「対立もせずに逃げちゃう人」が一番難しい

安達裕哉氏(以下、安達):私が新人の時に上司から「あの意見に対して、安達さんが先に反駁しなさい」「先に意見を言え、最初に率先して意見を言いなさい」「どうせけちょんけちょんにやられると思うけども言いなさい」というように、あえて闘えと言われたんですね。

でも、実はその裏側にあった意図は、人と闘ってるんじゃなくて、真剣にやろうとすればするほど、意見が対立している人と協力してことに当たらないと問題解決につながらないというものだったんでしょう。つまり、「対立から協力に持っていくまでが本当の課題解決なんだ」と言われていたわけですね。

だから逆に言うと、最初から理路整然と説き伏せてしまったら、たぶん「それ、実効性ないよ」と言われるわけですね。誰もが正しいと思える意見なんてぜんぜん価値がないという話です。なので、あえて違う意見を持った人同士を配置して、「じゃあ、どう解決しようか?」と一緒に試行錯誤する過程こそ大事だ、みたいな教育だったんですね。

もちろん最初からできるわけはないんですが、それを意識しているだけで「この人と意見が違うからめちゃくちゃいいな」みたいなノリになってくるというか(笑)。そこが4番(「人と闘うな。課題と闘え」)のポイントなんじゃないかなという気がします。

井上陽介氏(以下、井上):意見が違うから、大げさに言えば敵だという発想ではなくて、反対の意見も含めてディスカッションの過程である。意見の対立も、ある目的や解決策を実現するための議論の過程として理解をする。逆に言うと、意見の対立やディスカッションを深めることを、あえて積極的に行うことのほうが実は大切なんだということなんですかね。

安達:そうですね。違う意見というのは別の側面から見ていることと同じで、本質をとらえていることも多くて。逆に言うと、「言われると痛いからこそ、ちょっと反駁したくなる」という部分が絶対にあると思うので(笑)、さらに価値のある意見が出るためには必須の過程じゃないかなと思います。一番難しいのは、課題を解決したり対立もせずに逃げちゃう人ですね。

井上:なるほど。無風の状態よりも、ちゃんと課題に向き合っていくことこそが、新しい未来を作っていくということですかね。

組織内で「違う意見が出てきた時」こそ喜ぶ

井上:「クリエイティブ・フリクション」という言葉があります。フリクションは「摩擦」ですが、クリエイティブの摩擦があったほうがイノベーションにつながりやすいということが、研究でも説明されていたりするんですよね。そういう意味では、摩擦を避けてはいけない。イノベーションを起こそうと思ったら、摩擦があったほうがいいと思うぐらいのスタンスが必要です。

とはいえ、この本の中にもありますが、意見と感情の対立を混同しがちだったり、課題の話じゃなくて感情的な対立から「あの人、何言ってくれんの?」という向き合い方になってしまうケースも散見されるんですよね。

私自身にも起きてしまうことがありますが、意見と感情を分けながら、大きな課題にどう立ち向かっていくのかを意識することが極めて大切だということなんでしょうね。

安達:そうですね。「怒るとちょっと頭が悪くなる」という話について、この本の最初に「とにかく反応するな」と書いているんです。

怒ると議論や建設的な話にはならないので、まず怒るのはNGです。その上で、「人と対立したり、違う意見が出てきた時こそ喜ぼう」という話が一番推奨されていた態度だったんですね。

井上:「違う意見があったら喜ぼうぜ」ということですかね。

安達:そうです。難しいですけどね(笑)。

井上:今のお話で思い出したのが、昔ある2つの会社が合併した際のミーティングに、第三者としてなぜか呼ばれた時のことです。数人で議論していたら、ある人の「そっちの会社で昔やってたことって意味ないよね」という話から、気がついたら罵り合いのようになってしまう場面に巻き込まれたことがありまして(笑)。

