日本のスタートアップが時価総額100億円に収束してしまう理由

佐俣アンリ氏(以下、佐俣):続いては、次世代起業家へのメッセージ。何を聞くといいかなと思ったのですが、例えば今私たち投資家として一番ホットな話題としては、日本ではスタートアップはそんなに大きくならないんじゃないかという議論があります。どんなにインターネットサービスを出しても、時価総額100億円ぐらいに収束するという話です。

私たちもライフサイエンスに投資していますが、だいたいみんな100億円に収束すると言われています。私たち40歳以上の世代は、圧倒的にシリコンバレーに憧れて、多感な時期にGoogleを見て「Googleみたいな会社を作るんだ」と起業した人が99.8パーセントくらいいるんです。本当に全員そうです。

そういう憧れを持ちながらやっていたんだけど、振り返ってみると日本ではそんなに大きなものが生まれないんじゃないかという議論が出てきました。これってなぜなのでしょうか。そんなことないと思いながら起業されていると思うんですけど、何をすればこれからの起業家はその議論をぶち破れるんだろうかという、答えのない議論をしたいです。

これは本当に大事なテーマで、ベンチャーキャピタルはシリコンバレーのモデルをそのまま持ってきたわけです。でも1兆円企業は出ないかもしれないという。銀行のモデルはリスクを非常にナーバスに考える必要があるのかもしれないけど、ベンチャーキャピタルのビジネスモデルも日本では問われているわけです。リスク・リターンがミニマイズされたスタートアップをやろうという話にはしたくない。

やはり私たちは世界を変えたいという原動力で生きています。では、どういう起業をこれからの起業家はすればいいのか。濱渦さんが見事に話してくれると思います。

濱渦伸次氏(以下、濱渦):どうしよう(笑)。でもやっぱり僕らの世代ってみんなそこで諦めたんですよ。僕は30億円で売却したし、NEWTの篠塚(孝哉)くんとか、僕ら83世代って上の人たちが偉大すぎて。グリーさんとかいろんなスタートアップの先輩たちが偉大すぎて、1回ちょっと心が折れている部分があるんですよ。

佐俣:なるほど。

濱渦:なので、コンプレックスみたいなのが僕ら世代には溜まっている部分があるかもしれない。シリアルって言われると男気スイッチを勝手に押されている状態なわけですよ。次は大きいことをやれという男気スイッチを押されているので、コンプレックスかな。やっぱりそこを抜けたいというのはあるかもしれないですね。

VCの意見に流されずに自分の道を貫く

佐俣:次の世代がそこを抜けたいとか、突き抜けたいという時にどういうことを考えればいいんだと思います?

濱渦:1回目の起業はトレンドに合わせました。それはVCさんの影響もあります。

佐俣:おい、悪者にするなよ(笑)。

濱渦:VCさんの影響もあるんですけど、AIとかWeb3とか、その時々のトレンドに合わせて起業家も少しずつピボットしていくわけですよ。本当にやるべきこと、やりたいことを貫けずに、少しずつ変えていって小さく収まっていくというのは、僕自身も1回目の起業で体験したことです。

僕はSaaSをやっていたんですけど、当時「なんでゲームをやらないんだよ」とVCの方からも言われましたし、SaaSが来たら「なんでSaaSをやらないんだ」と言われましたし……。

佐俣:僕じゃないですよね?

濱渦:いや、みんな。みんな良くない(笑)。今回は2回目なのでちょっと余裕もあるし、大きい市場、僕らは不動産やホテル業界、自動車に次ぐ第2位の国内産業なので、大きいマーケットでやろうと思いました。これは今日みなさんと共通するところかなと思っています。

佐俣:じゃあ今日持って帰ってほしいのは、VCのブームを無視しろと。

濱渦:そうですね、トレンドに流されちゃだめだと思います。

佐俣:まあでも確かにNOT A HOTELって明確に投資家に万人受けしないですよね?

濱渦:ぜんぜんしないですね。アンリさんも知っていると思うんですけど、もう何回断られたかわからないですね。

佐俣:イエスと言えないですね、やっぱり……。

濱渦:言えない(笑)?

佐俣:(笑)。投資させていただいたのが2020年の5月かな? たぶん、SaaSが絶頂の頃ですね。みんな「SaaSやればいいんだよ」と言っていました。SaaSはARRマルチプルが20倍で評価されるんだから、ARRを100億円つければ2,000億円になるぞみたいな。今思うと馬鹿みたいな話ですが、これが真面目に投資家の中で議論されていた時代です。みんなSaaSだという時代で……。

濱渦:かつコロナですね。

佐俣:そう。ホテルみたいなのを作りたいという話。みなさん覚えていますか? クルーズ船でコロナが大変だった時期、ゴールデンウィークに初めてのロックダウンがあった時期にホテルを作るぞと言っていたので。これからホテルは潰れると言われた時代です。

濱渦:「いや、だからNOT A HOTELって言っているじゃないですか」って僕は言っていましたけどね。「ホテルじゃない」って。

佐俣:そこそこ断られたってことですよね?

