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21世紀の『善い企業』の条件(全3記事)

複雑な状況下でロジカルシンキングより適した経営思考とは トレードオフではなく「連鎖」で価値を提供する考え方

多摩大学大学院MBAが開催した体験講座に、ジョン・コッター『リーダーシップ論』の監訳者で、2024年4月から客員教授に就任する黒田由貴子氏が登壇。21世紀の『善い企業』の条件をテーマに、「ステークホルダー経営」の難しさや、小さな変化が大きな影響を与える「レバレッジポイント」などを解説しました。

前回の記事はこちら

「ステークホルダー経営」の難しさ

黒田由貴子氏(以下、黒田)日本はステークホルダー資本主義をちゃんとやっていたとは言えないという話をしましたが、一方で悲観もしておらず、日本企業にはポテンシャルもあると思います。

(スライドの)下のほうの出所を見ていただきますとわかりますが、こちらは2007年の本です。

野中郁次郎先生(一橋大学名誉教授)や富士ゼロックス(元代表取締役会長)の小林陽太郎さんとか、資生堂の経営者の方とか、学者や経営者らが書いた本で、その名も『経営の美学:日本企業の新しい型と理を求めて』というタイトルです。

その本に出てくる図を見ていただくと、まさにステークホルダー資本主義的な、すべてのステークホルダーに価値を創造しましょうといったことを、2007年の時点ですでに唱えています。

ステークホルダー資本主義を実践することを「ステークホルダー経営」と呼びたいんですが、ステークホルダー経営って言うは易しで、やるのはすごく難しいと思うんですね。というのは、どうしてもこっちを立てればこっちが立たず、というトレードオフになりがちということです。

例えば、先ほどのように「社会に対する寄付をします」と言ったら、「その分株主への配当が減るじゃないか」とか、「従業員のボーナスを減らさないといけないんじゃないか」というふうに、どうしてもトレードオフで考えがちです。

この本が言っているのはそうではなく、「連鎖」です。1つのステークホルダーに価値を提供することで、それが他のステークホルダーにも価値を提供することにつながっていく。そういう連鎖を作っていかなくちゃいけない。

その価値をどんどん大きくしていくことで、スパイラルアップしていくようにしなくてはいけないと言っています。非常に概念的なので、「具体的にはどういうこと?」となるかもしれません。具体例はこのあとちょっとお示ししたいと思います。

トレードオフではなく「連鎖」で価値を提供する考え方

トレードオフではなく連鎖というのは、言葉を変えれば「システム思考を使う」という言い方もできると思います。システム思考は、すごくよく使われる大事な概念です。「分析思考」あるいは「ロジカルシンキング」と対比してよく言われます。

分析思考は、物事を要素還元していくことです。これまた本から引用しているのでスポーツクラブの例になっていますが、要素に分解していくとトレードオフになりがちなんですね。

なので、スポーツクラブじゃなくて、利益をどのステークホルダーに配分するのといった時に、株主なのか、従業員なのか、サプライヤーなのか、社会なのかみたいにやると、やはりこっちを立てればこっちが立たずというトレードオフで見がちです。

システムシンキングではループ図というものを使います。ここでは要素と要素同士が影響し合うこともあると。そして、ロジカルシンキングの考え方と違って、因果関係がそんなに明確ではなく、ある事柄が原因でもあり、結果だったりするということです。

状況が非常に複雑な時にはそういうことが起きるという考え方なので、トレードオフじゃなくするためには、やはりシステム思考で経営を考える必要があります。システム思考は、複雑な問題において、相互作用・意味の多面性などを組み入れる思考です。そもそも社会や地球環境は非常に複雑系ですし、ステークホルダー経営も複雑系になってくるということですね。

システム思考でよく言われるのは、ある課題の解決がマイナスの副作用をもたらすことがあるということです。分析思考だと1個1個が独立した要素と考えてしまうので、そういうことに気がつかないんですが、複雑系の生態系みたいなものだとそうはいかない。

例えば、人間の体も複雑系ですから、体のどこかが悪くなって薬を飲むという解決をしたら、それによって悪かったところは治るかもしれない。でも薬の副作用が出て別のところが悪くなるかもしれないということが起こったりする。そういったことがシステムシンキングでは見えてくることがあります。

