顧客に「言いづらいこと」をズバッと言っても嫌われないわけ

田中安人氏(以下、田中):もう1つ僕がすごいなと思うのは、太郎さんはお客さんに対しても言いづらいこともズバっと言う。

齋藤太郎氏(以下、齋藤):それはたぶん空気を読んでないだけかなぁ(笑)。

田中:でも嫌われない。あれはなんで?

齋藤:それはたぶん、僕が好きな人にしか言わないからだと思います。

田中:愛があるんですね。

齋藤:「ちょっとあなたの言ってることはよくわかりません」「このままだとイケてない会社になっちゃいますよ」「それはちょっとセンスない意思決定ですね」ということは、好きな人じゃないと言わないです。

あとさっき打率の話があったんですけど、うちの会社は11人しかいないんです。それもこの3年ぐらいで倍になっている感じで、本当にものすごく少ない人数でやっています。それゆえに、あまり多くの仕事を同時進行で回してなくて。わりと限られた数のクライアントさんのお仕事しかできないんです。

あまり多くの仕事はできないけど、1つのクライアントさんとの仕事がむちゃくちゃ長いんですよ。さっきのハイボールはもう17年目だし、ポケトークももう7年間やっています。誤解を恐れずに言うと、クライアントさんと本当にべったりやる。がっつり一緒に組んでやっていくケースが多いです。

単発で終わる仕事はほとんど受けない

田中:でも、サントリーウイスキーの全ブランドをやっていたら大変ですよね。

齋藤:売りたくても、残念ながらウイスキー原酒が希少で売ることができないブランドもいっぱいあるので(笑)。一時期、同時進行でかなり多くのウイスキーブランドの仕事をやった時はすごく大変だったんですけど。ずっと一緒にいるからこそ、相手のことがよくわかるようになるのはあると思います。

うちはまず、競合コンペには参加しません。そして、単発で終わるような仕事はほとんどやっていません。長期にわたって、ずっとパートナーシップを築きながら仕事をしているので、お互いのことが本当にツーカーでわかりあえている。クライアントが気づいてないことも先に気づいて「次にこれをやったほうがいいんじゃないですか」と提案することが可能になってます。

タクシーアプリのGOは規模は大きいですが、スタートアップで、業界的にもガンガン変化をしている領域で次に何が起きるか想像ができないことも多いです。それでも過去の経験則から、「この先はこういうことが起きる可能性が高い」ということを、こちらから提案させていただくことがそれなりにあります。

ですから、オリエンテーションを待たずにこちらから提案をしていくケースがものすごく多くて。オリエンテーション前からずっと一緒にやっていくから、世の中に対して先手先手が打てる。クライアントさんとの関係値ができているから、朝令暮改が許されるというのもあります。

一度提案をしたプランを少し進めてから「なんか違うな」と思った時に、「やっぱりこっちに変えたいです」とチューニングしていくことを許していただける関係づくりをさせていただいています。

普通のビジネスではそれが許されないケースも多いと思いますが、あくまでもクライアントの、チーム全体の成功のための提案ということで、ご理解いただけているのだと思います。

競合コンペには参加しない理由

齋藤:通常はクライアントサイドからオリエンテーションがあって、「こういうかたちでモノを作ってほしいんですよ」と広告代理店さんに発注されることが多い。こういう課題設定があってこうしたくて、というWhat to say(メッセージの内容)がすでに決まっている。だから、How to say(メッセージの伝え方)のところで「クリエイティブアイデアを持ってきてください」と競合コンペが起こるケースが多い。

競合コンペになった瞬間、クライアントサイドがWhat to sayでまとめたことは否定しにくくなっちゃうんですよ。「そんなこと伝えても絶対に売れないなあ」と思ったとしても、競合コンペだし、クライアントが決めたことだから「もう巻き戻せないな、否定できないな」となってしまう。でも僕らは最初から入っていて、前提を一緒に作りながらやっていくから、間違いが起きにくい。

What to sayについて、クライアントと一緒に「これでいこう」とお互いに納得ができてから、How to sayを考える。例えばタクシーアプリのGOも、ありとあらゆるタクシーに乗りたくなるシチュエーションをバーっと洗い出しました。

普通だったら「じゃあ暑い日にタクシーに乗りたい企画を考えてください」というオリエンテーションがくるんですけど。GOではその話になる前に「暑い日だったらこんな企画が考えられる」「寒い日だったら……」と全部プロトタイプ(試作)を作って、一番強度が高いやつを残しているんですよ。

例えば予約機能の場合、「今日はこれが終わった2時間後にタクシーを1台呼びましょう」という企画だと、15秒のコマーシャルの中で時間軸が飛ぶから、めっちゃわかりにくくなるんです。出来上がったCMを見ると「確かに予約は増えるかもしれないけど、これでは人には響きにくいね」とわかる。

だから、オリエンテーションから「予約を広告するのをやめましょう」という話になるんです。たぶん普通のクライアントとの関係性だと、「いいから予約で広告を作ってこい!」という話になっちゃう。でも(僕らは)「いや、それじゃ売れないから」「それじゃ〇〇だから」とプロトタイピングを一緒にやるケースが多いのが特徴ですね。

クライアントと良い関係を築ければ、結果もついてくる

田中:基本はトップとやるってことですよね?