濱渦:相当断られましたね。

起業家が叶えたい世界観を投資家とどう共有するか

佐俣:でも一方で、これからやるぞという起業家にとっては断られるのはしんどいわけですよ。私も資金調達の経験がありますが、そこそこ断られるので。断られたくないという気持ちと、でもその中で「流行りに乗ったら負けだ」という考えと、どういう塩梅で意思決定していけばいいんですかね? あまりに受けが悪かったらスタートできないじゃないですか。

濱渦:そうですね。でもそこはもう気合とガッツと根性しかないですね。

佐俣:精神論になった(笑)。

濱渦:でも若い起業家で、1、2社断られると全否定されたみたいに感じて諦める方が多いんですよ。そこは諦めちゃだめで、例えばホテルとか不動産が好きそうなのはアンリさんだなと思って当たりに行ったり、その人のバックグラウンドを知った上でちゃんと当てに行くのが大事ですね。

佐俣:なるほど。僕はあの当時の日本のVC、投資家でほぼ唯一の対象ユーザーだったんですよね。めちゃめちゃそういうものが好きで、明確にそういう生活を所望していました。

濱渦:なので僕、「誰が買うんですか?」って聞かれた時に投資資料にアンリさんの顔を出して「この人です」って丸付けて出した記憶があります。

佐俣:そうですね。濱渦さんはポエムだけを大量に書いて提出してきた唯一の起業家です。

濱渦:事業計画なんて作れないですもん。わからないので、やったことないし。

佐俣:僕らはポエムに6億円投資させてもらったので、最近は半分冗談で「ポエムで資金調達した人がいるんですよ」と言っているんですけど、結局エクセルで計算するよりは、創業期にはその起業家が叶えたい世界観をどれくらいシャープに投資家と共有できるかなんですよね。

そのためにパワーポイントなどのツールに「どんなことを考えているのか」を書いて、どういう未来を見ているかを話し合いますが、濱渦さんは叶えたい世界をポエムで書いてきてくれたので、すごくクリアでした。

濱渦:100枚くらい小説を書きました。

佐俣:すごい量のポエムでした。尋常じゃないですよ? 100枚のポエムを持ってきた人間とディスカッションする辛さがわかりますか? 「そうですかぁ」って感じで。

濱渦:NOT A HOTELがある世界はこうだとポエムに書いて、自分で感動して泣いている姿を嫁さんが見て、本当に心配したらしいです。「この人はどうなっちゃうんだろう」と。

佐俣:そうですね。自分の作った世界に感動して(笑)。

濱渦:という小説書きをやっていました。

佐俣:なるほど。じゃあ次の起業家へのメッセージはポエムを書けと。

濱渦:はい、そうです。

VCや投資家に断られるのは良いこと

佐俣:でも僕、実際にそれは本当に良いと思います。今はやっぱりLLM(大規模言語モデル)とかがあるので、文章を書くのをすごく助けてくれます。こういうものができた世界観でどうですかと。僕らはSFの研究を真剣にやっていて、例えば都知事選に出ている安野(貴博)さんとかに社内勉強会をやってもらったりしました。

SFがテクノロジーを導いている部分が実はあって、日本人のロボット感は基本的にドラえもんとか鉄人28号、アトムとかに規定されています。やはりそういうイマジネーションを共有する方法として、小説とかポエムというのが6周ぐらい回って秀逸なんじゃないかというのを、濱渦ポエム事件で思いました。

濱渦:良かったです。良い事件にできるようにがんばります。

佐俣:ありがとうございます。続いて、青柳さん、我々はどうすればいいんですか?

青柳直樹氏(以下、青柳):そうですね、僕は2つあります。1つは濱渦さんもすごいそうだったんだなって思うんですけど、投資家に断られることは良いことだと思います。

佐俣:なるほど。えっ、僕今日悪者ですか(笑)?

青柳:(笑)。「こんなバリュエーション、こんなチャレンジをLPに説明できないよ」とか、「規制が変わるかわからないじゃん」とか、すごく気持ちはわかります。でもそれがみんなに見えた瞬間には、僕と同じようなアイデアを持つ人が100人現れてもおかしくないと思っています。

重要なのは、グリーの時もそうだったし、メルカリもパーッと駆け抜けていきましたが、どうやって自分たちだけが見えているシークレットみたいなものを持つかです。『ゼロ・トゥ・ワン』という本にも書いていますが、その状態をどうやって意識的に作るかが大切です。

断られているということは他の人たちも断られていて、みんなが折れていった時に自分たちだけが何歩か前に行っていると、ぜんぜん違う局面にその先で変わることがあります。今みんなが言っているトレンドにガッと乗るのも全然ありだと思うんですけれども、誰も信じてくれないのは悪いことじゃない。

