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「ほめること」の科学:心理学的アプローチから検討する(全3記事)

他人の能力を褒めることは、自分に良くない影響を及ぼす 成果を能力で評価する「能力褒め」のデメリット

近年は1on1のような部下へのフィードバックの機会が重要視されています。しかしポジティブ・フィードバックにおいては、「いたずらに褒めていいものか」「いざやるとなると難しい」と悩む方も少なくありません。そこで本イベントでは、「褒めること」の効果とメカニズムの研究結果をもとに、職場での褒め方を紹介します。株式会社ビジネスリサーチラボ 代表の伊達洋駆氏と、同社フェローの黒住嶺氏が登壇し、子どもと大人の褒め言葉の影響の違いについてお伝えしました。

前回の記事はこちら

子どもと大人の褒め言葉の影響の違い

伊達洋駆氏(以下、伊達):黒住さん、ありがとうございます。「褒める」ことについての発表だったので、黒住さんの発表を褒めることができればなと思うんですが。特に私がおもしろいなと思ったのが、割合のところです。気づかないうちに、褒める割合が少なくなりがちだと思うので。

最後に挙げてもらったようなテキストメッセージなら、記録に残っていますよね。「今日自分が人に出したメッセージの中で、『褒める』ことをどれぐらいしているんだろうか?」と振り返ってみるだけでも、いろいろ考えさせられるのではないかなと思いました。

それでは、私から講演をさせていただきます。「褒め上手になるために」と題して、黒住と少し違った視点から、褒めるという現象について、お話をさせていただきたいと思います。

具体的には、「大人と子どもの褒め言葉の影響の違い」であったり、「褒めることによって、褒める側にどんな影響があるんだろうか?」ということ。さらには、「褒めることが持っている副作用」。こういった点について、だいたい15分ぐらいお話しさせていただきます。

それでは、1つ目のトピックの「子どもと大人の褒め言葉の影響の違い」について説明させていただきます。「褒める」ことの研究は、子どもを対象としたものが多いんですね。「子どもをどうやって褒めればいいんだろうか?」という問題意識が、従来から非常に強く喚起されていて、実際に研究の蓄積も多くなされています。

「能力褒め」と「努力褒め」はどちらがいいのか?

伊達:その中で、特に注目されていた研究が、「能力を褒める」ことと「努力を褒める」こと。「能力褒め」と「努力褒め」と略しておきますが、この2つにはどういう違いがあるんだろうか。また「これはどっちがいいんでしょうね」という研究が積み重ねられてきています。

子どもを対象にした研究の中で、「能力褒め」と「努力褒め」について、わりと一貫した結果が出ています。みなさんも想像できるとおりかなと思いますし、育児書にも書いてあるかと思うんですが。

例えば「あなたには知性がありますね」といった、その人の能力を直接的に褒める方法よりも、「努力褒め」と言って、プロセスを褒めることが効果的だと言われています。「よくがんばりました」と伝えるほうが、より高い効果が得られることが明らかになっています。

それでは、大人の場合はどのような結果が得られるのでしょうか。大人への褒め言葉の影響について、子どもと似たようなフレームワークで検証した研究があります。そちらを紹介させていただきます。

その研究では、3つの褒め方が用いられました。1つが「能力褒め」。「高い知性がありますね」と褒めるのは(子どもも)同じですね。2つ目が「努力人物褒め」と言って、「あなたはよく働く人ですね」と、努力を人物に帰属させて褒めるやり方です。3つ目の「努力褒め」も先ほどと同じですね。「よくがんばりましたね」とプロセスを褒めるということです。

この3種類の褒め方の効果を比較した研究の結果なんですが、「あなたは高い知性を持っていますね」と能力褒めを受けた人は、うまくいかないことがあった時に、能力のせいにしがちという傾向が明らかになりました。「自分がうまくいかないのは、能力が低いからなんだ」と思ってしまうということですね。

大人は、子どもと違って努力褒めが効きにくい

伊達:加えて、「あなたはよく働く人ですね」という、努力を人物に帰属させる褒め方を受けた人は、自分に対する評価や課題に対する楽しさが低い傾向にありました。能力褒めも努力人物褒めも、大人に対してはあまりプラスの影響がなかったということですね。

ここが一番興味深いところなんですが、「よくがんばった」とプロセスを褒める「努力褒め」はどうだったのか。子どもとはちょっと違う研究結果が出たんですね。

大人が「努力褒め」、「よくがんばりましたね」とプロセスを褒められた場合、他の褒め方と効果に差が見られたのかと言うと、そういうわけではないとわかりました。つまり、子どもと違って努力褒めが効きにくいとわかったんですね。

これは驚きの結果で、よく子ども向けに言われている褒め方と、ちょっと違うやり方をしていく必要があるかもしれないと思わされますよね。ただ、ここで疑問となるのは、子どもとは異なり、大人に対して努力褒めがあまり効果を示さなかった理由は何かということです。

