本当の一流は、“小学校5年生の質問”にも答えてくれる人

田中安人氏(以下、田中):だいたい、「それ、やめておいたほうがいいよ」と言う人がいたりして、僕は必ず「やったんですか?」と聞くんですよ。それで「やった」と言う人に僕は出会ったことがないので。

本質的なことを聞くという意味で“小学校5年生の質問”と言うんですけど、それに、ちゃんと答えてくれる人が本当の一流だと僕は思っています。

それこそ、TUGBOATの岡(康道)さんがそうだったんですよね。岡さんにいろいろ教えてもらった時代があって。(岡さんは)当時電通のトップクリエイターで、質問にちゃんと答えてくださった。「これが一流なんだな」と勉強させてもらったので、世の中を一歩良くするためにはリーダーとして妄想を描かないといけないなって思います。

齋藤太郎氏(以下、齋藤):超わかります。要は、戦後1回も上場企業が倒産したことはなかったでしょう? でもヤオハンは倒産しちゃったわけじゃないですか。だから田中さんは、絶対ないと思っていた物事が起こる経験をしちゃったので。

田中:そうそう。

齋藤:僕もすごく通じているところは、未来永劫同じものなんか絶対ないということ。絶対に世の中は変わるし、変えられることを、自分の実体験で(思います)。年を重ねて、世の中がターンアラウンドするのをすでに見ているので。

例えば会社を作った2005年は、スマホもなければFacebookもTwitter(現X)もInstagramもなかったのに、20年でこんなに変わっちゃう。会社に入った時はGoogleもインターネットもなかったのが、僕らはちょうどその端境期で、いろんなものがガラガラと音を立てて変わる瞬間を見ているわけじゃないですか。

例えば街にしてもそうですよね。今日いらっしゃっている方は、たぶん学生時代に見た下北沢を思い出すと、街が思いっきり変わったのを感じていらっしゃると思います。やはりここも小田急の人とかディベロッパーの人たちが「ここは変えられる」と妄想をした。

昔は安い居酒屋で貧乏人が飲むみたいな、バンドマンと若手の役者たちが集う街だったのが、こういう場所ができたりして街の雰囲気が変わったり、ちょっとおしゃれな街になったりするのも1つの妄想で。(世の中は)変えられるし、変わっていくんだということを、「自分の中でどういうストーリーにするか」がすごく重要なんじゃないかなと思います。

CMをやる前は、居酒屋にもレストランにも「ハイボール」がなかった

齋藤:やはり現状維持バイアスが、みんなあり過ぎるぐらいあって。子どもは現状もへったくれもないから自由なことを言って、それが「想像力豊かだね」となるんだけど。やはり「当然あるものだ」ととらわれちゃっていると思います。

僕もたぶん、いろいろなものにとらわれていると思うんです。でも「自分はとらわれがちな人間なんだ」というところをどう持つ(自覚する)かがすごく重要なんじゃないかなと思います。

僕はそれを、一緒に会社を立ち上げた大島(征夫)さんという人からものすごく学びました。2008年にハイボール(のCM)を小雪さんでやったんですよ。

その時は最初から「ハイボールはじめました。」「夜は、ハイボールからはじまる。」というコピーをつけました。(ハイボールに)「角」を付けると、伝えるのが大変すぎるから、まずハイボールを知ってもらおうと思って、「ソーダ割り」じゃなくて「ハイボール」と言ったんですね。

その頃は、例えばレストランでウイスキーのボトルと炭酸が置いてあるのが見えて、「ハイボールください」と言うと、「うちはハイボールはないんです」と(言われました)。それぐらいウイスキーのソーダ割り=ハイボールって知られていない時代だったんですよ。

居酒屋へ行こうが、レストランへ行こうが、当然どこにもハイボールなんかメニューになくて。ハイボールがない店でも、「ハイボールはこうやって作るんだよ」「ほら、最近CMでやっているでしょ」と言っていたのが、少しずつ広がっていきました。

