わからない言葉に出会ったら、すぐに辞書を引く
井上陽介氏(以下、井上):この本(『頭のいい人が話す前に考えていること』)を読んでいて言葉の大切さをとても感じました。
例えば品質と言っても、この「品質」の意味合いをどこまで突っ込んで自分なりに理解できるのか。「品質という言葉1つとっても「A社とB社とC社ではまったくとらえ方が違うよね」ということを、しっかりとらえていく必要性があるなと思っていました。
言語化の中で、言葉を再定義していく力とか、名前がないものにあえて名前をつけることもトレーニングしていくといいのではないか、という提案もあったかなと思っています。語彙力と言うのか、言葉力と言うのか、言語化力を高めていくためには何をしていくといいんでしょうか?
安達裕哉氏(以下、安達):語彙には2つあるなと思っています。これは私の師匠の教えそのまんまなんですが、1つは「ちゃんと辞書を引け」ということ。わからない言葉が出てきた時にすぐに(辞書を)引かないと、もう二度と出会えない言葉かもしれない。そうしないと使えるようにはならないということです。
当時はスマートフォンという便利なものはなかったので、勉強会や社内の会議では、全員が辞書を携帯させられたんですよね。会議する時に辞書を持っていないと怒られるわけですよ(笑)。それが一番「この会社、変な会社だな」と思ったんですが。
井上:(笑)。今だったらスマートフォンでいいかもしれませんけどね。
安達:そうですね。それをやると何がいいかというと、圧倒的に言葉が揃うんですよね。例えば先ほど「品質」という言葉が出ましたが、実はけっこう難しい言葉です。物の質を示すケースとか、あるいはクオリティと言ってましたが、活動の質や考え方の質を表すケースもあるんですね。
日本で品質と言うと物の質を示すことが多いんですが、グローバル企画だと単なる質のことを示すケースも多くて。そういうことを知ってると、お互いの語彙が一緒なので会話がちゃんと成り立つわけですね。なので、社内で使われる言葉に関しては非常に敏感なところがあって。
語彙力を増やすための方法は、やっぱり「読書」
安達:例えばすごく使いがちなんですが、「コミュニケーション」という言葉が禁止されたんですね。コミュニケーションといっても、メールやメッセンジャーとかいろいろありますが、「コミュニケーションとは何なんだ。『会話』と言え」って言われたんです(笑)。
井上:コミュニケーションと言っても、1対1の会話もあれば、何人かでコミュニケーションする場面もあって、いろんなコミュニケーションがあるよねと。私も「コミュニケーション」と言っちゃいましたが(笑)。
安達:使わないって言われると難しいんですよ(笑)。
井上:そうですね。使いがちな言葉をあえて禁じ手にして、別の言葉で表現するということですね。
安達:まさにそのとおり。それが言葉の定義を気にして使うという、言語化の1つ目の大前提です。2つ目はもうご存知というか、みなさん多くの方が思っていらっしゃる「読書をしろ」という話です。言語化の大前提として、語彙を増やすには「辞書を引くこと」と「ちゃんと読書をすること」です。
藤原正彦さんという数学者の方がいらっしゃって、その方が本で「語彙を増やすための唯一の活動が読書だ」と言い切っていらっしゃるんですね。私も、そのとおりかなと思う部分はかなりあります。
しゃべり言葉で語彙を増やすのってかなり難しいんですよね。漫画でもいいんですが、漫画はある程度わかりやすく、平易な語彙を使って楽しませるようにできているので、なかなか語彙が増えないんですね。なので、やはり本を読まないといけないというのは、かなりきつく言われた記憶があります。
井上:なるほど。本を読むことによって、ふだん使わない言葉に触れる。先ほどの話のように、「コミュニケーション」を別の言葉で表現できるような著者の言葉に触れると、発想が広がるんでしょうね。
安達:はい。なので、わからない言葉が出てきたら辞書を引きなさいと。
言葉を知れば知るほど、コンセプトのバリエーションが増える
