働くことの目的の変化

佐々木絢氏(以下、佐々木):キリンで人事担当されている秋葉さんは、働く人の価値観や時代によっての変化などは感じますか? 例えば従業員のみなさんの中には、成績を上げることや昇進を目指す人もいらっしゃれば、そうじゃない方もいらっしゃったり。

秋葉美樹氏(以下、秋葉):そうですね。働くことが目的じゃなくなっているというか、何かのために働く感じになってきているのかなと思っています。自分自身を作るパーツの1つが働くという。

「働くことがすべて」と捉えていた過去から、「働くことは、あくまで自分にとって1つの要素である」に変わってきている気がします。

例えば成長するための手段だったり、挑戦するための場だったり。その人なりに仕事に対する役割が多様化しているのかなと感じています。

佐々木:仕事が目的じゃなくて何かを達成するための手段だったりする方も。

秋葉:そうですね。

石川:本当にそうですね。内閣府の『国民生活に関する世論調査』では、価値観がどう変遷しているのかをずっと調べているんです。もう60年以上同じ質問をしているやつがあって。「働く目的は何ですか」という問いがあるんですね。たぶん昔は目的が高尚で「働きがいを得たい」「社会の中で役割を発揮したい」「強み、得意を活かしたい」とかだったんです。

でも今の人はもう若者もお年寄りも、働く目的がお金になってきているんですよ。だから働くことに対して期待していない。

佐々木:逆にね。

石川:働くことはもうバイト感覚になってきてるんじゃないですかね。

秋葉:えぇ~。

石川:「働く」に期待していない人のほうが、もうマジョリティ。

福田:それってすごく二極化していません? やりがいや働きがいを重視する層が増えているというデータも見るなと思うんですけど。

それこそ若年層はフリーターやアルバイトの方も増えている。その人たちは働きがいは別にどうでもよくて、推し活したり自分の趣味のためのお金が欲しかったり。データも二極化しているのかなという印象を受けるんですけど、どうですか。

石川:そうですね、二極化というと巨大なグループが二つあるイメージですが、少なくともデータを見る限り、マジョリティは働くことには「お金」だけを期待していて、マイノリティの人たちが働くことに対して期待しているような感じがしますね。

福田:なるほど、なるほど。

石川:マイノリティの中には、まだ働くことに期待している人たちがいるんですよね。

福田:確かにそういう構造ですね。

一昔前は「将来の生活」、現在は「今の生活」が大事がマジョリティ

佐々木:今、働きがいという言葉が出てきました。働きがいというと、完全に職場の中だけのことでなく、それ以外の生活に関わる部分も含まれるのかなと思うんです。秋葉さんは、従業員の方のウェルビーイングを高める取り組みをされていらっしゃると思うんですが、具体的に「こんなことをしているよ」と少しご紹介いただけますか。

秋葉:そうですね。働きがいを高める、働くことの中にウェルビーイングを求めていくことでは、1つは自分がキリンにいることによって、どんどん磨かれていく、成長していく環境を作っていきたいと思っています。いわゆる成長する機会をたくさん用意しておくこと。例えば社内の研修を手上げにしたり、やりたい仕事ができるために公募を充実させたり。

あとは会社の枠にとらわれず、成長の場を外に見出してもらうために、社外副業もやっています。仕事そのものの質を上げていくためにウェルビーイングを求めるよりかは、成長して仕事でいいアウトプットを出すことによってウェルビーイングを得るような支援をしています。

石川:世論調査を見ていて、すごくびっくりしたことが1個あって。

秋葉:何ですか?

石川:今の人はすごく短期志向になっているんです。内閣府の『国民生活に関する世論調査』の中に「今の生活が大事か、将来の生活が大事か」という質問があって。ほんの数十年前は「将来の生活が大事、そのためにがんばります」という人がマジョリティだったんですね。今はもう「今の生活が大事」と。

これはどういうことかというと、会社でビジョンやミッションを作るじゃないですか。たぶん作っている経営陣からすると、けっこう遠い先のビジョンやミッションなんですけど、それが社員には響いていない可能性が高い。

(一同笑)

秋葉:(笑)。ヤバ。

石川:だから、今日のミッション。

秋葉:(笑)。めっちゃ目の前っすね。

石川:今、目の前なんですよ。どんどん短期志向になっているんですね。これがいいとか悪いじゃなくて、とにかくデータとして短期志向になっている。

現代人が短期志向になっている理由

石川:もしかしたらと思うのが、人間の時間の感覚と関係があるのかなと。これは「どういう空間にいるか」でけっこう違ってくるんです。例えば、時間を表す言葉は「遠い未来」や「近い未来」のように距離なんです。

秋葉:遠い・近いですね。

石川:遠い・近い。南米のジャングルはそこら中が緑だから、そこに住む先住民の中には、時間感覚があまりないこともあります。遠くが見えないから、今しかない。逆にアフリカのサバンナだと、遠くから動物がこっちに寄ってくると、だんだん大きくなるじゃないですか。それで時間感覚も出てくる。

何が言いたいかというと、今の人はスマホを持って、ずっとこの距離でいるじゃないですか。だから遠くを見る機会がない。

一同:あぁ~。

秋葉:へぇ~。確かに。

石川:近くをずっと見ているから、時間感覚も今になっているんじゃないのかなと思って。偉い人たちは高いビルにいて、遠くの景色を見ていますよね。

(一同笑)

秋葉:いろいろと想像が(笑)。

石川:だからあの人たちは、未来が好きなんじゃないかと。

秋葉:確かにそうですね。

佐々木:すごく広い窓がどーんとありますもんね。

秋葉:うちの会社からはめちゃめちゃ遠くが見えます。富士山も見えます。

石川:中野の本社から見えますよね! いや、だからたぶんね、空間感覚と時間感覚はけっこうつながっているんじゃないのかなと思うんです。

秋葉:怖いですね。子どももあんまり……。

石川:すごく近くじゃないですか。

秋葉:たまに遠くを見せるようにします。

福田:うちの子どもは1歳からYouTubeをずっと見ているんですけど。

秋葉:近いですね。

福田:時間感覚がちょっと毎秒、毎時間のビジョンぐらいまで短くなっていく。

石川:そうそう、そうするとたぶんもうだめなの。僕は山登りが好きで、よく登るんですね。頂上に行くと景色が開けているんですよ。にもかかわらず、若い人はスマホを見ていますからね。スマホを通してこう……。

秋葉:みんなそうですよね。動画を撮りながら見ていますもんね。

石川:そうなんです。結局どこに行っても近い距離で見ている。すごく近視眼的になっているのは、スマホが原因なんじゃないかなぁと思って。

秋葉:確かにそうですよね。