安達:(笑)。

井上:それで何をしたかというと、おもむろにペンを取り始めて、みなさんのおっしゃったことをホワイトボードに書き始めたんですよね。

それぞれの意見を出し尽くしてみると、実はお互いに同じようなことを言っていたり。一方でそもそもの目的に立ち返ると、「相手の意見のほうが正しいのかもな」と、みなさんが気づく。対立が融和に変わっていったことがあったんですね。

今のお話をおうかがいしていても、あえて対立を作って、対立が出てきていることを喜べるぐらいのスタンスが必要なのかな、なんて思ったところですかね。

安達:まさにそういう雰囲気の会社だったというか、私が教えてもらった方は「対立がないことには仕事はちゃんとできないよ」という人でしたね。

井上:ありがとうございます。

深く考えるために必要な「5つの道具」

井上:こういった思考力を支えていく土台は「黄金法則」と書かれていらっしゃいますが、土台の部分があるからこそ、思考の技術が活かされていくということかと思います。

このパートは個人的にも非常にメモるところが多かったので、書籍(『頭のいい人が話す前に考えていること』)を読んでいらっしゃる方もこれから読まれる方も、ぜひ読み込んでいかれるといいのではないかなと思っています。

もう1つ、書籍の後半部分には「深く考えるための5つの道具」ということで、客観視の手法が具体的に書かれています。この5つがどういうものか、全体像を簡単にご紹介いただくことはできますでしょうか。

安達:はい。先ほどの7つは、いわゆる頭がいいと言われる人は具体的にどういうことをしている人なんだ? という話が書いてあったんですが、そこまではわかったと。

次は、頭がいいと言われる行動ができるようになるために、日頃からどういう訓練や仕事のやり方、行動をしていけばいいのかを5つに一応集約をしました。「道具」と書いてますが、この5つです。

井上:一つひとつを読んでいただきつつ、ご自身の思考がどんなかたちでできているのかを考えていただけるヒントがたくさん詰まっているかなと思います。最初におうかがいしてみたいなと思うのが、「この5つの中でどれが最も重要でしょうか」という問いです。それ自体が良くないのかもしれないんですが(笑)。

安達:いやいや(笑)。

井上:この5つの中でどれが重要なのか、安達さんはどのようにお考えになっていらっしゃるんでしょう。

安達:実はその質問は本当にたくさんいただくんですが、これははっきり正解というか、意見がありまして、3の「傾聴」が最も重要です。逆に言えば、傾聴のためにほかの1、2、4、5があると言っても、オーバーではないなという感じですね。

井上:なるほど。

傾聴とは「相手の話を余さず理解すること」

井上:本の中でも傾聴の中身を具体的に書かれていらっしゃいますが、あらためて傾聴の何が重要で、どういう思考術・思考法を我々は意識するべきなのか。この点について、もう1段具体的におうかがいしてもいいでしょうか。

安達:わかりました。傾聴の話はほかのビジネス書でもかなり取り上げられてるテーマなので、「またか」って思う方がけっこういらっしゃるんじゃないかなと思います(笑)。

そもそも「聴く技術」みたいなビジネス書はものすごくたくさんあるので、「その話ですか?」と思う方がいらっしゃるかもしれないんですが、実は私が教わった傾聴はもう少し踏み込んだかたちの傾聴だったんですね。「聴く」というよりは、どっちかというと「理解」の技術と言ってもいいかもしれないです。

「理解の思考法」と言うと意味がわからないので、「傾聴」と書いてあるんです。本当は「理解」って書きたかったんですが、編集者に「意味がわからないからやめてください」って言われて(笑)。

傾聴の技術とはいったい何かというと、ほかの書籍では「頷いてください」とか、「人に『聞いていますよ』とちゃんとアピールするために合槌を打ってください」とか、あるいは「口を挟まないでください」「相手を否定しないでください」といった、外形的な行動を示すケースが非常に多いと思います。

これに対して、我々が実践してきた傾聴は、どちらかというと「相手の話を余さず理解すること」だったんですね。具体例を挙げると、例えば会社を訪問して、「今期の目標はどういうところにあるんですか?」とインタビューをさせていただく。

