転職者の5割が採用後に戦力になれていない

——安藤さんは、企業向けの人事コンサルや組織人事に関わる人のコミュニティを運営されていらっしゃいますが、実際に転職して早期離職をしてしまう人はどのくらい多いのでしょうか。

安藤健氏(以下、安藤):中小企業庁では、中途採用で転職した人の入社3年以内の離職率は3割ぐらいと言われています。我々としても感覚的には同じぐらいかなと思っています。 つまり、採用した中途人材のうち、3人に1人は3年以内に退職してるということですね。

ただ企業側からしても、思ったより活躍してくれない不活性(人材)の問題も含めると、企業側の採用コストに対して、なかなかリターンを得られていない状況があると思います。採用の成功って何かというと、採った後に辞めないことと戦力化してもらうこと。この2つが必要なんですね。

そうなった時に、中途採用では年収の30〜35パーセントぐらいのコストがかかってるわけですね。3年がけっこう山場で、そこを超えたら離職率は下がり、新しい組織に定着していくんです。

ただ、在籍していても活躍できない人は(採用した人のうち)半分ぐらいいる感覚がありますね。そして、転職者側が感じてるのと同じように、企業側としても、もともと想定していたよりもパフォーマンスが上がってないなっていう課題が5割ぐらいある。中途採用は難しいですよね。

「思っていたのと違った」というギャップが生まれるわけ

——半分くらいの方が、採用後に戦力になっていないと考えると、とても多いですね。早期離職の理由は、自分が思ったよりも活躍できないつらさにあるのしょうか。

安藤:そうですね。入社前の期待と入った後のギャップを、専門的にはリアリティショックと言います。一言で言えば、「思っていたのと違った」ということで、いろいろな種類があります。最初は楽観的に思っていたが、現実はもっと大変だったというのが、既存型リアリティショック。

もう1つは、肩透かしですね。めちゃくちゃ意気込んで行ったらすごくぬるかったっていうのも、リアリティショックの1つで、離職の原因になるんですね。

肩透かしが問題になってるのは、新卒ですね。新卒と中途って、入社してからの迎え入れ方が違うわけです。新卒のほうがより丁寧にフォローしていくわけなんですが、中途はわりと放置される。

自分の今までのキャリアやスキルをバリバリ発揮して活躍してやるぞと意気込んでも、放置されて結局力を出せないみたいなことが、中途に関しては多いと思います。

転職後に後悔してしまう人の2つの特徴

——なるほど。思ったよりも大変だったというリアリティショックは、面接時に転職者と企業側のすり合わせができていないことが原因なんでしょうか。

安藤:そうだと思います。リアリティショックが大きい人の特徴は2つあって、1つは思い込みが激しいタイプ。つまり、「これはこういう感じだろうな」「こんな感じに違いない」と入社する前からいろいろ想像しちゃって、実態を細かく確かめずに入社を決めてしまう。これはかなりまずいです。

2つ目は、素朴といえば素朴なんですけど、相手の熱意に浮かされやすい人。つまり口説きやすい人ですね。採用難の今、企業はぜんぜん人を採れないわけです。そうすると、得てして魅力的な自社の文句ばかり伝えて採用しようとするわけですよ。

その熱意に浮かされて、「完璧な会社だ」ってある種盲目的に入社を決めてしまう。こういうタイプは純粋とも言えるんですけど、リアリティショックが大きかったりしますね。

そして、これは企業側がどうにかしないといけないと思います。採用は入り口でしかなく、入ってから戦力化したり定着してもらうことがゴールなので、自社の良いところも悪いところも正しく伝えるのが大事です。

どちらかというと、1つ目の思い込みが激しい人は、本人がどうにかしないといけない。きちんと懸念事項とか不安事項を確認しておかないと、早期退職につながるアリティショックが起きてしまうわけですね。

少なくとも転職先を探す時に、「次の会社に求めたいことは何か」を自分で理解しておかないといけません。転職するということは、今の会社に対して何らかの不満があったり、次の会社では同じ失敗をしないように、「ここだけは絶対曲げないでおこう」というのがあると思うんですよ。

それを明確にしておかないまま、次の会社の選考に進んじゃったり、内定を承諾してしまう。すると結局、入社してから「私が大切にしてるのは、こういうことだったんだ。やっぱり合ってないかも」と、気軽に思ってしまうわけです。

なので、選考の過程で特に不安な点を洗い出して、採用担当者や面接官にきちんと確認し、かつ言質を取っておくこと。遠慮して自分が抱くネックを確認しないままにすると、後で後悔することになります。

面接で給与や条件面を擦り合わせるベストなタイミング

——求職者側が面接の際に確認不足になってしまうのはなぜなのでしょうか。また、どうしたらそういったハードルを越えていくことができるのでしょうか。

安藤:やっぱり自分は採られる側だから、不安や懸念を聞かないほうがいいんじゃないか、選考に関係があるんじゃないか。落とされるかもしれないと考えてしまう。採用される側とする側には、構造的にパワーバランスの差が生じるわけですね。そこが懸念点を聞けない理由になってる気がします。

