善い基準はダイナミックに変わる

黒田由貴子氏:こういったステークホルダー経営の事例があるわけですが、注意しなくてはいけないのは、善いことをしていると思ってやっていても、「善い基準」はダイナミックに変わっていくということです。ある時には良かったことが少し経つと悪いことになったりする。そんな事例があります。

(スライドに)いくつか出していますが、わかりやすいのは、例えば昭和の世代は、熱血漢として厳しく愛のムチで部下を指導するのがいい上司と言われていた。今は下手をするとパワハラになります。

あるいは、SNSも10年前だと「すべての人がどこにいても情報にアクセスできる。何てすばらしいんだろう」と言われ、中東で「アラブの春」という民主化運動が起きた。その民主化の運動家の人たちがSNSを使っていたということで、「民主主義を広めるすばらしいものだ」と言われていた。

それが今や、いじめを誘発したり選挙妨害のツールになっているということで、わりと最近もアメリカで旧FacebookのMetaのザッカーバーグ(マーク・ザッカーバーグ)さんが、アメリカの議会の公聴会に呼ばれ、議員から「お前の手は血で汚れている」なんて罵られたりした。10年でずいぶん手のひらを返したような評価になってきています。

(スライドで)黄色くしているところは、日本ではほとんど言われていないんですが、海外では言われ始めていることです。例えば「家畜」ですね。

私、思うんですが、私たちは100年前の人たちを見て「奴隷制があった」と。「人間を奴隷として扱うなんて。なんてとんでもないことをしていたんだろう」と今思うわけですが、100年後の人間が私たちを見たら「動物になんてとんでもないことをしているんだ」「あの時の人間はなんて残酷だったんだろう」と言うに違いないと思うんですね。

アニマルウェルフェア(Animal Welfare)と言われ始めています。日本でも鶏の平飼いは言われるようになりましたし、カモの虐待なので私はフォアグラは食べないようにしています。海外ではそういったことが強く言われるようになっています。

例えば「糖分」。アメリカですと肥満が社会問題になっていますので、お菓子やジュースが悪者扱いされることがあります。糖分に課税するべきじゃないかという話も出たりする。

それから「広告宣伝」ですね。広告宣伝によって買わなくていいものを衝動買いするということが起きている。要は大量生産・大量消費を煽っているのが広告宣伝だということで、先進的な環境推進派の人たちは広告代理店も敵視しています。

よかれと思ってやっていることが、いつの間にかそうじゃなく見られるかもしれない。なので、21世紀の善い会社を目指すのであれば、常に最新かつグローバル基準で自社を点検したほうがいいと思います。

昔の価値観と今の価値観のギャップ

黒田:この講座はピープルフォーカス・コンサルティングの寄付講座なのでPFCの仲間と一緒に提供していきますが、この間PFCの松村というものがおもしろいこと言っていたので、松村さん、ちょっとよかったら一言どうぞ。

松村氏:はい。私はこのスライドを見て、今ちょうどやっている『不適切にもほどがある!』というドラマを想起しました。昭和の人が令和にタイムスリップして、昭和の価値観を今に持ち込んだらという話で、いろんな場面で「昔の価値観ってこうだったっけ?」と思うシーンがあっておもしろく見ているんですけど。

タイムスリップした主人公が、バスの中でタバコを吸っていたら、当然令和だから乗客から白い目で見られる。「なんか文句あんのか!」と言ったら、変な人に関わって危害を加えられたら怖いといって、乗客がみんなバスから逃げてしまうという場面があって。「40年前ってバスの中でタバコ吸えたっけ」と、もう忘れていることもいろいろあるなと思いました。

黒田:身近なわかりやすい例で、ありがとうございます。例を挙げたら切りがないぐらいたぶんいろんなことがあると思うんです。とにかくどんどん変わってきているので点検が必要だなということですけれども。

じゃあどうやって点検すればいいかということで、私たちはBIA(B Impact Assessment)というアセスメントを推奨しています。

これはアメリカに本部があるB Labという団体がやっていますが、なぜこれが良いかというと、例えばアメリカの有力なビジネス誌が、BIAを「社会的責任を果たす企業における最上級の認証だ」と表しています。

