古参の従業員から白い目で見られる跡継ぎ

入山章栄氏(以下、入山):今、先代から継ぐところの話がありましたけど。一方で、スタートアップじゃないから、いわゆる古参の従業員や経営幹部がいらっしゃるじゃないですか。僕がよく聞くのは、お父さまが継がせてくれても、いわゆる大番頭(商店の使用人の長である番頭の中で筆頭の者)は当然お父さん派だから、跡継ぎが入ってくると、みんな白い目で見るわけですよ。

「東京の大学までいかせてもらって遊んできたボンボンが、現場のことは何も知らないだろう」ってなるのはあるあるじゃないですか。ちなみに西野さんはこういう経験をされたんですか。

西野文貴氏(以下、西野):ありましたね。やっぱり入って嫌な顔をされたり。直接言われなかったので本人はどう思っているかわからないんですけれども、僕なりに感じたことは、いろいろある。

入山:ひたすら我慢して乗り越えた感じですか。

西野:いや、もう話しまくりました。やっぱり僕自身、海外で森を作らさせてもらったり、いろいろさせてもらってるんですけど。同じ日本人なら、ちゃんと礼儀をとおして話せばわかり合えないことはないだろうと。

少なくとも同じ組織にいて、「お前の言ってることはわけがわからねえよ」みたいになるはずがないんですよ。なので、時間をかけてちょっとずつ話して消化していった感じですね。

入山:その古参の従業員の方は、西野さんよりはるかに年上の方もいっぱいいらっしゃるじゃないですか。わかってくださるものなんですか。

西野:いや、わかんないと言う人もいますね。お客さまと一緒で、「相手が何を求めてるか」を聞くしかないですね。そしてそれを経営者側としてクリアしていく。

入山:例えばどういうことを求めてるんですか。

西野:やっぱり昔ながらの働き方とか。「こういう働き方はどうでしょうか」と1つずつ(すり合わせる)。1人だけ特別にするのではなく、違う人にも、NOとは言わずに「わかりました、これはどうでしょうか」って、本当にお客さまと接するようなかたちで対応するしかないかなと思います。

「会社は森である」

入山:僕はけっこういろんな事業承継者を知ってるんですけど、意外と西野さんはソフトアプローチですね。

西野:自然と人間ってすごく似てると思っていまして、森の中に無駄な草って1本もないんですね。「みんな違ってみんないい」じゃないですけど、もう全部OKなんですよね。でも一番大事なのは、適材適所があるということ。その人が本当に能力を発揮できたり、日の当たる場所に僕がどう連れていくか。もしくは僕がその人に案内してもらうか。

だからみんなで一緒に考えないと、僕1人が大きな木になるだけではだめで。他の植物がないと森にならないというイメージで今はやっています。

入山:「会社は森である」と、名言ですね。

田ケ原恵美氏(以下、田ケ原):すばらしい。

入山:山岸さん、このへんの従業員との向き合い方は、みなさん悩まれてると思うんですけど、どうですか。

山岸勇太氏(以下、山岸):僕自身は当事者じゃないので、各地域のケースを見ながらなんですけど、やっぱり社内の第一共感者、ファーストペンギンをどう巻き込んでいくのかは、よく現場で聞くお話です。

入山:よくネットで流れてるような、1人が広場で踊っていて、最初はみんな「この人何やってんの」って見てるんだけど、最初の1人が踊ってる人のところに行って一緒に踊ると、みんな「踊っていいんだ」となって、わーって集まってくるっていう。

山岸:そうです。特に時代感の合わない従業員のみなさんからすると、後継ぎが拍子抜けするようなことをやっているように見える。「それって飯の種になるの?」と、すごく遠くから見られているんですけど。中には「すごくおもしろそう」って思ってる人がいたりする。

やっぱりその1人目がついてきたことによって、周りのみなさんもついてくるというのは、職人さんのような物作りの現場でよく聞きますね。

入山:そういう気難しそうな方でも、跡継ぎで入ってきた若い経営者にちょっと共感しだすと、みんなが変わる。

山岸:「結局みんな新しいことやりたいんじゃん」みたいな。

スタートアップとは違う、ビジョンを受け継ぐということ

入山:タガエミちゃん、何か他にありますか?

