事業拡大に追われる中で断行した「組織の大工事」

権田和士氏(以下、権田):ここまでの印象では、事業をどんどん広げて、売り方も広げて、一人ひとりの役割範囲も広げて、ひたすら戦場を広げて展開されてきたイメージがあります。そうした中で、リソースのアロケーション(配分)はどんな感じだったのでしょうか。きっとかなりワチャワチャしていた感じですよね。

宮城徹氏(以下、宮城):おっしゃるとおりで、リソースのアロケーションもワチャワチャして適切じゃないですし、増やす方向にしか物事が進んでいなくて、いろんな課題が放置される。いったい何がどうなっているのかがまったく見えない。

これが2022年の末の状態で、そこで水野と僕で話して、当時「支払い.com」はまだ小さかったので、メインのカード事業の事業責任者をやっていた僕が降りることになった。いったん体制を変更しようというので、全部水野の管轄にしたのがそのタイミングなんですね。

マネジメントの方法や体制を全部変える。人が変わらないと一気に変えられなかったりするし、僕がキャリア的にグロースステージの仕組み作りを一度も経験したことがない。作る側だけじゃなくて、体験すらしたことがない。

権田:なるほど。確かにそうですよね。

宮城:というので、水野に完全に交代したタイミングもその時でした。あとはグロースのコントロールをしようというので、ポイント還元を一気に0.5パーセントに下げたり、マーケティングのスペンドを一気にゼロにした。一気にお金の使い方も絞って、1回黒字化しようという舵を取ったんですね。だから組織的には大工事ですよね。

権田:大工事ですね。調達をして「一気にいくぞ」となって、事業だけでなく組織面も広げていった中で、1回落ち着いて引き算をしていこうと決めたタイミングが2022年末ということですね。

宮城:そうです。

権田:その結果はどうでした?

宮城:もっと早くやっときゃよかったというのは当然あるんですけど、やったこと自体は非常に正しい決断をしたなと思っていて。体制を一気に変えたところですぐに何かが変わるわけではないですし、いろんな工事をこの1年ずっとやってきた感じですね。

内側で行われた、思い切った権限委譲

権田:たぶん一般的には見えていないですけど、表のブリッツスケーリングをしているところで、裏側ではそんな工事をしながら上手いこと帳尻を合わせて2023年は着地をさせたんですね。

宮城:着地しているかわからないんですけど、ビジネスサイドの組織図とかも含めてこの1年でどんどん変わってきていると思うんですよ。

普通の会社が半年、1年くらいの単位で検証するようなものを一気にこの1年に詰め込んで、ああだこうだ言いながらすごい勢いで検証を進めている。逆に言うと、それまでの1〜2年はほとんどそういう検証がなく、グロース一辺倒の、同じ体制でやってきた負債が溜まりまくっている。なので、一気にこの1年、すごい勢いで回しています。

権田:もう1個お聞きしたいんですが。僕がすごく不思議だったのが、これだけ調達をして、2022年も400億円を超える資金調達をして、ベンチャーデットをいこうと覚悟を決めてやられた。

リスクが大きいし覚悟をしているので、普通は自分で全部掌握をしたくなるというか、トップダウンでめちゃめちゃオペレーティングな組織になるスタートアップが多い気がするんですよね。

なんですけど、我々が見て思うのは、かなり権限委譲をしている。共同創業も含めたところで、リスクを取ってめちゃめちゃおっかないことをやりながらも、信頼ベースなのかカルチャーなのかわからないですが、思い切った裁量権や権限委譲をしているじゃないですか。

トップダウンで、めちゃめちゃオペレーティブに仕組みを整えながら勝負をしていくかと思いきや、裁量権を与えている。どんな背景からこういうかたちになっているんですか?

宮城:オペレーティブにならない会社は生存しないと思っているので、最終的にはオペレーティブにすることがすごく重要だと思うんです。だけど、その道筋として一定のカオスを通過した後にそうなるのか、できる人がちゃちゃっとやってしまうのかというのは、だいぶ違うと思うんです。

あえて「カオス」な組織運営を行なった背景

宮城:そんなことを言うと意図的にそっちを選んでいるような感じでかっこよく聞こえるかもしれないんですけど、実際はそうじゃない。

うちは会社としてやりたい事業がまだまだたくさんあるんですね。その時に社内にどれだけマネージャー人材や経営者人材がいるか。要は経営レベルで物事を判断できる、結果にコミットできる人がどのくらいいるのかが重要ですという話。あとは、お客さんの一次情報を持っている人が昇進する。この2つを疎かにすると、どこかでつまずくというのが水野と僕の間にあった。

