブな感情や人生の満足が増えていきます。自信が出てきて、楽観性と回復力が高まります。健康になって、より安心を感じ幸せになっていきます。これらすべてがエビデンスからわかっていることです。

「自分にやさしいリーダー」にメンバーがついてくる

こういう話をすると、今度はこういう疑問が出てきます。「これで自分が回復することはわかった。でも、メンバーはそれでついてくるの?」と、リーダーはそう思いますよね。でも、これもYesなんですね。メンバーはついてくるんです。

みなさん、飛行機のトラブルを思い出してください。こういうふうにフライトアテンダントの注意を聞くと思います。飛行機のトラブルに遭った時、「まずは自分に酸素マスクをつけてください。そして、そのあとに周りを助けてくださいね」というふうにアナウンスされます。

まずは自分に酸素マスクをつけるから、子どもや困ってる人の酸素マスクもつけてあげられるんです。この順番が逆だと、みなさん全員が死にますよ。本気で。

自分に酸素マスクをつけて、余裕があるからみなさんのメンバーも助けることができるという、極めて常識の話ですよね。この常識が、なぜか職場だと常識じゃないんですよね。ですので、実はメンバーが自然についてくるということになります。これは実際にデータも出てきています。

例えば朝、セルフコンパッションの実践をします。それも、たかだか5分ぐらいです。どうなるのかというと、リーダーとしての自覚が高まります。そして午後、メンバーの個人的な悩みをサポートしたり、仕事上の課題をサポートすることが増えます。

そして夜(周りの評価)、メンバーの評価。「このリーダーは能力があるな」「このリーダーは思いやりがあるな」というふうに評価されるってことです。

みなさん、私たちは、こんなリーダーを目指しているのではないでしょうか? 能力もあって思いやりがあるなんて最高じゃないですか。こんなリーダーにメンバーはついていきますよね。何が起点かというと、はじめの朝の5分のセルフコンパッションの実践ですよ。

セルフコンパッションを実践するためのエクササイズ

じゃあ、このエクササイズは何をやってるかというと、実は単に「思い出す」ということをやってます。「あなたがリーダーとして職場で困難な状況に陥った時、自分自身に優しく、思いやりをもって対応したことを思い出してください。その時の状況を2~5文ぐらいで書いてください」というエクササイズをやってもらっただけなんです。

これね、拍子抜けするぐらい簡単なんです。それで先ほどのような効果が1日続くということです。だから今、心理学(の分野)ではこういう研究がすごく多いんですね。ちょっとした巧みな介入で、ちゃんと効果を出していく技術がいろいろ出てきているんですよ。ビジネスパーソンやリーダーのみなさんには、これをもっと知っていただきたいと思うんです。

リーダーがつらい状況に直面した時によくありがちな反応は、「つらい」「自分は弱くてリーダーに向いていない」。そしてリーダーの自覚が低下する。

でも、セルフコンパッションをやってる人は違うんですよ。つらいと思ったら、「リーダーなら誰でもこういう時は大変だろうな」と思うんですよ。だってリーダーをやっていたら、絶対に大変な時がくるわけです。だから、「自分はリーダーの自覚がある。リーダーなんだ」というふうに、リーダーの自覚が向上するんです。

まったく反応が逆になるというのが、セルフコンパッションのおもしろいメリットです。ある意味、自分の中に思いやりをもって励ましてくれるコーチがいるということなんですね。

他人をケアするためには、まずは自分のケアから

セルフコンパッションを取り入れるとどういうことが起きるかというと、これがおもしろいんですよね。僕もこの本を書くにあたって、セルフコンパッションを実践しているいろんな方々にインタビューをさせていただきました。

多くの方が言ったのは、「相手の立場に立てるようになりました」。相手の視点をより持つことができるようになる。実際にそういうエビデンスも出てます。

それからこれは僕の研究ですが、セルフコンパッションを取り入れると、チームや組織へのコミットメントが高まるんですよ。おもしろいですね。自分に対してコンパッション、思いやりを向けると、チームや組織へも思いやりを向けられるようになるんです。

「自分のニーズへの関心」、それから「組織のニーズへの関心」で見ると、セルフコンパッションは(スライドの)右上に行く道なんですよね。左上に行くと自己中心で、自分のニーズだけは見るんだけれども、組織・チームのニーズは見ません。これは自己中心です。

逆に自己犠牲的に働くというのは、自分のニーズへの関心は考えないで、組織・チームのニーズへの関心を考える。これは自己犠牲です。左下は無関心で、この3つはあんまりおすすめできないですね。どうやったら右上に行けるかということなんですが、その1つの方法がセルフコンパッションだということです。

こういったことを続けていると、先ほど言った1から6のようなメリットが得られるということになってきます。