島を中心にしたつながりをつくる

筧裕介氏(以下、筧)その豊かなシマをこれから増やしていくために、『ritokei』(離島経済新聞)としてやっていこうと思っていることはありますか?

鯨本あつこ氏(以下、鯨本):このシマ思考的な事例を200ページの本(『世界がかわるシマ思考 ― 離島に学ぶ、生きるすべ』)にいったん収めましたけれども、ものすごく端折って、選びに選んだ事例だけなんです。まだまだ山のように事例はあるんですね。

この本を読んで、「さらに知りたい」って思った方に対して、もっとシマ思考的な事例を出していく。この本に載っていないんだけれども、すごく素敵な島がもっとたくさんあるんですよ。その素敵なコミュニティを紹介するなり、その方々が必要としているものをつないだり。メディアを作った後に、社会にどういう変化をもたらせたらいいかなと想像しながら、自分は作っているんですけれども。

我々はメディアを媒介して、例えばこの本を読んで、「島はいいな」「そういうところで暮らしてみたい」という人と、「そういう人に来てほしいな」と思っている島の人をつなげる。

都会がいいと思っていたんだけれども、「やっぱり(島に)帰ろうかな」って思っている人が帰ってきてくれたりとか。あるいは「もう自分の田舎は駄目だ」って思っていた人が、もうちょっとがんばろうと思うとか。そういう作用がどんどん増えていけばいいと思っています。

この本を起点に、本に収めきれなかった事例を引き続き発信して、島に興味を持ち始めた人たちがつながるきっかけを作る。メディア媒体だけじゃなくて、イベント的なものも含めて、どんどん作っていきたいと、『ritokei』としては思っています。

:なるほど、わかりました。豊かさを表現するシマ思考は、島に住んでいる人も言語化できていなかったことだし。島の外にいる大都市に暮らす人にとって、島の魅力ってすごくわかりやすいステレオタイプでしかないので、そうではない本質的な豊かさを伝える書籍としてすばらしいなと。それに関わらせていただけて、すごくよかったなと思っています。

大都市郊外のベッドタウンでも活かせる「シマ思考」

:僕は、「これをいかに実践するのか」というような、島でやられてきている暗黙知を形式知化したくなる人間なんですよね。だからこのシマ思考の実践編みたいなものができるといいなと思いました。

鯨本:いいですね、実践編。実践編をやるなら、やはり島でやりたいです。実践編としてワークシート形式でやるような書籍はあっていいんですけれども。でもそれを都会の自宅のテーブルで読んでいるのか、本当に何もないような島的な環境で体感するのかでは、ぜんぜん違うなと思っているので。

できれば、『シマ思考』を片手に島に行って、島の方と語っていただきながら、「あっ、そういうことなのか」と肌で感じてもらうこともいいかなと思います。

:そうですね。学ぶ場としては、島で学んでいただいたほうがいいだろうなと。僕らも街づくり関連のご相談やお仕事をいただく時に、一番しんどいなと思うのが、大都市郊外のベッドタウン的な地域の仕事。そもそも昼間の人口はすごく少なくて、その地域に長く住んでいる人は少なくて、みたいな。

ただ、なんとかしたいと思っている、そこに「シマ」を作りたいと思っている人はいる。そういう人からご相談いただいたりするので、「シマ」を作りたいと思っている場所は、全国いろんなところにあります。

そこで実際に島に行って体感しつつ、具体的に実践できるやり方が見えてくると、いろんなところで実践してくれる人が増える。そして都市にいながらも、もっと「シマ」を感じられるような社会になっていく。日本全体が変わっていくことがすごく大切で、そのためにできることがないかな、と思ったりしました。

鯨本:それで言うと、シマ思考はもともと人と人が支え合うコミュニティなんですね。ベッドタウン的なところで、おもしろい実践をしている例も日本の中にたくさんありますから、なにも離島じゃなくてもいいんです。

:そうですね。

自分が生きていくために必要なコミュニティを再考する

鯨本:最初この本を、もっと離島寄りで編集しようと思っていたんです。人口規模や課題によって、事例を引けるような作り方をしようかなって思っていたんですよね。

それが最終的には、心豊かに生きるための方法というかたちで、変えるべきは自分なのか、社会なのか、地球なのかという編集の仕方に変わりました。でも実践編を考えるとすると、やはり人口規模とか課題で引けたほうがいいんです。

そうすると、場合によっては、「子どもが減ってしまってどうしよう」と思っているコミュニティとか、あるいは「一時はよかったけど、今は空洞化して、本当にスカスカのベッドタウンに住んでいる」みたいな方に、参考になる事例を出す。

ベッドタウン的な人たちはベッドタウンに学べばいいと思いますし。離島に限らず、日本中の優れた方がやってきた事例を集めていく。あるいは「本当に人が減った時にどうしていこうか」とかのヒントを得ようとすると、離島地域に行ったほうがいいと思うんですね。

あと例えば山村とかで、「商店がなくなりそうだ」というコミュニティがある場合。1日3時間しか開かない商店しかない島もあるんですけれども、そういうところを見に行ったら、「あっ、3時間でいいのか」となったり。けっこう具体的なことが言えると思うんですね。

