診断書がなくても傷病休暇を取得可能にした理由
唐澤俊輔氏(以下、唐澤):メルカリの時にすごく悩んだけど典型的だったなと思うのは、「Trust & Openness(トラスト&オープンネス)」といって、信頼を前提としたオープンなカルチャーと言ってたんです。
それをただ一生懸命言って、「みんな信頼しあおうぜ。オープンにやろうぜ」と言ってもやっぱりダメで、いろんな意思決定が常に社員を信頼しているということを感じさせなきゃいけないんです。
病気になったら有給と別で休んでいいよという、傷病休暇という休暇制度を入れたんですが、普通は「診断書を持っていきましょう」ってなるじゃないですか。本当に病気だったら持ってこいと。
でも、診断書を求めるってことは、「『診断書がなかったら嘘をついてるかもしれない』と会社が思ってる」と言うことになるので、「これって『信頼してない』というメッセージにならない?」という話をして。
「だったら俺たちは信じるから、診断書はなくていいからね」という制度にする時に、「なぜかというと俺たちは『Trust & Openness』だからだ」と説明し続ける。こういうのに全部入れていくって感じですね。
中川淳氏(以下、中川):なるほど。そういうことをちゃんと考えて作った時は、みんな「なるほどね!」と思っていけるじゃないですか。ただ、5年すると「うちは診断書いらないらしいよ」「そうなんだ。ラッキーだね」みたいなことになったりしないんですか?
唐澤:5年もせずとも、やっぱり「二日酔いでこなかったやつがいたらしい」とかは起きますよね。起きるんですが、「例外を起こすやつのためにみんなが我慢するのか?」ということをもう1回考えると、例外に合わせない。本来のことを言い続けて、多少の数日は全体から見たら大したコストじゃないという整理をしたと考えています。
中川:なるほどね。そこは強いですね。
組織文化の醸成に終わりはない
中川:中川政七商店は2007年ぐらいからビジョンを掲げていて、最初はみんなぽかんとしていたので、浸透させるために「政七まつり」というのは名ばかりの、ゴリゴリの年1回社員総会……ワークとかもある1日を10年ぐらいやったんです。
おかげさまで会社もメディアにもいろいろと取り上げてもらう中で、政七まつりを10年やって「ビジョンの浸透はもういいな」と。やり続けるのもなんとなく惰性でやってるみたいになるから、もうやめようと言ってやめたら、ちょっとおかしなことがポロポロ起こりだして。
唐澤:やっぱりそうですか。
中川:2年後ぐらいに「なんで最近こんなことが起こるんだろうね? 前はなかったよね」という話になって。「これ、もしかしたら『政七まつり』をやめたからじゃない?」って。
(一同笑)
中川:因果関係は証明できるわけじゃないんですが、やっぱりもう一度「政七まつり」をやり始めたんですよね。だから、もう終わりがないんだろうなって。
唐澤:ないと思います。
中川:やっぱりないんだ。
唐澤:ないと思います。「組織文化って何をもって成功としますか?」「どう測りますか?」という議論がよくあるんですが、たぶん永久にやり続けるものだし、変わり続けるし、人も入れ替わるし、経営の状況も当然変わるので、つらいけど終わりはないと思います。
中川:よかったです。そう言ってもらえて、がんばろうって思いました。
(一同笑)
中川:ありがとうございます。
誰も見ていない時にもゴミを拾う「陰徳」という考え方
中川:もうあと残り5分ぐらいなんですが、せっかくなので会場のみなさんからも聞いてみたいことや言いたいことがあれば、ぜひ手を挙げていただければ。
水野祐氏(以下、水野):みなさん、めっちゃ言いたいことあるんだろうな。
唐澤:このままワークショップとかやったら盛り上がる。
水野:(笑)。
質問者1:ありがとうございます。ルールのところで中川さんにお聞きしたいんですが、「したらいけないことを決める」というのは、ルールのデフォルトというか普通なんですかね?