井上:言語化の話でいうと、書籍の中でもう1つ印象的だったのがスターバックスの事例です。「サードプレイス」というコンセプトで(スターバックスは)整理をされていた。コンセプトを考えていく力、表現力と言ったほうがいいかもしれませんが、これも思考的には「ジャンプする力」かなと思ったりしてます。
このあたりの発想していく力は、本の中では「再定義していく力」と書かれていたかなと思うんですが、読書や辞書を引くことででいろんな言葉に触れる中で、「この環境の中で、この会社だったら、こんなコンセプトが必要なんじゃないか」ということをひねり出すような思考なんでしょうか。
安達:実際にそういう側面もあると思いますが、私は「言葉自体がコンセプトなんだ」と習ったんですね。
これは村上春樹が(『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』に)書いていたんですが、フランス語に「ル・マル・デュ・ペイ」という言葉があるらしく、田園風景を見るとなぜか悲しくなる感情のことを言うらしいんです。
確かに田園風景を見るとちょっと悲しくなるというのは、なんとなく感じたことがあるなと思ったんですが、あれに名前がついてたんですよね。名前がついてるところがすごいなって思いました。
これはまさに「言葉イコールコンセプト」の例だと思っています。単純に言えば、どの言葉にもそもそもの背景とコンセプトが存在しているので、言葉を知れば知るほどコンセプトのバリエーションが増えていくというイメージなんですね。
なので、いきなり複雑なコンセプトを生み出そうとするんじゃなくて、まずは言葉そのものにコンセプトであって、それを知れば知るほど「じゃあ、それを組み合わせたらどうなるか?」ということが発想できるようになってくるようなイメージですね。
井上:なるほど。言葉を知り、それをどう組み合わせるのか。「我々のビジネスにこの言葉を引き寄せて使ってみると、いい感じでフィッティングするものがあるんじゃないか?」といったことを思考訓練するんでしょうね。
安達:はい。おそらくコピーライターの方はこういうことを死ぬほどやっているんだと思います。我々はプロじゃないのでアレなんですが、たぶんコピーライターの方には「新しいコンセプトとはそういうものだろう」と、おっしゃっていただけると思います。
井上:個人的には、ユニクロのファーストリテイリングが「ライフウェア」と言い始めた時に、「カジュアルウェアじゃなくてライフウェアか。なるほど」と、ストンと腹に落ちた言葉だったんです。そういうものを徹底的にトレーニングしているコピーライターの方なんかは、自由に(言葉の組み合わせが)出てくるかもしれませんね。
ビジネスシーンにおける「リーダー」に必要な2つの要素
井上:この本をまだまだ掘り下げたいなと思っているんですが、この本を越えた質問も今日はさせていただきたいなと思っています。冒頭で申し上げたとおり、コミュニケーションや思考、そして先ほどあった黄金法則や5つの思考法も、ビジネスで成果を出す上で極めて重要な部分かなと思います。
一方で、ビジネスの現場におけるリーダーは、多くの方々を引っ張っていくための思考術や黄金法則に加えて、何かが必要なんじゃないかという仮説を持っています。このあたりについて、安達さんはどのようにお考えになっていらっしゃいますでしょうか。
安達:「リーダー」がいったい何なのかという話は、本当にいろんな人がおっしゃっていると思うので、私の個人的な見解になってしまうんですが、「2つのことをやっている人」がリーダーかなと思っています。
その理由の1つ目は、やはり「当事者意識が強い」ということですね。「これにおいては私が一番責任を持っている」と思っている人がリーダーだと。これは職位とかはあんまり関係なく、「この問題は私の問題だ」と、当事者として当たっている人がリーダーであるというのが1つですね。
もう1つは、それに絡む自分以外の人たちに対して、「この問題にどうやって興味を持ってもらうのか?」を死ぬほど考えている人がリーダーです。