あるいは日本でも、例えば内閣府が調査報告書の中で、「海外調査をした結果、社会や環境、地球に配慮し、本業を通してパフォーマンスを生み出す企業の組織状況をアセスメントする際に、BIAほど体系だった一連のアセスメントツールがない」と書いています。

ですから、講座の中でもこのアセスメントツールを使っていきたいと思っています。このアセスメントで80点以上だとBコープを名乗ることができます。

ちなみに、B LabのB、BIAのB、BコープのBは「Benefit for All」のBです。Benefit for AllのAllは、すべてのステークホルダー。つまり、Bコープはすべてのステークホルダーにベネフィット(便益)をもたらす会社ということです。

自社を最新の基準で点検することの重要性

黒田:Bコープを名乗ることができるとどんないいことがあるのか。日本では認知度があまりないんですが、雑誌の記事にあったように海外ではけっこう信頼が高く、中には「Bコープ企業に入社したい」と就活する人もいたりするそうです。

日本でも、ダイヤモンド社が『息子・娘を入れたい会社』というのを毎年発表しているようですが、2023年度版で「Bコープ企業に入れるのもいいですよね」という話が出ています。日本でもそんなことが言われ始めています。

ヨーロッパは意識高い系の消費者がけっこう多いので、スーパーの商品陳列棚に「この棚はBコープ企業の商品の棚です」みたいな記載があったりすることもあります。それくらい消費者のブランド選択の基準になっているということですね。

また、一部の投資家はBコープ認定を付加価値と認めていて、Bコープであれば「資金提供をしよう」となることもあります。実際に日本の某金融機関もインパクト投資の投資基準にBIAを使っていることを公言しているところもあります。Bコープ認証制度が始まったのは2007年ですが、(スライドのように)認定企業がどんどん増えています。今日現在では世界で8,012社がBコープ認証を受けています。

ちょっと留意いただきたいのが、単純に累積で増えているわけではなく、一度Bコープ認証を取れても、3年ごとに評価を受けて再認証を取らないといけないんです。さっきお話ししたとおり、基準はどんどん上がっていますので、3年後により高くなった基準でもう一度 評価を受けないといけないということですね。

ですから、そこで脱落する企業もあるので、高くなった基準でも生き残れる企業がこれだけ増えているということを留意いただきたいと思います。

日本におけるBコープ認証の知名度

黒田:私どもピープルフォーカス・コンサルティングも、2023年2月に晴れて認証を取ることができました。なので、私たちはBコープ企業なんです。取るのは大変でしたが、そのへんのどうやって取ったかといった体験談も講座の中でみなさんに共有していきたいと思います。

ここでまた投票をしたいと思います。Bコープについて、「よく知ってます」なのか、「聞いたことはあるけど詳しくは知らない」なのか、「今日初めて知った」なのか、あるいは「申し込みをした数日前に知った」といったところを教えていただけますでしょうか。

結果はこちらです。3つに分かれましたが、わりと知られていますね。松村みたいに弊社の関係者もいますが、ここに来ている方はわりと意識高い系の方が多いのかなと思いますね。私の周りのビジネスピープルに「知っている?」と聞くと、10人中1人いればいいぐらいの感じです。なので広く一般の人に聞くと、もっとぜんぜん知られていないかなと思います。

日本ではまだまだ知名度が低いんですが、試しに2023年中にどのぐらいBコープという言葉が(日経新聞の)記事に出てきたかを調べてみますと、11回出てきました。ほぼ月1の割合で日経新聞にBコープという言葉が出てきたということなので、10人に4、5人くらいが知っていても良さそうなのにと思ったりするんですが。もっとメディアの人に取り上げてもらえば認知度が上がる可能性はあるかなと思います。