水野:ルールのイメージではそれがすごく多いですが、「こうしてもいい」とか「この方向性で行く」というある種のポジティブなルールも、組織文化を作る上ではけっこう大事じゃないかなと個人的には思ってます。
質問者1:中川政七商店の中で「これはNGだ」ということは、何かあったりするのかなと。
中川:なるほど、ありがとうございます。明文化されたものはないですが、「誰も見てない時に落ちているゴミを拾うか、拾わないかだ」というのはよく言いますね。
「陰徳」と言って、それこそ奈良のお寺の方から教えてもらったんですが、「人がいる前でゴミ拾うのは当たり前や。みんなするんや。誰も見てない時に拾うかどうかがその人の本質なんや」と。
それを陰の徳と書いて「陰徳」を積みなさいって言われるんですが、明文化されてないですけど、それはよく言っていたりしますね。
質問者1:仏教とかにもすごくヒントがあるというか。組織は人の集まりじゃないですか。結局は「人としてどうありたいか」みたいなところに最終帰着してしまう気がしました。
中川:ルール設計も、まさにその会社の価値観やライフスタンスが出ちゃうところなんです。メルカリさんが徹底的に性善説に立つというのも、メルカリさんが掲げられている「Go Bold」には書いてないけど、それが感じられる。
そういうものに対して共感したり、「自分とはちょっと違うな」と思ったりするということだと思うので、それをいかに作っていくかということが、カルチャーと企業文化という今日の話かなと思います。ありがとうございます。
自分の価値観に合う会社の見つけ方
中川:じゃあ、もう1人。
質問者2:最初のほうで「会社の文化はいろいろ違う。人によって合う会社、いいなと思う会社は違う」というお話をされていたかと思うんですが、そこにすごく共感をしました。
今日のお話をうかがっていて、社員をしっかり信頼してくれるとか、性善説の上に立つ。あと、見ていないところでゴミを拾うとか、「人としてこうありたい」みたいな品性をしっかり大事にしながら働けるような会社がすごく素敵だなと感じたんですね。
ただ、自分自身の価値観がわかった時にそういった会社で働きたいと思っても、どうやって出会えばいいのか、探せばいいのかわからないなと思っていまして。自分自身がいいなと思っている会社にどういうふうに出会えばいいのか、出会えるのか。探し方を教えていただけるとうれしいなと思います。よろしくお願いします。
中川:めっちゃ難しいと思うので、1人1つずつ答えていきますか。
唐澤:はい。めっちゃ難しいな。僕だったらどうするかな……? 僕はいろんな人と話すタイプなので、会った人、会った人と話して、その会社がどんな会社かを聞いていく。たくさん聞いて数が集まると、少し相対的に見えてくるようになると思います。
自分の経験は自分のいる会社の経験しかないので、他がどうなっているかってわからないじゃないですか。僕の場合は、自分自身でいくつか(の会社を)見たので相対的に見えるようになりましたが、日本マクドナルドの時は「マックのマニュアルの会社が最高だ」と思って普通に働いてるので、性善説の世界とかは知らんのですよ。
「行ってみないとわからない」という意味では、行ってみるのはぜんぜんありだと思うので、行ってみてまた動けばいいと思います。
企業スタンスが隠せない時代になりつつある
唐澤:それをどう把握するかということで言うと、いろんな会社のことを見てみるとか、本を読んでみるとか、人と話してみる中で、その人の言ってることがぜんぜん違ったりするんです。その会社の色が出てるので、そういうのを見ていくとか。
商品を使ってみるのもそうですね。中川政七商店とかはまさにお店の雰囲気で出ていて、たぶん「ゴミを拾ってるんですよ」って感じがするじゃないですか。だからユーザー目線で企業を見るというのもあると思います。
水野:公になってる情報からすると、たぶんみんなブランディングでいいことしか言ってないから、ライフスタンス的なことや企業のスタンスって、本当のところあんまり見えてこないんですよね。だから、まさにこういうイベントや価値観がこれから浸透してくると、企業のスタンスが以前よりも巷でわかるようになってくると思います。
インターネットやさまざまなデジタル技術の影響によって、それはどんどん隠せなくなってる時代でもあると思います。