ドラッカーが「部下をマーケティングしなさい」と言っていたのを非常に覚えています。要するに、部下や関係者をマーケティングすることによって巻き込める人ですね。なので、「自分が一番の責任者である」「そのために巻き込まないといけない」と考える人がリーダーだと思います。
井上:なるほど、おもしろいですね。
“部下をマーケティングする”という視点
井上:1つ目で言うと、ぱっと思いついたのは「圧倒的な当時者意識」という言葉です。「これこそ自分自身が向き合わなきゃいけない課題じゃないか」ということを、役職や職位にとらわれずに、圧倒的な当事者意識を持って向き合っていく。そういうマインドセットというか、姿勢なんでしょうかね。
安達:実際にはおそらく役職ではなくて、その「度合い」をみんな見ているんじゃないかなと思うんですよね。「この人、すごく真剣にやってるよな」という評判が、「彼は実質的にはリーダーだよね」という認識を生んでいるんだと思うんです。
井上:なるほど。グロービスのリーダーシップのセッションの中でも、指名されたアポイントリーダーはもちろんリーダーの1つのあり方なんですが、それよりも「エマージェントリーダー」、つまり緊急事態でも自ら手を挙げて取り組むスタンスを持てるような人間が必要だとされています。でないと、アポイントされた時に本当に力を発揮できないんだという話があります。
フォロワーにいる時にこそ自分がボールを取りにいく。まさに圧倒的な当事者意識を持って向き合っていくことが必要なんじゃないかと。
安達:うん。まさに。
井上:もう1つおっしゃったのが、マーケティング。ドラッカーですね。マーケティングをしながら部下を巻き込んでいくということです。グロービスでも、「リーダー像って何なのか?」と議論する中で、思考力とともにもう1つ重要なのが「人を巻き込んでリードしていく力」ではないかとよく言うんですよね。
巻き込む対象は部下もいますし、社内外のステークホルダーの方々を巻き込んで成果につなげていくといった要素が必要なんだろうとも言うんですが、今の部分と非常に通ずるところだなと思っていました。
安達:まさにそうですね。
知識とは、人のために使って初めてものになる
安達:実は、マーケティングは「傾聴」に非常につながる部分なんですが、お客さまにも部下にも、やはり話を聞かないといけない。そして、本当にやりたいことは何なのか、あるいは興味を持ってることは何なのかを把握して、その人の役に立つように仕事を振ってあげましょうというのが、「頭のいい人」の話とも関連がある部分かなと思います。
井上:なるほど。特にビジネスリーダーの観点で、もう1点だけ問いかけをしてみたいなと思ったのが……今のような思考していく力と、マーケティングをしながら巻き込んでいく力とともに、これからビジネスが向かう方向性とか、ビジネスのモデルについて新しい知識を認識している人。
例えば今でいうと「デジタルトランスフォーメーションとはどういうことが重要なのか」とか、テクノロジーを活用して新しい事業を発想しようと思った時に、「アメリカにおいてこんな事例があるよね」ということを頭にインプットされている。つまり、知識の部分も、ビジネスのリーダーとして必要かなと思ったりするんです。
ぜんぜん否定してもらってもかまわないんですが、安達さんはどんなふうにとらえていらっしゃるんでしょうか?
安達:冒頭に申し上げた話ですが、知識は人のために使って初めて尊敬してもらえる部分があるので、知識があるだけではダメですし、自分で考えた独自のものがあるだけでもダメだと。「それが会社や部下の役にどう立つのか」まで考えて、初めてリーダーじゃないかなと思っています。
井上:なるほど。知識は「何かを作る素材」でしかなくて、それを使って適切な“料理”を作って、おいしいものを食べさせていくのが役割。知識を超えて知性にしていく。そして、それを通じて自分以外の誰かを巻き込んでいく力ということですかね。
安達:はい、おっしゃるとおりだと思います。