日本のキャリア形成はかなり特殊

小林祐児氏:もう少し考えたいと思います。日本の管理職の特殊性を頭に入れないと、生半可な処方箋は描けないなと思っています。

「『部長ならできます』はなぜ生まれるか」と書いていますが、いわゆる「市場価値が下がってしまうような管理職のあり方が生まれるのはなぜか?」というお話です。

まずは「入口」問題。日本企業で働いているとあまり意識されないですが、日本のキャリア形成はかなり特殊です。単純に言うと、正社員であればみんな管理職候補で、エリートとノンエリートを分けません。

どこの大学を出ていようが、正社員で総合職であれば管理職候補にするのが日本ですね。がんばれば、みんな幹部層候補。「現場のたたき上げ社長」みたいなのが、日本では実際にけっこう生まれますよね。欧米はエリート主義的で、どんどんそんなことがなくなってきました。MBAを持ってない人、修士号を持ってない人、博士号を持ってない人は、上のほうにはまず行けません。

日本はぜんぜんそんなことはないですね。経団連でこの前数えたら、修士号を持っているのは5人だけでした。ビジネス・ラウンドテーブル(米国の主要企業が名を連ねる財界ロビー団体)では、200人中99パーセントが修士号以上、もしくは学士を2つ持っていました。

そういうものすごく選抜主義的な国がどんどん増えていっております。そもそも、その人たち以外は現場のサブマネジャーぐらいで一生涯が終わります。これがジョブ型雇用の普通の姿です。

日本は課長・部長に昇進するまでが遅く、年収も安い

どっちがいいという話ではないですが、入口問題としてかなり特殊なゆえに何が起こるかと言うと、まず(管理職への)選抜が遅くなります。私はいつも『ドラゴンボール』の天下一武道会に例えますが、地球人全体を天下一武道会に呼んだら、たぶん120巻ぐらいまで、ずっと天下一武道会をやることになりますよね。

日本の人事管理はそんな感じです。そもそもみんなを幹部層候補にするがゆえに、選抜が終わってくる、ないしは課長になるのが40歳前。20年経ってようやく課長です。ちなみにこれは、どんどん遅くなっていますからね。(課長・部長への昇進年齢は)中国は28歳、インドは29歳、タイは30歳、アメリカでも34歳です。

部長になるのが44歳だとしたら、ポストオフ(あらかじめ制定した年齢に達した際に役職から退任させる仕組み)が52歳とかだったらどうするんでしょうか、という感じですが。平等主義的に見たら、それは(選抜が)遅くなりますよね、しかも年収も安いよねということが示されております。

あともう1個は、組織のコミュニケーション構造もけっこう違います。欧米を一括りにするのも難しいんですが、いわゆる「連結ピン」としての管理職(の役割があります)。

垂直的なコミュニケーション関係が非常に強いので、この人の部下はこの人、この人の部下はこの人、この人の部下はこの人と。分権意識が強いメンバーがそろっていますから、そこをすっ飛ばさないのが欧米的には当たり前の官僚制的な考え方です。

日本はそうではないです。仕事はチームで受けて、フレキシブルにジョブアサインしながら、相互依存性の強い働き方をするので、管理職はその代表者になりがち。マトリョーシカみたいな入れ子構造になりがちです。

欧米的な感覚で言うと、そこの上司は、そこの部下の上司。そこの部下は、その下の(部下の上司)と。ここをつなぐのが管理職であると。

『amazonのすごい人事戦略』を読んでいて、「ああ、見事に表れているな」と思ったのがここの記述です。(欧米では)「上司と部下」の関係が基本単位ですよと。フォンツールという、いわゆる昔の学校でいう連絡網(に似た、社員名簿のようなデータベース)があって、「上長→その上長→その上長」の一本線でレポートラインがある。(この順番を)抜かさない、もしくは遡らないと決まっています。

「縦の分業意識が弱い」日本の組織の問題点

日本はそんな感覚はあんまりないですよね。どちらかと言うと、部長がいて、課長がいて、主任がいて、このマトリョーシカ状態で、部長は全体の代表者、課長はその下の代表者、主任はその下の代表者(となっています)。主任の部下だからって課長が口を出さない(課長が主任を飛び越えて主任の部下に口を出さない)みたいな感覚はほとんどないです。これは「縦の分業意識が弱い」と表現しております。

そうなるとどうなるかと言うと、結局仕事が不明瞭になる。干渉範囲が多いから、そこの中で何かが起こった時のフォローとか(が必要になり)、決められた仕事が非常に少なくなってしまう。先ほど見たように、負担感を上げていた部下のフォローとかが、見事にここにも出ていますよね。不明確で突発的な組織の代表者であるのが日本の管理職です。