この研究では非常に興味深い解釈が行われていて、考えさせられる内容です。大人の特性は、子どもよりも安定していますよね。つまり、「大人はより成熟しているので、ある人の一言によって、いきなり変わることは考えにくいのではないですか?」と指摘しているんですね。

例えば実験の中で努力を褒められたからといって、さすがに努力を褒められただけでは、大人は一喜一憂できないということですね。

この研究は考えさせられます。黒住の発表や、私がこれからお話しする褒め方の知見もそうなんですが、基本的に、大人を対象にした時に、一度そういう褒め方をすれば効果が得られるのかと言うと、難しいわけです。

むしろ、繰り返しその褒め方を試してみて、大人に対しては粘り強く働きかけていくのが重要になるんですね。「褒めることが大事だ」「努力を褒めたらいい」とわかったとしても、例えば上司が部下の努力を一度褒めて、「なんだ、何も変わらないじゃないか」というのでは、ちょっと急ぎすぎです。大人の場合は、もう少し時間がかかる現象だと考えられます。

能力を褒めることは、褒める側にとってもあまり良くない

伊達:では、2つ目の観点ですね。今度は「褒める側への影響」を考えてみたいと思います。黒住のお話もそうでしたし、基本的に社会で流通している、褒めることに関する知見の多くがそうだと思うんですが。

「褒めることで、褒められた側にどんな良い影響、もしくは悪い影響があるんだろうか」。こうしたことを検証されているケースが、ほとんどではないかなと思います。

それに対して、私が今回ご紹介したいのが、「褒める側」への影響に注目した研究です。「褒めることで、褒めた側にどんな良いことがあるんだろうか?」というのを検討した研究なんですね。興味深いですよね。

実際にどのような研究結果が得られたのでしょうか。他の人を褒める行為が、褒める人自身に与える影響を検討したところ、まず「あなたは知性が高いですね」とか、「あなたはすごい人ですね」といった、能力褒めを多く行った結果について。褒められた人ではなくて、褒めた人が、「能力は変化しにくい」と思いがちになってしまうという傾向が明らかになりました。

能力を褒めると、「能力は変わりにくい」と褒めた側が考えるということですね。実際に、他者の能力を褒めた後に、(褒めた人自身が)難しい課題を行って、それがうまくいきませんでしたと。すると、褒めた側の人の課題に対する楽しさが低くなってしまったり、ポジティブな感情も低くなってしまったりするとわかっています。

他の人を褒めると、褒めた側にも影響があるということなんですね。特に能力褒めは、褒めた側に対してあまり良くない影響を及ぼすことが明らかになっています。

褒めた側のポジティブな感情を低下させることも

伊達:問題は「なぜこんなことが起きるんだろうか?」ということだと思います。これは「Saying is believing効果」(情報を伝達した内容が、情報の送り手自身の記憶や態度に影響を与える効果)で説明されています。

日本では「言霊」という考え方もありますよね。能力を褒めると、自分自身や他の人の成果を能力で評価するようになってしまうと。言ったことが自分にも返ってくるみたいな現象が生じるんですね。成果が出たかどうかを、「能力の問題だ」と考えるようになってしまうと、課題そのものを楽しめなくなってしまいますよね。なので、能力を褒めることは、褒める側にとってもあまりよろしくないんです。

もう1つ理由があります。この「能力」というのはやっかいな存在なんですね。能力は開発することが可能ですが、時間がかかりますよね。「方法が適切ではない」と指摘された場合、方法を修正すれば良いのですが、能力はそれほど容易に変化させられるものではありません。

能力は統制が困難なものであるため、思うように進まなかった際に、「自分はこれ以上良くなることはできない」と考えてしまいやすいんです。その結果、うまくいかなかった時に、能力褒めをした人は、失敗後にポジティブな感情が低下してしまうとわかっています。以上、2つ目のパートまで説明させていただきました。

褒めることには副作用もある

それでは3つ目ですね。「褒め言葉の副作用と対処法」についてお話しさせていただきます。みなさんの中には、日常的に薬を服用される方もいれば、たまにしか服用されない方もいらっしゃるかと思いますが、薬には主作用がありますよね。ある効果を狙って薬を飲むんですが、一方で、どんな薬でも副作用があるんですね。

その薬と同じように、褒めることにも主作用があれば、副作用もあるんですね。ここで関心が向けられるのは、「褒めることにはどのような副作用があるのか」という点です。褒めることの副作用は、考えさせられる知見が多いんですが。1つ目が、褒めることに「今後より高い成果を期待している」みたいなことを含んでいると、褒められた側は、プレッシャーや不安を覚える傾向があります。

褒められる時に、「次もまたよろしく頼むよ」みたいな、暗黙のメッセージがそこに加わってきて、逆にプレッシャーや不安を覚えてパフォーマンスが下がってしまう。こういった副作用が1つあります。

やる気を削いだり、不信感を抱かれることも

伊達:他にも、「褒める」ことが「報酬」や「罰」のように受け取られた場合、「アメとムチ」のアメのように受け止められてしまう。その結果、褒められた側の内発的動機づけが損なわれる可能性があるんです。

