AIで書いたエントリーシートをAIでチェックする「シュールな世界」
山口周氏(以下、山口):みなさん、こんにちは。ご紹介にあずかりました山口でございます。簡単に自己紹介せよということで、私はもともと大学で哲学や美術史の研究をやっていた人間なんですが、なぜかそちらには進まずに、最初は広告代理店の電通に行きました。
そのあと米国のコンサルティングの会社に移って、長らく20年ほどコンサルティングの業界におりました。最後の10年間でやっていたのは、主に組織開発や人事の仕事だったので、今日はその経験も踏まえた上でいろいろなお話をさせていただければと思います。どうぞよろしくお願いします。
松原仁氏(以下、松原):松原です。私はAIの研究者をしておりまして、かれこれ40年ぐらいやっています。経歴でいうと、最初はつくばにある当時の電子技術総合研究所、今で言う産業技術総合研究所に入って、2000年くらいに函館の大学に移り、コロナの最中に東京大学に移り、2024年の4月に今の所属に移ってずっと(研究を)やっています。
40年前、人工知能の研究を始めた頃はまだ冬の時代で、先生から「人工知能なんか役に立たない。将来性のない研究はやめろ」と言われていたんですが、40年経ってみるとやっていて良かったかなと思っています(笑)。今日はそういう背景を踏まえてお話をさせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
山口:じゃあ、松原先生。さっそくなんですが、人事領域におけるAIの活用はどんな感じに見立てていらっしゃいますか?
松原:いろんなところに使われています。これ、言うのを忘れないようにということで僕が書いた資料ですが、まずは採用プロセスに使われているところもけっこう多いと思います。志望する学生がエントリーシートを大量に書いて来るわけで、それがすごい数になって人事の方は大変だと思うんですが、それをAIに一時的にチェックさせる。
ちなみにいきなり余談ですが、書くほうの学生もたぶん生成AIで書いているので、AIで書いたものをAIでチェックするという。
山口:今、そりゃ書かせますよね。
松原:もしかしたらあとで話題になるかもしれませんが、けっこうシュールな世界になっている。
採用・人事配置の場面におけるAI活用
松原:あとは面接。「(AIで)面接は厳しいだろう」と思われているかもしれませんが、会社によっては一次面接はAI。最終面接はまだ社長が出てくると言っていました。
さすがにキャラクターが出てこないと学生も話しにくいということで、バーチャルなキャラクターが出てきて「こんにちは」と言って質問をする。AIが学生の答えを理解して、それに対して質問をするらしいです。それで、一次面接の評価は一応AIが出して、それをあとで人事担当者がチェックするみたいですが、そういうのをやったり。
あと、応募者との対応。地味ですが、やたらメールや電話での対応があると思います。だいたい学生の質問は典型的だと思うので、それもAIがやってくれる。
あとは、結果的にこの学生を採るべきか、採らないべきかという評価とか。ここに書いてあるついでに言うと、(会社に)入ってからのパフォーマンス管理。社員がちゃんと仕事をしているかどうか、まずは日々の仕事を分析することと、評価すること。
あとは将来性。人事配置に絡むと思いますが、今やっている仕事をそのままやらせたほうがいいのか、実は適性は他にあるのではないかとか、いろいろやらせたほうがいいんじゃないかという、本人の性格や能力で(人事配置を)やる。
そこ(資料)にも書いてありますが、今のAIはディープラーニングという機械学習をやっていて、たくさんのデータから知識を得るので、過去の人事情報があればあるだけ学習して、穏当な結果が出しやすい。
最初から短所を言ってもしょうがないので。長所としては、意識的に持っている人はほとんどいないと思いますが、人間が無意識に持っている偏見やしがらみを、AIはベースとしては持っていない。あとでデータ絡みで持っちゃうことがあるんですが。
あとは、人間はルッキズムという見かけや声に影響されますが、そういう影響がないという客観性が長所かなと。そういうところに(AIは)使われてます。
山口:なるほど。会場の方もそうだと思っているんですが、この時点でもう山ほど質問したい(笑)。
多様な人材を獲得するためのポイント
山口:いくつか僕からおうかがいしたいのですが、企業の中にはいろんな職種があって、それぞれの職種に向き不向きがかなりありますよね。
僕が最初にいた会社の広告代理店なんかだと、わりと「アイデアマンで細かいところに囚われない人がいい」と一般には言われるわけですが、そういう人が財務や経理とかをやると非常に悲劇が起こります。実はこれ、多様性の話につながるわけです。
全体として多様な人材が求められているのに、それを母集団として平均化して採用の評価をしちゃうと、何をやらせるにも中途半端な人になっちゃうんじゃないかという恐れがあって。
だとすると、例えば「非常にアイデアマンな人を採りたい」という効用関数と、「非常に緻密で粘り強い人を採りたい」という評価の項目とで複数立てるのがいいのか。この場合、どういう評価やロジックになっているんですか?