日本の管理職は代表者だから、特徴として平等性をすごく重視する。そして、「ミス発生時のフォロー」の役割が、すごく上のほうに来ます。逆に下のほうに来ちゃうのは「ビジョンの明示」ですね。世界平均のマネジメントの姿とはだいぶ違う日本の管理職の姿。だからこそ、一言で言えば日本の管理職はジョブではありません。ジョブポジションになり切れない。

つまり、「経理のマネジャーである」「人事のマネジャーである」というのではなくて、組織内階層を示す1つのシグナルに終わってしまう。だからこそ、市場価値的にはあまり評価されにくくなってしまうということです。「管理職」みたいな丸っこい言葉で本が出せるぐらい、「管理職」という言葉がジョブにひもづかずにある種使えるのも、特色の1つかなと思います。

管理職を取り巻く現状を変えるための4つのアプローチ

なかなか特殊な日本の状況を見ながら、じゃあ(この流れを)止めるにはどうしたらいいかをお話ししたいと思います。片仮名が多くて申し訳ないんですが、「ワーク・シェアリングアプローチ」「ネットワーク・アプローチ」「フォロワーシップ・アプローチ」「キャリア・アプローチ」と主に4つのアプローチで考えましょうと提案させていただいております。

最初の2つは、正直言えば誰でも考えつくのですっと行きますが、先ほどの「働き方改革のあり方を見直さないと駄目ですよね」という話ももちろんございます。そもそも、自社の管理職がどのぐらいの役割を担っているかをわかっていない会社さんが多いです。

いつの間にか増えている役割とか、実際どのくらい働いているか。日本企業は、特に管理職はいくらでも働く、ないしは報告をしないという習慣が非常に強いので、そもそも現状を把握できていない会社さんが多いです。「まずはここからじゃないですか?」というのが、ワーク・シェアリングの第1です。

その時に「大変だね。(仕事を)分けましょうか」と言う前に、そもそも権限は大丈夫ですか? 現場における予算の範囲の決裁権がちょっと狭すぎやしませんか? もうちょっと現場に渡さないと、全部承認、承認、合議、合議で、社内書類ばっかり作っていませんか?

その後に、シェアとかアウトソーシングとかツール導入。この順番で考えることが重要かなと思います。3番から考えちゃうと、けっこう根本的な要因が見過ごされてしまいがちだなと思います。

組織のいきすぎた「フラット化」を見直す時期

片仮名で言えば、権限付与の話は「デリゲーション」と言ったりしますし、メンバーにワーク・シェアリングしていくのは「エンパワーメント」と言ったりします。ベースの施策としては現状把握とか、会社さんによっては、やはり「フラット化が進みすぎたよね」ということを反省する時期なのかもしれないです。

ちなみに、先ほど言ったトヨタさんはすぐ直しました。「一番フラット化で有名になっておいて、一番初めに直したな」と思ったんですが、小集団みたいな部門を分けて、リーダーのポジションを作りましたね。

「始まったな」と思ったのが、最近の日揮ホールディングスさんの事例ですね。珍しいと思ったのが、単純に言えば、部長ポジションを3つに分けると。部長の他に、「キャリア開発に専念してくれ」というサブ部長みたいなポジションと、プロジェクト進行に特化した部長のサブポジションを作っています。

部長の役割を2~3人で分担するようなオフィシャルな役割を作ったということです。これはなかなか先進的だなと思いました。名前まで変えていますからね。やはり「キャリアの人材計画が立てやすくなった」みたいな声が出始めているそうです。これはなかなか参考になる事例だなと思って持ってきました。

テレワークでマネージャー同士の横のつながりが希薄に

2つ目の「ネットワーク・アプローチ」は、簡単に言えば、「社会関係の資本は大丈夫ですか」「管理職が孤独になっていませんか」という問題です。もともとは日本企業って、ジョブローテーションがかなり激しくあるので、部門横断の知人作りは得意でした。一方で、他社にはなかなかネットワークが及ばないという特徴もあります。

みなさんの会社でもテレワークがけっこうあると思うんですが、マネジャー同士の横の連携はどうでしょうか? 「テレワークでも仕事が進むんですよ」と言っている時の単位って、だいたいチーム単位、部下単位です。

横の連携である水平的なコーディネーションが弱くなっていないでしょうか? これはけっこう起こりがちです。「ここをちゃんとつないでいきましょうよ」というのがネットワーク・アプローチです。横のつながりもありますし、縦のつながりで経営層とつないであげるみたいなこともあります。

