「多様性を滅殺していくような圧力」が掛かる時代

山口周氏(以下、山口):今、私が気になってるのは人的資本開示の問題です。要するに、全部数値化して株式市場に対して発表しなさいという話ですね。そうすると、株主・投資家がその数字を見る。

組織の状態やリーダーシップの状態を数値化してみることが、中長期的な業績予測において一番説明力のある因子だと、このあいだマッキンゼーがレポートを出してましたけどね。なので、「組織の状態を細かい話から数字で見せてくれ」と。

これを株式市場が株式市場でAIを使って分析すると、「長期業績と感度の高い説明力のある因子はこれだ」ということを簡単に突き止めて、「お前の会社はここが低いからこれを上げろ」ということを、当然言ってくるようになりますね。

これに対して抗うか、あるいは言うとおりにするかというのは経営判断になってくるわけです。そうすると、ある意味ではすべての会社から多様性を滅殺していくような圧力が、株式市場から掛かる時代になってくるかなとも思うんですが、ここはどう見立てていらっしゃいますか?

松原仁氏(以下、松原):可能性としてはあると思うので、そういう恐れはあると思っています。先ほどの話にもありますが、その会社のどこに強み・弱みがあるかを数値化で分析して、強みを上げて弱みを少なくするという方向に行く。ただ。それが必ずしも均一化する方向に向かうかどうかはわからない。

山口:なるほど。

松原:要するに、株式会社の個性化。「この会社はここに長所があるのでここを伸ばせ、違う会社は違う長所を伸ばせ」というふうに、うまくなっていく可能性も同じぐらいはあると思う。AI研究者としては、AIを使うことによってそっちに進むことを期待しているわけですが。

今のところは、そこは経営者の判断で、そこまでもAIに判断できるかというと厳しいと思われるので。AIがいろんなマトリクスで指標から計算した値を見てどうするかというのは、人間の経営陣に任されてるということだと思う。

山口:なるほど。

これからの人事に求められる力

山口:人的資本課題の話についてもそうなんですが、今までの人事の枠組みを超えたリテラシー、あるいは言語やプロトコールを人事の人が持たないといけない。

要するに人的資本開示をすると、株式市場が「こういうトレーニングをやれ」とか「組織のここにこういう課題があるからこうしろ」と言ってきたことに対して、人事のトップのCHROが財務的な視点も持って「いや、それはやらない」とか「それは取り入れたいと思う」ということを会話できないといけないので。

だから、一段上の目線というか、わかりやすく言うとCFOとCHROの役割が両方混ざったようなリテラシーやプロトコールを人事の人たちが持っていかないといけない。

かつAIを活用するということになると、実はAIは非常に万能に見えて驚くほど無能力な側面がありますね。ChatGPT4になってさすがになくなりましたが、例えば3だと「2人でフランス料理を食べて2時間かかりました。6人のパーティーを企画しているんですが、何時間かかりますか?」って聞くと、「2人が6人になるので3倍かかります」って平気で返してくる。

驚くほど愚かな答えを出してきたりするので、AIの限界とか、逆に言うと何が得意かもわからないと、いろいろ難しい。つまり聞きたいのは、採用、配置、育成、評価、それから最後の退職まで含めて、人事がAIの持ってる能力をフルに活用しようと思うと、どういう課題がありそうですか? 人事の人たちのリテラシーの向上も含めてなんですが。

松原:そうですね。おっしゃるとおりなんですが、それは人事の方だけじゃないんです。さっき社長(芹澤雅人氏)もおっしゃってましたが、AIがこれだけ進歩した時に人間は何をするのか? というのが問題です。

AIの進歩により、人間はAIの上を行かないと差別化できない

松原:人事の方はAIのおかげで、これまで忙殺されていたエントリーシートを延々と読まされるとか、休暇の管理とかからは離れるので。山口さんがおっしゃったような、一種の経営判断にまで立ち入るような判断を人事の方が担う必要があるというか、そういう能力を身につける必要がある。

