日本がアメリカの文化圏や思想圏をどう捉え直すか

入山章栄氏(以下、入山):それでは、質疑応答に移りたいと思います。質問がある方はぜひどうぞ。では、そちらの黒いTシャツの方、ありがとうございます。

質問者1:京都大学の学部四回生で歴史学を専攻しているフクイと申します。哲学系はあまり得意ではないので、的を射た質問ができるかどうかわかりませんが。二項対立を乗り越える方法について、東洋的な乗り越え方が話のメインだったかと思いますが、西洋でもフランスの現代思想で、例えばドゥルーズなどがそのような問題に取り組んでいたのではないかと思いました。ヨーロッパの哲学者たちは、この問題をどのように乗り越えようとしているのか、気になります。

入山:すばらしい質問ですね。これはまさに野村さんにおうかがいしましょう。

野村将揮氏(以下、野村):恐れ多い限りで、僕の師匠である出口(康夫)先生を連れていきたいくらいです。まさに、戦後、デリダやドゥルーズによるいわゆるポスト構造主義的な思想潮流がありましたが、たとえば、僕はアメリカにいたのでまだ行けていないのですが、京都哲学研究所の両代表理事がヨーロッパでこう言ったお話をすると、非常に好意的に受け止められると聞いています。

ちょっと深い話になり過ぎるので単純化しますが、そもそもロジックといった規範や、セルフ、つまり個人といったユニット(単位)の捉え方がそれぞれ大きく異なる世界において、我々の思想圏がどのように物事を考えてきたかを提示し受容される機会は、あまり多くなかったように思われます。

敢えて言えば、1900年代後半に鈴木大拙が禅の考え方を世界に紹介しましたが、あれは哲学というよりも仏教思想でしたので。

「京都哲学研究所のの取り組みが世界で紹介されていき、共感を得ることができたなら、世界は良くなるよね」といったところまでは、かなり好意的に受け止められていると思います。

入山:じゃあ逆に言うと、アメリカがおかしいということ?

野村:僕はアメリカで研究しているので……。(笑)

入山:どう見てもアメリカが問題ですよね(笑)。

野村:でも、1つ確実に言えるのは、我々はこの50〜60年でかなりアメリカの文化圏や思想圏の影響を受けているので。それをどう捉え直していくかは、知的に非常に重要な作業だと思っています。

Amazonが労働者の管理や中国での生産方法で軋轢を生む理由

入山:アメリカに10年いて、Amazonというコテコテのアメリカの会社にもいた玉川さんはどうですか?

玉川憲氏(以下、玉川):Amazon、Googleといった企業は、また少し違う存在なんですよね。アメリカは西と東で政治も全然違いますし、GAFAのような企業はまさにテクノ・リバタリアン的な考えを持っていて、なおかつグローバル企業として一種の王国を築いています。彼らは国家を超えて1つの経済圏を作ろうとしている存在なので、私がその中にいた時には、あまり悪意は感じませんでした。

例えば、ジェフ・ベゾスは人類の進化を早めることを目的としていて、人間が「これができたらうれしいな」と思うことを実現する会社であると社内で公言していました。電子書籍や壁掛けテレビ、宇宙旅行など、人間がいつか実現したいと思っていることを早く実現する会社だという定義づけをしていて、そのために一生懸命働く会社なんですよね。

入山:まさに進歩主義の考え方ですね。進むことが良いことだと。

玉川:そうですね。それに共感した人たちが一生懸命働くという会社なので、動機は日本人的感覚でも正しいと感じるのですが、時にいろんなところで軋轢を生むことがあります。労働者の管理方法や、中国での生産方法などがその例です。もともとの動機は正しいのですが、あまりにも周りのことを考えないために、ぶつかり合うことが多いんです。

入山:変にピュアなんですね。

玉川:そうですね。

野村:今、玉川さんのお話を聞いて思ったこととして、僕もアメリカで感じているのは、世の中はそんなに捨てたものじゃないのかなと。いわゆる邪悪な人、イビルな人ってあまりいないですね。

入山:それはハーバードだからじゃないですか?