田ケ原:事業承継というからには、お父さまとお母さまの、「この会社でこういうことをやりたいっていう」ビジョンを残してると思うんですけど。今後やっていきたいことと、どうやって折り合いつけていく方が多いのか、気になります。

入山:スタートアップ企業だったら自分のやりたいことをバーンってやればいいけど。

田ケ原:跡を継ぐと言うと、きっとアプローチが変わってきますよね。

入山:西野さん、このへんはいかがですか。

西野:そうですね。うちの場合は「本当の森を増やそう」ってところが、親父がもともと持っていたビジョンなんですけれども。そこをいかに自分の代で増やせたり、たくさん達成できるか。もしくはその船を漕ぐクルーを増やせるかってところで同意をして、ぶれないようにしてますね。

ただ、ぶれやすくなるなと思います。新しいことを始めようとすると「何しようとしてたんだっけ」ってなるんですけど、時たま原点に立ち返って、「これを達成するために、今はこういう漕ぎ方をして、アプローチしよう」という考えではありますね。

入山:お父さまの言葉を今風だったり西野さん風に言い換えたりされるんですか。

西野:まさしくおっしゃるとおりですね。親父の代は「本当の森作りをしよう」みたいになってるんですけれども、僕が従業員さんと話す時は「森にイノベーションを起こそう」という言葉にちょっと変えています。ただ軸はぶれさせずに、ちゃんと森を作っていくことを伝えています。

先代に“やってはいけないこと”を聞く

入山:なるほど。山岸さん、今の西野さんの話はいかがですか。

山岸:ビジョン・ミッションの言葉を換えていくのは、すごくよく見受けられます。やっぱり先代から受け継いだ言葉を、軸は変えずに、自分の言葉に換えていくことで、オーナーシップが根付いていく部分もあるんだろうなと、その過程にあるものだと思います。

入山:タガエミちゃんはスタートアップのビジョン・ミッション作りとかやってるじゃないですか。そういう立場から見て、今のお二人の話はどうですか。

田ケ原:スタートアップでもフェーズによってビジョン・ミッションを見直していったりするので、それに近しいというか。「大事なところはどこなんだっけ」って自戒することが、きっと西野さんがお話しされたように大事なのかなって、よく理解できました。

入山:スタートアップも言葉を変えていくもんね。ただ、まさにそのとおりなんだけど、スタートアップの場合は自分自身が言ってることを変えていくわけじゃないですか。

田ケ原:そうですね。

入山:事業承継の場合は、お父さんとかお母さんが言ってきたことを、どううまく言い換えていくか。そのへんのおもしろさと難しさはあるよね。

田ケ原:それを乗り越えたっていうのが、またすごいですよね。

入山:いや、おもしろいっすね。

西野:でもそれで言うと、僕は親父にビジョン・ミッションとかパーパスをいろいろ聞いたわけじゃないんですけど、「『これはやっちゃだめ』というのはある?」って質問をしました。

田ケ原:あぁー! なるほど~。

入山:ちなみに何だったんですか。

西野:「植物からぶれるな」って言われました。

(一同笑)

入山:でもそういうことですよね。

西野:そうなんです。それは僕の中ですごく刺さっていて。やっぱりそこがぶれちゃうと、もううちの会社じゃなくていいじゃんって話なんですよ。

入山:例えば、植物のために良かれと思って、集客として観光業とかホテルとかグランピングとか始めて、そっちがメインになっちゃうのは違うぞみたいな。

西野:たぶんそういうこともそうですし、うちの会社はこういう目的で作られたから、まずはぶれるなと。例えば、どうしてもその時の時代に観光業がすごく儲かるなら、そっちをやりながら両立できるかもしれないけど、基本は植物からぶれるなというのはすごく言われましたね。