ハイボールの仕事を始めてから、2〜3年経った頃だと思います。大島さんの家の近くでタクシーに乗っていたら、そのへんの中華料理屋に「角ハイボール始めました」って、小雪さんのポスターが貼ってあって。「大島さん、あそこにもハイボールのポスター貼ってますね!」と僕がうれしそうに言ったら、「本当だな。そろそろやめるか、この仕事」って(笑)。

田中:いやいや(笑)。

齋藤:「流行っているうちにやめるのが華だろう」みたいな。「この人、むちゃくちゃなこと言うな」と思っていたんですけど。大島さんはやはり長い経験の中で、「未来永劫続く価値はない」ということをよく知っていたんだと思います。

世の中は基本的には良い方向に変わっていく

齋藤:それがずっと続いていくように、なんとかあの手この手でやっていって、まるで大昔からあったかのような感じにしていますけども。いつ変わってもおかしくない、なくなってもおかしくないという恐怖は常に感じながら、サントリーさんも我々も工夫を重ねています。

逆の考え方をすると、「今はもう当たり前になっていることも、変えられるんだな」という、その恐怖と自負との両方のバランスを、過去の経験も含めてすごく持っているんじゃないかなと思います。

だって、パワハラとかセクハラとかのモラリティの感覚は、この数年でめちゃくちゃ変わったでしょう。たぶん前のことをみんな忘れちゃっているだけだと思うんですけども。僕とか田中さんが新卒で会社へ入った頃とかって……。

田中:やばいですよね。

齋藤:席で普通にタバコを吸って。

田中:そうそう(笑)。

齋藤:そのへんに吸い殻の跡はつくし、当時だとExcelがないから、表を一太郎(ワープロソフト)で作っていました。それに電卓で計算したのを入れてやってましたよね。上司に怒られて灰皿が飛んできたり、毎日上司に「死ね」って言われたりとか、今思うと「むちゃくちゃだな」と。

田中:(笑)。

齋藤:信じられないでしょう? でもモラリティってそれぐらい変わっちゃうから。だから人間の感覚も変わるし、今の当たり前は、絶対次の時代では当たり前じゃないし、侍の時代に比べたら、僕らはかなり豊かだし。

田中:(笑)。

齋藤:僕は今日新橋から来て、やや遅刻しましたけど、30分で着いたわけですよ。福沢諭吉の時代なんて、「下北沢で田中殿と話があるから」と言って、朝出ないと間に合わないですよね。

田中:そうですね。

齋藤:というぐらい、やはり世の中はどんどん変わるから、これからも基本的には良い方向に変わるし、変わるべきだし、変わっていけると思います。

田中氏がプロデューサーとして大事にしている「桃太郎理論」

齋藤:それで質問です。僕も妄想したことに対して「そんなの無理だよ」とかいろいろ言われることがあるんですけど、仮説があるじゃないですか。例えば下北沢に、「本とビールが飲める本屋があったらいいよね」みたいな。たぶん嶋(浩一郎)さんはみんなに反対されながらも(B&B を)作って、12年続いているって立派だなと思うし。

このへんがおしゃれタウンに生まれ変わったのも、「劇団員が安酒飲んでる街なんて無理でしょう」「明治大学の学生ぐらいしか行かないよ」みたいなことを言われながらも妄想して。(田中さんは)「女子十二楽坊? 日本人はそんなの聴かねえよ」みたいに言われて途中でヘコむことってなかったですか? 

田中:めっちゃ言われましたね。

齋藤:やったことないやつから、途中でいろいろ言われるじゃないですか。その時に、「いやいや、俺は間違ってない」と、どうやって思い続けるんですか?