これはヒューマンリソースだけじゃないんです。AIがいろんなことをしてくれるので、楽になるという側面はあるんだけど、逆に言うとAIが標準を上げてくれてしまったので、AIの進歩によって我々人間はその上を行かないと差別化ができないところがある。これからの会社は、人事の方に大所高所的な判断が求められるのかなと思います。

「ここ、言い忘れている」というのがあるので、ちょっと言います。「エンゲージメント」は人事の方はみんなご存じだと思いますが、これはアンケートをとったりして調査します。

あと、行動履歴管理。これは個人情報なのでちょっと嫌がられるところがあるんだけど、会社によっては出社する時から出る時までバッチかなんかをつけていて、物理的にどこにいるかがわかるということをやっていて。

もちろんたくさんメリットもあって、人間関係も含めて、同僚とどれぐらい会っているかがわかる。変な話じゃないですが、トイレに何回行っているかとか、トイレにずっと籠っているとメンタルヘルスの話になって、「閉じこもりたい何かがあるんではないか?」ということがわかったりする。そういうこともやってる会社があります。

AIが仲介するマッチングサービスを福利厚生で導入する企業も

松原:ちょっと話は飛びますが、これは今日どうしても紹介したかった。福利厚生にAIを使うというのがちょっとおもしろい。僕も関わっている、ある会社が、マッチング支援を会社の福利厚生としてやっていると。普通、男女のマッチングって個人が入るじゃないですか。(その会社では)福利厚生として会社が入るんです。

「その社員は独身に限る」とか(条件は)いろいろあるんですが、会社が入るメリットは素性が知れている。そこは日本の会社ですが何千社と入ってるので、相手もどこかの会社。後々めんどうくさいことになるから、自社(の社員同士)はマッチングしないそうです(笑)。

山口:なるほどね(笑)。

松原:(マッチングするのは)他社らしい。あと、ここはAIを使ってお付き合い管理もしている。お付き合いって、最近だと最初はだいたいみんなLINEで話をするじゃないですか。AIが間に入って、どっちかがちょっと変なタイミングで言おうとすると、「今のタイミングじゃありません。この話はちょっと待って」とシャットアウトする。

山口:「踏み込み過ぎです」と(笑)。

松原:「ちょっと踏み込み過ぎだ」っていう考え方もあります。そういうのが苦手な人に対するサポートというか。ただ、本人が嫌ならそれ(AIによるサポート)をなくすこともできるんですよ。

山口:ある種のトレーニング、コーチングになっているわけですね。

松原:この前もNHKで取り上げられていたけど、けっこうこれが今はヒットしていて、(導入する)会社が増えてるのもあって。変わったAIの使い方としてはこういうものがあります。

山口:なるほどね。

AmazonがAIで管理職候補を評価した時に起きた問題

松原:次の話にいきましょう。それで、やはりいろいろ問題もあって。さっきのように社員の行動が全部管理されるというのは、管理という意味ではいいことかもしれない。

サボってる人をあぶり出すとかはあるんですが、トイレの回数とか、誰と会ってるのかもわかっちゃうし、「朝から晩まで勤務時間内なんだからいいんだ」という考え方もあるでしょうし、個人情報だから踏み込みすぎだという考え方もある。ただ、技術としてはそこまでできちゃうので。

経営的なことも含めて、そこをどこまでやるかというのが、経営者もしくは人事の方に委ねられている。あとは当事者である従業員に、AIを使っているということをどれだけ開示するか。できるだけ開示すればいいと思うんですが、人事上開示できないこともあるかもしれない。

ついでに言ってしまうと、やはりAIはデータで学習しているので過去にとらわれる。これは有名な話で山口さんはご存知かもしれませんが、ある会社……会社名が出てるんだからいいのか。Amazonという会社が人事採用でAIで管理職候補を採用しようとした時に、男の人を優位に良い点つけちゃったことがあって。