Bコープ認証の3つの骨格

黒田:Bコープ認証には3つの骨格があると言われています。

1つ目が「グッドカンパニーとグッドマーケティング」を見極めること。グッドカンパニーは文字通り善い会社で、グッドマーケティングはマーケティングがうまいということ。要は言うだけで実態が伴っていない。最近はそのことをウォッシングなどと言います。

今時、どの企業のWebサイトを見ても、みんな言っているんですよね。「我が社はステークホルダーを大切にします」「環境のために社会のために取り組んでいます」と。だいたいみんな言っています。なんですが、実態を伴っているかと言うと、B Labの人たちは「大半はマーケティング上、PRで言っているだけで、ぜんぜん実態が伴ってないよ」と。

実態が伴っていると言うなら「アセスメントをやってみろ」という話ですね。「80点以上取れるかどうかやってみろ」と。グッドカンパニーか、グッドマーケティングかを見極めるためのツールということですね。

それから(スライド)下の「コレクティブボイス、集団の声」。良いビジネスとはどういうものかをBコープ企業みんなで社会に発信して、ステークホルダー資本主義になるように変えていこうと。私どもピープルフォーカス・コンサルティングが、今回この寄付講座をやることを決めたのもこの一環です。1人でも多くの日本のビジネスピープルにこういうことを知ってもらいたいということがあります。

3つ目が「リーガルフレームワーク、法的フレームワーク」。Bコープ認証は民間の認証ですから何の法的な縛りもありませんが、B Labの人たちは、法制化の動きも主導していまして、株主以外のステークホルダーの利益も実現することを目的とした法人形態を法律的に定めるという動きがあります。

例えば日本なら、会社を登記する時に株式会社か有限会社かなどを選んで登記をしますよね。そこにベネフィット・コーポレーションとして登記する選択肢もあるというイメージです。

アメリカでは40の州がこのベネフィット・コーポレーションという法人形態で登記できるようになっていて、この動きはB Labのロビー活動などによって推進されてきました。なのでアメリカでBコープ認証を取ると、ベネフィット・コーポレーションとして登記していない会社は登記してくださいっていう流れになっています。

参考までに、岸田政権には新しい資本主義実現会議というものがありますが、その一環で日本もベネフィット・コーポレーションの法人形態を作るかという検討がされているようです。私どもピープルフォーカス・コンサルティングがBコープ認証を取った時も、内閣府の人たちがヒアリングに来ています。

ただ、日本はそもそもそんなに株主資本主義ではなかったので、わざわざ法人形態を作らなくても、ステークホルダー資本主義で公益を追求できなくはないのではないかという考え方が今は隆盛のようです。

BIAの5つの評価項目

黒田:さて、Bコープになるためのアセスメントには5つの分野があります。

ちなみにアセスメントはWebサイトで存在し、登録さえすれば誰でも無料で自己アセスメントできます。

これは(5つの分野のうちの1つの)カスタマーの画面です。

アセスメントは非常に精緻に作り込まれてて、業種や企業規模によって出てくる質問が異なります。さらに、質問にどう答えるかによってその後の質問群が変わってきます。なので、何百、何千、何万パターンという質問パターンがあります。

一部をご紹介したいと思います。例えば、「Customer Stewardship」ではどういう質問が出てくるか。そもそもCustomer Stewardshipっていう言葉自体あまり使わないですよね。日本語で言えば、「顧客に対する受諾責任」になるかと思います。詳しくは、質の高い長期的なアウトカムを顧客に提供することに焦点を当てた経営原則や仕組み、運用における責任ある行動のことです。

カスタマーサービスや顧客管理だと、取引に伴って行うことということで、目の前の短期的な感じがします。それに対して、Customer Stewardshipはカスタマーを長期にわたって守っていくみたいなニュアンスがあります。

長期的な関係ですね。だからこそニーズの先読みをしなくちゃいけないし、売って終わりではなく、売った後の顧客の成功や顧客のウェルビーイングの向上にもコミットしていく。