田中:ストレングスファインダーというアメリカの診断ツールがあるじゃないですか。あれをこの間やった時に、僕の結果は「戦略性」「アレンジ」「学習」「責任感」「最上志向」だったんです。妄想は誰もやったことがないことだから、(妄想したものに)最初に着手するのは、だいたい詐欺師なんですよ。

齋藤:そうですね。

田中:だけど、責任感と最上志向があるから、「絶対最高のものを作ろう」というのと、詐欺師になりたくないから、誠実に、絶対失敗しないようにやろうとするんですよ。ラグビーをやっていたので、そこのストレス耐性は強いんだと思うんだけど。

これも本(『妄想力 答えのない世界を突き進むための最強仕事術』)に書いているんですけど、僕は「桃太郎理論」というのを提唱していて。村民を助けるために、桃太郎さんは仲間たちを集めた。要するに「桃太郎さん(の仲間)はなんで、きびだんごで命を懸けられるんですか?」という話なんですけど。

僕はプロデューサーとして、そこはめっちゃ気をつけています。昔、現金で仲間を集めていたら、鬼(社会課題)が強大な時に(仲間が)逃げたんですね。でも、きびだんごというパッションにしたら、一流の人が来るようになった。この体験がけっこうあったので、「村民を助ける」というビジョンをまず設定します。

600万人の外食業就労者を守るために行った、ある施策

田中:そうすると、課題設定がいいから、仲間はめっちゃ集まります。(僕は)ゼロイチの人で、ほとんど初めは実態がないから詐欺師と同じなので。課題設定が良くて、いい仲間が来てくれて、「あとはもう実行して成功するしかない」という、けっこうやばいところまで追い込まれるんですけど。課題設定が正しい場合は諦めないことが一番大事なんじゃないかな。

齋藤:「正しくないかもしれないな」とか思わないんですか?

田中:その前にめっちゃ考えるから、思わない。

齋藤:ああ、最初に巻き込む時に考えているから。

田中:めっちゃ考える。僕はアイデアを考えた時に壁打ちをするんですよ。壁打ちするとどんどん精度が上がっていくから、太郎さんともし壁打ちできたら、めっちゃ精度が上がるはずなんです。ある程度精度が高くなって初めて、仲間を集めることをやっています。

齋藤:そうね。下北沢にはカルチャータウンができるけど、「西新井をカルチャータウンに」とは言わないということね。

田中:うん、言わない。ただ、時代は一応読みます。でないと、人は付いてきてくれへんからな。

齋藤:じゃあ、「正しい妄想の仕方」というのは何かあるんですか?

田中:この間、新聞のトップにも出ていましたけど、ネガティブな妄想は絶対駄目ですよ。ポジティブな妄想が大前提ですね。なので、世の中を良くしたいと。

コロナの時に、吉野家の社長が「(アルバイトを含む)外食業界の就労人口600万人が危機に瀕したと。「田中さん、ちょっとこの600万人を助けてくれないか」と言われたんです。

どないしようかなと思った時に、この(600万人の)外食(企業)がネットワークを生かして共創して全店でクーポンを発行して、巣ごもりしているお客様にお店に来てもらおうという企画を実施しました。

僕は全会社の代表窓口に電話をしたら、誰もNOと言わなかったんですね。だから「600万人の就労人口を守る」というコンセプトは良かったんです。

例えば鳥貴族さんは「いや、企画に賛同しますが、居酒屋業態が厳しいのでクーポンは出せないのですが、日本で最高の笑顔でよいですか?」「ぜんぜんウェルカムです」と。みなさまが素晴らしい心持ちで賛同していただいて、さらに人がどんどん集まってきてくれたのです。

ビジネスをうまくいかせるためには「キーマン」を動かすこと

田中:課題設定が良いとしたら、次にめっちゃ大事なのは、キーマンを動かすこと。キーマンさえ動いてくれたら、岩は動き出すんですよね。

その時に、外食チェーン&外食個店のみなさまがまとまりました。でも、これだとまだ(外食就労人口の)600万人を守れなかったので、PayPayさんとか楽天さんから支援をいただいたんですよ。ここがぜんぜん動かなかったんだけど、裏話としては、業界を立ち上げた方がOKしてくれたら、岩が動いたんですね。

