カゴメ・有沢正人氏が語る、雇用や働き方の変化
倉重公太朗氏(以下、倉重):ではここからは対談コーナーということで、カゴメの有沢さんに来ていただいております。(有沢さんは)大人気ですけど。
有沢正人氏(以下、有沢):いやいや。
倉重:自己紹介をお願いしてもいいでしょうか。
有沢:よろしくお願いします。私は今のカゴメが4社目で、もともとは銀行員でした。銀行では公的資金をいただき国有化されまして、みなさん本当にありがとうございました。
その後HOYAへ行き、AIGグループに行って、またアメリカから公的資金を15兆円もらいました。その節は米国民のみなさん、ありがとうございました。日米とも返しましたので、みなさんも何か公的資金を受けることがありましたら、ご一報いただければ。
倉重:(笑)。
有沢:「縁起でもないことを言うな」と思われているかもしれませんけど。日米の業務改善命令の受け方や業務改善計画の作り方をわかっている人間は、日本では私だけですので。今日は阪神やドラマの話、アニメの話は省略しますが、とにかくドラマもアニメも楽しいので、ぜひ見ていただければと思います。
今はカゴメの常務執行役員と、カゴメアクシスというシェアードサービス(複数のグループ企業からなる企業が、コーポレート業務を1ヶ所に集約させる企業改革)の会社社長を兼ねています。人事は30年ぐらいやっていますので、いろいろとみなさんにお話しできることもあるかと思います。今日はよろしくお願いいたします。
働き方改革における製造業の課題
倉重:お願いします。以前カゴメのCHRO(最高人事責任者)ということは、(有沢さんはまさに)人事のトップだったと思います。(有沢さんは)実務家として、今回の法改正の政府の意図や狙いをどう読んでいらっしゃいますか?
有沢:やはり働き方改革は1つ、大きなメルクマール(指標)と言うんですかね。今まではどちらかと言うと、一部の産業だけがやっていたのが、「全員がやらなきゃいけないよ」という方向になってきたと思います。
例えば運輸や建設、お医者さんなど今まで猶予されていた業界も、もうそれ(働き方改革)は当たり前だと。我々の中で2024年問題というのは大きくて、その中でも一番大きいのは、実はトラックの運転手の方なんですよ。工場から商品を運ぶ、あるいは卸やお客さまのところに運ぶのに、ものすごい数のトラックがあって。
倉重:そうでしょうね。
有沢:実は各社とも非常に頭を悩ませていて。
倉重:荷待ちの時間がね。
有沢:荷待ち・荷受けの時間と、あとトラックの運転手の方が、運んで陳列までやられるケースが……。
倉重:運ぶだけじゃないというね。
有沢:そうなんですよ。中にはそこまでお願いしているケースもあるみたいなんです。あれによってみなさんの労働時間が長くなる。法律でもう決まっているので、我々のような製造業は(そこを)考えなきゃいけない。
倉重:そうですね。
有沢:だから今いろいろな会社が共同配送をやったり、トラックじゃなくて船で輸送したりやっています。我々だと、F-LINEという会社で一緒にさせていただいています。いろいろな会社がさまざまなところで共同で(働き方改革を)やっている状況です。
「キャリア自律」と言って個人に負担を丸投げする会社も
倉重:なるほどね。さっきの社会保障でも話をしましたが、今まで昭和の時代に作られてきた日本の仕組みは、働き方という面でも限界。「もう変えていかないと、持続可能じゃないよね」ということですよね。
有沢:そうなんです(笑)。ちょっと一瞬ドラマの話になっちゃうんですけど、今『不適切にもほどがある!』というドラマがやっています。いわゆる昭和のおっさんが令和にタイムリープして、働き方改革をやる。上司は「働きすぎちゃいかん」と言うのに(その昭和の人は)「働き方なんか、死ぬまで働くか、がむしゃらに働くか。この2つのどっちかだ」と。
倉重:(笑)。
有沢:「なんか懐かしい言葉だな」と思いつつ、今そんなことをやったらしばかれるだろうなという。
倉重:そうなんですよね。
有沢:そういう意味では、働き方改革自体は間違っていないと思います。方向としてはそのとおりだと思うし、家族全員が幸せな生活を送るのに働きすぎは良くない。そもそも労働生産性が低くなっているのが日本の現状なので、働き方改革を進めることは正しいと思います。
ただやみくもに「労働時間を減らしちゃえ」「やれ何をしろ」と言って、会社に制度や仕組みがちゃんとできていないのに、個人に負担を押しつけるのは間違っている。
倉重:そうですね。働き方改革の中で「過労死があるような世の中は良くない」「健康被害もだめ」「多くの方が社会参加するためには労働時間を減らす」というのはそうだと思います。
一方で、時間が減ったぶん研修ができなくなったり、新規事業にチャレンジする余裕もなくなったり。一人ひとりのレベルアップやキャリアアップが自己責任化していませんかね。