なので、権限委譲が目的というよりは、オペレーションの設計をどうすべきかとか、知らなくても勉強しながら試行錯誤してやる人がどれだけ社内にいるかが最終的な組織のスケールにつながると思うんです。

それが外から入ってきたマネージャーではなく、カオスな1〜2年でお客さんに会い続けていた人間がやることが、次のニーズを掘り返すことにつながると思う。一定のダウンタイムがあってもいいから、そこに会社として投資していくのは正しいんじゃないかという考えでやっています。

権田:カオスから誰が来るんだということを期待しながら、その時期を過ごしているというのがありますよね。

宮城:そうです。でもこれは本当にプロコン(Pros & Cons:メリット・デメリットの意)がある。グロースステージの企業のオペレーションを何回も作り込んだ人がうちの会社に入ったら、「なんでこんなことに時間をかけているんだ」となると思うんですよ。

権田:なるほど。じゃあ自信を持ってやっているというよりかは、悩みながら今この瞬間はそういう判断をしながら進めているという感じなんですね。

宮城:そうですね。あえてそっちの道を歩んでいます。

「数字を持てる人」「実行できる人」ばかりを採用したツケ

権田:ここまでの、PMF、Go to Market、組織構築の3つ中で、一番「あの時こうしていれば」というところはありますか?

宮城:一番の反省は2022年ですね。まだ競争関係もそんなに悪化していないけど、グロース一辺倒になりすぎていた時期で、仕組み化をぜんぜん進めなかった時です。なんでそうなったかと言うと、数字を持てる人、実行ができる人をすごく尊いものだと考えて、そういう人ばかりを採用していた。

「この人を採用したら何の数字が動くの?」「この人って売上を作れるの?」という採用基準で、そういうカルチャーだったんですよね。その結果、例えば僕はコンサル出身ですけど、マッキンゼーの後輩は1人も入っていないんです。

権田:そうなんですか。へぇ。

宮城:その発想だと、「じゃあコンサルの人を雇ってどうなるの?」となっちゃうじゃないですか。その結果、会社の設計の部分やオペレーションの部分の、短期的には数字につながらないかもしれないけど、中長期的に絶対に数字につながるコアな会社の仕組みを作る人材の採用を1人もしなかったんですよね。それは明らかにミスで、やっぱりそこで5人でも採用していれば2023年の景色がだいぶ違ったはず。

権田:その時に外部に依頼するという発想はあり得たんですか?

宮城:外部に依頼はしていました。ただ外部の方の力をうまく使うためには内部の人も必要です。その内部の人が常に営業にアポに出ている人だったら、やっぱり無理じゃないですか。

権田:なるほどですね。

事業を始めた理由は「怒り」

大島周氏(以下、大島):ご質問がいくつか来ています。1つ目は、「与信のリスクがすごく大きい中でリターンを見込めると踏んだ理由や、投資家に説明されていたのかをご教示いただけると幸いです」。

宮城:実は投資家への説明はあまりしたことがないんです。今だったらするべきだと思うんですけど、当時はそういう時代じゃなかった。「ここにペインがあるんだ」というので投資してもらる世界だったので、あまりしていないんです。

リターンが見込めるかどうかも、あまり計算高い会社ではなく、新規事業でやる時ってけっこう「エイヤ」だったりします。例えば2023年に出した「UPSIDER Capital」という融資事業も、裏話としては「どういう事業計画になるのか」「どういうリターンになるのか」というのは一切計算がなくて、怒りから始まったんですよね。

僕らが借り入れをしていく中で、「なんでこんなに借り入れが難しいんだ」という怒りから、「これは誰が解決するんだ」「俺らだろう」と言って、「やるぞ」となったのがプロジェクトのきっかけでした。PMFの時はけっこうまだそこ(事業計画などの計算)がない状態で行った。

PMFした後に初めて、どのくらいのお金で売れるのか、どういう収益構造なのかがわかるので、そこをうまく組み立てていくプロセスで新規事業をやってきています。お客さんのニーズをしっかりやればうまくいくというのが僕らのケースなのかなというのはあります。回答になっていない気がしてすごく恐縮なんですけど。

権田:いや、なんかわかりますよね。尺度が違うんだと思うんですよ。リスクとリターンという尺度じゃない動き方。そういう計算を良くも悪くも働かせずに進めて、良いものを提供しながら、後で点検する感じですよね。