(すると相手の人は)「今期は品質改善の活動を非常に重視しています」「具体的にはこういうことをやっています」といった回答をされて、それを聞いて「なるほど、ふんふん」で終わる。これは傾聴じゃないんですね。

質問が浮かばないのは、相手の話をわかった気になっているから

安達:例えば「品質」という言葉に着目をしていただくと、「そもそも品質って何ですかね?」という話を聞かないことには、実は会社に戻ってから怒られるんですよ(笑)。「この会社で言う『品質』っていったい何なの?」って、そのインタビューメモを会社でチェックされるんですね。

あるいは「改善活動」と言っていても、「具体的に挙がってるけど、どうなったら改善なの?」「これってどこの部門までやってるの?」みたいなところも非常に詳しく聞かれたり。

要するに、お客さまが言った一言、二言に対しても膨大に背景があるわけですね。その背景をある程度網羅的に聞いて、自分もその会社にいるようなイメージ、あるいはそれをやれるようなイメージにならないと、聞いたことにならねーぞ、って怒られるわけです(笑)。これが傾聴だという位置づけだったんですね。

井上:なるほど。確かに傾聴力というと、ついつい私も「頷き」「なるほど」とかテクニカルな部分を思いがちですが、今の話をおうかがいすると、4番(「質問」の思考法)にもつながるんでしょうかね。

質問しながら相手の考えている状況を理解する、相手の置かれている環境を理解する、さまざまな状況の中で言葉をもう1段深掘りをして理解をする技術ということなんですかね。

安達:そうですね。実際に一番重要なのは、わかった気にならないことです。なんとなく自分の解釈で「品質ってこういうものかな?」「改善ってこういうことだよな」みたいに、前知識があればあるほど、相手の言葉をなんかわかった気になっちゃうんですよ。

だけどいったん全部リセットして、お客さまが言う「品質」とはいったい何なのかをきちっと聞くことが、実は質問にもつながるんです。わかった気にならないから質問ができるということなので、実はすごくつながってるんです。

井上:なるほど。

勝手に言葉を解釈し、重要な点をスルーしてしまうことも

井上:それができるようになると何がいいかと問われると……確認、もしくは自分がこれまで思っていた発想にとどまらずに、ちゃんと状況の理解を深めていくことにつながっていくのか。何を果実として得ようとしているのかで言うと、どういう意味合いなんでしょうか?

安達:傾聴する目的はいろいろあると思うんですが、当然現場ではなにかしらの課題を抱えていて、その課題を解決することに対して会社のリソースが投下されているわけですね。そこに対して、なんでもかんでも聞くのは時間的に不可能だし、なんでもかんでも解決することもできないので、最初に整理が必要なわけですね。いらないものは切り捨てていくんです。

その上で、「相手の会社の業績に効くところってどこなのかな?」というのをわかった気にならずに質問をする。さらに言葉に対して敏感にならないと質問ができないので、言語化にはものすごく気を配る必要がある。このあたりが一連の流れとしてすべてつながっているんです。

井上:つながっているわけですね。傾聴をついつい忘れてしまうと、「品質ってこういうことだよな」と、スルスルっと思って質問もせず、勝手に解釈をして言語化する。自分なりに納得して持ち帰ってみるとバッサリやられたり、それに基づいてお客さまにご提案したりすると「いやいや、そんなこと言ってたわけじゃないんだけどね」みたいになる。

安達:まさに、それで何回怒られたことかわからないですね(笑)。

井上:起きがちだということですね。

安達:そうですね。疲れてくると話を聞くのが面倒くさくなってくるので、傾聴しないで本当に大事なところをついついスルーしちゃうんですよね、それをぐっとこらえることが、傾聴の本当の意味での大変なところかなって気がします。

井上:なるほど。知的体力というか。

安達:そうですね。もうへとへとになるんですが(笑)。

井上:ベースにある、心技体の体力も求められていくと。

安達:なので極めていくと、「話すより聞くほうがよっぽどつらいよね」という話になると思います。

井上:なるほど。この1から5の中で、あらためて傾聴の大切さが再確認できたなと思います。