会社の過去の履歴で、管理職になった人の圧倒的多数が男の人だったので、男の人のほうが管理職になりやすい。因果関係という言い方ではAIは直接学習はしないんですが、統計的にそうなってるので、「同じような評点でも男の人を採ったほうが管理職しやすいんじゃないか」という偏見がある。

今の時代は「データでないものがデータになる」

松原:次の「暗黙の偏見を反映する」というのも、AIはもともと人種差別や男女差別とかはないんですが、人事の方が意識していなくても、過去の履歴には暗黙のうちにしがらみとかがありますよね。

そのまま放っておくとAIは生真面目に学習しちゃうので、生真面目に反映してしまう危険がある。今、AIの技術で、データから偏見を取り除くということも盛んに研究されて、ある程度できているので採用されているところもあると思います。だから、そういうものを使ったりしないといけない。

例えば会社が改革の時期で、日本全体がそうかもしれないですが、高度成長時代にやるべきことと、今みたいな時代にやるべきことはたぶん違うはずなのに、高度成長時代のデータから学習するとそっちの感覚に(寄ってしまう)。

山口:「ド根性、長時間労働モデル」みたいなね。

松原:そうですよね。「残業をいとわずがんばる」みたいなマインドの人を採ればいいし、そういう人が出世していく。それはちょっと大げさですが、そういうふうになる。

山口:そうすると、やはり人事の人たちがどういうリーダーシップを持つかとか、過去の延長線上ではなく、どういう組織がいい組織なのかを思い描いた上で、そこから逆にバックキャストする。「今、どういう人を採用するべきなのか」を考える力も大事になってくるってことなんですかね。

松原:そうです。なかなか難しいですけどね。

山口:僕がもう1つ思っているのが、DXやAIで言うと、人事ってエンゲージメントサーベイや人事評価とか、もともといろんなデータが溜まっています。その数字のデータをそのままデジタルで扱うと何が出てくるかということを考えちゃいがちなんですが、みなさんにぜひ考えてほしいのは、今はデータでないものがデータになる時代なんですよ。

テネシー州の政府観光局は「子どもの笑い声」をデータ化

山口:何を言ってるかというと、テネシー州の政府観光局がやったプロジェクトなんですが、政府観光局ですから、みんなに旅行してほしいんです。でも、旅行サイトやホテルのレビューってフェイクニュースやフェイクレビューばっかりで、それを元にしていくと裏切られたりする。

「裏切られて、結局旅行がつまんなかったから、もう来年は旅行をやめる。家族旅行に行かない」という経験をした人がすごく多いことがわかったんですね。州政府としては観光経済を盛り上げたいわけですから、これは非常に困る。

ということで、彼らは何をやったかというと、子どもたちにバッジを配った。このバッジをつけると「子どもがどこで笑ったか」というデータが、GPSのロケーションとデシベルの強さでクラウドに記録されるんです。

それをずっとやってると、テネシー州の旅行先のどこで子どもたちが最も嬌声を上げて楽しんでるかというのがリアルなデータとして、まさにリアルタイムで見られる。データのプラットフォームを作ったんですね。

これを旅行サイトに無償のデータとして公開したところ、たった1年でテネシー州の旅行の予約の数が6パーセントも上がったことがあります。

それまで、旅行のホテルのレビューやアミューズメントパークのレビューはもともとあったデータで、それをみんな頼りにしてたわけですが、「子どもの笑い声」ってデータにならないと思ったから扱えないと思ったんですよ。

今、センサーってわりとあらゆるものがあって、ものすごく低コストで取れますから。もう人間が作ったデータなんかを取りに行かなくても、どこで笑ってるかを取りに行ったら一番ダイレクトですよね。子どもをここに連れて行ったら、必ず笑ってくれる。

ですから組織の中においても、「今日はエンゲージメントをどれぐらい感じてますか?」と、みんな言葉で聞いていったんデータにしているわけですが、例えば声の強さ、笑い声、机にどれぐらいいるか、場合によってパソコンをパチパチ打ってる時間だとかをデータとして直接取りに行けば、人のエンゲージメントはリアルタイムでわかります。