世の中の流れからミドル・シニアのキャリアを考える

井上和幸氏(以下、井上):本日は3名の鼎談でお届けしてまいります。まずお一人目、小杉さんにご登場いただきます。小杉さんは特に自律型教育研修、またご著書『リーダーシップ3.0 カリスマから支援者へ』でご存じの方もいらっしゃるかもしれません。経営者JP主催のセミナーやワークショップでも、リーダーシップの変遷理論を軸にお話や研修をしてくださっております。

ベストセラー『起業家のように企業で働く』では、企業の中でどうやって起業家のように働くかについてメッセージを出してくださっています。

もうお一方、ルーセントドアーズ代表の黒田さんをお迎えしました。実は黒田さんと僕はリクルートの同期でして。

黒田さんは「リクナビNEXT」の編集長として、紙の時代からネットの時代に足をかけて携わり、転職市場、またリクルートのHR系の戦略をずっと見ていた方です。今ルーセントドアーズでは、ミドル世代の方々の転職を応援するビジネスをやっていらっしゃいます。3人目として私、井上が参加させていただきます。よろしくお願いいたします。

最初に、去年はどんな年だったかをみなさんと一緒に振り返りつつ、お話をスタートします。2024年の世の中の流れと、ミドル・シニアとしてのキャリアや転職は、かなり密接に関わりますので。少し世の中の流れとか今起きてることも概観しながら、基本的にはミドル・シニアのみなさんのキャリアや転職をメインとしてお届けできればと思います。

ちょっとネタ出しみたいな感じで、去年かなり取り上げられていた人材関連のバズワードを拾ってみたんですが。小杉さん黒田さん、特に気になるものや「これあったよね」みたいなのがもしあれば、ぜひお願いします。

リスキリングの流行は、本質を捉えていないことが多い

黒田真行氏(以下、黒田):そうですね。この手のキーワードはやっぱりいつの時代もありますね。若干学術的な意味合いも含めた言葉が多いですし、どっちかと言うと企業・人事・経営サイドからの言葉が多いのかなという気はしていますね。

中でも特に出現率が高かったのは「リスキリング」だと思うんですけど。これも、これまでの経験スキルでは時代にキャッチアップできなくなった従業員を、企業側がどうリスキリングするのかということですよね。従業員主体の言葉というよりは「経営側がやるべきもの」みたいなニュアンスで使われることが多かったところが、気になりますね。「これでいいのかな」って感じがしました。

井上:そうですよね。日経さんもオンラインメディアをリニューアルして「NIKKEIリスキリング」をスタートさせましたね。

黒田:そうですね。サイト名を変えましたね。

井上:のっけから本音トークで、別にウケを狙うつもりもないんですが、この手のことってよく研修会社の営業ツールになりがちで。「今はリスキリングですよね」と人事や研修会社で流行るみたいな。

黒田:ぜひ踊らされないようにしていただきたいと思います。

井上:本当ですよね。「リ」のことじゃないことを言ってる場合も多いと思いません?

黒田:そもそもスキリングされてるのかとか。

小杉俊哉氏(以下、小杉):うん、うん。

黒田:あと逆に、従来のスキルの上にアドオンするのではなくて、1回抹消して上書きしたほうがいいんじゃないかと考えています。

井上:本来はそのことを言ってるんでしょうけどね。

黒田:どうしてもアドオン的なこと、かつ視覚的なものに目がいきがちなところが本質的じゃないなと感じます。

新卒・二卒採用の現場でバズった「蛙化現象」

井上:だから僕もリスキリングって言ってるんだけど、「リ」じゃなくてまさしくアップスキリングとか、今アドオンって黒田さんが言いましたけど。それが悪いと言いたいわけじゃなくて、追加スキルを手に入れていくのは大事なことだと思うんですけど。