小さな変化が大きな影響を与える「レバレッジポイント」

もう1つ、システムシンキングでおもしろいのは、システム思考用語でいう「レバレッジポイント」。つまりテコを効かせるポイントということですが、それが大きな課題の解決につながることもある。なぜなら、要素同士がいろいろ関係し合い、連鎖していくからですね。

これは有名な例ですが、一時ニューヨークは非常に治安が悪かった。治安が悪いという問題をどう解決しようって考えた時に、普通は「警察官を増やそう」とかになるんですが、警察官を増やすイコールすごく予算がかかります。そうするとそのしわ寄せが、例えば福祉の予算を減らすことになり、それによって食べるのに困る人が増えて窃盗するといった問題をまた引き起こしてしまうかもしれない。

これは実際に起きた話ですが、ニューヨークでは街にある落書きを消していったんですね。これが治安の改善につながったと言われています。もちろんこれだけではないと思いますが、落書きを消すことといろんな取り組みとの相乗効果で治安改善につながった。落書きを消すのであれば簡単にできるし、そんなに予算もかからないしということだと思います。

国連もSDGsに取り組む時には、システム思考を活用するようにと言っています。具体例で考えないと少しわかりづらいと思いますので、ホールフーズ(Whole Foods Market, Inc.)の例で考えたいんですが、この講座では『世界でいちばん大切にしたい会社 コンシャス・カンパニー』が指定図書の1つになっています。

この本は、ホールフーズのマッケイ(ジョン・マッケイ)さんという経営者の方が書いた本で、「ホールフーズではこうやっているよ」という事例がたくさん出てきます。

アメリカに行ったことがある方は、ホールフーズってどんなところかご存じだと思うんですが、そうでない方にイメージとしてお知らせしたいと思います。ホールフーズはスーパーマーケットで、有機食品を中心に売っていて、環境に良いもの・体に良いものを売っています。全米にたくさんお店がありますので、アメリカ人だったらみんな知っているお店です。

ここ(『世界でいちばん大切にしたい会社 コンシャス・カンパニー』)で「Winの6乗」という言葉をホールフーズのCEOの方が言っています。「トレードオフの関係ができそうになると、コンシャス・カンパニーは人間の創造性に関する無限の力を発揮して、ウィン-ウィン-ウィン-ウィン-ウィン-ウィンの解決策を作り出して」と言っています。

ホールフーズの「Winの6乗」ビジネスモデル

例えば、ホールフーズは財団を通じて特に途上国の貧困撲滅活動に寄付しています。アフリカなどに寄付することで、「(地球)社会」というステークホルダーに報いている。

「従業員」はアフリカなどの現場訪問や数週間のボランティアプログラムに参加することができて、参加した従業員は仕事への本気度や活力がものすごく高まって戻ってくるそうです。従業員にもプラスになっている。

そしてホールフーズのお店の中には、そのパンフレットやポスターを置いて、(スライドに)「顧客にも寄付の依頼」とあります。有機食品のスーパーマーケットなので、わりと経済的に余裕がある顧客が多いんですよね。なので寄付を依頼する。

「顧客」としても、ホールフーズで買い物をすることでアフリカの子どもを助けたり、あるいは実際に自分も寄付に参加できたりと非常に共感を呼んでいる。

それから、私が興味深いなと思ったのが「サプライヤー」。ホールフーズに商品を納める供給業者にも、寄付に参画するよう呼びかけている。実際に参画してくれた取引業者には、その業者の商品の販売コーナーを特別に設置して、サプライヤーの売上増加に貢献してあげているそうです。

こういうことをやっているので、ホールフーズの評判は非常に高く、ブランド認知度が高まり、従業員の士気も上がる。経営者いわく、「ちゃんと計算したことはないけれども、肌感覚で言うと投資収益率1,000パーセントくらいじゃないですか。だから投資家だって文句ないでしょう。ハッピーでしょう」と言っています。

「Winの6乗」の6番目は「地球環境」です。この事例は地球環境の話じゃないですが、「こんなことがすべて連鎖して、つながってきているので大丈夫なんだ」と言っています。

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