交通の問題や医療や子どもの教育環境、子育てとか、テーマ別なのか、あるいは人口規模、お悩み別なのかとか考えています。

:そうですね。悩み別、課題別に実践できる手口がわかると、すごくいいですよね。

鯨本:そうですね。(本では)「離島に学ぶ」とあるので離島起点なんですけれども、本当に生きるために必要なコミュニティの話をしています。別に離島だけじゃなく、日本全国、世界中の方が、自分にとっての生きていくために必要なコミュニティを再考する。離島に限らず日本中、世界各地にある素敵なコミュニティに学ぶ流れが盛り上がっていけばいいなと思っています。

きれいな風景やおいしいものだけではない、観光の意味

鯨本:ですから(この本は)、もともと筧さんが作ってこられた『持続可能な地域のつくり方 未来を育む「人と経済の生態系」のデザイン』とか、『人口減少×デザイン 地域と日本の大問題を、データとデザイン思考で考える。』でずっと語られてきていることを、ちょっと違う言い方で言っているものなのかなと思っています。

:そうですね。そこはもう最初から共感しかないので。僕が『持続可能な地域のつくり方 未来を育む「人と経済の生態系」のデザイン』ですごく伝えたかった話を、非常にバラエティ豊かな島の事例で表現していただいたと思っています。

だから僕自身もそこで書こうとしたこと、伝えようとしたことが、すごく解像度が上がって、もう1回持続可能な地域づくりを深めたいなと、この本を読んで思いました。そして離島で仕事をしたいなってちょっと思いました。

鯨本:やりましょう、やりましょう(笑)。ツアーや勉強会もそうですし、本当に私がシマ思考の先にあってほしい世界としては、観光を本当の意味での観光(にすることです)。自分が住んでいるところじゃない“地域の光を見に行く”という意味での観光です。

昔『ritokei』で観光特集をやった時に、観光というそもそもの語源を深掘りしました。単純にきれいな風景を見に行くとか、おいしいものを食べに行くんじゃなくて、「その土地の光を見に行くというものだ」というところからスタートしました。

「離島地域の持続可能な観光って何だろうね」という特集を作ったことがあるんですけど。離島地域に、素敵な島や島のあり方を見に行く。そこで生きている人たちの素敵な感覚に触れて学ぶ。そういった流れができてほしいなと思っています。

ですから離島地域の観光というのは、単純に癒されるとかもあっていいんですけれども、それだけじゃなくて、もう一歩深いところのよさを知っていただく。そういう意味での観光が盛り上がってほしいなと思っています。

自分たちの住む地域の豊かさに気づくためのメディア

:少しずつ盛り上がってきている感覚はありますけど、やはりまだまだですよね。

鯨本:そうですね。私が『ritokei』を始めたきっかけは、自分の島を「宝島だよ」って教えてくれたおじちゃんなんですが。そうじゃない人も山のようにいて、私がお会いした人でも「こんなところなんもないよ、なんで来たの?」みたいに言う人もいます。

:やっぱりそういう人たちが多いですよね。

鯨本:そう言うのか、「いや、何もないけどこんなところだよ」と言うのか。自分の住むところをどう表現していいかわからないのもあると思うんですよね。

今まで、肯定的に表現する術を知らなかったという場合もあるかもしれない。だけど見方を変えてみたら、その島に住んでいる人自身の、島の見え方が変わっていく。その方自身の世界が変わるという意味でも、このシマ思考がよいかたちで働いてくれるといいなと思います。

:そうですね。まさに自己肯定感を高める、自分たちの地域の豊かさに気づくためのメディアとして、まずは離島の住民の方にいっぱい読んでいただきたいと。その方々のほうが(島のよさに)気づきやすいし、すぐ得られるものが多いだろうなと思いますよね。

情報が溢れる世の中でモヤモヤしている人に向けて

:その上で、やはり先ほど言ったような大都市でどうするか。以前に「この本を誰に読んでもらうのか」というターゲットの議論をさせていただきましたが。都市で暮らすビジネスパーソンに読んでもらうことで、「日常生活では得られない、豊かさに関する気づきが得られるといい」という話をされていましたね。

まさにそんな内容に仕上がっていると思うので、そういう都会でモヤっとしている人にも読んでもらえるといいですよね。

鯨本:なんかわからないけどモヤっとしている人がいるように、確かなものがわかりにくい社会ではあると思うんですよ。朝起きてスマホを見たら、いろんな人の意見や価値観がダーッと流れてくる。それを見て、自分の気持ちが定まらない。「確かなものって何かな」と立ち止まって考えることもなければ、そのモヤモヤがずっと続いていくみたいな。

そういう方がシマ思考に触れて、立ち止まってゆっくり考えるきっかけを得ていただけると、生きていく中で本当に大事なものがわかってくるかなと思います。

今映しているのは、(本の)冒頭の2〜3ページ目に載せているものなんですけれども。本当にここにある風景のような、観光情報では出てこないような写真。島の人たちが会議したり、語り合っている風景です。

こういうタイプの確かな豊かさについて、「そういうのもありだね」と思ってもらえたらと考えています。私からは以上です。ありがとうございました。