まだ選考が進んでいる時は言いにくいのは当然なんですけど、実は採用って、選考のフェーズと内定後のフェーズがあるわけです。内定が出ると、「うちの会社にこの給料で来てください」と、労働条件通知書みたいなものが来ます。

選考の段階ではパワーバランスは企業側が上なんですよね。ところが、内定が出たら逆転するんです。なぜなら企業は1回内定を出したら、よっぽどのことがない限り断れない。一方で求職者側は、入社するまでは自分の都合でいつでも内定を断れるわけです。

内定って、始期付解約権留保付労働契約という労働契約を締結する打診なんです。企業側は基本的にそれを出しちゃったら取り消すことはできないので、企業側にはよく「内定は慎重に出してくださいね」と言っています。

でも求職者からすると、その時点でパワーバランスが逆転するので、内定にイエスを言う前に懸念点を確認するのがベストのタイミングだと思います。

自分のスキルを過大評価・過小評価してしまう求職者

——リアリティショックが起きる背景として、自分のスキルを過大評価や過小評価してしまっている求職者も多いんじゃないかなと思います。こうした場合に、適切に自己理解をするにはどうしたらいいんでしょうか。

安藤:中途採用でも自己分析なんてするのかと思われがちですが、結局新卒と同じように、自己分析と企業研究の両方が絶対に大事です。

自己分析で何をするかというと、自分の能力と、自分がどうなっていきたいかのキャリア観。それからどんなことにモチベーションを感じやすいのか、仕事する上で何が大切なのかという価値観を正確に把握しておくのが大事です。

「新卒の就活の時にやったし、社会人経験も長い自分には必要ない」ってことではなくて、人生で常に変わっていくものなんです。キャリアの棚卸しって言うんですけど、これまでどんなことをやってきて、自分の価値観は今どうなっているのかを棚卸する。最新の状態を正確に理解しておかないといけないのは、中途も一緒です。

ちょっと余談ですが、シニア世代向けのキャリアデザイン研修というのをよく聞くと思うんです。これも結局は自己分析なんですよ。四半世紀くらいのキャリアの中で、その人がどんなことをやってきて、今後どうするかを考える機会を提供する。自分1人ではやらないので、研修みたいなかたちで自己分析の機会を用意しているということですね。

だからまず、(キャリアを考えるには)自己分析が大切だという前提があります。自分のことを正しく認識するには、他者からフィードバックされるしかないんです。よく自己分析って自分だけではできないっていわれるのは、そういうことなんです。

選考中の企業が自分にマッチしているか見極めるコツ

——自己分析をした上で、自分のやりたいことやできることとマッチしている企業かどうかを見極めるには、どうしたらよいでしょうか。

安藤:そうですね。自己分析も大事なんですが、一方でどの会社を受けるかという企業研究も大事です。会社に魅力を感じる部分は、4側面あります。例えば1つ目は会社の規模、基本給、手当、福利厚生の厚さといった、要は組織的な構造の魅力。2つ目は、会社の仕事内容そのものの魅力。3つ目は、上司や同僚、会社の文化や雰囲気の魅力。

4つ目は、自分にとって働きやすい環境か。休みの取り方、時間の融通が利くか、有休の取りやすさ、育休、産休とかですね。

これらの4側面で企業研究を進めていったほうがいいです。例えば、A社はさっきの4側面に沿って、それぞれこんなところが自分は魅力に感じているな、こんなところが懸念に感じてるなと、書き出してみるんですね。

これは、僕が新卒就活生や中途転職者向けに(公開している)自分のキャリア棚卸しシートと企業研究です。上が自己分析シートで、下が企業研究シートです。まず自己分析で自分が大切にしたいこと。どんなところで働くか。会社規模や制度、基本給や手当や福利厚生はどんなものがいいかを考えてみる。

仕事の環境は、例えばエンジニアだったらPCのスペックがどうとかを考えてみます。自分にとって同僚や上司や会社の雰囲気はどんなものがいいか。自分にとって働きやすい職場かどうか、休みの取り方、時間の融通なども自己分析して出してみます。

その下の企業研究のシートでは、A社に関して魅力を感じる部分と懸念に感じる部分をそれぞれ考えていく。8項目あるんですけど、自分が大切にしている部分にどれぐらいマッチしているかや、まだ懸念が残っている部分が明らかになります。

それをさっきの面接や内定後の面談、あとは面接官の発言からネックを消していけるようにすり合わせをしていく。これが「こんなはずじゃなかった」となる事態を防ぐために必要な作業だと思います。

これは言語化することがけっこうポイントだと思っています。こうやってわざわざ書き出す人はあんまりいないと思うんですけど、転職で成功してるなって思う人は、こういうことをすごくちゃんとまとめています。