ロジカルに判断して挑戦することの重要性

濱渦:資金調達自体にモートがあることがありますよね。

青柳:はい。それはけっこう意識してやっています。今回ライドシェア解禁って2023年の8月に菅(​​義偉)前総理が言ったんですよ。でもタクシー会社を買ってライドシェアをやろうとしている人、今自分以外にいないんですよ(笑)。

佐俣:まあそれは、考えれば分かりますよね。

青柳:はい。「ロジカルにはいけるんだけど……」みたいな時はジャンプをしてみるといいということを、今何かアイデアを着想している人に伝えたくて。

隣の人が信じてくれなくても、ピッチしたVCのパートナーの何人かが信じてくれなくても、そのうち1人信じてくれる人がいて、何かが動いた時にガッと応援してくれるかもしれないじゃないですか。だからそれはけっこう悪くないサインだと僕は思っています。そういうマインドセットでいると誰かには伝わるというのを起業してみてあらためて思ったので、それを伝えたいなと。

すごく大きいユニコーンが出ないんじゃないかみたいな話についても、僕はライブドアショックの直後にグリーに入って、リーマンショックの直後に上場して、そのあとの谷からアベノミクスでガーッと上がっていったのを見てきました。

誰も信じていないところから1,000億円以上の企業がボンボン生まれてくるというのを、もう十何年見続けています。その十何年に比べて今は環境が一番良い。グリーはハイパーグロースでしたが、上場前に調達できた金額の合計は4.6億円でした。

佐俣:4.6億円、成井さんのシードの2個分ですね。

青柳:そうそう。それでピークの時価総額が6,000億円を超えました。そのあとメルカリが出てきて、メルカリはもっと大きい調達をして、ピークで1兆円の時価総額になっています。スタートアップ5か年計画で、スタートアップを支援しようという政府のお金も流れてきて、もちろんリターンを出し続けられるのかはまだ誰も見えていませんが、明らかにサイクルとしてはバリエーションの底にいます。

本当は今投資するタイミングとしてめちゃくちゃいいんですよ。VCさんのヴィンテージ的には2023、2024年は悪くないはずです、あとで考えると。本来上場できるユニコーンがみんな出ないで待っているわけです。

SmartHRとかも(資金調達のニュースが)出ていましたけど、上場できる会社も今はしないだけです。だから今のスナップショットだけを見てもできないし、昔だったら僕が今やっているようなことは絶対できなかった。

ファイナンスの規模も実績があるとはいえ、これだけの環境があるからできているし、グリー、メルカリとやってきたので、今では起業したことがある人がnewmoにどんどん入ってきています。

リーマンショックの頃に起業した会社が今目立っている事実

佐俣:びっくりしますよね、newmo……。

青柳:それはシリコンバレーでは2010年くらいには普通にあったことです。当時の日本にはなかったんですけども、今はあるので、エコシステム自体は明らかに強くなっています。それを確信犯的にレバレッジしたらできるんです。

みんなができるとは言いませんが、できる人たちやチームは増えています。否定的な意見が多くなってきた時こそ、常にチャンスがある。これはもう絶対に思っていることです。

佐俣:ありがとうございます。拍手。

(会場拍手)

佐俣:いや、ちょっと感動しちゃいました(笑)。でも確かに、賢い人たちがリスク回避を重視したディスカッションをすると、基本的に間違えやすいと思います。

せっかくなのでお土産に持って帰ってほしいのは、私のベンチャーキャピタルも気がつけば比較的大手と言われるようになり、比較的大きなベンチャーキャピタルの代表と話すと、景気の難しい局面なのでファンドを小さくし、投資を絞るべきだという話が出てきます。具体的な数字とともに、3分の2にすべきだというイメージです。

ファンドは3、4年単位で動くので、2020年の総括をする時に、私たちは「パーティで踊りすぎた」と。合理的な意思決定だと話しつつ、3分の2に収束しようという議論がどのファンドでも行われています。それを聞いて、「いや、めちゃめちゃでかくしよう」と思いました。

賢い人たちのコンセンサスができた瞬間に歪みが生じるんです。ライドシェアもスタートアップのものじゃないという感覚が出ているから、歪みがあると思います。

こういう戦い方が出てくるという意味では、IVSの人が増えていくのが1つの象徴で、この産業は国の後押しもあって大きくなっていますが、2025年ぐらいから賢い人ほど「スタートアップはそれほどでもない」という議論が始まるので、そこが起業のチャンスです。

2010年、2011年ぐらいに起業した人たちはみんなすばらしい会社を作っています。当時は「誰も起業しないほうがいい」と言われていました。ビジョナル、ラクスル、ユーザベース、全部その時期です。彼らは外資の金融(やコンサル)にいたんです。外資の金融にいた人が2010年、2011年に起業するというのは、本当に大変でした。

リーマンショックという50年に一度の大ショックの時に、金融業界の人たちが起業して、仲間からやめろと言われた人たちが結果的に大成功している。あれほどではないですが、2025年、2026年ぐらいに似た空気が出てくると思います。そうしたらみなさん、それがチャンスです。