でも「リスキリングじゃないよね」みたいなのはすごくあると思うんです。小杉さん、このへんのところはどうですか。

小杉:例えばトヨタが、今後ガソリンエンジンは使わなくなるので、吸排気のエンジニアたちに別の仕事をしてもらうためにリスキリングしてるという。まさにそれは本来のリスキリング。

井上:そうですよね。確かに。

小杉:会社が社員に対してそれをやってあげるのはとてもいいことだし、「なるほどな」と思いますけどね。

井上:だから今日参加いただいてるみなさんも、自分ごと化して業務や事業、組織を引っ張ってらっしゃる。その中で「ここの部分はリスキルしなきゃなぁ」と感じてらっしゃるものがあれば、書き込んでいただければと思うんですけど。

小杉:そうですね。どんどんご質問あれば。その間に、私「蛙化現象」って知らなくて、今調べたんですけど、そんなに使われてたんですか?

井上:新卒・二卒採用のあたりでのバズワードですね。もともとは「好きだと思ってたのに、その人が振り向いてくれると引いちゃう」みたいな、一般のZ世代の子たちの言葉だと思うんですけど。それを就活になぞらえて使われていると、友人・後輩から聞いたりもしてたんで、ちょっと書いてみました(笑)。

小杉:いいと思って入社したんだけど、やっぱり急に嫌になっちゃって辞めちゃうみたいな。実際に就職した後にも、そういうことってあるんですか? 

井上:あぁ~。僕も語れるほど専門じゃないんですけど、たぶん蛙化で言ってるのは、自分が一生懸命受けてたのに、いざ内定をもらうと冷めちゃうみたいなことですね。

小杉:あぁ、そういうことですね。理由を言わずに辞めちゃう人が多いと、去年は言われていました。いろんな調査があるのですが、大きな原因はやっぱり人間関係。上司とは合わないし、会社の風土とまったく相入れなかったみたいなので、理由も言わず、あるいは本音とは別の建て前的な理由を言って辞めちゃうと。

井上:すり合わせしないまま辞めちゃうんですかね。

ぬるま湯な職場を辞め「セルフブラック化」する若手

黒田:あとリスキリングに近い言葉で言うと、特にコロナ禍に新卒で入社してからずっとオンラインで、上司とも会ったことがなかったような若手の方々の「セルフブラック化」という言葉があります。

働き方改革以降、コンプライアンスにも気を使われるようになったので、(会社が)急激にホワイト化してると。そのゆるふわ職場に成長の可能性を感じなくなった人が、自らブラックな環境や成長を求めて辞めていく流れが起こっている。

井上:なるほど。

黒田:これはたぶんミドル・シニアの世代にはなくて、逆に若手のほうが「セルフブラック化しないとやばい」「こんなゆるふわなところにいると、実力がつかない」と感じているのかなと。逆に、この感覚をミドル世代がもっと強く持ったほうがいいんじゃないかなとは思いますね。

小杉:今の黒田さんの話は、よく人的資本経営のところでも出てくる「エンゲージメントスコア」と「ウェルビーイング」とも通じますよね。

黒田:そうですね。

小杉:エンゲージメントは低いんだけど、ウェルビーイングが(高くて)ハッピーだ、みたいな。これはかつてぬるま湯って言われた組織なんですけど、両方高いのが理想的で、両方低いのがブラック、みたいなのがあったじゃないですか。

エンゲージメントがやたら高くてウェルビーイングが低いと、「燃え尽き症候群になる」と言われたんですけど。それってけっこう昔の世代の話で、さっきお話しされたように、今の若い世代は「ぬるま湯でいることが不安だ」というのがあるかなとは思いますよね。

パワハラに対する「行き過ぎたケア」がもたらすもの

小杉:あと、上司がパワハラに対する行き過ぎたケアをしていて、(部下に)何も言えない、叱れないことによって、逆に部下としては成長を感じられないみたいなのもありそうですね。