あとは越境的なネットワーク作り。相談役が外にいて、「ああ、俺の苦労はうちの会社だけじゃないんだ」みたいなことを知るだけでもストレスは下がるという研究もございます。この2つ(ワーク・シェアリングアプローチ、ネットワーク・アプローチ)が、シンプルに言えば対症療法的なアプローチです。

経営者の「筋トレ発想」では若手社員は動かせない

3、4番目。フォロワーシップ・アプローチとキャリア・アプローチに入る前に、「うちの会社は管理職の負荷がちょっと高すぎるかもしれないです」と、みなさんが役員に言った時の最大のハードルがございます。

「管理職って昔からそういうものでしょ」「人は修羅場を通じて成長するものでしょ」「その中から次世代リーダーが出てきてほしいのに、そんなやわなことばっかり言っていてどうすんだ」と、だいたいこういう発想になります。そして「うちの強みは『現場力』」だと。僕は本当にこの言葉を何百社と聞きますけれども、信じないでください。みんな言っていますから、別に強みでも何でもないことが多いです。

「垂直的なコーディネーションが弱いですよ」と先ほど言いました。つまり経営層自身の戦略性が強みにならないのがこの国である。それのある種の表れであると考えてください。単純に言えば、「筋トレ発想」になりがちで、「大変だよね。力をつけようか」と言って、ジムのトレーニングを増やす、ないしは変えていく。(それによって)管理職研修の刷新・拡充が繰り返されております。

これがなかなか、さっきの若手のキャリア観と相性が悪いですね。「え? なんでこの会社でそんなにがんばらなきゃいけないんですか?」「修羅場は重要ですよね。確かに成長したいです。でも私が本気を出す場はここですか?」という問いに、筋トレ発想は非常に弱いですね。これを言われたら、完全にはしごが外れます。「みんなに筋トレ発想を求める時代が終わっちゃったな」と私は思います。

“手当てをしてるフリ”で管理職研修が増えていく

これも先ほどの昇進の構造から、ちょっと遡って考える必要がございます。日本の特徴は、知らず知らずのうちに広い(範囲で)天下一武道会をやることでした。だからこそ、総合職正社員がデフォルトで幹部層候補になる。(メンバーも)いつの間にか管理職候補になるからこそ、全員に修羅場感覚、経営感覚を持ってほしいと。

「みんなに経営者感覚を持ってほしい」って、経営者の口からよく聞きますよね。すごいこと言うなと思いますが、自然に出てきます。なぜなら、その中での勝者がみなさまの上司、役員、社長だからですね。

「負荷こそ成長の糧である」ということをみんなに求める構造が、自然と出てくる構造になっております。そして管理職研修って毎年やっていますので、何かやっているフリがしやすいですね。そこを変えることによって、「手当てしていますよ」感が出やすいのが、いわゆる階層別研修の見直しです。

だからこそ、「フォロワーシップ・アプローチ」を置かせていただいております。逆に言えばこの国は、もしくはアメリカもそうですが、非常にリーダーシップ幻想が強い。「対話型マネジメントが重要ですよね」「目標管理が大事ですよね」「ハラスメント予防が大事ですよね」。全部なぜか上司向け研修に落ちていきます。「メンバーには教えないでいいんでしょうか?」ということです。

上司だけでなくメンバー層にも「情報の共有化」をする

計数管理とかだったら上司だけでもいいですが、コミュニケーションって相互行為です。私はいつも、「キャッチボールをさせたいのに、片方だけ大谷翔平を育てようとしていませんか?」と言います。「165キロのストレートを投げられる上司を作るのはいいですが、素人が取れますか?」ということですね。

あと、副作用があります。「管理職は大変そう」というイメージが下の層に広がるということです。アメリカもそうですが、本当にリーダーシップ・ロマンスが強いです。これは学術研究もそうで、リーダーシップ研究ばっかりやります。

あと、管理職自身が「会社がこう言うし」と、真面目な管理職ほど「自ら解決しなければ」と孤立しがちです。けっこう副作用が出てきているなと思うので、「管理職研修をやらないでください」ではなくて、「もうちょっとメンバー層にも同じようなことを伝えたらどうですか?」と。私が研修をやる時は、まずこの提案をさせていただいています。

考え方としては、「メンバー側にきちんと必要なことを伝える、ないしは訓練する」ということなんですが、ポイントが1つあります。同じようなことを伝えるという、「情報の共有性」と言います。

「対話や心理的安全性が大事なんだよ」といった「会社としてはこう思っているんですよ」ということを、部下にも上司にも伝えるのが大事ですね。

部下と上司をつなげる「コミュニケーションの共通前提」

もう1つ。心理学には「情報の共通性」という概念がございます。これは共有していると思う信念、メタ知識です。このことを日常的に考えていらっしゃる方はあんまりいないので、今日覚えて帰ってください。