有沢:そうなんです。「キャリア自律」というすごく大事な言葉があります。わかりやすく言うと、「個人のキャリアは自分で作る時代になった。会社が決める時代は終わった」と。
それをちゃんと正しく理解している会社であればいいんですけど、「それは個人が勝手に決めるんだろ?」と研修の負担を丸投げしたりして、会社が制度や仕組みをちゃんと作っていないこともある。
倉重:そうそう。
カゴメで実施されているジョブ型雇用
有沢:「働き方改革で余った時間で(研修を)やれ」と言う。「働き方改革で空いた時間を研修に、自己研鑽に使いなさい」と言われた瞬間に業務命令になりますから、僕からするとアウト。これだと「労働時間に換算しなさい」ということになります。空いた時間をどう使うかは、個人に任せなくてはいけない。
倉重:なるほど。選択をさせるというかね。
有沢:そのとおりです。だから、私は「主権在民」と呼んでいるんですけど、基本的に「時間の使い方の権限は社員にある」という考え方です。
倉重:社員のキャリア自律を支援するという意味で、カゴメさんでやられている施策はあります?
有沢:はい。いくつかご紹介すると、まず「人的資本経営」を目指して、一応「ジョブ型」を入れています。このジョブ型はバズワードになっていて、どこに行ってもみなさん「ジョブ型、ジョブ型」と言われて、耳タコになっているんですけど。
単純に「ジョブ型とは何か」と言うと、「仕事」にお金を払うということなんですね。だから先生がさっきおっしゃっていた、例えばある特定のXという仕事があったら、仕事に値段をつけるのがジョブ型です。
例えばAが50歳男性、Bが40歳女性、Cが30歳男性という3人がいたとします。今までの年功序列や男女で賃金格差がある中では、Aの50歳男性が一番(お金を)もらっていて、次はなぜかCの30歳男性がもらっているんですね。40歳女性は一番もらっていない。
同じ仕事で「これはおかしいでしょ。同一労働同一賃金なはずだ」と。だからジョブ型を入れることによって、同一労働同一賃金を進められるんですよね。
倉重:そうですね。
有沢:ジョブ型を入れていくことはすごく大事なんです。でもそのためには、評価や報酬がジョブにくっついていて、かつそれが明示されていることが基本です。
「このジョブだといくら」「このジョブを達成するためには、こういったことをやったら、こういうパフォーマンスでちゃんと評価される」と。この評価は定量化で評価されることが大事かなと思います。
今「人的資本」という言葉もまたバズワードで出ています。つまりジョブ型は、人的資本を進める上での1つの大きなツールとしてあり得るのかなと。
欧米のジョブ型との違い
倉重:今回の基本改正の労働条件明示には、その業務範囲、あるいは将来的な変更範囲(も含まれます)。この法改正も含めて、政府が出している三位一体の労働市場改革の指針でも、職務給を導入することで「ジョブ型にすりゃうまくいくんじゃねえか?」という空気を作ろうとしているのが感じられます。
有沢:そうですね。
倉重:実際にカゴメさんはジョブ型を入れられているじゃないですか。ただし日本のジョブ型ですよね。
有沢:そうです、いわゆる日本のジョブ型です。
倉重:だからまず「なぜジョブ型を入れたのか?」と「どこが欧米のジョブ型と違うのか」のご説明をお願いしたいです。
有沢:まず(ジョブ型を)入れた理由から説明します。私がカゴメに入った12年前は、いわゆるメンバーシップ型でした。基本的には職能給、年功序列で、毎年在籍していれば賃金が上がっていくかたちだったんです。
倉重:古き良き日本の制度ですね。
有沢:古き良き日本、いわゆる昭和の時代ですよね。ただ、それをやると、まず若手に不満が出る。あと例えば、原則入社して16年経たないと課長になれないとかね。
倉重:それは遅いですね。
有沢:遅いです。当時は課長になるのは早くても38歳、39歳で。
倉重:(笑)。
有沢:それで当時は48歳にならないと部長になれないという、不文律まであったんですよ。全部合理的な説明ができない。
倉重:そうですよね。
有沢:「48歳にならないと部長になれないのは、何をもって言えるの?」と。僕は基本的に納得できないと「やめちゃえ」と言うほうなので、変えました。例えば「なんで16年経たないと……」というのには理由があって。現場に行ってわかったんですけど、うちの総合職は「N職」と言って、N1、N2、N3、N4とあって、N1だと4年、N2だと4年やらなきゃいけないと、基本的に決まっていました。
評価にもS、A、B、C、Dがありまして、Bを取ると4ポイント、Aを取ると5ポイント、Sで6ポイント、Cで2ポイントなんです。Bを4年続けて取ると、4ポイント×4で16ポイントです。そうするとN1からN2にほぼオートマティカルに上がれる。
倉重:なるほど(笑)。
評価者が真ん中のB評価をつけたがる理由
有沢:ポイントを取ると上がれる。ところがそうすると、みんなBをつけるわけですよ。
倉重:真ん中をつけるということですか?