井上:ありますよねぇ。だから今日ご参加の方も、小杉さんが今おっしゃってくださったところで悩んでる方は、実際多いんじゃないかなと思うんですが。

やっぱり昔が良かったとは僕も思わないですけど、部下に物申しにくい。友人・知人やらお取引先の方とちょっとお話ししたり会食したりしてますと、「(部下を)飲みに誘いにくい」とかの話はいつもいろいろ出ますけどね。

小杉:そうですね。

井上:そのへんのストレスも多いんじゃなかろうかというのは、ミドル・シニア世代のみなさんに対して思いますかね。

黒田:2023年を振り返ってみると、上司が栗山(英樹)・森保(一)化してるという。

井上:うーん。非常に優しくて受け止めてくれて、まあ理想の上司ですよね。彼らはちゃんとやってると思いますけど、よくある感じだと……。

黒田:「好きにしていいよ」って言われるけど(部下が)どうしたらいいかわからない。

小杉:なるほど。

井上:確かになぁ。スポーツ界の監督像とか見てると、1つ時代の反映があるかもしれないですよね。この中のトピックで今日のテーマに絡むんだろうなってところは、賃上げとか人材獲得競争再燃みたいなところですかね。

今の40代~50代を苦しめる、求められる付加価値の変化

井上:ここでご質問を1ついただきました。「リスキリングに関して、どの資格とかではなく、仕事に活かせるスキルの方向性をアドバイスいただきたいです」ということですが。どうでしょうね。

黒田:そうですね。ちょっと2023年と2024年だとミクロなので、変化についてはもうちょっと大きな流れでお話ししたほうがいいかなと思ったんですけど。

ちょっと尺が長くなりますけど、1996年に金融ビッグバンがあって、10年後の2008年にリーマンショック、その前の1991年にバブル崩壊があった。この30~40年の流れで言うと、やっぱり90年代後半から日本経済の基盤がぐらつき始めました。

金融ビッグバンや山一證券廃業の頃から、終身雇用の崩壊がいよいよ現実味を帯びて、失われた30年みたいなことがあって。そうこうしているうちに労働力が激減(してきました)。言葉では言っていたものが、いよいよ降下具合が激しくなっていると。

産業の栄枯盛衰も変わってきていて、製造業からインターネットとかサービス業がメインになってきたような流れがあります。そんな中で、例えば今40代~50代の方々は、この産業の変わり目の煽りを受けている可能性がすごく高いなと。

これまで必要とされていた付加価値と、これから求められる付加価値のギャップに挟まれて苦しまれている方も、お会いする方の中にはたくさんおられるんですけども。その構造の中で、小杉さんが10年前に書かれた『起業家のように企業で働く 企業で働くにも「起業家」マインドは必須の時代!』の中で言われていたようなコンセプトが、今必要になってきています。

「雇われる力」を高めなければならないという刷り込み

黒田:このリスキリングという言葉もそうなんですけど、一番悪いのは「雇われる力(エンプロイアビリティ)」と言われているもの。これがものすごく自己肯定感を下げると感じます。

「雇われる力」を高めねばならないと、刷り込まれてる方がすごく多いなという印象です。自らがどんな付加価値を生んで、どんな稼ぐ力を身につけたいのか。その主題が先にあって、「こういう方向で稼いでいきたい」と決まったら、「それに対して必要なスキルは何か」を決めていくべきなんだろうなと思ってるんですけど。

井上:おっしゃるとおりですね。

黒田:「求められるスキルは何か」ではなくて、「どうありたいのか」を先に決める順番に切り替えたほうがいいのではないかなと。せっかくいただいたご質問の答えになってないんですけども。

仕事に活かせるスキルを決める手順としては、まず自分がどう生きたいか、どう稼ぐ力をつけたいかを決めることからスタートしたほうが、(身につけるべきスキルが)見つかりやすくなるんじゃないかと思います。

井上:そうですね。見つかりやすいし、ぶれないですよね。

黒田:そうですね。