齋藤:そうですね。意思決定ができる人とやっていることが多いです。

田中:でも(クライアントサイドが)たまに違う人とやりたくなったりしないんですか?

齋藤:ありますよ。それで切られて仕事がなくなっちゃって、痛い思いをしたケースもあります。やはり僕らは心中するぐらいの気持ちでクライアントや製品を愛しまくって、本当に尽くして、尽くして……という感じなので、切られた時のダメージは大きいです。

田中さんがおっしゃるように、クライアントサイドが違う人とやってみたくなって、上手くいってるのに謎の競合コンペになって、「負けるわけねぇだろう」と思ったら負けて。その瞬間からモノが売れなくなっちゃったこともありました。

田中:でも太郎さんがやっているやつは、全部売れますよ。

齋藤:いや、全部じゃないと思いますよ。でも比較的打率は高いと思います。クライアントさんといい関係値が作れているものは、結果が出せるんじゃないかと感じますね。

田中:太郎さんの尊敬できるところは……コンピューターを積んだダンプカーでもないんですけど、すごく突進力がありますよね。突破力なのかな。

齋藤:そうですかね?

田中:まず仲間を大事にするところと、ちゃんと本質は突いてるけど嫌われないところはすげぇなと思ってて。ぜんぜん自覚してないですよね。でも、大切な人に対して愛を持っていること(は自覚されている)。自分ではどうなんですか?

齋藤:どうなんですかね……あまり合わない人と仕事をしていないだけかもしれないです(笑)。

田中:そうかもしれない(笑)。じゃあ太郎さんから見て、僕にはどっかええとこあるんですか。

齋藤:本を読んで「すごく似てる人なんだろうな」と。あと世の中を良くしたい思いがあるので、基本的に性善説の人なんだろうなと思いました。僕より年齢も上なので懐が深いし、大人だなといつも思っていますけどね。

田中:ありがとうございます。

齋藤:だから……僕に何かできることがあったら言ってください。

田中:(笑)。ありがとうございます。

齋藤:(笑)。昔、僕はアメリカンフットボールをやっていて。田中さんはラグビーじゃないですか。チームワークで培ったベースは相通じるところがありますよね。

マーケティングの仕事では幅の広い見識が大切

田中:太郎さん、この間もアメリカのイベントにキャンピングカーで行っていましたよね。あれは5人ぐらいですか?

齋藤:5人ですね。

田中:社員旅行で、そのイベントに行くという発想がすごいですよね。

齋藤:ちょっと狂ってるんですよね。

田中:あえてそれをやっているんですよね? 太郎さんが「やるぞ」と言っているんですよね。

齋藤:そうです。僕は旅行も仲間も好きだし、合宿も好きなんです。みんなと一緒にいろいろするのが好きなので。バイブスが起きる瞬間は、エクストリームな体験をしたほうが記憶に刷り込まれるし。僕は特に海外にはすごく強いし、英語もできるから。

田中:(太郎さんは)生まれがアメリカなので。

齋藤:いろいろなことを知っているし、みんなに知らない経験をさせられる自信があるので、いろいろな所に連れていってあげたい。

田中:仲間とエクストリームを……というのは、何か原体験があるからですよね。

齋藤:やっぱり部活はそうだし。あと僕はバックパッカーだったので、世界にはまだまだ知らない所がいっぱいあって。うちの会社が、ミッションとして「文化と価値の創造」を掲げているからには、いろいろなことを知らないといけないし、インプットが大切です。

マーケティングの仕事は幅を知らないといけないと思うんですよね。トップノッチ(一流)の人のことも、いわゆる一般の人のことも、両方とも解像度を上げていく必要がある。どちらもちゃんと見るのはすごく必要だなと思っています。

社員旅行は、アメリカの国立公園の冬山でキャンプ

齋藤:僕はどっちかというと好奇心もものすごくあるし、多動なので、黙っていてもそういう所にガンガン行っちゃうんだけど、うちの社員も世の中全般の人もそこまででもないから。そこをけっこう無理やり僕が引きずり回して、いろいろな所を見せてあげようという、謎なおせっかいです(笑)。

アメリカのキャンピングカーは、尋常じゃなくデカいんですよ。シャワーとトイレが別で、ガスコンロが3つあって、電子レンジやテレビがついて、シンクもあって、6人で寝られるという。本当に巨大な動く家という感じ。日本のワンルームマンションよりデカいです。だってダブルベッドが2つもあるから。

田中:駐車場に停めておいても何も言われないんですか?