この方向性はたぶん加速するので、そういう意味ではより企業のスタンスも問われてくるし、可視化されるようにはなってくるんじゃないかなと思うんです。たぶんこれまではなかったので、まさに今日のようなイベントが始まってきているのかなと。
中川:ありがとうございます。今、水野さんに言っていただいたように、おっしゃるように本当に企業スタンスがわからないと思うんですよ。それをなんとかわかるように企業側も努力するし、イベントに来てもらった方に感じてもらう。
一方で、自分自身の価値観に気づくことがめっちゃ難しいなと思うんですよね。企業の(スタンスを)出しても、「なんかいい」って思うのと、「なんかピンと来ない」って思うものがたぶんあると思うんですよ。それを積み上げていくと、自分自身のことがわかるようになるんじゃないかな。それがわかると、半分のことは解決するかなっていう気がします。
「レシートがめっちゃ短い」日本交通の企業文化
中川:あと、最近「Forbes JAPAN」で始めた連載で色んな会社を紹介しているんですが、ちゃんとやっているところ、見せようと思っているところは、みんなちゃんとするじゃないですか。でも、そう思ってないところにこそ企業のライフスタンスが現れる。
水野:陰徳ですか。
中川:陰徳というか、陰(で行われている徳)を探し出すみたいな連載をやっていて、「日本交通のレシートがめっちゃ短い」という話とかを書いていて。
水野:おもしろい。
中川:びっくりするぐらい短いんです。毎回短いのはN(日本交通)なんですよ。「これ、なんでなんだろうな?」と思うと、やっぱり徹底的な業務効率を追求した結果こうなってるんだろうなというのが見てとれて。
なんとなく日本交通という会社の文化の一部が見えていて、それが「GO」につながり……みたいなことになっているんだろうなというのを勝手に読み解く。
唐澤:そういうふうに、勝手に読み込む。
中川:勝手に読み解く連載をやっていて。ただ、Forbes JAPANに載る時に「一応本人に聞いてみてください」と言われて、代表の川鍋(一朗)さんにメッセージで聞いたら「めちゃめちゃうれしい。めっちゃ徹底的にやってた。もう10年以上前からやってるけど、それに気づいてくれたのは中川さんで4人目です」と言われて。そういうのがけっこうおもしろくて。
あんまり言えないですがネガティブなほうで言うと、とある通販で買った時の箱の汚さとか。こういうのはけっこう気が抜けてるんですよ。そういうところにこそ企業の本質が見えちゃうから、自戒の念も込めてすごく思っていますね。そういうのを感じていただけるといいんじゃないかなと思います。
質問者2:ありがとうございます。参考にさせていただきます。
組織文化とは社員一人ひとりが作るもの
中川:時間が来ちゃったので、ここで質問は終わりになっちゃうんですが、ありがとうございました。
水野:ありがとうございました。
中川:初日を飾るにふさわしく勉強になる、そして中川政七商店がこれからどうしていくのか考えるいい機会になりました。最後にみなさんに何かあれば、一言ずつあれば。
水野:そうですね。組織文化は作っていける部分もあるということで、幅広い意味での「ルール」と組織文化の関係性について、まだ議論されていることは多くないです。今日「おもしろいなぁ」と思ってもらった方は、一緒に何かを始めてみたり、議論を始めるきっかけについて考えていただければうれしいなと思います。ありがとうございました。
唐澤:組織の文化を作るのは本当に一人ひとりだと思っているので、トップも「僕じゃ作れない」と思ってるということが今日わかったわけですよね。なので、一人ひとりが作るし、変えたいと思ったら変えられる。環境を変えるということも1つの道ですけどね。
なので、めげずに「こういう組織にしたい」という思いがあるのであれば、仲間を増やしていく。組織を変えていく時ってオセロなので、どんどん仲間を増やして裏返していって、過半数を越えれば勝てますから。
仲間を作ってがんばっていくことで、日本中に最高な組織が増えていくといいなと思ってるので、みんなでがんばりましょう。ありがとうございました。
中川:ありがとうございました。お二人に拍手を。
(会場拍手)
司会者:ご登壇者のみなさま、ありがとうございました。少しでも考えを深めたり、気づきを得たりする機会になっていれば大変うれしく思います。