野村:あ、そうかも(笑)。でも、少なくともハーバードでは、「自分たちだけ良ければいい」という考え方を持っている人はそんなに多くないですし、「そういうのはよくないよね」という流れができつつあるるので、別の視点や概念的枠組み、価値の多層性について話すと、「なるほど」と理解、共感してもらえることが多いです。

もう一点、まだオープンになっていないのですが、京都哲学研究所は活動を国際的に推進する体制が整いつつあります。みなさんがご存知であろう方々も数多くご賛同・ご加盟してくださっています。

入山:さっき僕はアメリカ人をちょっと批判しましたが、アメリカ人も話せばわかるということですね。これから野村さんが布教していくと?

野村:がんばります。(笑)

入山:価値多層社会ですね。とてもすばらしい質問をしてくださって、ありがとうございます。

作る人と食べる人の立場をどう入れ替えるか

入山:じゃあもう1人、こちらの最前列の方、よろしいですか?

質問者2:貴重なお話しをありがとうございます。和歌山大学学部四年のキム・ジュンと申します。僕は、価値多層社会というものを「カオスなものをカオスなりに楽しむ」というふうに理解しています。ある意味で「心の余白をどう作るか」だと思うんですが、みなさんはどのように実践されているのかをお聞きしたいです。

入山:和歌山大学の学生さん、良い質問ですね。今の大学生はすばらしいですね。というわけで、これはお四方にパパパッと答えていただきたいです。カオスな時代、価値観や思想がこれからますます混沌としていく中で、どうしていくのかという話ですね。まず多伽さんからお願いできますか?

中村多伽氏(以下、中村):この界隈では、成功した人生が究極のゴールになりがちですが、私は「苦しむことが人生」だと思っています。苦しんでいるという状態を認識し、それを楽しむことにしています。

入山:多伽さん、今も苦しんでいるんですか?

中村:そうなんです。悲しい人を減らすというビジョンを掲げていますが、それはちょっと貧しい考え方かもしれません。苦しむ過程が生きた証だと思うんです。それが「苦しんだ分だけ強くなれる」みたいな話ではなく、ただ苦しむ。でもそれでいい。生きるというのはそういうもんだと思っています。

入山:それは仏教の修行に通じる考え方ですね。続いて、松井さん、お願いします。

松井孝治氏(以下、松井):僕は「ポジションをどう捨てるか」、つまり「私は作る人、私は食べる人」という立場をどうスイッチするかが大事だと思っています。さっき話したパブリックという概念も、役所に人助けを頼むのではなく、逆に自分が普通の納税者の立場に立ってみるとか、好きなお店でマスターとお客の関係をクルッと変えることが好きなんです。立場を一度捨ててみるというか。

入山:おもしろいですね。

松井:特にパブリック政策に関わる人間として、パブリックを担っているという鎧を少し脱いで、「あなたもこの鎧を着てみませんか?」と提案することが重要です。苦しみとよろこびは密接に結びついていて、しんどいけど、それを乗り越えた時の幸せは無上のものです。その感覚をできるだけ多くの人に共有してもらうことを心がけています。

入山:すばらしいですね。まさに二元論を超えた考え方です。

松井:そうなんです。立場が入れ替わる社会が、とても素敵だと思います。

入山:おもしろいですね。

悪いニュースが3つ来て、良いニュースが2つ来る「起業家の1日」

入山:野村さんはどうですか?

野村:感動できるものを増やす努力を、人間がもっとしていくといいなと日々思っています。これには勉強や経験などさまざまなものが必要なのですが。人類社会や地球、もしくはそれ以上のものがずっと醸成、育んできたものに対して、敬意や愛着を持つことができるようになると思います。

そうなれば、人生や世界がどれだけカオティックであったとしても、一筋の光明が、というと仏教的なのですが、見えてくるかもしれないと思っています。

入山:ありがとうございます。玉川さんは?