宮城:おっしゃるとおりです。

権限委譲を進める中で、保持し続ける業務領域

大島:続いての質問です。「権限委譲がけっこう進んでいるという話も途中ちょっとあったかなと思います。逆にその中でも、共同代表の2人がまだ委譲していないオペレーショナルな領域があれば、ぜひ教えていただけるとうれしいです」。

宮城:これは難しいですね。たくさんありますよ。

権田:宮城さんは2022年末に役割分担をしたと思うんですけど、今宮城さんと水野さんの役割分担がどうなっているのかや、その中で絶対に離さずに持っておく業務はそれぞれどこかというかたちに置き換えたほうがいいかもしれないですね。

宮城:水野と私はけっこう流動的に役割を変えていて、この1年はプロダクトサイドもビジネスサイドも、売上が立っている2つの事業のマネジメントは水野のレポートラインになっています。僕が新規事業系のいくつかとコーポレート機能ですね。

うちは守りよりけっこう攻めのニュアンスがあって、ファイナンスもリーガルも与信管理も、全部アクセルにもなりうるものだし、舵取りが必要です。セキュリティもそうですね。このあたりのコーポレート機能は全部僕らのレポートラインになっている感じです。あと、僕は採用に時間を取って、経営陣レベルの採用は僕が担当しています。

2人ともぜんぜん違う領域を見ているので、それぞれにあるかなと思うんですけど。

権田:宮城さんと水野さんが「おそらく5年後もこの業務は離さないだろうな」ということってあるんですか?

宮城:どうなんですかね。めっちゃ難しい質問ですね。いつもけっこう変えるんですよ。というのは、これって教科書的な説明ってできないと思っていて、結局人依存なんですよね。誰を変えるかで大きく変わっちゃうので。

権田:でも、採用はけっこう力を入れていますよね。

宮城:そうですね。例えばコーポレート機能は、セキュリティの担当者が入るなど、この1年で一気に権限委譲が進みました。なので、ちょっと微妙な回答ですけど、人依存で、人が入ってきたら権限委譲するという感じです。今で言うと、僕は新規のプロダクトは一応全部ハンズオンで見ますね。

経営者も1人のキャスト

権田:すごいですね。逆に今の話を聞いて、UPSIDERさんの真髄をちょっと見た気がします。他社は、やはり経営者が主役で、場合によっては事業やプロダクトがその下にいるみたいなこともあったりする。

だけど、宮城さんも水野さんも、あくまでもUPSIDERという会社やプロダクトの中のいちキャストの状況で存在されて、その中で自分たちも含めて最適じゃなかったら、流動的に動きながら進めていくことが前提としてある。

逆に言えば、「状況によって、いろんなキャストをやりますよ」を前提とするカルチャーやガバナンスが今のUPSIDERさんを作っているなというのを、今の質問で非常に感じたところです。

宮城:そうですね、上手く拾ってくださってありがとうございます。まさにそうなっています。

権田:宮城さんや水野さんですら、UPSIDERのミッションやプロダクトの一部になっているんだなと。当然重要な一部なんですけど、そういうわきまえ方をしながら、会社やプロダクトの運営をしていらっしゃるんだなと非常に感じましたね。

宮城:そういう感じかもしれないです。でもこの質問は難しいですね。うまく答えられなくてすみません。

大島:あっという間の1時間半でした。我々も「そんな裏側があったのか」と、かなり勉強になりました。今日はスタートアップの経営者のみなさんにもかなり参加いただいていますので、これからどんどん成長していきたいみなさんに対して、最後に一言いただけるとうれしいです。

宮城:今日はありがとうございました。一言だと、「ぜひ『UPSIDER』をご利用ください」と(笑)。

権田:そうですよね。

宮城:どうぞよろしくお願いします。

権田:「挑戦者を支える世界的な金融プラットフォームを創る」というミッションですけど、一番のチャレンジャーはUPSIDERさんだと僕はあらためて思っています。

あれだけのファイナンスをして覚悟を背負いながらも、任せるところを任せながら進めていらっしゃる。東京大学・マッキンゼー出身とあったら、合理的な感じで「こういうふうに計算されています」という話を想像していた方もたくさんいたと思うんですけど、出てきたことはわりと「覚悟」系の内容が多かった。だからこそあのミッションであり、この事業になっていらっしゃるんだなとあらためて感じた時間でした。

今日はありがとうございました。

宮城:ありがとうございました。