松原:そうですね。おっしゃるとおり、人間を全部100点満点の総合点で評価すると、総合点がいい人が上にきちゃう。総合点がいい人はどれもそつなくこなすけど、あまり個性がない。
山口:総当たり戦で全部負けますよね。
松原:そうそう。そういう人を採りたい企業はそうすればいいと思うんですが、ほとんどの会社はそうじゃなくて。おっしゃっていたように、経理なら「経理に特化して優秀」だとか、「アイデアマンを採りたい」というのであれば、最初にそういう評価項目を人事担当者や会社の上層部といった人間が用意しておく。
もしくはAIに提案させるというのもあるとは思いますが、評価項目ごとに「この人はこの評価項目はこれくらい。この評価項目はこうだけど、この評価項目は1だ」というのが出た時に、それを採用するかどうか、最後は人間次第じゃないですかね。
山口:そうすると、「一段先の資源戦略」というか。
人間は「自分に近い人」を採りたがる
山口:企業の研究開発だと、通常ポートフォリオを持っていて、例えば収益化に掛かる時間がどれくらいかとか、本来の自分たちの事業との近さはどれくらいかということで、分散されたマトリクスを作るわけです。
人事部が新卒採用をする時に、例えば非常に柔らかい発想型の人と、手堅いプロセス型の人と、それから他の事項とを立てた時に、どういうポートフォリオで人材を採るかを戦略的に考えている会社って、私が知る限りほとんどなくて。
だいたい現場の人が駆り出されてやるわけですが、その人が「なんとなくいいな」と思った人が採用される。そうすると、企業はだいたい類似選考バイアスがありますから、似たような人たちばかりが集まっている。似たような人たちがまた似たような人たちを選ぶことで、放っておくと、むしろどんどん多様性がなくなっていく方向になっていく。
ただ、メトリックと言うのかな。人材のタイプをポートフォリオで考えて、それを機械に判断させることで、むしろ多様性が上がっていく可能性もありますよね。
松原:そうですね。いいことをおっしゃっていただいた。人間が評価すると、やはり「自分に近い人を採りたい」というのはあって。それは学者の世界でもあって、話題になる。大学でも新人の若い教員を採用するじゃないですか。放っておくと、やはり自分に近いタイプを採る。
山口:なりますよね。
松原:(自分に似てるタイプが)かわいいから。そうするとだんだん均一化していくというのは、よく学者の世界でも指摘されていて、たぶんどの分野でもそうだと思います。
そういう時にAIが入ると、しがらみなく「これまでは会社にいなかったタイプですが、この人はいいかもしれない」と言ってくれる。最後に採るかどうかは人事次第ですが、AIによって多様性を担保するという方向性はあるんじゃないかと思います。
山口:なるほど。
AIが得意なことは「個別指導」
山口:採用とか、あとは先ほど配置の話もありましたが、広い意味で人材を採る・採らない、あるいはどこの場所に置くかというアロケーションの問題だと考えると、採用や異動以外の領域でのAIの活用は何かありますかね? 通常だと、育成という領域になるかと思うんですが。
松原:そうですね。もちろんこれまでも社員教育はしてたと思いますが、AIを使うことのメリットはパーソナライズ。いくら会社といっても1対1で指導するのは大変なので、(通常は)部屋に新人全員を集めて教育するとか。
それよりは、多様性を担保する意味でも、1人ずつの本人の適性と、どういうふうに伸ばしたいかという会社の希望とで、eラーニングか何かでやる。個別指導がAIが得意とするところなので、それがあると思いますね。ついでに言ってしまうと、地味ですが、人事業務はけっこうAIが得意。
山口:データになりますからね。
松原:そうですね。
山口:僕が1つ気になってるのが、全般的にいうと人事にサイエンスが入ってくると。マネジメントは150年ぐらいの歴史があるわけですが、長い歴史を見てみると基本的にアートだけに依存してたものが、サイエンスが入ってくる。
それを最も推し進めたのが、金融の業界とコンサルティングの業界だったわけです。サイエンスを入れると、必ず数字にして分析できるようにしないといけないので、いろいろなものを全部数値化していく。ここ20~30年のトレンドでも、結局エンゲージメントも、社員のリーダーシップのスコアも、コンピテンシーも全部数値化する。
コンサルティング会社って、基本的に人と組織に関わるものを全部数値化して、ベンチマークと比較して、「これを直すために我々を使いなさい」というビジネスをやってきたわけですが、数値化するとコンピューターが使えるようになりやすい。