顧客の価値が創造されるようにフォーカスしたり、パートナーシップを作っていく。そういった取り組みがカスタマー・スチュワードシップです。

BIAの質問例

黒田:BIAではどんな質問が出てくるのかを、いくつかお見せしたいと思います。

例えば「あなたの会社は顧客や消費者に与えた影響や生み出した価値を管理するためにどういうことをしていますか?」ということで、製品・サービスの保証や保護方針を提供しているか。第三者による品質認証、認定を受けているか。正式な品質管理メカニズムを持っているか。

フィードバックまたは苦情処理のメカニズムがあるか。顧客の満足度をモニタリングしているか。製品、サービスの利用によって顧客にもたらされたアウトカムを評価しているか。マーケティングや広告に関する倫理方針を文書化しているか。プライバシーやセキュリティの管理をしているか、などといったようなものがあります。もちろんこれは複数回答可です。1個1個の点数は0.1点だったりするので、ここで3つ選べたら0.3点稼げるという感じです。

他の質問も見てみましょう。例えば「あなたの会社の製品やサービスの品質保証を管理するために確立された第三者の方法論を使っていますか」と。

例えばPDSA、シックスシグマ、DMAIC、TQM、Zero Defectsのようなきちんと実証されたやり方でやっていますかというのを、「はい」「いいえ」で選んだりする。

「重要なサプライヤーのうち、何パーセントがあなたの会社によって定期的な品質保証レビューや監査を受けてますか」。これも多ければ多いほど点数が高くなるものです。

あるいは、「顧客満足度や顧客維持に関して何か行っていますか」という満足度のモニタリングや、満足度の社内共有、満足度の社外公表、満足度の目標設定、満足度の目標達成などもあります。

例えば、我が社では(顧客満足度の)モニタリングはしていたんですが、それ以外はしなかったんですね。それだと、何のためのモニタリングかがよくわからなくなります。Bコープになるために社内で共有して、さらに目標も設定することで、1点ずつ稼いでいくといったことを行いました。

それから、「自社製品が顧客や受益者に与える潜在的な影響の管理としてどんなことをしていますか」という質問。「顧客の動向とウェルビーイングを定期的にモニターしている」というのは我が社みたいな会社では難しいですね。企業研修をやっているので、研修後にその会社で「ウェルビーイングをモニタリングさせてください」と言ってもなかなかさせてもらえないので。こういうのは難しかったりしますね。

あるいは「顧客テストやフィードバックを製品設計に組み入れるための正式なプログラムを持っていますか」。要はパイロットテストとかで顧客に協力してもらっていますかということですね。

ネガティブな影響にも着目

黒田:それから「顧客にもたらされるアウトカムや継続的に改善するための正式なプログラムをやっていますか」。それにはネガティブな影響の経験や、ポジティブな影響の増加も含むとあります。

このネガティブな影響の軽減まで及んでいるところが興味深くて。よかれと思ってやっていることがネガティブな影響を引き起こすこともあったりするということですね。

例えば私たちは研修をやっていますと。受講者のみなさんが少しでも知識やスキルが増えるようにと宿題をたくさん課したとします。宿題をたくさん課したので、受講者としては大変学びが多かったとポジティブな影響は増えたとしても、その結果、睡眠不足になって体調を崩したとか、家族と過ごす時間が減って家庭内不和が生じたとか、そういったネガティブな影響が起きているかもしれないということです。こんな感じでアセスメントは延々と続きます。

8回の講座の第1回は、ステークホルダー経営が求める背景として、今日の前半にお話ししたようなことを見ていきます。第2回から第6回までは、BIAのアセスメントを使って、「従業員」「コミュニティ」「環境」「顧客」「ガバナンス」の5つの分野をアセスメントの質問項目を見ながら、具体的にどういったことが実践できるかを議論していきます。

第7回はあらためて日本企業としてステークホルダー経営をやっていく上でどんなことが課題になるかを考えます。そして最終回は、受講者のみなさんがどんなふうにステークホルダー経営を実践していくのかというプレゼンテーションを行っていただきます。こんなかたちで進めてまいりますので、よろしければぜひご受講をよろしくお願いいたします。