玉川:起業家仲間を見ていると、多くの人が自分の事業をピュアにやりたいという気持ちを持っています。彼らは、なぜ経済活動がこうなっているのか、既存のビジネスはこうなっているのか、もっと良い方法があるのではないかと、どんどん挑戦していく人たちです。

僕自身ももともとサラリーマンで、IBMやAmazonで働いていましたが、自分が起業家になって、会社が大きくなり、違う視点を理解することがとても楽しいんです。ただ、起業家になることは、ものすごい苦しさを伴います。だから、無理には勧めませんが、それを楽しめる人にはぜひやってほしいですね。

その楽しむコツとして、僕は「エモーショナルダイバーシティ」と呼んでいるんですが……。

入山:エモーショナルダイバーシティ?

玉川:感情の起伏が激しいという意味です。起業家の1日は、だいたい3つぐらい悪いニュースが来て、2つぐらい良いニュースが来る。その繰り返しです。気持ちが下がるけれど、上がるときの喜びが大きいんですよ。でもその後またガクッと下がるので苦しい。ただ、この上がり下がりを楽しむことができるなら、起業は非常に楽しいと思います。

入山:なるほど、さすが理系ですね。

玉川:そう。だから、そういうふうに考えられる人には起業をおすすめします。

入山:僕は玉川さんとの付き合いが長いのでわかりますが、2023年の困難な時期とかは、けっこうヘラヘラしていたように見えましたけど?

玉川:いやいや、ヘラヘラしていたわけじゃないんですよ。下がる気持ちを感じないようにしていただけです(笑)。上場しようとして一度延期したというハードシングがあって、その時は髪型も思い切って変えて乗り越えてましたね。

京都をぬか床のような町にしたい

入山:松井さん、どうぞ。

松井:さっき立場を入れ替えると言いましたが、入れ替えるだけが目的ではなくて、たとえば昔あった「禁煙マラソン」という取り組みを思い出します。禁煙に成功した人が、今まさに禁煙に挑戦している人をどう助けるかというものです。禁煙マラソンのように、成功した経験を活かして今苦しんでいる人たちを支えることで、禁煙の継続率が上がるんです。

これが1つの例で、京都をぬか床のような町にしたいんです。ぬか床にはいろんな要素が混ざり合っていますよね。甘いも辛いも、善も悪も、そういったものが公共空間を形成しているんです。だから、立場を入れ替えながら、自分のよろこびと他人のよろこびを混ぜ合わせてみることが大切だと思います。

入山:多伽さん、最後に一言お願いします。

中村:私は苦しむという過程が楽しいというより、その中で愛するものを見つけて、それを愛し、愛しているものが成功した時に幸せを感じるんです。来てくださったみなさんがとても素敵な人たちなので、私はみなさんをとても愛していますし、これからもみなさんの成功を応援しています。

入山:ありがとうございます。じゃあ市長もぜひ。松井さんも遠慮せず、10秒くらい、せっかくなので。大丈夫ですか?

松井:禁煙マラソンを調べてください。今多伽さんが言ったのとほとんど同じです。

入山:じゃあ松井さんに拍手をお願いします。野村さん、お願いします。

野村:僕もほとんど同じです。ありがとうございました。

入山:(笑)。

玉川:みなさん、IVSを楽しんでください。私が起業家になったのは、IVSのコミュニティに出入りしているうちに「あっ、いいな」「ああいうふうになりたいな」と思ったのが根源的なパッションになったので、ぜひいろんな起業家や投資家に話しかけてください。

入山:ありがとうございます。というわけで、今日は深い話ができたんじゃないかと思います。これから京都が思想・宗教・哲学の聖地になっていくと思いますので、ぜひ2025年もIVSに来ていただいて、一緒に思想を語れればと思います。どうもありがとうございました。みなさんに拍手をお願いします。

(会場拍手)