今までやりたくてやっていたのに、褒められてしまうと、「褒められないとやらなくなる」みたいな現象が生じてしまう恐れがあります。これは「アンダーマイニング効果」(金銭やご褒美などの物質的な報酬を与えた結果、かえって相手のやる気やモチベーションを削いでしまう現象)として有名ですよね。報酬というかたちで認識されてしまうと、褒めることが逆効果になってしまう恐れがあります。

3つ目の褒めることの副作用も、「あるある」の1つかもしれないんですが。過剰に褒めたり、妥当性に欠けると感じられるような褒め方をされたり。「今、褒めなきゃ駄目な雰囲気だから褒めたよね」みたいな、状況的な規範に基づいて褒める場合、褒められた側があまり良く思わないんですね。

「過剰に褒めているのではないか」「今、言わなければならないから褒めたのだろう」というように受け止められてしまうと、相手は褒め言葉をあまりポジティブに受け止められないことがあります。過剰な褒め言葉は、逆効果になってしまうということですね。

副作用は他にもあります。4つ目は、黒住のお話の中でも部分的に触れられていたかなと思うんですが。褒める人の動機が不誠実であると褒められる側が受け止めた場合です。褒められた側が、「この人は何か裏があって褒めているな」と認識した場合、逆効果になってしまいます。

例えば抵抗感や嫌悪感や不信感を、褒めた側に対して抱いてしまう。つまり、せっかく褒めているのに、その褒められた相手から信頼されなくなってしまう現象が生じます。これも困ってしまいますよね。

半ば自動的にできるくらい慣れた作業を褒めるリスク

伊達:5つ目です。「どれだけ褒めることに副作用があるんだ」という話なんですが、個人的に、この5つ目の副作用が一番考えさせられます。熟達したスキルを要するような仕事、つまりもう半ば自動的に遂行できるぐらい慣れてしまった仕事について、そのパフォーマンスを褒めると、あんまり良くないんですね。

これは「自己注目を高めてパフォーマンスを阻害する」と書いているんですが、ちょっと抽象的ですよね。どういうことかと言うと、「熟達したスキルを要する仕事」は、半ば自動的にできるような仕事です。みなさんも、すっかり慣れてしまい、あまり深く考えなくても進められるような業務があるのではないでしょうか。

そのような業務について褒めてしまうと、業務の進め方を、改めて考えてしまうことがあるんです。集中が乱されてしまって、「あれ? 自分はどうやって仕事をやっていたっけ?」となってしまって、パフォーマンスが阻害されてしまうと。

これは仕事の例ではないんですが、例えば自転車に乗るのって、考えずにできますよね。それを「いやぁ、今の右足の出し方がすばらしいね」とかって言われると、ちょっと気になって、漕ぎ方がぎこちなくなってしまいます。そういったことが、褒めることの副作用としてあります。

褒めることの副作用にどう対処していくか

伊達:では、こういった一つひとつの副作用に対して、どのように対処していけばいいのかをお話しして締めたいと思います。まず最初に、褒めることがプレッシャーにならないようにするにはどうすればいいのか。例えば、「着実に成功していけば大丈夫ですよ」と、過度な期待を和らげるメッセージを、褒める際に添えていくのが有効だと思います。

そして2つ目に、褒めることが内発的な動機づけを下げないようにするためにはどうすればいいのか。これは容易ではありませんが、「チームでお互いに褒め合う」ということが、1つの対策として考えられます。

みんなで「うまくいったね」と褒め合い、認め合うことで達成感を味わっていくことができれば、内発的動機づけを下げにくくすることができるのではないかなと思います。そして、過剰な褒め方にならないためにはどうすればいいのかなんですが、これは言動を具体的に褒めるのが有効だと思います。

例えば、「この企画書は目的が明確で説得力がある」というように、具体的に優れている点を指摘する言い方をすることで、過剰な褒め方を避けることができるでしょう。

そして不誠実、つまり「本当は思ってないでしょ?」という褒め方にならないようにするには、ダイレクトなんですが、本当に思ったことを伝えるのに尽きると思います。無理に言葉をひねり出し、本心ではない褒め言葉を述べるようなことは、相手に気づかれてしまうものです。

例えば会議後に雑談をしている時に、記憶が新しいうちに「さっきの提案は良かったと思いますよ」と褒めます。本当に思ったことを伝えていくのが、1つは有効ではないかなと思います。

以上、私からは、「より良い褒め方をしていくためには、どうすればいいのか?」を、3つの観点で説明しました。1つは、大人を対象に褒めていく時には、何度も褒めることが大事になりますよと。そして2つ目、能力を褒めることは、どうやら褒める側にとってあまり良いことがなさそうなので、控えたほうがよさそうですねと。

そして最後に、褒めることには副作用もあるので、それぞれの副作用に対処していくことが重要ですねというお話をさせていただきました。以上、本日は「褒めること」をテーマに、黒住の講演、そして私の講演と続けてきました。ありがとうございました。

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