だから、戦略も大事なんだけど、けっこう僕は政治家なので「誰をどこで動かすか」は丁寧に追求します。

齋藤:それも戦略ですよね。なるほどなあ。戦略を考えるのがすごく得意な人もいるんですけど、意外と人間性までブレイクダウンして戦略を考えられる人ってけっこう少ないんじゃないかと思います。

田中:僕は(自分を)政治家だと思っているので。

齋藤:それはたぶんあれじゃないですか。昔、営業をやったりした経験もあるでしょう?

田中:うん、ある。

齋藤:僕も電通の最初の頃は、営業やビジネスのところにいたので、何がひっくり返ると一番楽かを、戦略的に考えるのは得意かもしれないです。エージェンシーのクリエイティブの部署へ行くと、そういう話をしているやつは邪道だと思われているんですよ。

田中:なるほどね。

齋藤:自分のアイデアで勝負せずに、誰がキーマンだとかを考えるのは邪道だと思われていて。でもビジネスをうまくいかせるためには、(そうした政治力が)すごく重要な気がしますね。

対クライアントの仕事じゃなくて、同じ会社の中にいても、「この役員はこうだ、ああだ」みたいにやる人は邪道だと日本では言われる。(大学生が)単位を取るために先生に媚びるとかも、戦略っちゃ戦略なんだけど。

19年間の付き合いでも、吉野家の幹部との飲み会は1回だけ

田中:ホモサピエンスは唯一生き残った種族です。なぜ生き残ったかというと、集団で生きる種族だったからです。ということは、10万年前から、人で悩んで人で課題解決しているんです。だから、人のコミュニケーション設計をちゃんと理解しないと、企画なんて通るわけないって僕は思う。

僕は営業をしていたのもあるけど、いろいろな経験があって。トップも動くのは早いんだけど、新入社員がその会社を動かしてくれたような(会社の)イノベーターになった経験もあるんですね。

一言で言うと、人の可能性を信じ続けた。だから、いい企画だったらキーマンを探す。僕も昔は、いい企画だったら世の中が動くと思っていたけど、ぜんぜん動かないことはいっぱいありますよね。

齋藤:それぐらい人って重要なんだけど、そういう教育は少なくとも日本にはなさそうですね。人を動かすと、最終的には自分も成長するし世の中も良くなるというのは、あんまり(言われて)ないですよね。

田中:ないですよね。でも道徳教育にはあるんですよ。

齋藤:「仲間はずれは良くないよ」とか。

田中:そうそう。僕は吉野家グループと19年間付き合っていますけど、幹部と飲みに行ったのは1回だけなんですよね。

齋藤:へえ。

田中:僕は絶対これ(ゴマすり)をやりたくないから。コミュニケーションを作るのは簡単だけど、そうすると周りが近寄ってこなくなるので。

齋藤:なるほど。

田中:これだけはけっこうしんどいけど、こだわっています。

齋藤:社長さんはずっと同じ人なんですか?

田中:はなまるの社長で、僕が一緒になって……。

齋藤:同じ人なんですね。へえ。

田中:だから、人の設計はけっこう注力するけど、これ(ゴマすり)だけは絶対やらへんと決めている。

齋藤:それはなんでですか? 周りが近寄ってこないから?

田中:「虎の威を借る狐」みたいなことをやりたくないというのと、本質じゃないような気がするので。だから、企画で信頼を得たい。

齋藤:フェアでいたいということか。

田中:そうそう。フェアプレイ委員長なので(笑)。

齋藤:なるほど。

田中:太郎さんとしゃべっていると、めっちゃクリアになるわ。めっちゃうれしい。

齋藤:そうですか(笑)。ありがとうございます。