齋藤:ウォールマートのデカい駐車場は、そういう車が停められるから普通に問題なくて、夜は電源が取れるRVパークに行くんですけど。5人しかいないのに2台も借りたんですよ。12人が泊まれる車で5人で泊まる経験なんてなかなかできないから、まあ楽しいですよ。

毎年ラスベガスでCESというイベントがあるんです。それに行くたびに少しずつデカめのキャンピングカーを借りていて。1回コロナ前に、2台借りて10人で泊まったんですよ。「10人はちょっと混んでるなぁ」となって、じゃあ5人で2台にしようかなと(笑)。

田中:日本広しと言えども、ああいう企画をやっているのは太郎さんぐらいじゃないかな。

齋藤:参加したうちの社員はみんな「これは最高っすね!」と言ってました。グランドキャニオンみたいなZion(ザイオン国立公園)という場所の冬山でキャンプして、もうテンション上がりまくりで。

「最高っすね! 太郎さん、これを日本でやれる人間はいないから、絶対に商売になりますよ!」と言われたけど、「いや、ここに来たいやつはあんまりいないと思うよ……」という話をして(笑)。

“探偵事務所”をコンセプトにした、オンボロビルのオフィス

田中:あともう1個聞きたいんですけど、この間、太郎さんのオフィスに行った時に「かっこええな」と思ったんですよ。最近のクリエイティブの事務所はめっちゃ金をかけるのに、あれはわざとですか?

齋藤:いや、儲かっていないからですよ。

田中:そんなわけない(笑)。なんて表現したらいいんですかね、新橋のすごく古いビルで。

齋藤:築52年です。

田中:俺、最初すごくかっこいいオフィスに入っていったんですけど、(太郎さんのオフィスが)なくて。裏通りに小さい入口があって、銀座の古いビルの飲み屋みたいな感じで、ちょっと不思議ですよね。

齋藤:20年前に起業した時からあのビルだったんですけど。僕が電通を辞めて会社を作った時に、一緒に会社を始めた大島(征夫)さんが見つけてきた事務所だったんです。カミさんを初めて連れて行った時に、オンボロなビルを見て「マジでやめたほうがいい」と言われて(笑)。もうその時点で築32年だったから、早晩建て替えになるだろうなと思ったら、いまだに建て替えにならないという。

田中:いやいや、あのビル、かっこいいですよね。

齋藤:探偵事務所というコンセプトで作ったんです。中に入ると印象は変わるんですが。一時期、新卒採用をやっていたことがあるんですけど、会社説明会に来て入口で帰る学生がまあまあいました(笑)。

田中:さすがに今はもういないですよね。

齋藤:いや、今もけっこうみんな「えっ?」という感じで。

田中:(笑)。そうそうたるメンバーが来てくれるじゃないですか。

齋藤:はい、うちのことをわかってくれるクライアントさんや仲間の会社はみんな、今時あんな所はないから「おもろいな」と喜んでくれますけど。

かっこつけて本音を見せない人はすぐわかる

田中:太郎さんは裏表がないですよね。ええかっこせぇへんし。

齋藤:そうですね、それはそうだと思います。

田中:なんでですか?

齋藤:どうせ嘘はバレるからかなぁ。ええかっこして、モテたとするじゃないですか。「太郎さん、いいですね」と言われても、それは本当の自分じゃないから。であれば最初から本当の自分を見せて、嫌われる人には嫌われるし、好きになってくれる人は好きになってくれる。

あとは本当の自分を見せると、相手も本当のところを見せてくれることはあると思います。だから僕はええかっこしてる人は、あまり得意じゃないです。

田中:すぐわかるんですか。

齋藤:わかります。やはり本音でちゃんとつき合える人じゃないと。嘘をついてそうな人は、ちょっとほじくりたくなっちゃう。

田中:(笑)。

齋藤:(途中で)殻を破ってくれる人もいるんですけど、破らないやつはちょっと得意じゃないですね。

田中:そんな生き方をしていて、これだけのクリエイティブを出せていたらいいですよね。芯を貫きながら、これだけ良いお客さんが来て、これだけの良いクリエイティブを作れているのは幸せですよ。

齋藤:ありがとうございます、お陰さまで楽しくやらせていただいてます。