有沢:真ん中をつける。当時の評価は、ざっくり言うとBが85パーセント、Aが14パーセント、Sが1,850人中2人、Cが1,850人中7人。Dはまったくと言っていいほどいませんでした。
倉重:(笑)。
有沢:「こんなものが評価と言えるか」と思って。
倉重:本当ですね。
有沢:現場で「あなたの部下と面談して、私はどう考えてもCだと思うんだけど、なんで(つけないの)?」と言ったら、現場の上司が「有沢さん、それはわかるけど、この部下にCをつけたら2ポイントですよ。去年彼はBで4ポイントだから、4+2で6でしょ。
16ポイント取るためにはAを2年続けて、5ポイント・5ポイントを取らないと16ポイントにならない。私の次の上司がAを2年続けてつけてくれる保証なんてありません。私はこの部下の一生に責任を持てませんから、Bをつけます」と堂々と言われたんです。
倉重:どういうこっちゃ(笑)。
有沢:その時に思ったのが、これは現場が悪いんじゃないんです。こんな制度を作った方が悪いと。だから(この制度を)やめたんです。
倉重:なるほど。
有沢:いったんS、A、B、C、Dは残したんですが、これらの標語は、基本的に年間の賞与にしか影響しないようにしました。昇進・昇格は内部アセスメントと試験、あとは外部アセスメントと面談、小論文で総合的に見るようにしました。これで理論上は、最速で9年で課長に上がれるようになりました。
倉重:おお、なるほど。
有沢:だけど課長に上がれない人は、なかにはいつまで経っても上がれないかもしれない。でもそれは、公正の観点からちゃんと差をつけるということですね。これも論理的に、みんなから見て透明性をもってわかるように明示してあげることが大事かなと思います。
社員の「やらされ感」をなくすには
倉重:今おっしゃった、「(役職が上に)上がれない人は、いつまでも上がれない」という当たり前のことをできている企業は、超少なくないですか?
有沢:そうなんです。よく「2:6:2の原則」で「下の2をどうしたらいいんでしょう?」という相談を受けるんですけど、「いや、それはお前らの作った制度がそもそも悪いんだろ」と。
大変言い方は悪いんですけど、やはり上がれない方は何かしら本人にも問題があるケースもあるわけです。ただそれを「本人に問題がある」と放っておくのはだめで……。
倉重:そうなんですよね。
有沢:うちの場合は、人材育成担当(HRBP)を入れています。必ず現場に行ってタレントマネジメントシステムを見ながら、「うーん、今回は評価があまり良くなかったね。なんでだと思う?」と本人と話をします。
本人に「どうしてそうなったのかな?」「じゃあどうしたらいいと思う?」「でも本当に今の仕事はやりたい仕事なのかな?」「やりたくないんだったら、どういう仕事をやりたい?」と徹底的に聞くんですよ。
倉重:なるほど。
有沢:基本的に本人がやりたい仕事をできるようマッチングしてあげる。「ここならパフォーマンスを出せると思うんだったら、そのようなポジションを希望するということかな」と言うと、本人の納得感もあるわけですよね。
倉重:そうですね。
有沢:「いつまで経っても、俺はこういう仕事ばっかりやらされて」というのがなくなっていく。
倉重:そこで選択していますものね。
有沢:そうなんです。だから本人の希望を大事にしています。さっきの「主権在民」ですよね。本人が「自分の仕事を選べるし、働く場所も選べる」ことが大事だと思います。