「共有性」と「共通性」は別の概念です。管理職に伝える。部下に伝える。「この人たちにも伝えているよ」ということを伝える。「知っている」という状況自体を知らせるということです。(スライドの)AとBはまったく違うのですが、ほとんどの人はコミュニケーションの時にこれを区別いたしません。

だからリーダーシップ依存型のトレーニングを職場に課そうとする時に、リーダーを通じて何かを浸透させようとする。キャリア自律、フィードバック、1on1、何でもいいですが、伝えられたメンバーにとっては、あくまで「上司が言っていること」になりがちです。

あと、「誰がどこまで知っていることなのかがわからない」というメタ知識が付与されない事態によくなります。それと伝え方がうまい上司と下手な上司がいます。フォロワーシップ・アプローチの考え方は、リーダー、メンバーに同時に同じようなことを、簡易でもいいから伝えるということプラス、「伝えている」ということを伝えることです。ここが抜けがちです。

だからこそ、ワンストップ研修でも同じような人が登壇するとか、同じようなベンダーに頼むことが重要だと思いますが、ここの連携をきちんと取る。これがコミュニケーションの共通前提です。「Z世代は何を考えているかわからない」というのは、Z世代との共通前提がないというメタ知識の欠如を示しております。それを与えてあげるのが、組織マネジメントを考える側の役割です。

「健全なえこひいき」のキャリア構造が必要

最後に「キャリア・アプローチ」。先ほど見たとおり、幹部層候補が多すぎると確かに平等性は担保されるんですが、いつまで経っても組織のフォロー役で終わって専門性が磨かれない。「でも、どうせ出世できる人はごく一部になってきましたよね」「もうちょっと(選定期間を)縮めましょうか」というお話です。

確かに経営層になる人に修羅場は必要です。私はそれを一切否定しません。「『いろんな部署のいろんな修羅場を乗り越えてこそ、強い経営層が生まれる』というのは、どこの世界でも当然のことかなと思いますが、それを全員に長く求めすぎじゃないですか? 途中から分けましょうか」というのがこの提案です。

これをやらないと、「単純に(社員を)楽にさせようとする提案を人事が持ってきたな」となっちゃいます。単純に言えば、早期選抜です。私は女性活躍を考えるんだったら、30歳前後じゃないと遅いと思っています。男性のほうが未婚率が高いですし、30代(以降)で結婚する(人が多い)からですが。

幹部層候補とそうではない層を早めに切り分ける。そうでない層に関しては、異動範囲を一定にとどめてあげるということです。いわゆる専門職等級が、今、非マネジメント等級ぐらいの意味合いにしかなっていない会社さんが多いです。ピープル・マネジメントをしたくない層がいる専門職が多すぎるので、別に私は等級を分けなくてもできると思っています。

専門職でもマネジメント的な動きは「やらないと駄目でしょう」となっています。あらためてこのあたりを考えてみることは重要かなと思いますし、今のキャリア観とはこっちのほうが合っているだろうなと思います。いわゆる「健全なえこひいき」のキャリア構造を作りませんかというお話です。

「罰ゲーム化」する管理職のあり方を変えるためには

本日のまとめです。「罰ゲーム」という軽薄なところから、だいぶ構造的なお話まで進んでまいりました。(管理職は)いろんな大変な課題をより低賃金で行う組織内階層ポジションに成り下がっておりますよ。それが現代的なキャリア観とはけっこう合わないですよ。そして、何より「筋トレ発想」がだいぶ根深いよというお話をさせていただきました。

なので、4つのアプローチを総合的に考えていくことが重要かなと思います。どれかだけ先にするよりも、総合的に進めたほうがいいかなと思います。

恐らくみなさまは「うちはどうかな?」と思ったと思います。『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』の中にチェックリストが入っております。何点以上うんぬんみたいな話よりも、「前に比べてどうなってきたな」みたいなことをチェックいただくと(良いと思います)。わからなければ、対処のしようがないので、みなさまにとって「あ、わからないわ、この状況」というものをチェックしていだければと思います。

書籍にはさまざまな他の論点も述べさせていただいています。例えば、よく出てくる「ティール組織だったらいいんじゃないですか?」とか「名ばかり管理職」。あと、「ITツールで管理できませんか?」とか「罰ゲームでも、なんで(管理職の)成り手が現れるんでしょうか?」みたいなものを書いています。ということで、いったん私のパートは終わらせていただきます。ありがとうございました。

(会場拍手)