入山:めっちゃおもしろいね。

身内だからこそ話せる「失敗談」が鍵

田ケ原:確かにNGなことというか、「これはやらない」ってことを聞くのは大事かもしれないですね。

入山:大事だよね。やっぱり「戦略は捨てることなり」で、何をやるかより、何をやらないかを決めることのほうが大事なので。まさに先代にそれを聞かれたってことですね。

西野:そうですね。それを聞いてからは、おもしろがってって言うとおかしいんですけど。親父の成功した例を聞くよりは「何に失敗したの?」って聞くことが多くなりましたね。 「株はどうだったの?」「いや、株もさ~」みたいな話になって「いや失敗してんのかーい」とか。そのほうが話をしやすかったですね。

入山:お父さんはお父さんでプライドが高いと、「息子に失敗談なんか言いたくない」みたいな方もけっこういるかなと思ってたんですけど。少なくとも西野さんのところはそうじゃないわけですね。

西野:そうですね。僕がその後直感で思ったのは、とりあえず失敗を聞いといたほうが、後々自分が(経営する中で)船を漕いでいて大きな波が来た時に、失敗する波だけ乗り越えればいいわけで。もともとはこの会社は今のやり方である程度成功してるので、持続をさせる。

この方針をいきなり面舵切って変えるよりは、とりあえず失敗しないことをやったほうがまずはいいんじゃないかと。そのへんはたぶんスタートアップと違うところかもしれないですね。

入山:おもしろいな。確かに言われてみると、僕も父親なので、外の人には成功談っていうかいろいろなポジティブなことを話すじゃないですか。だけど失敗してる話は話す機会もないし、何より本当に話せる相手って身内しかいないですよね。奥さんにも下手したら話せない。

田ケ原:確かに。

入山:そう考えると、話すならやっぱり自分の跡を継いでくれる息子や娘ですよね。

西野:そんな気がします。けっこう自慢話とか成功例は、酔った時にすごく話してくるんですよ。

(一同笑)

田ケ原:自発的に聞けたんですね。

西野:もうセリフを言えるぐらい聞いたんですけど、失敗談は意外と言わないので、けっこう聞いたりしましたね。

成功事例だけでない、リアルな話が学びになる

入山:おもしろい。山岸さん、今の話はいかがですか。

山岸:やっぱり失敗談の共有って、めちゃめちゃ大事だと思っています。2023年11月に入山先生に渋谷でご登壇いただいたアトツギの祭典「AVS2023 SHIBUYA」も、全国の跡継ぎ業者が100人集まって、失敗談を煮詰めて話しまくるみたいなイベントでした。みなさんから、過去一番学びが深かったイベントだと(言われて)、やっぱり自慢話はほっといても出てくるので。

入山:だからやっぱりベンチャー型事業承継は、表ではメディアとして、先代の成功事例も含めた思いを聞いていく。でも先代も恥ずかしくて、メディアでは失敗談は話せないから。

山岸:かっこ悪いですもんね。

入山:実際のリアルなところは、誰も見れないクローズドなところでやればいいわけなんですね。

山岸:なるほど。

田ケ原:見えてきましたね。

入山:それを使い分けていくと、これで事業承継がまた伸びますよ。

山岸:表裏で出し分けていくんですね。

入山:山岸さん、西野さん、ありがとうございました。タガエミちゃん、お二人の話、おもしろかったね。

田ケ原:はい。会社は森で、「第一共感者をどうやって巻き込んでいくのか」っていうところがすごく大事なんですね。

入山:タガエミちゃん、「会社は森」っていうの、めちゃめちゃハマってたね。僕は西野さんの、「事業承継者ほど、先代とちゃんと膝を突き合わせて向き合わなきゃだめなんだ」っていうのは「あぁ、逃げちゃだめなんだなぁ」っていうふうに思いましたね。